〜たまには……〜
――――――七色蝶の森。
「……ったく!弱い魔物程、群れて出てくるんだから!!」
荒々しく悪態をつきながら、モニカは次々と襲い掛かる魔物達に、容赦なく斬撃を与えていく。
その次の瞬間には、魔物達の断末魔の叫びが木霊し、そしてまた新たな魔物達が…………
(くっ!……そろそろ辛くなってきた……っ!)
いくら相手が雑魚とはいえ、こうも大群で次々と襲い掛かって来られると、流石に体力がもたない。
ジワジワと剣を持つ腕に力が入らなくなっていくのを感じ、彼女は一瞬柄にもなく後ろ向きな事を思った。
(一旦、退いた方がいい?……ううん、そうする訳には……っ!)
即座にその考えを打ち消し、再び剣を強く握り締めたモニカだったが、その刹那の時間に僅かな隙と気の緩みが生じていた。
「ガアアアアアッ!!!」
「!?……しまっ……」
死角から突如として迫ってきた魔物の攻撃に、ハッとした彼女は気配の方向に振り返る。
……しかし、時は既に遅かった。
「……っ!!!」
不快の音から一瞬間を置いた後、凄まじい激痛がモニカを襲った。
「……ふう。これでとりあえず片付いたか」
少し気障な仕種で銃をホルスターにしまいつつ、ユリスは安堵の溜息をつく。
しかし、すぐに次のモンスターの気配を感じ、軽く舌打ちをすると共に、近くの茂みに身を隠した。
(ちっ!数も強さも、以前来た時とは桁違いだ。『アレ』はこれを示していたのか。…やっぱり、モニカを行かせるんじゃなかったな)
―――『ラピス』を求めてやって来た、七色蝶の森の最深部。
ここに踏み入れる直前、ユリスとモニカは些細な口論を交わしていた。
……
…………
「ここからが最深部か」
「みたいね。それにしても……こんな広い所で物探しなんて、骨が折れるわね」
まっ、やるしかないんだけど、と呟いたモニカに、ユリスはそっと声をかける。
「……ねえ、モニカ。何か……変な感じしない?」
「?……変な感じ?」
「うん。何というか……こう、背中がゾワゾワする様な感じが」
さっきからずっとするんだよね、と彼が言うと、モニカは何故か急に不機嫌な口調になって答えた。
「……さあ?気のせいでしょ。」
「そうかなあ……?まあ、そうかも……」
イマイチ納得していないユリスを、彼女は苛々した表情で急かす。
「ほら!くだらない事で悩んでないで!ユリスはそっちを探して。私はこっちの方を探すから」
そう言うなり、スタスタと右奥の方に歩き出したモニカを、ユリスは驚いた様に呼び止めた。
「ち、ちょっと!?モニカ!!」
「何よ!?」
ギロリと睨みながら振り返った彼女に、一瞬恐怖を感じたユリスだったが、すぐに気を落ち着けて口を開く。
「いや、何をって……まさか、二手に分かれる探す気なのかい?」
「当たり前でしょ!?この広い森の中の何処にあるかも分からない『ラピス』を探すのよ!!別々に行動した方が良いに決まってるじゃない!!」
「それは……そうだけど……」
どう言っていいものか分からず、ユリスは言葉を濁した。確かに、彼女の言っている事は正しいと思う。
しかし、先程から感じている得体の知れない感覚―――不快なザワザワが、どうにも気になって仕方が無いのだ。
(でも、今のモニカに言っても意味無いだろうな、こんな事……というより、何で妙に機嫌が悪いんだ?)
「……何よ?」
「えっ?」
どうやら不意に物思いに耽っていたらしい。刺々しくモニカが声を掛けてきて、ユリスは思わず間の抜けた返事をする。
それに対して、マズイと彼が思うより早く、苛立ちが最高潮に達した彼女が爆発した。
「もうっ!何なのよ、まどろっこしいわね!!二手に分かれるのが嫌なの!?どうなの!?」
「……嫌じゃないさ。そうしよう。」
凄まじい剣幕に圧倒されながらも、ユリスはハッキリとそう告げる。
こうなってしまった彼女は、もう何を言おうが聞く耳持たずなのは、重々承知だったからだ。
「じゃあ、僕はこっちに行くから。モニカ、気をつけてね」
「言われなくても分かってるわよ!君こそ私のお守りがないんだから、無茶するんじゃないわよ!!」
「っ……了解」
モニカの物言いに少々ムッとしたものの、ユリスは特に言い返す事もなく、森の左奥へと入っていった。
……
……………
(何だか心配になってきたな……)
無意識にモニカがいるであろう方角に視線を移しながら、ユリスは不安を覚えた。
彼女の事だ。きっと少々無鉄砲ともいえる戦い方で、きっとモンスター達を蹴散らしている事だろう。
一見すると無茶の戦法だが、それでも十分彼女が強い事は、ずっと一緒に戦ってきた自分が誰よりも知っている。
――――そのモニカが、まさか……とは思う。しかし、万が一の可能性を考えると…………
(……決めた)
暫しの間、葛藤に駆られていたユリスだったが、やがて大袈裟な溜息を共に首を振った。
「どうせ、怒られるだろうけど……このままじゃ気になって仕方が無い。モニカを捜して合流しよう」
そう言うと同時に、彼の足は自然と駆け出し始めていた。
「……痛っ!……油断してたわ……くっ……!」
左足を引き摺る様に動かしながら、モニカは痛みを堪えつつ、懸命に歩いていた。
(それにしても、危なかった……後一秒でも、気づくのが遅かったら……)
先程の戦闘を思い出し、彼女は不意に寒気を感じて無意識に鳥肌をたたせる。
ギリギリで反応できたから、どうにか致命傷は避けられたものの、負った傷は決して小さくはない。
加えて身体の疲労もかなり溜まっており、モニカは正直言ってかなり厳しい状況に陥っていた。
(さっきの魔物は何とか倒せたけど、これからどうしよう……?)
