〜クリスマスSS“07”〜
シャーロットの森の停車場に、バース壱号が派手な音を立てて停車する。
連日降り続けた雪の為、森全体は、見る物全てが白銀に覆われていた。
一両目のドアが開き、厚手のコートの手袋、そして毛糸の帽子を被った一組の男女が姿を現した。
「うっわあ!……本当に白一色ね」
「うん。森って、雪が降り積もると、こんな風になるんだ……」
生まれて初めて見る光景に、彼らは感嘆の声を漏らす。
……と、その時、バース壱号の運転席から年老いた男性が顔を出した。
「そいじゃあ二人とも!夕方ぐらいに迎えに来るからな!!」
「分かった。ありがとう、スターブル!」
「帰りも気をつけてね〜〜〜〜!!」
汽笛と共にバース壱号が姿を消すと、二人はゆっくりと顔を見合わせる。
「さてと……それじゃあ、いこっか?」
「うん!!」
彼ら―――ユリスとモニカは、手袋越しに手を繋ぎ、静かに森の奥へと入って行った。
清廉なる白色のみが支配する森の中に、ユリスとモニカが地面の大地を踏みしめる音だけが、微かに響き渡る。
その刹那、急に吹き抜けた真冬特有の冷たい風に、ユリスは思わず身を縮めた。
「うう……こんなに着込んでるとはいえ、やっぱ寒いなあ……」
「もうっ、ユリスたら。いっつも暖房きかした部屋の中にいるからよ」
対するモニカはさして堪えた様子も無く、呆れた仕種で彼に言う。
普段から活発に外で活動している彼女には、これの程度の寒さは問題ではない様だ。
「そ、そんな事言ったって……仕事があるんだから仕方ないだろ?」
「あら、何よ?それじゃまるで私が、仕事しないで遊びまくっているみたいじゃない?」
「べ、別にそんな意味は……」
「そ・れ・に。例え仕事が無くったって、どうせ部屋にこもって研究や発明ばっかりしてるんじゃない?君の事だから」
「……」
図星を突かれ、ユリスは言い返す言葉が見つからずに黙り込む。
「でしょ?だから、変に理屈こねないの!」
「……そうだね」
モニカのその言葉に、彼は苦笑しながら頷き返した。次いで、ふと歩を止めて視線を中空へと移し、独り言の様に口を開く。
「それにしても……本当に冬の森って、何か不思議な感じがするな」
「本当。……来て良かったでしょ?」
つられて足を止め、笑顔でこちらに振り返った彼女に、ユリスは大きく頷いた。
「……うん」
――――シャーロットに行きたいと言い出したのは、モニカだった。
昨日の夜……即ちクリスマス・イブの夜に、深々と降る雪を窓越しに眺めながら、彼女はこう言ったのだ。
「ねえ、ユリス!明日さ、シャーロットに行ってみない?」
何かの書物にでも影響されたのか、はたまた単なる思いつきなのか定かではない。(ユリスは後者だと思っている)
ともあれ、別に断らなければならない理由も嫌がる理由も無く、彼はあっさりとその提案を受け入れ、現在に至る。
肌を突き刺す様な寒さはいただけないと微かに感じつつも、ユリスは来て良かったと素直に思った。
「静かだな……」
「えっ?」
不意にポツリと呟いた彼に、モニカはキョトンとした顔で振り返る。
「いや……静かで新鮮だなって。思えば、クリスマスの日に、こんな静かな場所にいるのって、初めてだからさ」
「……そっか。私は何度か経験あるからそんなに新鮮とは思わないけど」
「へっ?……モニカが?」
思わず聞き返したユリスだったが、自分の口調がかなり意外そうな物になっていたのに気づき、慌てて口を押さえる。
……が、ジト目でこちらを睨んでいるモニカを見て、心の中で後悔の溜息を漏らした。
(しまった……これは、機嫌損ねたぞ……)
「な〜〜〜によ、ユリス?その、意外そ〜〜〜〜な声は?」
(……やっぱり)
予想通りの反応に、彼はバツが悪そうに頬を掻く。暫くして、「ゴメン。」と謝罪した後、率直に彼女に尋ねてみた。
「正直言って、本当に意外だなって思ったんだ。ほら、君って王女だろ?クリスマスの日なんて、お城で盛大なパーティ開いて、
大勢の人と、楽しく過してたんじゃないかなって」
「……そう思うのも……無理ないわね……」
すると、モニカはどういう訳かユリスから顔を背け、俯き加減で歩き出す。
「えっ?……モ、モニカ?」
突然の彼女の行動に、一瞬呆けた様に立ち止まっていた彼だったが、すぐに慌てて彼女を追う。
「ど、どうしたの、いきなり?」
「…………」
ユリスの問いかけにも、モニカは何も答えない。ただ無言で首を振り、「何でも無い。」と、その仕種で表現して見せた。
(……モニカ……)
「……ゴメン、ユリス。急に黙り込んじゃってたりして」
暫くして、彼が心の中で彼女の名を呟いたのと殆ど同時に、彼女が静かに口を開く。
そして、モニカは歩き続けながら真っ直ぐに視線をユリスへ向け、先程とは打って変わって、寂しげな笑顔をした。
