〜小さく大きな冒険へ〜

 

 

 

 

 

 

 

――――ユリス邸。

「よしっ……と。それじゃあ、行ってくるね」

「二人共、良い子でお留守番してるのよ?」

玄関のドアを開けながら、ユリスとモニかは見送る自分の子供達に振り返る。

「うん!行ってらっしゃい母上!」

「お父様も、お気をつけて!」

両親の言葉に、今年七歳になったセイカとユイヤは元気一杯に返事をした。

……しかし、何やら嫌な予感がしたユリスとモニカは、顔を合わせて小声で話し始める。

(……どうも聞き分けが良過ぎる気がしない?)

(確かに……何か企んでる可能性大ね。)

(ああ、絶対に一緒に行くって言い出すと思ってたのに……)

(まさか、コッソリ後をつけてくる気じゃ……?)

(……有り得るな。)

段々と顔色が悪くなってきた夫婦に、双子の後ろに立っていたメイドのルネが、クスクスと笑みを零しながら言った。

「お二人共、ご心配なさらずに。セイカお嬢様とユイヤ坊ちゃんは、私が責任を持って見ておきますから」

「そうだね。それじゃ、約束の時間に遅れちゃマズイいから、そろそろ行くよ」

「夕方には戻るから、二人をお願いね、ルネ」

「はい、いってらっしゃいませ」

「「いってらっしゃ〜〜い」」

見送る三人に手を振って答えながら、ユリスとモニかは仲良く出かけていった。

…………お互いに、どうにも拭いきれない嫌な予感を抱えて。

そして、それは見事に的中する事になる。

 

 

 

 

 

 

「よいしょっと……ユイヤ、準備できた?」

「うん!だけど姉上、もう少しパン持っていった方がいいんじゃない?」

「そんなに要らないわよ。あ、でも水はもう少し要るかも」

赤と青のリュックサックにあれこれ詰めながら、セイカとユイヤは額をつき合わせて話し合う。

そんな二人の瞳は爛々と輝き、声も楽しそうに弾んでいた。

自分達の両親―――ユリスとモニカの外出。

何でも、長い間旅に出ていた古い知人がでんびん谷に帰ってきたらしい。

その事を先日聞いた二人は、旧交を温めるべく意気揚々と出掛けていった。

いつもだったら、自分達も一緒に行きたいとせがむ所だが、今回は別である。

何せずっと前から『計画』を実行する、絶好の機会であったからだ。その計画とは…………

「でもさ、やっぱりワクワクするよね、姉上!初めての冒険!!」

「ユ、ユイヤ!声が大きいわよ。誰かに聞こえたら計画が水の泡なんだから」

「あっ……ゴ、ゴメン」

……そう、冒険。二人が憧れ、夢見ていた事。その冒険に行く事こそ、セイカとユイヤが計画していた事だ。

まだまだ幼い自分達にとって、危険だという事は二人とも頭では理解している。そして、きっと両親が反対する事も。

だからこそ、この日を待っていたのだ。ユリスとモニカの眼に映らないでいられる日を。

罪悪感が無いと言えば嘘になる。それでも、この気持ちは止められない。

昔から何度も聞かされた、大好きな両親の冒険譚。

―――――それに負けないくらいの冒険がしたい!

セイカとユイヤは、ずっとずっとそう思ってきたのであった。

「さてと、準備完了。これだけ有れば、困る事は無いでしょう」

「そうだね。残る問題は……」

互いにリュックを背負い、二人はどちらともなく部屋のドアに眼を向ける。

このドアの先に、唯一にして最大の難敵が待ち受けているのだ。

「どうやって、ルネに見つからない様に行くか……だね」

「ええ。お父様とお母様にああ言ってたし、きっと眼を光らせてると思うわ。……強敵よ」

使用人の中でも、群を抜いて優秀且つ目敏いのがメイドのルネだ。

セイカとユイヤにとっては、両親に次いで親しく何かと頼りになる味方だが、今回ばかりは敵以外の何物でもない。

―――――セイカお嬢様とユイヤ坊ちゃんは、私が責任を持って見ておきますから。

あの言葉通り、きっと大広間で自分達が勝手に外出しない様に陣取っているだろう。

そんなルネの眼を、いかにして掻い潜るか……これが冒険へと旅立つ第一歩……いや、これもまた冒険の一部だろうか?

