〜クリスマスSS“06”〜

 

 

―――――来るクリスマスの日。

 

 

 

パームブリンクスで一番の豪邸であるユリス邸では、使用人達が朝早くからクリスマスの準備でバタバタとしていた。

家中の壁に飾りをつけ、大広間には見上げる程の高さがあるクリスマスツリーを置く。

そのツリーに、メイドのルネが飾りをつけようとした時、二階の一室のドアが開いた。

「ふわあ〜……」

大あくびをしながら顔を出したのは、現在のこの家の主である少年、ユリス。

色々あって、父親であるジラードが出て行ってからは、その事業の全てを受け継ぎ、16歳という若さに不釣合いな程の多忙な毎日を送っている。

昨夜も遅くまで仕事をしていたのだろう。目の下には僅かながら隈が出来ていた。

「おはよう、ルネ」

「おはようございます。仕事は終わりになったのですか?」

「……なんとかね。全く、クリスマスの前日だってのに、何であんな大量に仕事がくるんだろう?」

ブツクサ言いながら頭を掻くユリスに、ルネは微かに笑みを浮かべつつ言う。

「仕方ありせんよ。年末はどうしても仕事が増える物ですから」

「それは分かるけどさ……」

また不平を言いかけた彼だったが、ふと思いなおして頭を振る。

「ま、いっか。何はともあれ終わったんだし。これで心置きなくクリスマスが楽しめるわけだ」

「そうですね。今日は仕事も一切入っていませんし、思う存分楽しんでください。私たちも精一杯、準備させて頂きます」

「ありがとう、ルネ」

ユリスが礼を言った時、また二階の一室のドアが開く音が聞こえた。

「あふっ……おはよう、ユリス」

目覚めて間もないといった様子のパジャマ姿で現れたのは、真っ赤な髪が一際目立つ少女、モニカ。

かつてユリスと共に世界を救った仲間。そして今は、ユリスの一番大切な人である。

「あっ……お、おはよう、モニカ。今日は早いね」

「うん、まあね。今日はクリスマスだし。……あふっ」

口元を隠しながらまた一つあくびをした彼女に、ユリスは少々どきまぎしながら言った。

「あ、あのさあモニカ」

「ん、何?」

「その…………普通パジャマで男の前に出てくる?」

目を逸らしながら彼は呟く様に言うと、モニカはあっさりと言い放つ。

「別にいいでしょ。ユリスなんだしさ」

「……そりゃ、どうも」

言外に「恋人なんだから」と言われている事を察し、ユリスは微かに赤くなりながら頬を掻く。

「もお〜何照れてんのよ」

笑いながら軽く自分をはたいてくる彼女に、彼は困ったような笑みを浮かべた。

「あ〜……ゴメン」

――――と、傍から見れば胸焼けしそうな程甘い雰囲気を出している二人に、ルネはわざとらしく咳払いをした。

「オッホン」

「「……あっ」」

「お二人とも、早く朝の身支度をしてきて下さい」

「「…………ハイ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パームブリンクスでのクリスマスには、一応通例と言った物がある。

空が暗くなった頃に全住民が広場に集まり、ニード町長が祝いの音頭を言う。

その後で銘銘好きなように過すわけだが、だいたいの人の過し方は決まっている。

広場にそのまま残って過すか、それともユリス邸に行って過すか、このどちらかだ。

基本的に大人は広間に、子供はユリス邸に行くのが常である。

理由としては、「大きなツリーがある」「ご馳走が食べれる」等があげられる(もちろん広場にもツリーは飾るし、ご馳走も出るわけだが、

ツリーの豪華さはユリス邸の方が断然上だし、料理も子供達にはユリス邸の物の方が口に合うらしい。)

