〜相応しき称号〜
「ふうっ……」
夜も更け、人々が寝静まる時刻。デュランは城の城壁で見張りをしつつ、溜息をついた。
そろそろ冬が訪れる季節。いかにフォルセナが温暖な土地にあるとはいえ、夜は冷える。
自分の仕事だから仕方がないと言われればそれまでだが、こんな日の見張りはやりたくないと思うのが人情だろう。
「寒っ……」
急に吹き抜けた冷風に、思わずデュランは身震いした。
「……ったく、あいつ何やってんだ? もう時間過ぎてるぞ」
ここにはいない仲間に愚痴ると、タイミング良くその人物がやってきた。
「悪い悪いデュラン、ちょっと遅れたな」
「……ちょっとじゃなくて大分だ。お前寒いからってわざと遅れてきたんじゃないだろうな?」
「そ、そんなことないぞ。ただこの寒い中、お前は頑張って見張りしてるんだなあ〜と思ってたら、つい時間が経って……」
「っ……」
「わ、悪かった! た、頼むからその威圧感溢れる睨みはやめてくれ! 寿命が縮む!」
「……ったく」
また一つ溜息をついたデュランは、その男―――ブルーザーに報告をした。
「相変わらず異常なしだ。とりあえず後は頼むぞ。まっ、何も無いとは思うが」
「ああ、分かった。……しかしまあ、平和になったもんだな。半年前まで世界の危機だったってのによ」
「……そうだな」
ブルーザーに言われて、デュランは改めて今が平和なのだと実感する。
以前は頻繁に現れていたモンスターもすっかり形を潜めたし、他国のスパイといったものも現れることは無くなった。
これも世界の危機が去り、人々が平和への道を歩み始めたおかげだろう。勿論、まだあちこちで様々な問題は起こっているが、それもごく小さな物だ。
少なくとも、他国を巻き込んでまでの厄介事は起こってないことは確かと言えるだろう。
焦らずゆっくりと平和への道を進めばいいと、デュランはそう考えていた。
と、物思いに耽っていた彼だったが、ふと自分はもう見張りの任を終えたことを思い出す。
「ふああっ……それじゃブルーザー、お休み」
見張りが終われば後は帰って寝るだけだ。そう思うと自然と欠伸が出る。
すると、それを見たブルーザーが呆れた様に呟いた。
「おいおい、『聖騎士』ともあろうお方が大欠伸なんかするなよ」
「……そう呼ぶのは止めてくれよ」
デュランはしかめっ面でブルーザーに振り返った。
「何いってんだよ。国王陛下が直々に授けてくださった名だろ?何か不満でもあるのか?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
気まずそうにデュランは視線を外す。
「……まあ、お前の気持ちも分かるがよ。国王陛下の言うことはもっともだと俺はおもうぜ。お前にはその名が相応しいよ」
何かを察したのか、ブルーザーは励ます様に言った。
「……そうだといいがな」
ただ一言そう答え、デュランは踵を返して歩き出す。
「デュラン」
「……何だ?」
だが、数歩とも歩かぬうちに呼び止められ、デュランはブルーザーに振り返った。
「心配しなくても、お前の親父さんの名を汚すような真似はしないさ。だから、もっと胸を張れよ。そんなのお前らしくないぞ」
からかう口調のようでいて、その言葉には真摯さがこもっていた。
「……ありがとう。ブルーザー……いや、『黄金の騎士』」
小さく笑い、デュランは再び踵を返して歩き出した。
(聖騎士、か……)
家へと帰る途中、デュランはふと、そう呼ばれるようになった経緯を思い返していた。
――――ふとした事から聖剣の勇者となり、世界を滅亡から救う使命を背負う事になったあの時から早一年。
その旅の途中、色々なことが自分にはあった。
今まで信じていた価値観の間違い、かつて求めていた『力』との決別、そして……死んだはずだった父との再会と別離。
それらを通して、自分は多少なりとも昔よりは成長したとデュランは思っていた。
だからこそ、全てが終わってフォルセナへ帰ってきから、彼は必ずなれると確信していた。
ずっと憧れていた父の物だった『黄金の騎士』の名を。しかし、現実はそうではなかった。
(お前にはその名が相応しい……か)
先ほどのブルーザーの言葉を心の中で呟きながら、デュランはとある日の記憶を辿った。
……。
…………。
「どういう事ですか!? 陛下!」
デュランは声を荒げて英雄王に詰め寄った。
周りの者は皆、驚いたように成り行きを見守っている。無理もない。デュランが英雄王にここまで感情を露にすることなど今までなかったのだから。
だが、事情を知っている者と当の英雄王は全く動じずにしていた。
「どうもこうもない。デュランよ、お前の申し出を受け入れるわけにはいかん」
英雄王が冷静に言うと、デュランはさらに感情を爆発させる。
「なぜですか陛下!? なぜ私に、『黄金の騎士』の名を授けてくれないのですか!?」
―――絶対になれると信じていたのに、陛下も俺が相応しいと言ってくれると思っていたのに……!
