〜在る世界は違えども〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖堂が街の片隅に建設されたのは、私が自分の時代に戻ってからすぐの事だった。

勿論、そんな短期間で造られたのだから大して立派な物じゃない。復興そのものには直接関係無い建物だから、当然と言えば当然の事だけど。

けれども人は、荒んだ時代や大変な時代になると何かに縋り付きたくなるもの。そう言った意味では復興の最中の今、聖堂も不必要とは言えないのかもしれない。

だけど、仮にそうだったとしても、性格上そういう物に関心が薄かった私が、其処を訪れる事は無い筈だった。

――そう、だった筈…………つまり、過去形だ。

 

 

 

 

「よいしょ……っと」

恐る恐る聖堂の扉を開けると、私はそっと顔だけを中に入れて様子を窺う。まだ誰も来ていない事を確認すると、私はホッと安堵の息を吐きながら聖堂に入った。

もう気にする必要は無いけれど、やっぱり他人が居ると少しばかり気後れしてしまう。それに随分減ったとはいえ、好奇の眼で見られるのも好きじゃない。

「そりゃまあ、昔の私じゃ絶対こんな所に来なかったけど……」

自分だけの空間である為か、私は独り言を呟く。そのまま祭壇へと進み神に祈りながら、私はこれまでの事を振り返った。

――――確か最初に訪れたのは、一か月くらい前だった気がする。

その時は讃美歌とかいう奴の真っ最中で、無遠慮に入ってきた私に皆が驚いていた。

中には眼を回して倒れてしまった人もいた。……具体的に言うと私を小さい頃から知っている侍女だったんだけど、あれは流石に失礼でしょうに。

そんな風に周りが唖然としている中、私は祭壇の前に歩み寄る徐に跪き、両眼を閉じて神に祈りを捧げた。

時間にすれば、ほんの数秒。それを終えると、私は周りの視線を気にも留めずに聖堂を後にした。

その日から私は、時折この聖堂に来る様になった。

時間は大抵が早朝、或いは深夜。いずれにせよ、他人が居ない時間を見計らって来ている。

毎回毎回、祭壇で短い祈りを神に捧げ、無言で聖堂を去る。その繰り返し。特に変わる事は無い。

たけど一つだけ変わってきている事がある。訪れる頻度だ。三日に一回だったのが二日に一回、次に一日一回、そして今では一日に二回来る場合も出てきている。

理由はとても単純。自分でも不思議になるくらい、凄く安らぐからだ。神に祈りを捧げるという行為が、こんなにも心を落ち着かせる事だとは今まで想像もしていなかった。

――――そう。例え祈りの内容が、自分勝手極まり無いものだったとしても……。

 

 

 

 

 

「…………また、お願いします」

眼を開けた私は、そう呟いて神に深々と頭を下げる。これもいつの間にか、習慣になってしまっている事だった。……その後にふと気づけば、右手が下腹部に添えられている事も含めて。

(……っ……)

ふと懐かしい金髪が脳裏を掠め、私は咄嗟に頭を振ってそれを打ち消す。そして、やにわに立ち上がると殊更明るい声を出した。

「さ〜てと! 早く部屋に戻って政務をしなきゃ! でないと、また母上に小言を貰っちゃうし」

「あら、随分と殊勝な心掛けを持つ様になりましたね?」

刹那、私は心臓が飛び出す様な感覚に陥り、ビクッと身を竦ませて両手で胸を押さえる。そして暫くして恐る恐る後ろに振り返ると、母上が微笑を浮かべながら立っていた。

完全に予想外の出来事に、私は思わず後退りしながら上擦った声を出した。

「は、母上!?……ど、どうして……!?」

「最近、貴女の様子が変だと皆が口を揃えて言うものですから。日課だった剣の鍛錬もせず、毎日毎日聖堂に赴いている……何か悩み事でも有るのではないか、と。

 確かに私も貴女らしくないと思ってましたし、悪いとは思いましたが尾行させてもらいました」

笑顔のまま、母上はそう告げる。それは幼い子供を窘める様な穏やかな口調だったが、私は酷く落ち着かない気持ちになる。

まさか母上が私を尾行しているなんて微塵も考えていなかった。同時に母上に相談する程、周りが私を不審がっているとも思っていなかった。

こんな事ならもう少し王女らしく振舞っておくべきだった、と普段の自分を悔やんだけど、すぐに今はそんな場合ではないと気持ちを切り替える。

経験上、今みたいに母上が終始笑っている時は、大抵私に説教をする時だ。だけど最近、特に不祥事を起こした覚えは無い。

――となれば、考えられるのは……。

(い、いくら母上でも……まさか……けど、もしかしたら……)