ともあれ、この難関をどう乗り切るかと、二人は案を出し合った。

「いい、ユイヤ?私達がルネに対して誤魔化せる訳ないんだから、絶対に見つかっちゃダメよ」

「う、うん。それは分かってる。……でも、どうするの姉上?一気に突破する?」

「そんなの無理だわ。まずはそっと様子を伺って見ましょ。作戦はその後で」

言いつつセイカは出来る限り音をたてないようにノブを回し、僅かにドアを開けて隙間から外を除く。

(……うん、どうやらいないみたいね。足音もなし……やっぱり下の大広間にいるんだわ。)

暫く注意深くチェックした後、安全と判断した彼女は無言で後ろのユイヤに手招きしつつ廊下へと出る。

その意図を悟った彼は軽く頷き、姉の後に続いた。

ドアを慎重に閉め、二人は出来る限り身を隠しながら下を除く。すると、そこにはやはり見慣れたルネの姿があった。

今は掃除の休憩らしく、近くに用具を置いて簡易型のイスに腰掛けている。

「……あ〜〜やっぱりルネいる〜〜。どうしよう、姉上?」

「う〜〜〜ん……どうしようって言われても……」

不安そうなユイヤの声に曖昧に返事をし、ルネの姿を眺めていたセイカだったが、ふとある事に気づく。

「……あら?」

「?……どうしたの、姉上?」

「もしかして……ルネってば、寝てる?」

「……えっ?」

慌ててユイヤは、セイカの後ろからルネに視線を移す。

すると、確かにこちらに背を向けているルネは、コックリコックリと船を漕いでいた。

「あ、姉上。これって、すっごいチャンスなんじゃない?」

「ええ。これを逃す手は無いわ。……行くわよ、ユイヤ」

「うん!」

頷き合った二人は、極力足音を立てずに階段を駆け下り、緊張しつつ眠っているルネの前を素通りする。

幸い、彼女は深い眠りについているらしく、起きる気配はなかった。……なかったのだが。

(なんか……妙な感じがする様な……?)

「姉上!何してるんだよ!?急いで急いで!」

「あ、わ、分かったわ」

微かな疑問を感じ、不意に立ち止まったセイカだったが、急かすユイヤに手を引かれ、玄関のドアを開く。

そして外にも誰もいないのを確認した二人は、そっと後ろに振り返ると揃ってルネに頭を下げた。

「……じゃあ行ってくるね、ルネ」

「夕方までには必ず戻ります……ごめんなさい」

そう言い残すと、セイカとユイヤは静かに外へと出ていった。

パタンとドアが閉じる音に続き、パタパタと小さな二つの足音が遠ざかっていく。

やがて殆ど微かにしか足音が聞こえなくなった頃、軽く笑みを零しつつ、ルネは狸寝入りをやめて眼を開けた。

「クス……全く、困った王子様とお姫様ですね」

―――――さてと、どうした物でしょうか…………

今後の対応を考えながら彼女は起き上がると、何事もなかった様に掃除をし始めた。

 

 

 

 

 

 

