〜求める力〜
―――――強くなりたい。強くなって、あの紅蓮の魔導師に雪辱を晴らしたい。それが俺の旅の目的だった。
だから、迷うことなんか無いと思っていた。絶対的な力こそが、俺の信じる唯一の物だったから……
なのに……なぜ今、俺は迷っているんだろう?
「……まだ、ねないんでちか?」
漁港パロの宿屋で、シャルロットは一向に床に就こうとしないデュランに声を掛けた。
「…ああ。目が冴えちまっててな」
短く返事をし、デュランは窓の外の夜空に目をやる。その姿を見て、シャルロットは大げさに溜息をついた。
「はあ〜〜、やれやれでち」
「……んだよ?」
不機嫌そうにデュランが振り返り、シャルロットを睨みつける。
が、シャルロットは臆することなく喋りだした。
「あしたはねんがんのくらすちぇんじでちから、こうふんしてねむれないんでちょ?まったくこどもなんでちから」
「……そんなんじゃねえよ」
当たらずとも遠からずのシャルロットの言葉に、デュランは再び窓の外に視線を向けた。
クラスチェンジ―――マナストーンから新たな力を手に入れる事が出来る、デュランの待ち望んでいたもの。
それを明日に控えた彼の心には、思いもしなかった葛藤が去来していた。
(……俺は……)
デュランは自問する。……全ては、風の回廊のマナストーンの前で、クラスチェンジについて説明してくれたフェアリーの言葉が原因だった。
「……本当にこんな石で、クラスチェンジなんか出来るのか?」
マナストーンを眺めながら、デュランは疑い深そうにフェアリーに尋ねる。
「そうよ。光の司祭様も仰っていたでしょ?」
「ああ、あのジジイねぇ……そういや、言ってたなあ」
デュランは皮肉な笑みを浮かべながら言う。――――光の神殿でクラスチェンジについて聞いた時、経験不足と言われた事をまだ根に持っている様だ。
と、次の瞬間、彼の後頭部に鈍い衝撃が奔る。
「ぐあっ!?」
「シャルロットのおじいちゃんにむかって、ジジイとはなんでちかジジイとは!?」
怒ったシャルロットが持っていたフレイルで、デュランの後頭部を殴りつけたのだ。
当然、怒り心頭になったデュランは彼女に食って掛かる。
「ああ!? ジジイにジジイって言って、何が悪いんだよっ!?」
「おじいちゃんはジジイじゃないでち!!」
「ジジイだろうが! 誰がどう見てもよ!! つうか自分で言ってるじゃねえかよ!!」
「ちがうでち!!」
「どこがだよ!?」
凄まじい剣幕で言い争いを始めた二人を、ケヴィンはオロオロしながらも宥めようとする。
「デ、デュラン。シャ、シャルロットも……や、やめようよ、喧嘩は」
「「ケヴィン(しゃん)は黙ってろ(るでち)!!」」
二人に一斉に怒鳴られ、怯えたケヴィンはビクッと身を竦める。……もはや手がつけられない状態だ。
と、これまで黙って成り行きを見守っていたフェアリーが、呆れた様な声を出した。
「みんな……クラスチェンジしに来たんじゃなかったの?」
その言葉にデュランとシャルロットはハッとして、ようやく言い争いを止めた。
「……っと、そうでちた。まったくデュランしゃんがむきになるから……」
「ああっ? そりゃお前だろうが」
「シャルロットはむきになったりしてまちぇ〜〜ん」
「……んだとう?」
また二人が険悪なムードになりかけたのに気づいたケヴィンは、慌てて口を開いた。
「フ、フェアリー。クラスチェンジってどうやるの?」
その言葉に、デュランとシャルロットもフェアリーに注目した。
急に話を振られたフェアリーは、しばし考え込む仕草を見せたが、やがて思い出したらしく口を開く。
「そうそう! マナストーンの前に立って、目を閉じ強く念じるのよ! もし、十分な経験があれば、クラスチェンジ出来るはずよ!」
それを聞いた三人は、ふと顔を見合わせる。
「十分な経験って……今のオイラ達にあるのかな?」
「いや俺に聞かれてもよ……あのジジ、いや光の司祭はまだ経験不足だって言ってたし」
「たぶんあるとおもうでちよ? あれからずいぶんたたかってきたでちから」
「そっか、なら話は早いな。やってみようぜ!」
言うなりデュランはサッサとマナストーンの前に行こうとしたが、慌てた様子のフェアリーに止められる。
「ち、ちょっと待ってデュラン! まだ説明は終わってないわよ!!」
「説明って……あれだけで十分だろ?」
煩わしそうに言うデュランに、フェアリーは一際大きい声を出した。
「ダメよ! まだ一番肝心な、光と闇について言ってないんだから!!」
その言葉に、デュランはピタッと動きを止めた。
「光と……闇……?なんだよ、それ……?」
戸惑ったような声で、デュランはフェアリーに尋ねる。
