〜未来、それから……〜

 

 

 

 

 

 

――――――レイブラント城。

モニカがユリスと共に、過去の時代へといってしまった翌日。

レイブラント城は、突然の王女の失踪に誰もが捜索の為に慌しく走り回っている……筈なのだが、妙に静かであった。

勿論、未だにモニカがいなくなっている事に気づいてないわけではない。

――――少し時間を戻して早朝。

一人の侍女が、モニカの部屋が空室なのに気づき、慌てて王妃に事を告げた。

「た、大変です王妃様!!」

「……どうしたのです?」

おっとりと返事をした王妃に、侍女は大声で捲し立てる。

「モ、モニカ様が、お部屋にいらっしゃらないのです!!」

「モニカが?……そうですか」

王妃はそっと溜め息をつき、それから柔らかな笑みを浮かべた。一方、侍女は王妃のあくまで落ち着いた態度に戸惑い、遠慮がちに尋ねる。

「あ、あの王妃様?」

「……それでは、前に言ったとおりにお願いしますね」

そう言いながら、王妃は傍らにいた兵士に目を向ける。すると兵士は、軽く笑いながら頷いた。

「お任せを」

「ええ」

王妃は頷き返し、再び侍女に視線を戻す。

「伝えてくれてありがとうございます。この事は私達で何とかしますから。もう下がって良いですよ」

「えっ?あ……は、はい!」

そう言われ、侍女は「どういう事?」と怪訝に思いつつも、部屋を出て行った。

「では、私も」

短くそう言った兵士もまた、足早に部屋を出て行き、それを見送った王妃はふと、中空を眺める。

「……自分から勧めたとは言え、いざあの娘がいなくなると、寂しいものですね……」

――――――そしてその後、王妃に命じられた兵士が何をしたのか定かではないが、城の者達は普段通りの一日を過していた。

 

 

 

 

 

 

 

「今更言うのも何ですが、思い切った事をしましたね」

正午も過ぎた頃、王妃の間にエイナが訪れてきた。

そして訪れるや否や、苦笑交じりに彼女が言った言葉に、王妃は静かに笑いながら返す。

「エイナ殿、それは貴方とて同じでしょう?」

「っ、確かに。しかし、城の者も思ったより慌てませんでしたね。私の予想では、大半の者が驚き、そして悲しむかと思っていたのですが」

「……あの娘の気持ちは、もう城の者の殆どが知っていましたからね」

王妃のその言葉に、エイナは「成程」と笑みを浮かべ、それから王妃の傍に歩み寄る。

「それにしても、これからどうなさるおつもりです?」

「…………追々、考えていきます」

短くそう言った王妃に、エイナは「そうですか」と軽く頷く。

王女がいなくなった……これは即ち、王位を継ぐ者がいなくなったという事。これがどんなに重要で深刻な問題か、想像するのは至極容易い。

だが、これはこれでいいと王妃は感じた。自分の娘――モニカが幸せになるなら、と。

その為なら、自分は出来る限りの事をしよう……改めてそう決意し、王妃はそっと中空を見上げる。

(あの人は……どう思うかしら?……きっと、分かってくれますよね……)