どうにか家を出たセイカとユイヤは、一応人目につかない様にと(あまり意味は無い気はするが)遠回りしてから跳ね橋を渡る。

そして二人は、パームブリンクスのメインストリートへと辿り着いた。

「え〜〜と、確かこの辺りの何処かにあるはず……ってユイヤ!貴方も探しなさいよ!!」

「だ、だって姉上。さっきから焼きたてのパンのいい匂いがして……ねえ、一個だけ買おうよ?」

「ダメ!お金は持ってきてないんだから!!!ほら、良く探す!!」

「は、はぁい……」

姉に叱られ、ユイヤは渋々と目的の物を探す。

正直、そんな簡単に見つかる訳ないと思っていたがユイヤだったが、そんな予想は割りとアッサリ裏切られた。

「あ……姉上!あったよマンホール」

「えっ?……あ、本当。なんだ、お父様のショップの横だったのね」

意外だといった表情で、セイカは思わず呟く。

父親のメンテナンスショップの横の細道に、目的の物―――地価水道へのマンホールはあった。

もう十年以上も前にユリスがした冒険の、最初のステージへの入り口である。

―――――自分達の冒険も、ここから始めよう。

互いに相談するまでも無く、セイカとユイヤはそう心に決めていたのであった。

「さてと、じゃあ早速開けて……うっ!……くっ!……っはあ!ユイヤ、手伝って」

「はいはい」

顔が真っ赤になっているセイカに頼まれ、ユイヤもマンホールの蓋に手を掛ける。

そして姉弟で力一杯引っ張ると、グググッと蓋がずれて地下水道へと降りる梯子が姿を現した。

「ふうっ、これを降りればいいんだね。んじゃ姉上、僕が先に降りるよっと♪」

「あ、ちょ、ユイヤ!……もう!私が最初に降りたかったのに……」

ブツブツと文句を言いながら、セイカは少し緊張しつつユイヤに続いて梯子を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――地下水道。

「クシュン!……何か寒いわね、此処」

「う、うん。地下だから……かな?長袖着てくればよかったな」

地上の熱気が嘘みたいにヒンヤリとした空気の中、セイカとユイヤは肌寒そうに腕を擦った。

加えて水の流れる音以外に殆ど何も聞こえない静寂さが、さながら異世界の様な雰囲気を醸し出している。

(……うう……何か思ってよりも……)

(ちょっと……不気味かも)