無言で歯噛みしているデュランに、英雄王はこの上なく無慈悲な言葉を告げた。
「デュラン。お前に『黄金の騎士』の名は相応しくない」
「!?」
絶望に打ちのめされそうになりながら、デュランは辛うじて声を絞り出した。
「……私はまだ未熟と……そういう事ですか?」
―――強くなったと思ったのは、父のようになれたと思ったのは、自分だけだったのだろうか?
自分はただ、世界を救ったという事に自惚れ、単なる独りよがりに浸っていたのだろうか?
暗い考えがジワジワと心に広がっていくのを感じながら、デュランは力なく項垂れた。
「そうではない。早合点するなデュラン」
「えっ?」
からかう様な感じの英雄王の声に、デュランは思わず間抜けな声を出した。
「ワシはお前が未熟だなどとは全く思っておらん。お前は間違いなく、このフォルセナ一の剣士じゃ。皆がそう思っておる」
「で、ではなぜ……?」
戸惑いながらデュランが尋ねると、英雄王は笑みを浮かべながら言った。
「先ほどワシが相応しくないと言ったのは、お前が『黄金の騎士』の名に相応しくないという意味ではない。
『黄金の騎士』の名が、お前に相応しくないのだ」
「……はっ?」
デュランは訳が分からず、ポカンと口を開けた。
英雄王の言いたいことが分からない。フォルセナ一の剣士だと称しているのに、『黄金の騎士』の名が相応しくないとはどういう事だろうか?
おずおずとその事について質問すると、英雄王は重々しく口を開いた。
「うむ、確かに『黄金の騎士』の名は現フォルセナで最も誉れ高い名だ。しかしな……」
ジッとデュランは眺めながら、英雄王は間をおいて言った。
「お前にはそんな誉れ高い名よりも、さらに遥か尊き名が相応しいと思ったのだよ。マナの剣に選ばれ、世界を救ったお前にはな」
「さらに遥か尊き名……ですか?」
「そうだ」
深く頷き、英雄王は続ける。
「お前の気持ちが分からないでもない。あんな事があった後だ、ロキの後を継いで『黄金の騎士』になりたいと思うのだろう?」
「……はい」
デュランは小さく返事をし、頷いた。
英雄王の言うあんな事とは無論、竜亭に操られて黒耀の騎士に堕ちてしまった自分の父、ロキを倒したことだ。
今思い返しても心が痛む。ずっと憧れていた、目標にしていた父があんなことになってしまったのは……
「だがなデュラン。お前は既にロキを超えておる。技術面でも精神面でもな。いつまでもロキの影を追わせているのには勿体ない」
「それは……買い被りです陛下。私は、まだ……」
「そう思ってるのは自分だけではないのか?」
言い終わらないうちにそう言われて、デュランは黙り込んだ。
「もしロキがここにいても、同じ事を言うだろうと私は思う。あやつとは親友だったからな、何となくだがそう感じるのだ。
……デュランよ、どうか分かってくれないか?」
「……わかりました」
こうまで言われては、納得するしかない。デュランは小さく答えた。
「すまぬな、デュラン。では、早速だが……」
徐に英雄王は立ち上がると携えていた剣の切っ先をデュランに向けた。それを見て、ある事を察した彼はすぐさま跪く。
「剣士デュラン。汝にフォルセナの新たなる誉れ高き称号『聖騎士』の名を授ける!」
聖騎士――俗にパラディンと呼ばれる名。
それは数々の戦いで精神を鍛え上げ、手にした剣から聖なる気を発するまでに至ったデュランには、この上なく似つかわしい物だった。
……。
…………。
――――あれからもう数ヶ月が経っていた。
無論その間デュランが、家族を始めとするフォルセナ中の人々の注目の的になった事は想像に難くないだろう。
もっとも、当の本人はそういった状況に、やや辟易としていたが。