ケヴィンとシャルロットも同じ疑問を持ったのか、フェアリーに視線を向けた。
―――――そして、三人は知ることになる。クラスチェンジは自分達が思っていた以上に、真剣に考えなければいけない物だったという事に……。
「クラスチェンジには光と闇の、二つの進む道があるの。どちらを選ぶかは自由だけど、それによって得られる力は大きく違ってくるわ」
「違うって……どういう風に?」
訝しそうに、デュランが尋ねる
「一概には言えないんだけど……光に進めば精神(こころ)の力、闇に進めば純粋な力が得られると思っていいわ」
「精神の力に……純粋な力……」
「そう。まあ、単純に強くなりたいなら闇に進むべきね」
淡々とした口調で、フェアリーはそう言った。
「ふう〜〜〜ん……」
「なるほど、これはじゅうようなせんたくでちねえ〜〜」
ケヴィンは理解したのか、そうでないのか分からない声を出し、シャルロットは顎に手を当てて考え込むような仕種をする。
(……精神の力か、純粋な力……)
デュランは俯き、先ほどのフェアリーの言葉を思い返した。
初めて知ったクラスチェンジの全貌に、三人とも戸惑いを隠しきれない。
だからフェアリーが、「皆はどっちに進むの?」と問いかけてきても、無言で顔を見合わせるしかなかった。
どっちに……と言われても急に決められることではない。
ただ力を手にし、強くなれる。クラスチェンジはそういう物だと、これまで三人は思っていた。
だが、そうではなかった。……力は手に入れられる。しかし、何の力を手にするかを自分で決められるのかを自分で選ばなければならなかったのだ。
――――精神の力か純粋な力。自分が求め、欲している力は一体どちらなのか?
三人がそうこう考えていると、ケヴィンとシャルロットの二人は、なにやらゴソゴソと相談をし始めた。
それを横目に見ながら、デュランはフェアリーに尋ねた。
「なあ、フェアリー?」
「なに?」
「その……精神の力って、一体どういう意味なんだ?」
彼らしくもない、おずおずとした感じのその言葉に、フェアリーは一瞬驚いた様な顔をした。
彼女は意外だったのだ。デュランの事だから、てっきり躊躇いもなく闇に進むだろうと、精神の力なんて興味がないとばかりに思っていた。
なにせ彼の目的は『強くなって紅蓮の魔導師を倒す』だったのだから。
しかし、今のデュランは明らかに迷っている。自分が光か闇、どちらに進むべきなのかを……。
「……フェアリー?」
「……えっ? あっ、ゴメンなさい。精神の力って言うのは……」
どうやら物思いに耽っていたようだ。心配げなデュランの声に、我に返ったフェアリーは彼に説明する。
「簡単に言えば、敵を倒す力じゃなくて、何かを守る力……かな?」
「何かを……守る力?」
デュランが聞き返すと、フェアリ―は軽く頷く。
「信念、誇り、誓いや、その他大切だと思うもの……それらを失わないように守る力。それが精神の力よ」
「大切だと……思うもの……」
「物だけじゃない。愛する人や、家族、信じる人や尊敬する人だってそう。……デュランにもいるでしょ?」
「……ああ」
「そんな人たちを守るのも精神の力。……光に進めば、そんな力が得られるの」
「……そうか」
デュランが頷くと、後ろから甲高い元気な声が聞こえた。
「きめたでち!!」
「っ……シャルロット。決めたってどっちに進むか、か?」
振り向いて、当たり前のことを尋ねるデュランに、シャルロットは肩を竦めてみせた。
「それしかないでちょ?……で、デュランしゃんはきめたんでちか? ケヴィンしゃんもきまりまちたから、あとはデュランしゃんだけでちよ」
「……ケヴィンも決めたのか?」
言いながら視線を向けたデュランに、ケヴィンはおずおずと首を振ってみせる。
「う、うん。すごく悩んだけど、シャルロットと相談して決めた。……デュランは?」
「えっ俺か? 俺は……」
まだ決めてない、と何となく言いかねたデュランは、二人に申し訳ないと思いながらも、ある提案をした。
「……一応決めたけどよ。なんか心の準備ってのが、まだ出来てねえんだ。だからよ、明日にしねえか? クラスチェンジ」
―――――その後、渋るシャルロットと、あっさり承諾してくれたケヴィンと共に、デュランはパロの町に戻る事にした。
その道中…………。
(デュラン。あなた……)
遠慮がちに尋ねてきたフェアリーに、デュランは他の二人に聞こえない様に小声で答える。
(ああ……正直、迷ってる。なんか……分かんねえんだ。その……俺の欲しい力は……どっちなのか……だから……)
(……いいのよ、デュラン。じっくり考えてきめて。光と闇、どちらに進んだとしても、私はなにも言わないから……)