一瞬、脳裏に浮かんだ不吉な考えを、私は必死に打ち消そうとする。でも、それとは裏腹に、私は自分の中で徐々に恐怖が広がっていくのを感じていた。

母上は凄く勘が鋭い。そして私は、笑ってしまうくらいに隠し事が下手だ。これまで生きてきた中で、私が母上に何かを秘密に出来た事なんか一度も無い。

だからこそ、思ってしまうのだ。――……悟られてしまっているのではないか、と。

「……で、モニカ? 剣の鍛錬を疎かにしてまで此処に足を運んでいる理由は何です?」

「べ、別に剣の修業を疎かにしてなんかいません! ちゃんと毎日続けています! ただ……ただ最近、政務が多くなってるから、少し時間を短縮しているだけです!

それに、こ、此処に来ているのはその……し、静かだから、何となく疲れが取れるからで……その……」

動揺を押し殺しながら私がそんな尤もらしい事を述べると、母上は軽く溜息をつくと同時に呟く。

「……そうですね、確かに最近は貴方にも政務上でかなり負担をかけていました。疲れが溜まるのも無理はありませんね」

「そ、そうです! あ、後、す、少しは王女らしくした方が良いかなとも思って……は、ははは……」

上手く誤魔化せたと思った私は、引きつった笑みと共にそう言う。すると母上が可笑しそうに口元に手を当ててクスクスと笑い出した。

「あらあら、随分と貴女らしくない考えね。王女らしくした方が良いなんて」

「は、はは……やっぱり、そうですか? じ、実は自分でもやっぱり変かなあって………」

「フフ……で、モニカ?」

「はい?」

「何か月なのですか、今?」

「っ!?」

――――刹那、私は心臓が凍りつく様な心地を覚えた。

 

 

 

 

 

ガシャンという派手な音がすぐ近くで聞こえ、私は自分が近くにあった燭台を倒してしまった事に気づく。同時に、自分が尻餅をついていた事にも。

「あ……う……あ……」

喉がカラカラに乾き、何かを言わなければと思うのに上手く声が出せない。

全身に不愉快な冷たい汗が流れだし、私は小刻みに震えながら正面にいる母上を見ていた。

「どうして分かったのか?……そう言いたそうですね」

笑みを消し、いつもの凛とした表情になった母上は、一歩一歩私に近づいてくる。

そんな母上に恐怖を感じた私は反射的に後退ろうとしたが、動揺しきった身体はロクに動かず、ただ呆然とする事しかできなかった。

「あまり母親を軽く見ない事です。いくら誤魔化そうとしても、そういう事は自然と気づくものなのですよ。ましてや貴女の様に、直情径行な性格であるならば、尚更」

そこまで言い終える頃、母上は私のすぐ眼前にまで歩み寄っていた。腰を抜かした硬直している私を見下ろすは母上の眼は、とても冷たくて怖く感じる。

――――そして私は理解した。母上は何もかも知っている……何もかも気づいている、と。

けれど、だからといってその事実を受け入れられる程、私は強くない。次に母上が発するであろう言葉を聞きたくなくて、私は必死に声を絞り出して叫んだ。

「ち、違います母上! わ、私は……!」

「モニカ」

「っ……」

抑揚のない、たったの一言。でも、その一言には、有無を言わせない強さがあった。

今まで一度も勝てた事のない、母上の強さ。それを出されて、私に対抗できる手段は無い。

「もう一度、聞きます……何か月なのですか?」

「……っ……」

悔しさと遣る瀬無さに、私は強く唇を噛み締める。――もう白状するしかないと、嫌でも理解してしまったから。

私は様々な感情を含んだ涙が滲むのを感じ、それを必死に堪える。そしてそっと下腹部に手を当てつつ、俯き加減になりながら震える声で呟いた。

「……三か月……です……」

 