――――そういった訳で、午後七時。ユリス邸にはパームブリンクス中の子供たちが集まっていた。

「うっわあ〜〜!!すっごいクリスマスツリー!!」

「やっぱり広場のツリーより、こっちの方がいいよね!」

「料理も美味しいし!」

「「「うん!!」」」

満面の笑みを浮かべながら、幸せな時間を過している子供達を二回から眺めながら、ユリスとモニカはのんびりと語りあっていた。

「よかった。みんな喜んでくれてるみたいだな」

「それにしてもユリス、君の家って毎年こんな風に、パーティー会場みたいな感じにしてたの?」

今年初めてユリス邸でクリスマスを過すモニカが尋ねると、ユリスは軽く頷いた。

「うん。まあ去年までは、もう少し質素にやってたんだけどね。今年は父さんもいないし、

ルネやスチュアート達に頼んで、ちょっと派手にやってみたんだ」

「あーー、いっけないんだ!」

「良いじゃないか、みんな喜んでるんだし」

からかいの言葉を言う彼女に彼が笑いかけた時、下から一斉に声がした。

「ユリスお兄ちゃ〜〜ん!!」

「モニカお姉ちゃ〜〜ん!!」

「一緒に料理食べようよ〜〜!!」

「美味しいよ〜〜!!」

手を振りながら口々に呼びかけてくる子供達を穏やかな目で見ながら、ユリスはモニカに尋ねた。

「……だってさ。どうする、モニカ?」

「ふうっ、仕方ないわね。それじゃ、行きますか?」

「そうしますか」

やれやれといった仕種とは裏腹に、心底楽しそうに二人は階段を下りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後。山ほどのご馳走を平らげ、ゲーム等をしていた子供達に、ユリスが両手を鳴らして呼びかけた。

「みんな。もう遅くなってきたし、そろそろ家に帰る時間だよ」

「ええ〜〜!?やだあ〜〜!!」

「もっと遊びた〜〜〜い!!」

そろって口を尖らせる子供達に、苦笑しながらモニカが付け加える。

「駄目よ。良い子はそろそろ帰って寝なきゃ。サンタさん、来てくれないわよ?」

途端、子供達はピタッと口を閉じ、それぞれ顔を見合わせる。

「それは……ヤダよね?」

「うん」

「……帰る?」

「そうしよう」

効果抜群だったらしく、慌てて帰り支度を始めたみんなを見ながら、モニカは笑みを零しながらユリスに小声で話しかけた。

(くすっ……可愛いわね。やっぱり、あのくらいの年頃の子って、サンタクロースがいるって信じてるもんなのね)

(かもね。ボクも10歳ぐらいまで信じてたかなあ、サンタがいるって。…モニカは何歳ぐらいまで信じてた?)

(えっ?わ、私!?そ、それは……う〜〜んと……)

急に顔を赤らめた彼女に、彼は怪訝に首を傾げる。

(どうしたの?)

(……笑わない?)

(へ?)

(だから!……笑わない?)

(笑わないって、何が?)

頭上に特大の?マークを浮かべるユリスに、モニカは俯きながらおずおずと口を開いた。

(12歳……)

(え?)

(12歳まで……信じてた。サンタがいるって。)

(……)

「うわあ!意外!!」という言葉を、彼は何とか飲み込む。

(ユリス。何よ、その沈黙は?)

モニカがジト目で睨みつけた時、子供たちがそろって声を上げた。

「ユリスお兄ちゃ〜〜ん!!」

「モニカお姉ちゃ〜〜ん!!」

「お休みなさ〜〜い!!」

「まったねえ〜〜〜〜!!」

ブンブンと手を振りながら帰っていく皆に、二人は同じく手を振って見送る。

「気をつけて帰るんだよ」

「寄り道するんじゃないわよ」

それに返ってくる、「「「ハ〜〜イ!!」」」という元気のいい言葉と共に、子供達は帰っていった。

「さてっと……どうする?これから?」

少々緊張気味にユリスはモニカに尋ねる。

「そうね。寝るには……まだ早いわよね。私達にはもうサンタクロースは来ないし」

彼が何を言おうとしてるのか察した彼女は、おどけた様に言葉を返す。

それに苦笑しつつ、ユリスはそっと手を差し伸べた。

「では、ベランダにでもお付き合い願えますか?お姫様?」

「……気障な台詞ね。まあでも、それもいいかしら」

呆れた様に、しかし嬉しそうに微笑みながら、モニカは差し伸べられたその手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ……綺麗ね」