(……ああ)
それきり、フェアリーは何も言ってこなかった。
「……で、まだおきてるつもりでちか?」
シャルロットは欠伸をしながら、未だ外を眺めているデュランに尋ねた。
「……ああ。もう少し起きてる」
「そうでちか。んじゃ、シャルロットはもうねるでち。あした、ねぼうしないでくだしゃいよ?」
「お前がな」
間髪いれずデュランがそう言うと、シャルロットはむう〜っと彼を睨んだが、やがてベッドに入ってスヤスヤと眠りだした。
その横では、ケヴィンが大いびきをかいて幸せそうに寝ている。……一人になったデュランは再び悩み始めた。
「…………」
静寂が辺りを支配する中、彼は悶々と考えていたが、やがてガリガリと頭を掻いた。
「ああ〜〜〜俺らしくねえ」
自分はこんなに深く悩む性格ではないのに。いや、そもそも『悩む』という行動自体、らしくないのだが。
夜空を眺めながら、デュランはもう一度、フェアリーが言った『精神の力』のことを思い出す。
「敵を倒す力じゃなくて、何かを守る力……か」
何気なく声が漏れる。
(そんなもの、興味なんかねえと思ってたけど……)
どうしてもその事が、頭から離れない。デュランは自分に問いかける様に呟く。
「俺が……俺が欲しかった力はそれなのか……?」
途端、その言葉を否定する声が、自分の内側から聞こえてくる。
―――――いや、そんなはずはない。自分は奴を、紅蓮の魔導師を倒すために力を求めているんだ。
奴を倒すためには、守る為の『精神の力』など必要ない。敵を倒す為の『純粋な力』が必要なはずだ。
(……そうだよな。やっぱり)
それに頷きかけたデュランだったが、さらに聞こえてきた違う自分の声にハッとする。
―――――だが、そもそも紅蓮の魔導師を倒したいと思ったのは、自分の大切なものを傷つけられたからではないのか?
尊敬する英雄王を侮辱し、己の誇りを傷つけ、愛する自国を紅蓮の魔導師は襲った。
だからこそ、自分は奴を許さず、倒したいと思っていたのではないのか?
だからこそ、自分の弱さを憎み、強くなりたいと力を欲したのではないのか?
自分の大切なものを守るための、『精神の力』を。
(…………!)
なぜ今まで気づかなかったんだろう? いつからか、自分は肝心な事を見落としていた。
(そうだ。……俺は……)
自分の思いを確認するかのように、デュランは心の中で呟く。
(俺は、奴を……紅蓮の魔導師を倒したい。その思いは今も変わらない。だが、そのためだけに力を求めても意味は無い。
俺はこの旅が終わったら、再び国王陛下に仕え、フォルセナを守っていくんだ。黄金の騎士だった父さんの様に。
それに、俺の帰りを待ってくれているウェンディやステラおばさん達も……そのために必要なのは、敵を倒す力なんかじゃない。
大切なものを守る力なんだ)
ようやく見つけることができた答え。それは、自分が以前考えていた物とは随分と変わっていた。
いや、変わってなどいない。自分はそれを求めていたんだ。昔から……父に憧れていたあの日から。
なのに、たった一度の敗北でそれを見失いかけていた。
力しか信じない。力しか頼らない。そんな風に考えるようになっていた。――――今にして考えれば、なんて愚かな考えなんだろう。
(……父さんが聞いてたら呆れるよな)
デュランは苦笑した。それから徐に立ち上がり、大きく伸びをする。
「さてと、寝るか」
迷いは晴れた。もう悩むこともない。明日、堂々とクラスチェンジをすればいいだけだ。
そう思いながら、デュランは床に就いた。
――――翌日。
再度マナストーンを訪れたデュラン達は、クラスチェンジを行っていた。
「……さ、デュラン。あなたの番よ」
「ああ! 」
デュランは意気揚々とマナストーンの前に立った。既に終えたケヴィンと順番待ちのシャルロットは、彼を見ながら話をしている。
「どっちでちかね、デュランしゃんは?」
「うう〜〜ん、オイラわかんない。でも、デュランも光だとオイラ嬉しい」
「デュランしゃんがひかりぃ〜? なんかそうぞうつきにくいでちねえ〜」
…………ケヴィンはともかく、シャルロットは酷い言いようである。
と、そうこうしているうちに、デュランはクラスチェンジをし始めた。
「いくよデュラン! 準備はいい?」
「いつでもいいぜ!!」
デュランは目を閉じ、強く念じる。その横で、フェアリーは呪文を唱えだした。
「マナストーンよ! その偉大なる力で、汝の前に立つ者を新たなる強さへと導きたまえ!!」
その言葉に反応し、マナストーンから虹色の光が溢れ出す。そして、それを合図にデュランが心の中で叫ぶ。
(……光よ! その輝きをもって、我に力を与えたまえ!!)