(……なんだかなあ)
家に戻り、寝ているステラとウェンディを起こさないように自室に戻ったデュランは、何気なく窓から夜空を眺めた。
『聖騎士』の名を授けられたとはいえ、彼の日常が劇的に変化することはなかった。
流石に要人警護や英雄王の護衛をするといった類の事は増えたが、それ以外の時は今までどおり、見張りの任や自身の修行をするなどして過ごしていた。
ただ一つだけ、重大な事を任されたことがある。それは二代目の『黄金の騎士』を選抜するという物だ。
これに関してはデュランも相当悩まされた。恐らくこれまで生きてきた上で一番頭を働かせただろう。
自分に授けられた『聖騎士』の名が、今のフォルセナで一番誉れ高き物になったとはいえ、『黄金の騎士』の名も名誉ある物に変わりない。
ましてや、かつて自分の父の物だったのだ。そう簡単に後継者を決められる訳がなかった。
(……しかし、あの時のあいつ、相当面食らってたな)
ふと思い出し笑いをして、ベッドに寝転がる。
さんざん苦悩した結果、デュランはブルーザーを『黄金の騎士』として選んだ。
以前に剣術大会で剣を交えたから実力があるのは知っていたし、他の兵士から聞いた話によると、ブルーザーは自分が旅に出ていて留守の間、
若手の中では一番の働きをしていて、英雄王からも一目置かれていたらしい。適切な人選だと言えるだろう。
だが、当のブルーザーはそれを聞いた時、予想に反してかなり困惑の色を浮かべていた。
……。
…………。
「……本当に俺なんかがなっていいのか?」
怪訝そうに尋ねる彼に、デュランは苦笑しながら答える。
「ああ。……それとも何か?『黄金の騎士』の名なんか欲しく無いか?」
「そ、そんなわけないだろう?あんな名誉ある称号……ってそうじゃない!俺が言いたいのは……」
「……分かってる。でもいいんだ」
ブルーザーの言葉を先取り、デュランは静かに首を振った。
「陛下の……決めたことだから。俺は『聖騎士』なんだ。だから、『黄金の騎士』は……お前に頼む」
「デュラン……」
寂しげに笑う彼に、ブルーザーは掛ける言葉が見つからなかった。
……。
…………。
「……お兄ちゃん」
「!……ウェンディ?」
どれくらい空を眺めていたのだろうか。ふと声がして振り向くと、妹であるウェンディが立っていた。
「悪い、さっき起こしたか?」
「ううん。なんとなく目が覚めて、お兄ちゃんもう帰ってるかなあって思って。それで」
「……そうか」
そう言ってデュランは再び夜空に視線を戻した。ウェンディも黙って兄の横に立ち、同じ様に空を見上げた。
「寝なくていいのか?」
視線はそのままで、デュランは妹に尋ねる。
「明日は何も予定ないから平気。……邪魔? 私?」
「いや……そんな事はない」
優しげに髪を撫でてくれる兄の横顔を見つめながら、ウェンディは静かに口を開いた。
「お兄ちゃん……」
「何だ?」
「やっぱり……『聖騎士』じゃなくて『黄金の騎士』じゃなくちゃ嫌?」
「っ!? それは……けど、何でお前……?」
つい先ほどまで考えていた事を言われ、デュランは口ごもる。
「お兄ちゃん、なんだか悲しそうだもん。王様から『聖騎士』の称号もらった日から」
「……別に悲しいわけじゃないんだ。ただ……」
妹に答えるように、それでいて自分に問いかけるようにデュランは呟いた。
「父さんがいたら、何て言ってくれるかなあって、少しな」
「お父さん?」
「ああ」
その時、ヒ一筋の流れ星が夜空を過ぎった。しばしの間、それを眺めた二人は会話を再開する。
「俺は陛下から、もう父さんを超えたって事で『聖騎士』の名を授かったわけだが……どうしても俺には、自分が父さんを超えたとは思えない」