ベランダに出たモニカは思わず感嘆の声を上げる。

そこから見渡すパームブリンクスは、町中に設置されたイルミネーションが漆黒の闇を照らしている。

夜空に輝く星と相まって、それは吹き抜けてくる冷たい風さえも忘れてしまう程、幻想的な物だった。

「やっぱり良いよね、ここから見える景色は」

横に並んで立ちながら、ユリスは独り言の様に呟いた。

「あらっ?ユリスは毎年ここから見てるの?」

「うん。ひとしきりパーティー楽しんだら、この景色を見るんだ。すると何かこう……クリスマスなんだなあって感じるんだ」

「へえ〜意外。君の事だからクリスマスの日もずっと機械いじくり回してると思ってた。結構ロマンチストなのね」

その言葉に、彼は少し不機嫌そうな声で尋ねた。

「……それって褒めてる?それとも馬鹿にしてる?」

「やあね、褒めてるに決まってるじゃない!」

軽くユリスの背中を叩きながら、モニカは可笑しそうに笑う。

「でも……」

不意に笑みを消し、彼女は町並みに視線を移しながら呟いた。

「うん?」

「何か……不思議だよね。ユリスとこうやって……クリスマスが過せるって」

「……モニカ」

ユリスは何と言っていいか分からずに小さく呟く。

そう……本来なら、自分と彼女は一緒にクリスマスなどを過せるはずがないのだ。

現在と未来。それぞれ違う時代を生きてきたものなのだから。

それなのに、自分達はこうして同じ時間を過している。この世の理からすれば、まぎれもなく自分達は罪人だろう。

だがそれでも、ユリスは今ここに彼女がいる事を幸せに思う。もう他に何も要らないとさえ感じる自分がいた。

かつて、あれほどまで慕っていた母でさえ、今はもう彼女の代わりにはなれない。

それほどまでに、モニカという少女の存在は、彼の中で大きくなっていた。

「あっ……ゴメンねユリス。またこの話しちゃって」

急に黙り込んだユリスに何かを察したのか、彼女は少々慌てた感じで口を開く。

「……いいんだよ。気にしちゃうのは仕方ないさ」

ボクだって、と続けながら、ユリスはモニカと同じ方に視線を向ける。

「不思議に思うよ。君がずっと……ボクの傍にいてくれるって事に。不思議に思し……とても嬉しく思う」

「ユリス……」

仄かに頬を赤くさせながら、モニカは彼の横顔を見つめる。

その視線に気づいたのか、ユリスは彼女に振り向いて微笑んだ。

「サンタにお礼言わなきゃな。今年は最高のクリスマスプレゼント貰ったんだし」

「あら。それなら私だって言わなきゃいけないわね」

照れ笑いをしながらモニカはおどけた様子で言う。そして、二人は同時に口を開いた。

「「君と一緒のクリスマスをありがとうって!」」

言い終わると共に、揃って弾けた様にユリスとモニカは笑った。

「メリークリスマス、モニカ」

「こちらこそ。メリークリスマス、ユリス」

互いに言い合い、それからどちらともなく身を近づける。

星々の輝きと街のイルミネーションの祝福を受けながら、若き恋人達は静かに口付けを交わした。

 

 

 

 

――――――願わくばずっと、君といっしょにクリスマスが迎えられます様に……

 

 

同時に心に思ったその願いは、果たして天に届いただろうか?否、届いたに違いない。

幼くして世界を救った、少年と少女の願いなのだから…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

どうにか間に合ったクリスマス話。

レザルナとの戦いの後すぐのクリスマスって設定です。

そんなわけで(どんなわけだ)ちょっとシリアスが混じってます。まあ、基本的には甘いですけどね()

これで今年中の更新は終了です。また来年もよろしくお願いします。では。

 

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