空の彼方にいる夫を思い浮かべていた王妃だったが、ふとある事を思い出して、エイナに話しかけた。

「それはそうとして……エイナ殿、本当によろしかったのですか?」

「えっ?」

不意に尋ねられ、首を傾げるエイナに、王妃は穏やかな口調で言う。

「あなたも、一緒に帰ってよかったのですよ?」

「…………」

エイナは暫し黙り込み、考え込んでいたが、やがて苦笑しながら首を振った。

「もう、いいんです。あの子はもう、私がいなくても……悲しんだりしませんから。それに…………あの人も」

「……そうですか」

その笑みの裏に隠された寂しさを感じ取り、王妃は多くは言わずに頷く。

「でも……」

「……何ですか?」

「いえ、昔はあの子が早く親離れして欲しいと願っていましたが……いざそうなってみると、寂しいものですね」

「……そうですね」

同じ子を持つ母親として、その気持ちは痛いほど分かる。王妃はゆっくりと頷いた。

「まさか、本気は無かったとはいえ、母親に銃を向けるとは思いませんでした」

「ああ、あれですか。それは私とて同じです。モニカの事を……私の娘の事を、あそこまで強く愛してくれていたとは思いませんでしたから」

「……あの二人、いつからお互いを想っていたと思います?」

「さあ、それは……でも、少なくともモニカは、三年前からでしょうけどね」

「そうなんですか?」

「ええ。暇があったら、いつも彼の事を話していましたから」

可笑しそうに笑い出した王妃に、エイナもつられて笑い出した。

「……そうですか。ユリスは、どうだったのかしら?最後に聞いておくべきでしたね」

「……まあ、いいじゃないですか。今はもう、互いに互いが一番大切な人なのですから」

そこで言葉を一旦きり、笑みを消して王妃を言った。

「……だから、私達も頑張らなければいけません。あの子達が、ずっと一緒にいられるように」

「……分かっております」

真剣な表情で頷き、エイナは力強く口を開いた。

「これからも、及ばずながら尽力させて頂きます、王妃」

「ええ。……お願いしますね、エイナ殿」

それから黙ってエイナは部屋を出て行き、王妃を再び自分の仕事に戻った。

――――もう会うことの出来ない、我が子の幸せの為に……。

 

 

 

 

 

 

 

――――セイカ邸。

「え〜〜!?ユリス兄ちゃん、自分の家に帰っちゃったの!?」

「ええ、そうよ。場所は教えてくれなかったから、残念だけどもう会えないわね」

盛大に不満げな声を上げた息子の頭を撫でながら、セイカは言う。

するとユイヤは、悲しそうに俯きながら口を尖らせた。

「酷いなあ、ユリス兄ちゃん。何にも言わないで、どっか行っちゃうなんて。せめて最後に挨拶ぐらいしてくれても……」

「そう言わないの、ユイヤ。ユリスにはユリスの事情があるんだから。……あ、そうそう、彼から貴方に伝言を頼まれてたんだわ」

「えっ?ユリス兄ちゃんが、僕に?」

途端、顔を上げて瞳を輝かせた息子に、セイカは思わず笑みを零す。

「クスクス……ええ、そうよ。『弟が出来たみたいで、楽しかった』だそうよ」

「うわあ!ユリス兄ちゃん、そんな風に思ってくれてたんだ!えへへ、実はねママ、僕もユリス兄ちゃんの事、本当のお兄ちゃんみたいに思えて

 凄く楽しかったんだ!!」

「あら、それは良かったわね。……でも珍しいわね、ユイヤ。貴方、どっちかというと人見知りする方なのに」

「えっ?あ……そうだよね。僕も自分で変だなとは思ったんだ。出会ってすぐの人……それも、家の前で倒れた何処の誰かも分からない人と居て、

 楽しいって感じるのは。だけど……」

「だけど?」

「だけどユリス兄ちゃんって、本当に家族みたいな気がしたんだ。まるで、何処かで会った様な気が……」

「っ……そう」

ユイヤの言葉に、セイカは思わず息を呑んだ。それと同時に、彼の頭にそっと手を置き、優しく髪を撫でる。

――――……一体、何と言えば良いのだろう?

彼女は暫しの間逡巡したが、やがて眼を伏せながら口を開いた。

「そう思っても、不思議じゃないわね」

「え?どういう意味、ママ?」

「あ……気にしないで、独り言よ」

「へえ、ママが独り言?珍しいね」

「ふふ、そうかしら」

キョトンとした表情で呟いたユイヤの頭を、再度セイカは優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふうっ」

自分の部屋に戻ったセイカは、溜息を一つつくと、傍らにあった本棚をゴソゴソと漁り始めた。

「確か、この辺に……」

独り言を洩らしながら、彼女は先程の会話を思い返す。

(あの子も案外鋭いわね。それとも……これも『血』の成せる業、なのかしら?)