 

 

 

 

自分の身体の変調に気づいたのは、一か月前だった。

内容はとても単純。月一の物が来てなかった……ただ、それだけの事。

いつもの私なら、「ちょっと遅れてるだけ」とか思って気にも留めなかっただろう。実際、最初は私もそう思った。

でも、それから少しして、重大な事を思い出したのだ。そして、この上なく落ち着かなくなった。

――――月の光が注ぐ寝室……混じり合う私の紅髪と彼の金髪……。

それは時間移動が完全禁止され、二度と彼と会えなくなる事を知る数日前の夜。百年前の時代での、私の最後の思い出だった。

たった一夜。そう、たった一夜だけ。ずっと押さえ続け、いつしか大きく膨れ上げっていた感情を発散する為の……一夜きりの罪。

突然爆発してしまった心の赴くまま、後先を考えずに及んだ事だったから、当然回避策は取ってなかった。

けれど、まさか……と、私は自分に言い聞かせつ、医者の元へと向かった。異常なしと通告される事を期待して。

しかし、現実は余りにも非情だった。困惑と憂いを含んだ表情で私を見ながら、医者はこう言ったのだ。

――暫く、過度の運動はしない様に。それからもストレスも溜めないでください。流産の危険性が増しますから。

その言葉を聞いた瞬間、私は眼の前が真っ暗になった。自分がとんでもない重罪人になった気分に襲われた。

だけど、もっと辛かったのは、そんな気分に襲われる事さえ許されないという現実。思い詰める事はそれだけでストレスになり、まだ人の形さえしていない新しい命を奪いかねない。

とにかく産むか否か……それだけは早めに決める様にと、医者は私に言った。その事に関しては、特に悩まなかった。

殺す事なんか、絶対にしたくなかった。時折、産まれてから周りに疎まれるくらいなら……と悪魔の囁きが聞こえたりしたが、私は懸命にそれを振り払った。

そんな事をすれば、それこそ最低だ。命を創った以上、しっかりと育んでいく責任が私には有る。それだけは、いくら私と言えど理解していた。

でも理解したとはいえ、これからどうやっていけば良いのか? それが全く分からなった。

――――誰にも頼る事は出来ない。勿論、誰にも伝える事も出来ない。

せめて母上にだけでも話しておくべきと医者は言ったが、私にそうする度胸は無かった。

かといって、一人でこの現実を抱える事なんか到底無理で、それで仕方なく、私は聖堂に足を運んだ。

心の中で神に懺悔し、そして許しを乞う。大して意味は無い事だと思っていたけど、そうする事で私の心は驚くくらい軽くなった。

だから、自然と習慣になった。心の拠り所になった。そうしていれば、何も考えなくて済んだから。――けれど…………。

 

 

 

 

 

 

 

「悪阻の方は大丈夫なのですか?」

母上の声に、私は己の世界から強制的に閉め出される。そして弾かれた様に立ち上がると、母上から眼を逸らしつつ答えた。

「は、はい……そんなに酷くは……」

「……そうですか」

それっきり母上は何も言わない。私も何も言わなかった……否、言えなかった。どんな言葉も空しく響くだけに思えたから。

「それで?」

「……えっ?」

突然、母上から疑問の声を投げかけられた私は、思わず間の抜けた声を出す。

すると母上は、少し厳しい表情を作りながら再度言った。

「『えっ?』ではありません。どうするつもりなのですか?……お腹の中の子を?」

「!……そ、それは……」

私は反射的に一歩後退る。それは、聞かれたくなかった質問。同時に、必ず聞かれるであろう質問だった。

当たり前と言えば当たり前だ。母親、そして王妃として、娘であり王女でもある私が身重になったならば、絶対に聞いてくる事だろう。

そして、私がどんな返事をするか――私にどんな返事をさせようとしているのかも、嫌でも分かってしまった。

――――父親のいない子……過ちの子。

世間的に見れば、私の中に生まれた新しい命は、間違いなくそう呼ばれる存在だ。だから、『王女』としての身分を考えるならば、『無かった事』にするのが最良だとは私自身も思う。

(でも……でも……でも……!)