「ちょっとさ……思い出しちゃって」
「思い出した……?」
「うん……昔の……父上が生きていた時の、クリスマスをね」
―――――――ひょっとしたら、自分は言ってはいけない事を、言ってしまったのかもしれない。
心の中でそう思いながらも、ユリスはモニカに尋ねてみた。
「お父さんが……生きていた時の、クリスマス?」
「うん。……って言っても、そんなに遠い昔もないけどね」
小さく舌を出しながら、彼女は笑って見せたが、彼はその笑顔に見覚えがあった。
彼女が、深い悲しみを感じている時に見せる笑顔――――心の内を誤魔化す為の、偽りの笑顔である。
「ユリスの言った通り、私は小さい頃から、クリスマスは大勢の人と過してたよ。
だけど……楽しいって思う時は、全くと言っていい程無かった……」
薄暗い雲に覆われている空を、軽く見上げながら、モニカは目を閉じて言葉を続けた。
「見ず知らずの人や、好きでもない人に愛想振りまいて、無理して笑って見せて……苦痛でしかなかった。
だから、よくパーティ抜け出したりしてたの…………」
不意に冷たい風が二人の間を突き抜けた。
同時に、普段と違い一つに纏めていないモニカの紅髪がフワリと靡き、ユリスは思わずそれに目を奪われる。
「そしてね、決まって城の近くにある小高い丘に行ってたの。なんでかは知らないけど、そこにいると見つからないのよ。
それから私は、そこでずっと待っているの。ヒラヒラと降る雪を眺めながら……父上が迎えに来てくれるのを」
「……お父さんが?」
彼が尋ねると、彼女は「うん」と頷き、懐かしむ様な口調で言う。
「……パーティが終わる頃かしら?時間が止まった様に立ち尽くしている私の耳に、ザクッザクッって雪を踏む音が聞こえてきて、
振り返るとそこには父上が立っていて……静かにこう言うの、『帰るぞ』って」
「…………」
「普段あんまり構ってくれない父上が、構ってくれるその瞬間が、すっごく嬉しくて……何度も何度も同じ事を繰り返した。
だけど父上は…………一回も怒りもせず、必ず私を迎えに来てくれた」
モニカがそこまで言い終えた時、いつしか空から雪が舞い降り始めていた。
音もなく降り続ける白い結晶は、頬に触れるたびに、僅かな冷たさと共に、水へと姿を変え、消滅していく。
「そんな事があったからかな?私……クリスマスを静かな所で過すのが、好きになっていった。
……別に去年の様な、沢山の人と心から笑い合って過すのも嫌いじゃないけど……」
瞬間、彼女は憂いを帯びた瞳で彼を見つめ、儚げな表情で呟く。
「今年は……こんな静かな場所でクリスマスを過したかった。……君と、二人で……」
「……そうだったんだ」
言いながら、ユリスはそっとモニカの腕を握り、軽く自分の方へと引き寄せる。
彼女はさして抵抗する様子も無く、ゆっくりと彼の胸へと頬を埋めた。
「だから……ここに来ようって?」
「……うん。だけど……君のあの言葉で……父上の事……思い出し……ちゃって……」
微かに嗚咽の交じった声で、モニカは小さく頷く。…・やがて、堪えきれずに涙を流し始めた彼女の髪を、ユリスは優しく撫でた。
「モニカ……」
「……ゴメン……!泣きたくなんか……ないのに…………!!」
「……いいよ、我慢しなくて」
―――――父親の死。
それがモニカの心にどれ程大きな傷を作ったのかは、ユリスは痛い程理解している。
なのに、自分の何気ない一言で、彼女の傷を抉る様な真似をしてしまった。
(……ゴメン、モニカ)
――――いつか、この彼女の傷を、完全に癒せる事が出来るのだろうか?
心の中で、そんな事を考えながら、彼はゆっくりとモニカの顎を押し上げ、そっと唇を重ねた。
……それが今、彼女を癒やす事の出来る、唯一の事だと思って。
「……ん……」
くぐもった声が漏らしながらも、モニカはその感触に全身の力を抜き、ユリスに身を委ねる。
――――――長い間、寒い場所にいたのにも関わらず、口づけには確かな温もりがあった。
「……さて、そろそろ夕方だな」
「本当……スターブルが待ってるわね」
「うん……モニカ」
「何?」
「……来年も、また二人で来よう。……ここに」
「……ユリス」
「嫌かい?」
「……ううん。……ありがとう、ユリス」
「お礼なんていいよ。……それじゃ、モニカ……」
すっと手を差し出しながら、ユリスは優しい笑顔を浮かべながら言った。
「帰ろう」
―――――――その言葉に、モニカはとびきりの笑顔で頷き、そっと差し出された彼の手を握った。
あとがき
ギ、ギリギリ間に合いました、本年度のダークロクリスマスSS。
前回より切ない・・・というよりしんみりした話になりましたが、いかかだったでしょうか?
楽しんで頂けたのなら幸いです。では。