人という存在、そして時間という概念は分からない。そして、同時にとても面白いものだと、セイカは思った。

「!……あったわ。」

探していた物――古い日記帳の様な物を手に取り、セイカは我知らず笑みを零す。

「えっと……確か……」

部屋の椅子に腰掛け、パラパラとページを捲る。そして、ある1ページに辿り着き、彼女は静かにそのページを読み始めた。

『8月25日、晴れ。

 きょうは、パパとママに面白い話を聞きました。セイカのご先祖様の事についてです。

実は、セイカのご先祖様に、とっても凄い人がいたんです。話を聞いて、とてもビックリしました。

それはセイカの、遠い遠いおじいちゃんの事なんですが、その人はすっごい発明家だったんです!

どれくらいすごいかはよく分かんなかったけど、とにかく色んな機械を次々に発明したんだそうです。

そして、その人は銃の名手でもあったんだそうです。悪い奴をバンバン撃って、平和を守っていたんだそうです。

おまけに金髪に青い目で、とっても格好よかったんだって!そんな凄い人がご先祖様で、セイカは何だか嬉しくなりました。

でもでも!その人のお嫁さん、つまりセイカの遠い遠いおばあちゃんは、もっと凄い人だったんです!

何と!その人は王女様だったんだそうです!それも、長くて紅い髪が特徴のすっごい美人さんで、剣の達人だったそうです。

つまり、セイカも王家の子孫になるんです!という事は、セイカも王女様になれる!?って思ったんだけど、

パパとママに「それは無理」って言われちゃいました。はあっ、どうしてだろう?なりたかったなあ、王女様。

でも王女様もいいけど、すっごい発明家もいいなあ、と後から思いました。

だからパパとママに「発明家になら、なれる?」って聞いたら、「頑張ればね」って言われました!よし、今日から勉強しよっと!!

それにしても、セイカの遠い遠いおじいちゃんとおばあちゃん。二人に一度会ってみたかったなあ。

どんな風に出会って、どんな風に恋に落ちたんだろう?あ〜〜〜気になる!!

そう言ったら、ママが不思議な事を言いました。「セイカなら、もしかしたら会えるかもね」って。どういう意味だろう?

う〜〜〜ん、よく分かんない。でもまあ、会えるんだったら会いたいなと思いました。

といわけで今日の日記はココまで!ご先祖様の夢を見るために、今日はもう寝ます。お休みなさ〜〜〜い!』

「…………」

幼き頃の自分の日記を読み終えて、セイカは静かに目を閉じる。

――――今はもういない両親から聞いた、この話。何度も驚き、憧れた話。

そして、あの時は分からなかった母親の言葉。彼女は今、その言葉の意味を悟る。

(こういう事だったのね。もしかしたら、会えるって……)

何故、あの時両親は名前を出さなかったのか、なぜ自分なら会えるかもしれないと言ったのか……全ての謎は解けた。

(ユリス……モニカ様……あの二人が、私の遠い遠いおじいちゃんとおばあちゃん……)

言葉で言い表せない、不思議な満足感がセイカの心を満たす。彼女は目を開け、天井を見上げながら、心の中で呟く。

(本当に、凄いご先祖様だったわね……会えてよかった)

「ねえ、ママ〜〜!お腹空いた〜〜!!」

リビングから我が子の声が聞こえ、セイカはふっと笑いながら返事をした。

「はいはい。直ぐに仕度するわ」

――今度、ユイヤにも話してあげましょう。驚くかしら?

そんな事を思いながら、彼女は椅子から立ち上がると部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

――――ユリス……モニカ……どうか、幸せに……。

三人の女性が、同時に願ったその言葉は、きっと神に届いただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

というわけで、長編の補完話でした。

今更ですが、タイムパラドックスの事を持ち出すとややこしくなりますので、スルーでお願いします<m(__)m>

セイカとユイヤの素性については、本当はもう少し違った物だったんですけど、色々あって、こういう形になりました。

この話を読んでからもう一度長編を読むと、また違った物が見えてくる……かも知れません()

さて、これで本当に『時代を君と共に』は完結です。お読み頂いてありがとうございました。では。

 

inserted by FC2 system