いつの間にか、私は無意識に強く頭を振っていた。それは、私の本当の気持ち。絶対に変わる事の無い一つの思いだ。

無理だ。出来ない。予想してなかったとは言え、愛する人との間に生まれた命を『無かった事』にするなんて、私には絶対に無理だ。

間違いだと分かっている。個人の感情で決められる問題でもないと。けど……けど本当にそれが正しいの?

――周りの人間の都合で、今から生まれてくる命の有無を決めるなんて……それが正しいと言えるの?

妊娠を知ってから、繰り返し脳裏を過ぎった考え。答えの返ってこない問いかけ。胸が苦しくて堪らなくなる叫び。

私はギュっと強く眼を閉じた。すると、いつしか滲んでいた涙が溢れ、雫となって頬を伝う。

母上の前で泣くのなんていつ以来だろうか? そんな事を他人事の様に思いながら、私は掠れた声で言った。

「……産み……ます……」

「本気ですか?」

間髪入れず、母上がそう返してくる。私は眼を閉じ泣き続けながら、それでも力強く頷いた。

「はい……許されざるとは分かっているつもりです。でも……やっぱり私は……」

右腕で眼を拭い、左手を下腹部に当てながら私は母上を見返す。これだけは、しっかりと相手を見て伝えるべきだと思ったから。

「この子を……愛してますから。彼との……ユリスとの間に生を成した、この子を」

言い終えた私は、空いている右手を強く握りしめる。それは、母上が返すであろう言葉の衝撃に身構えている表れだった。

――そんな勝手が、罷り通ると思っているのですか?

きっと、母上はそう言うだろう。そして、それに対して上手く返す言葉を、私は持ち合わせていない。

だから私は、多くは言わずに唯々繰り返すだけにすると決めていた。決意は変わらない。絶対産むと……ただ、そう繰り返すと。

「……」

母上が無言のまま、すっと右手を上げた。それが平手打ちを示す物だと思った私は、反射的に眼を瞑る。

けど、次の瞬間に私が感じたのは、頬に奔る鋭い痛みでは無く、優しく頭を撫でられる感触だった。

「?……は、母上……?」

予想外の事に、私は眼を開けて母上を見る。すると母上は、どういう訳か優しく私の頭を撫でながら微笑んでいた。

それは幼い頃から、母上が私を褒める時のもの。戸惑い、硬直した私に、母上は言う。

「そう言うのを期待してましたよ。よく、決心しましたね」

「えっ?……えっ?」

私は完全に落ち着きを失い、ギクシャクと両手を意味も無く動かす。

――――期待していた? 私がこう言うのを? どういう意味?

「は、母上?……怒ってないのですか?」

「ええ。確かに本当は、怒るべきなのでしょうが……そんな気にはなれません。むしろ貴女が堕胎すると言いだしていた方が、私は貴女を叱っていたでしょう」

一瞬だけ厳しい表情を作った母上は、そっと右手を私の左頬に添える。

「過ちは過ち……それは確かです。ですが、一番してはいけないのは……その過ちを否定する事。私は、そう思っています」

「母上……」

端的な言葉だったが、私にとっては十分な慰めになった。胸が熱くなるのを感じ始めた私に、母上は続ける。

「私も、出来る限りの手は尽くしましょう。それでも周囲からの批判は免れないでしょうが……頑張りなさい」

「……はい!」

先程までの悲しみによる涙ではなく、嬉しさによる涙を流しながら、私は泣き笑いの表情で力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……は?……はーは?」