応急処置をした左足の患部を左手で押さえつつ、彼女は考える。
(……最優先するべき事は、とりあえず体力の回復と傷の手当ね)
現在の己の常態からそう判断した彼女は、次にどう行動するべきかについて、頭を働かせた。
(手持ちの道具は全部使っちゃったし……となると回復の泉を探すか……或いは……っ!)
……と、そこまで来て、今一番考えたくない人物の顔が浮かび、慌ててモニカは首を振ってその顔を打ち消す。
「ああっもう!……とにかく、回復の泉を探そう。それがいい……っ!?」
半ば自棄気味に叫んだ瞬間、彼女は近くに生えていた木の枝に左足を取られてしまった。
「きゃあっ!!……っ〜〜!」
そのままうつ伏せに転び、更には右足首を挫いてしまう。左足の傷の痛みに、右足の捻挫の痛みがプラスされ、モニカは心の中で悲鳴を上げた。
「ちょっ……もうっ!なんで、こんな時に捻挫なんか……うっ!」
愚痴を零しながら立ち上がろうとするが、両足から感じる痛みにとても出来そうに無い。
そろそろと捻った足首に手をやりながら、彼女はその場に座り込むしかなかった。
「はあっ……もう最悪……」
不幸中の幸いというべきか、辺りに魔物の気配は感じない。多少の間は、休む事が出来るだろう。
しかし、その間に捻挫が治る保証が、どこにも無い事は明白だった。……と、その時だった。
〔だから、変な感じがするっていったんだよ〕
「っ!?……悪かったわね!!」
不意に聞こえた、今一番会いたくない人物の声に、モニカは反射的に怒鳴り返す。
だが直後、周りに誰もいない事に気づき、呆然とした様子で呟いた。
「や、やだ……空耳?」
自分の声が虚しく木霊しくのを、彼女は恥ずかしそうに聞き入る。そして、盛大に溜息をついた。
「……はあっ。本当に変だわ、最近の私」
――――……いつからだろう?こんなに情緒不安定になっていったのは……?
ふと自問するが、答えは当の昔に出ている。
(ユリスが……強くなってから……よね……)
最初に出会った時とは、まるで別人の様になっていったユリス。
レンチやハンマーを使っての接近戦は正直褒められた物ではないが、自分で改造した銃を用いての射撃技術は、眼を見張るものがあった。
そんな彼に対して、最初は自分も純粋に喜んでいたのを、モニカは今でも覚えている。
彼が強くなれば、それだけ戦闘においての自分の負担も軽くなるし、ちょっとしたヒロイン気分も味わえる。そう思っていたからだ。
……けれども、そんな気持ちも長くは続かなかった。
ユリスがどんどん腕を上げていくのを見ている内に、モニカはしだいに焦燥感を抱かずにはいられなかった。
(もし、ユリスが私より強くなっちゃったら……私の存在価値って、何なんだろ……?)
元々、自分は彼と比べて、圧倒的に劣っている事の方が多い。
彼みたいに知識が豊富な訳でも無いし、感情のコントロールだってロクに出来ない。おまけに生活能力だって、彼の足元にも及ばない。
自信を持って彼より優れていると言える事といえば、それこそ戦闘ぐらいだ。―――なのに……それさえも、失ってしまったら……
(……バッカみたい……何考えてるんだろ……私……)
膝を両手で抱え、そこの顔を埋めながら、彼女は沈んだ気持ちに溺れていく。
(さっきだって…・ユリスが魔物の気配を感じられる様になってたからって……一人で怒って……結局、この有様……)
――――バッカみたい……バッカみたい……バッカみたい……
…………ひたすらに自己嫌悪を繰り返し、モニカは知れず涙を流していた。
―――――…………どれくらい、そうしていただろう?
(っ!?……魔物!?)