「お兄ちゃん……」
「だから、もし今ここに父さんがいてくれたら、俺になんて言ってくれるかなって……すまん、くだらないこと言ったな」
「……ううん。そんなことないよ」
小さく頭を振った後、ウェンディは兄の顔を正面から見つめて言った。
「お兄ちゃん。私、お父さんの記憶は殆どないから……お父さんがどんな人だったかって、良く覚えてないけど……でもこれだけは分かるよ。
お父さんが今ここにいたら、絶対にお兄ちゃんの事を褒めてくれるよ。それだけは……間違いないと思う」
「ウェンディ……」
「だから、そんな風に悲しそうにしてないで、もっと胸を張って。そんなお兄ちゃん……らしくないもん」
「……」
言うなり俯いてしまった妹の頭に、デュランは黙って手を置いた。
「……そうだな」
やがて口を開き、そっと頭を撫でる。
「確かに、俺がいつまでも悩んでるのは変だよな。難しく考えずに、陛下から『聖騎士』の称号を授かったって、単純に考えればいいんだよな。
父さんがどうのこうのとか関係ないんだ」
「うん、そうだよ」
顔を上げて、ウェンディを笑った。つられてデュランも笑う。
「ありがとな、ウェンディ。お前のおかげで、なんか吹っ切れたよ」
「えへへ、どういたしまして。じゃ、今度お礼にお洋服でも買ってね」
「……お前、いつからそんな現金な奴になったんだ?」
デュランは不機嫌そうに顔を顰めてみせたが、ウェンディはさして気にせずに続ける。
「いいじゃない。『聖騎士』になってからお給料いっぱい貰ってるんでしょ?伯母さんが嬉しそうに言ってたよ?」
(……伯母さん、アンタは子供相手にどんな話をしてるんだ?)
育ての親の行動に、軽く頭痛を覚えたデュランだったが、諦めて妹の頼みを承諾した。
「分かった分かった、今度買ってやるよ。ただし、伯母さんには内緒だからな」
「えっ? どうして?」
「……知ったら何かと理由つけて、自分も買い捲るに決まってる」
その光景がリアルに想像できて、デュランは溜息をついた。だが、その後の妹の一言に、さらに溜息をつくことになる。
「でも伯母さん勘が鋭いから、すぐ気づくと思うけど?」
「……だよな〜」
――……どの道、俺は伯母さんの分も奢らされる羽目になるのか。
自分のそう遠くない未来像を想像したデュランだったが、不意に眠気を感じて大欠伸をした。
「ふああ〜……さて、そろそろ寝るか。もうすぐ夜明けだろうけど」
「あふっ……うん、じゃあお兄ちゃん、お休み」
つられて欠伸をしながら階段を下りていった妹を見送った後、デュランは眠気と戦いながら、よろよろとベッドに倒れこむ。
ゆっくりと目を閉じ、眠りに落ちていきながら、彼は天国の父に語りかけた。
(父さん。俺が『聖騎士』としてこれから生きてゆくよ。……『黄金の騎士』なら大丈夫。ブルーザーがしっかり受け継いでくれているから。
だから……母さんと一緒に、見ていてくれ。これからの俺を、そしてフォルセナを……)
そこまで考えた時、デュランは既に夢の中だった。
窓の外には、幾分明るくなったとはいえ、以前として夜空が広がっている。
そして……デュランの言葉に答えるように、また一つ流れ星が空を過ぎった。
あとがき
というわけで、以前UPした小説の続き(のようなもの)です。冒険後、パラディンになって国に帰ったら、という話。
デュランが黄金の騎士を継承する、と言う話はネット上で幾つも見てきましたので、
それらとは別の展開を書きたいな、と思って出来上がった話です。
しかし、自分で言うのもなんだが、キャラの性格がかなり違うような……(何を今更)
まあ、楽しんで頂ければそれで十分です。では。