「えっ?……あ……」

下から聞こえた愛らしい声に、私は追憶の世界から舞い戻る。

我に返った私は、怪訝な表情でこちらを見上げている二人の子供に笑顔を向けた。

「ゴメンなさい。ちょっと、ボンヤリしてたわ」

「はーは、だいじょーぶ?」

「かぜとか、ひーてない?」

「ううん、元気よ。それより早く行きましょう。こっちよ」

二人の間を歩きながら、私は両手を差し出す。すると瞬く間に、右手に金髪の女の子、左手に紅髪の男の子がその手を取った。

――――無事に出産する事が出来た、私の大切な……大切な二人の子供。

周囲からの圧力も影響する事無く、どちらも元気にここまで育ってくれた。本当に、心から嬉しく思う。

今日は、そんなこの子達の三回目の誕生日。そんな記念すべきこの日に、私は最高のプレゼントを贈ろうと決めていた。

勿論、簡単には行かなかった。母上達の説得にも苦労したし、そもそも禁止されて以降、衰退の一途を辿っている技術の利用も難しかった。

だけど、何とか実現した。私たちは今、私にとっては懐かしく、この子達にとっては初めての場所へとやってきている。

――――この子達にとって……もう一つの故郷とも呼べる場所に。

(……ユリス……)

一歩一歩目的地へと歩み続けながら、私は心の中で彼の名を呟く。この子達にとって、父親でもある彼の名を。

 

 

 

 

君は一体、どんな顔をするだろう? 驚くかな? それとも、この子達のあまりの可愛らしさに参っちゃうかしら?

自分の子供だから贔屓目に見ちゃうのかもしれないけど、二人共本当に良い子なんだから。

女の子の方は君譲りの金髪で、とっても可愛いの。きっと将来、私みたいな美人になるわ……って言ったら、君が笑うかもね。

男の子の方は、私譲りの紅髪で、いつも元気一杯。もう少し大きくなったら、剣を教えようと思ってるの。でも、ひょっとしたら君みたいに銃を使いたいって言うかも。

二人共、君に逢える日を楽しみにしてたんだよ。もう使われなくなっていた時間移動を、歴史に干渉しない様に使用するのは、とても大変な事だったから。

……もしかしたら、君は怒るかもね。だって私がしている事って、君からしてみればエイナ様の……君のお母さんと似たようなものだもの。

けどね、ユリス。私の事はどれだけ憎んだり恨んだりしても構わないけど、この子達だけは大切にしてあげて欲しいの。

文献が残ってなかったから分からないけど、もう君は結婚しているかもしれない。子供もいるかもしれない。

でも……それでもやっぱり、この子達は君の子供なの。私と君が愛し合って生まれた……掛け替えのない存在なんだから。

だから……だからね……笑顔で迎えてくれると、嬉しいな。

 

 

 

 

やがて、懐かしい家が眼に入ってきた。

この街で一番の豪邸であるユリス邸。あの頃から、何一つ変わっていない。もう何年も過ぎているというのに。

私は自然と胸が騒ぎだすのを感じていた。歓喜、恐怖、期待、不安……どれもが正解で、どれもが間違いでもあるように思う。

どんな風に彼と会うべきか、私は未だに決め兼ねていた。そして、それが一番正しい気がしていた。

普通の客人の様にベルを鳴らし、恐らくは出迎えるであろうスチュアートに事情を話し、それから彼と話をする。

その過程が上手くいくか、その先に何が待っているのかは分からない。でも、私は大丈夫だと確信している。

両手から感じる小さくて優しい温もり。これさえ有れば、どんな事でも耐えられる筈だから。

「さあ、見えてきたわよ」

交互に子供達に笑顔を向けながら、私は言った。

「お父さんはまだ仕事中だと思うけど、お母さんが言えばきっと会ってくれるわ。二人共、ちゃんと前に教えた通りに返事をするのよ?」

「「うん!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

久々のダークロ話です。長編とは違い、ユリスとモニカが離れ離れになったら……というのを想像して書きました。

最初はもっと悲劇的な終りにする予定だったんですが、書いてて後味が悪くなったのである程度の救いがある結末に変更。……本当に暗いのダメだな、自分。

で、一応この話の前日談を裏に置いてあります。この話単体でも読める(筈)と思いますが、興味がありましたらそちらもどうぞ。では。

 

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