徐々に不安感を覚え始めた二人は、意識して明るい声で話し合った。

「で、あ、姉上!これからどうするの?」

「そそ、そうね!とりあえずポンプ室ってのがあるらしいから、今回はそこまで行ってみましょう!」

「ポンプ室?」

「ええ!お父様からそう聞いてるわ。そこに着いたら、何か印でも付けて戻ってくる。それで良いわね?」

「OK!じゃあ、早速……っ!?」

姉の言葉に元気良く頷きかけたユイヤだったが、不意に何を見たのか絶句して表情を強張らせる。

そんな弟の様子に、セイカは怪訝そうに首を傾げた。

「?……ユイヤ、どうしたの?」

「あ、あ、姉上……その……落ち着いて聞いてほしいんだけど……」

「……何よ?」

「えっと……う、後ろ」

「後ろ?」

引き攣った顔で指差すユイヤに、セイカはクルリと後方へと振り返る。

その瞬間、彼女は心臓が凍りつく心地を覚えた。

「ひっ……!?」

そこには……自分達と大して変らない程に大きい蛙が、喉を膨らませていた。

つぶらな瞳でこちらを見つめる蛙はとても愛らし……くも人によっては見えなくもないだろうが、とてもセイカには見えなかった。

実はセイカ、蛙が大の苦手なのである。昔、何の気なしに眺めていた蛙が顔面に飛びついてき、それ以来恐怖の対象になってしまったのだ。

そんなトラウマを持つ生物が目前にいるこの状況で、彼女が正常でいられる筈がなかった。

「……い……い…………い……」

「あ、姉上……お、落ち着き……」

「いやあああああぁっっっ!!!」

セイカの甲高い大絶叫が周辺に木霊し、ユイヤは思わず両耳を塞ぐ。

キーンと痛みを伴う音に、思わずその場に蹲る彼に、セイカが悲鳴混じりに言った。

「かかかか、蛙ーーーー!!!ユイヤ、何とかして!!何とかしてーーーーー!!!」

「だ、大丈夫だよ姉上。蛙一匹ぐらい害は無……」

ユイヤがそう言いかけた瞬間、流れる水道からドボドボという妙な音が鳴る。

何事かと彼が思う暇もなく複数の水柱が立ち、その中から同じ種類の蛙が一斉に姿を現した。

「いっ!?」

ユイヤは別段、蛙が苦手と言う訳ではなかったが、この異様な光景には流石に恐怖を覚えた。

「うわああっ!!なな、なんなんだこいつらはぁぁぁっっっ!!?」

「いやああああぁっっ!!何よ、この悪夢!?何よ、この地獄!?何よ、この世界の終わりーーー!?」

完全にパニックに陥った二人は、普段の何倍ものスピードで梯子を駆け登り、地上へと逃げて行った。

無論、初めての冒険だとかそういった事は、完全に忘れ去って…………

 

 

 

 

 

 

 

 

――――セイカとユイヤが、地下水道から地上へと逃げ帰ってから数分後。

「おう、お前ら!ご苦労さん!!」

パンパンと手を叩きながら、ドニーが蛙達に現れた。

「いやあ、見事見事!登場の仕方バッチリだったぜ。……しっかしアイツら。これぐらいの事で驚く様じゃ、冒険に

 出るのは当分先だな、こりゃ」

彼は苦笑しつつ、蛙達に合図を送って水中へと帰す。

長い年月を地下水道で暮らしている内に、ドニーはここのいるモンスター達とも随分仲良くなった。

元々、モンスターというのはグリフォン…もといダークエレメントの影響で凶暴化した生物だ。

それをユリスとモニカが倒した以上、殆どのモンスターは悪意を失い、現在に至っている。(唯一の例外が、ゼルマイト鉱山銅のモンスターである)

姿や能力が普通の動物と違えど、彼らも立派な生物なんだとドニーは考えていた。

「さてと……依頼主に連絡するか」

懐からユリス製作の通信機を取り出し、『この件』を頼んできた張本人を呼び出す。

〔おーーい……おーーい、ルネ。聞こえっかーーー?〕

〔……はい、ドニーさん。……終わったんですか?〕

〔おお。二人共、半泣きで逃げて行ったぞ。……まあ、少々やりすぎって気はしないでもなかったが〕

〔……まあ、いいでしょう。これに懲りて、暫くは大人しくして下さるでしょうから〕

セイカとユイヤが飛び出していってから、ルネは地下水道にいるドニーへと連絡をした。

生まれてからずっと面倒を見てきた身。彼らがどんな目的で家を飛び出し、何処へ向かうかぐらい、簡単に想像できた。

即ちドニーに『どうにかして、危ない事をしない内に二人を帰らしてほしい。』と、頼んだのである。

〔けどまあ、やっぱり血は争えないって言うか……流石アイツらの子供ってだけあって、好奇心旺盛だな〕

〔フフ、本当に。まあ後少ししたら、坊ちゃ……ユリス様やモニカ様から進んで冒険に出させると思いますが〕

〔……確かに。っと、それはそれとして、お礼は何してくれるんだ?〕

〔そうですね。今夜はユリス様とモニカ様のお知り合いの方がいらっしゃいますから、パーティを執り行う予定なんです。

……それにご招待、でどうでしょう?〕

〔お、いいねえ!乗った!〕

〔では、七時頃にお越し下さい。どうも、ありがとうございました〕

〔ああ、じゃあな〕

久々に豪華な食事にありつけると、舌なめずりしながら、ドニーは通信を切った。

「……にしても、ユリスも苦労しそうだな。行動派の子供が二人もいるんじゃ」

親友に向けて、同情とからかいの念を込めた呟きを漏らしつつ、彼は苦笑する。

その表情は昔からなんら変らない、悪戯好きの少年の物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

と言う訳で、前々から書きたかったセイカ&ユイヤのお話です。

結果的に二人の初めての冒険は失敗……と思うかは人それぞれ。個人的には、これも立派な冒険だと思います。

こういった事を繰り返しつつ、成長していく二人を想像して頂けたらなあと。では。

 

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