刹那、眩い光がデュランを包む。その眩さにケヴィンとシャルロットは思わず目を手で覆った。
そして……光がおさまったとき、クラスチェンジを終えたデュランは静かに目を開いた。
「……これで終わりか?」
フェアリーに尋ねると、彼女は「ええ」と頷き、微笑む。
「デュラン、光を選んだんだ」
「…………ああ」
デュランは短く答えた。
外見こそクラスチェンジ前と大差ないが、心なしか雰囲気が穏やかになったように見て取れる。
精神の力……それを選んだデュランが、『戦士』から『騎士』へと生まれ変わった瞬間だった。
「ほえ〜、デュランしゃんがひかりをえらぶとはねえ〜」
シャルロットが、感心しているのか馬鹿にしているのか、多分両方であろう、そんな声を出した。
「……変か?」
「!?……い、いやそんなことないでちけど……」
「そうか」
そんな会話を交わしながら、シャルロットは怪訝に思った。
デュランとしてはいつもどおりに話しているのだろうが、彼女にはまるで別人のような落ち着きさが感じられる。
(……これがいままで、そざつにふるまってきたデュランしゃんでちか?)
クラスチェンジとは人の性格まで変えてしまうのか、と、シャルロットは真剣に思った。
しかし、すぐにそれはないと考えを打ち消した。―――――ケヴィンしゃんは、かわってないでちからね。
となれば、今のデュランが本当の彼なのだろうか?……まあ、それも考えにくいことだが。
「シャルロット?」
「……えっ?」
「どうした? 次はお前の番だぞ」
「あ、ああ、そうでちたね」
デュランに促され、シャルロットは思考を中断し、いそいそとマナストーンの前に立った。
「結局、みんな光を選んだのね」
フェアリーが三人を見ながら言った。
「……みたいだな」
デュランが呟く。
「うん、みんなお揃いでオイラ嬉しい!」
ケヴィンが笑顔で相槌を打つ。
「まあ、やくいちめい、いがいなひとがいたでちけどね」
言いながらシャルロットは、横目でデュランを見た。
「……俺かよ?」
流石に不快そうな顔で、デュランがシャルロットに尋ねる。
「ほかにだれがいるんでち?」
「……」
無言で顔を見合わせる二人を見て、ケヴィンは冷や汗をかいた。――まさか、また言い争いになるんじゃ……?
そう思った彼だったが、その予想は外れた。
「……まっ、そう思うのも無理ないがな」
「へっ?」
思わず間抜けな声をだしたシャルロットに、デュランは以前の彼から考えられないような、優しい笑みを浮かべた。
「今更言うのもなんだが、改めてよろしくな、シャルロット」
「え、あ、こ、こちらこそ」
「それからケヴィン。お前も」
「う、うん」
どぎまぎしながら返事した二人は、どちらともなく顔を見合わせる。
――――……やっぱり彼は性格が変わってしまったんじゃないだろうか?
同じ疑問が、ケヴィンとシャルロットの頭に浮かんだ。
―――――俺は強くなる。そのために俺は『精神の力』を選んだ。
これから先、あの紅蓮の魔導師と戦う日もくるかもしれない。だけどもう、俺の目的は奴を倒すことだけじゃない。
必ず、マナの剣を手に入れ、世界を救ってみせる。俺の大切なもの、信じるものを守るために……。
あとがき
というわけで、最初のANOTHER GAME小説は聖剣伝説3でした。
3のキャラの中では、デュランが一番好きなんです。
それで、資料集に載っていたパラディンのイラストが凄く格好良くて、それを見て思いついた話です。
実際、デュランは光が似合うと思うんですけどね、騎士になるんだし。
ソードマスターならともかく、デュエリストなんかになって国に帰ったら、英雄王がどんな反応するやら(笑)
この話の続きのような物をいつかUPする予定です。では。