不意に目前の茂みがざわめき出し、モニカはハッとして剣を握り締め、立ち上がろうとする。
しかし、未だ捻挫は治っておらず、直後に奔った激痛に、思わず声を漏らしてしまった。
「……うっ……!」
「っ!……モニカ、大丈夫?」
(……えっ?)
途端、茂みの中からユリスが現れ、彼女は暫し呆然と彼を見つめる。
(な……何でユリスが此処にいるのよ……!?)
「?……どうしたの、モニカ?そんな所でへたり込んで?」
動揺するモニカの事など知る由もない彼は、キョトンとした表情で疑問の声を発する。
それに対して、無性にカチンときたモニカは、思わず怒鳴った。
「う、うるさいわね!!……っていうか、どうして君がここに……痛っ!」
その際に、反射的に立ち上がろうとしてしまったモニカは、両足の痛みに顔を顰めて蹲る。
……と、その時になって、ユリスはようやく彼女の状態に気がついた。
「あ……モニカ、怪我したの!?」
「べ、別に……大した傷じゃ……」
「何が大した事ないだよ!相当深い傷じゃないか!!」
素早くモニカの傍に駆け寄った彼は、彼女の左足の傷を見て声を荒げる。
出血はもう止まってる様だが、包帯代わりにしている白布は殆どが血で染まっている。素人が見ても、一目で重傷と分かる物であった。
「これで立てなかったのか……」
「ち、違うわよ!こんな傷で立てなくなる程、ヤワじゃ……っ……!!」
納得した顔で頷いたユリスに文句を言おうとしたモニカだったが、捻挫した右足首が痛み出し、またしても顔を顰める。
そして、不意に右足首を手で押さえた彼女を見て、ユリスは更に驚いた様子で叫んだ。
「っ!?まさか……捻挫までしたの!?」
「…………」
知られたくない事を全部知られてしまい、モニカは恥ずかしさと情けなさで黙り込む。
(あ〜〜〜あ……何だって、こう最悪な事ばっかり続くのよ……)
内心でそう呟き、眼を閉じて溜息をついた彼女だったが、次の瞬間、身体がフワリと浮かぶのを感じた。
―――――……えっ?
突然の出来事に、モニカは暫し何が起こったのか理解出来ずにいたが、やがて状況を把握すると真っ赤になって叫び出す。
「ち、ちょっとユリス!!な、何するのよ!?」
「わっと!……ったく、こんな時ぐらい大人しく出来ないの?」
「よ、余計なお世話よ!!そ、それより質問に答えてよ!!」
「え?ああ……それじゃ動けないし、このまま此処にいる訳にもいかないだろ?これで満足?」
「だ、だからって……こ、こんな……」
「あ、おんぶの方が良かった?」
「っ……そんな訳ないでしょ!!」
ユリスにしっかり膝の裏側と背中を抱きかかえられ、俗に言う『お姫様抱っこ』の状態にあるモニカは、とにかく彼に食って掛かっていた。
……そうでもしないと、真っ赤な顔を誤魔化せなかったからだ。
(こ、こんな事されたの……初めてだわ……)
やがて、言葉の弾丸が尽きた彼女は、前髪で出来る限り顔を隠して俯いた。
心臓がドクンドクンと鳴り響き、僅かながら眩暈すら覚える。とにかく、いてもたってもいられない状態だ。
しかし、何か言おうにも頭の中が真っ白になって、言葉が出てこない。今のモニカに出来る事と言えば、心の中で絶叫するくらいの物だった。
(あ〜〜〜〜〜!!……恥ずかしいわね、もうっ!!)
――――――……でも…………
ユリスに気づかれない様に、そっと彼の顔を見上げたモニカは不意に思う。
―――――……たまには、悪くないかも……こういうのも……
「……ん?」
暫くモニカを抱いたまま歩いていたユリスは、不意に聞こえてきた寝息に視線を落とす。
すると、そこには安らかな寝顔で眠っている彼女の姿があった。
「寝ちゃったか……ま、疲れてたんだろうな」
(やっぱり、来て正解だったな……)
あの時の自分の判断に満足しつつ、彼はふとモニカの寝顔を覗き込む。
普段見せる勝気な瞳も今は閉じられ、あどけない表情で眠る彼女は、いつもとは随分雰囲気が違って見えた。
「こうしてると……絵本の中に出てくるお姫様の様なんだけどね……」
無意識にユリスはそう呟いた。こんな事をモニカが聞いたら、カンカンに怒るだろうと想像しつつ……
「まっ……たまにはお姫様らしくしてなよ、モニカ」
微かに笑みを浮かべながら彼はそう言い、モンスターに襲われない様に注意を払いつつ、ゆっくりと歩いていった。
あとがき
お久しぶりのダークロ短編です。
冒険中の話なので、ユリスもモニカも相手への想いを抱いていない(気づいていない)という事を、意識して書いてみました。
……それが皆さんに伝わったかどうかは、わかりませんが(汗)。
とにかく、お読み頂いてありがとうございました。では。