〜クリスマスSS“07”〜

 

 

 

―――――クリスマス。AM9:00

『……ゴメン、ポーラ』

『ううん、いいのよ。……それじゃあね、ネス』

『うん……メリークリスマス』

『……メリークリスマス』

ガチャリという音と共に、二人の会話が途切れる。

「……はあっ」

電話を切ると同時に、ポーラは盛大な溜息を漏らした。……と、それを見た彼女の母親が、何気なく尋ねる。

「ネス君、今年は会えないの?」

「……うん。叔母様とトレーシーちゃんが、風邪で寝込んでるから、看病するんだって」

「あらあら……うちの園児達も殆ど風邪だし……今年は悪い風邪が流行してるのかしらね」

「本当。パパも堰が止まらないし……せっかくのクリスマスなのに、気分が浮かないわ」

そう言うと、ポーラは再び溜息をついた。

(今年は流石に期待できないわね……事情が事情なんだし) 

去年のクリスマスの深夜、来ないと思っていたネスが、突然やってきた時の事を思い出しながら、彼女は心の中で残念そうに呟く。

(まあ……気にしても仕方ないか。別にクリスマスに会えないから、どうなるって訳でもないし)

「ポーラ。悪いけど、パパにお薬持って入ってくれる?」

「は〜〜〜い」

小さく頭を振ってその事を打ち消した後、ポーラは母親に言われたとおり、薬をもって父親が寝込んでいる二階へと上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

――――PM0:00

「ハイ、二人とも。薬だよ」

仲良く寝込んでいる母親と妹に、ネスは薬と水の入ったコップを渡す。

「ゴホゴホ……ありがとう、ネス」

「う〜〜……この薬、苦いんだよね……」

「そう言うなって。飲まなきゃ治らないぞ?」

「もうっ……分かってるってば」

不服そうに言い返したトレーシーだが、その顔にいつもの元気はなかった。

(……やっぱりヒーリングだけじゃ、完全には治らないか……)

そんな妹の様子を見て、ネスはボンヤリと思う。

治癒のPSIであるヒーリングと言えど、対象者の体力までは回復させらない。

いくら風邪の症状を癒せたとしても、体力を消耗していれば、すぐに振り返してしまうのは当然の事だった。

「まっ、暫くゆっくり休めば治るさ。それまでは、二人とも安静にね」

「ゴホゴホ……ゴメンなさいね、ネス。せっかくポーラちゃんとのクリスマスだったのに……」

「べ、別にいいよ。クリスマスに会えないからって、どうなるって訳でもないし……」

「そんな事言って……コホコホ……本当は残念だって思ってるんでしょ?」

「……トレーシー。お前、病人になっても口だけは減らないな」

「えへへ、どういたし……コホッ……ゲホゲホッ……!」

「あ〜〜あ……ったく、言わんこっちゃない」

激しく咳き込みだしたトレーシーの背中を、ネスは優しく摩ってやる。

そんな我が子達の微笑ましい光景を、ママは熱で赤い顔をしながらも、穏やかに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――PM8:15

「あら……大変」

「?ママ、どうしたの?」

夕食を食べ終わり、一息ついていたポーラだったが、母親の言葉に反応する。

「パパの風邪薬がもう無いのよ。……確かあると思ってたんだけど……」

「ええっ?でも、まだパパは夜のぶん飲まないと……」

「そうなのよねえ……困ったわあ」

困ったと言っている割には、どこかのんびりとした口調だが、これでも本当に心配しているのだと、娘のポーラは理解できた。

(えっと……今、何時かしら?)

彼女が壁に掛けられている時計に視線を向けると、二つの針は8時15分を示している。

(確かデパートは9時までだったはず……急げば、何とか間に合うわね!)

そう判断するや否や、ポーラは徐にコートを着込み、母親に声を掛けた。

「ママ、私が買ってくるわ」

「えっ、ポーラ?……大丈夫?もう外は暗いし、かなり冷え込んでるわよ?」

「平気平気。それよりパパには内緒にしててね。……後が大変だから」

「くすっ、分かってるわ。それじゃハイ……お金」

「ありがとう、ママ。それじゃ、直ぐに買ってくるから!」

言いながら、彼女は足早に自宅のドアを開け、デパートへと走っていった。

 

 

 

 

 

 

―――――PM8:30

「ふうっ……やっぱ外は寒いなあ。雪が降ってないだけマシだったけど」

そんな事を呟きながら、ネスは自宅のドアを開け、リビングのテーブルに買ってきたハンバーガーを置く。

二人の病人の為に、悪戦苦闘しながら消化に良い料理を何とか作って食べさせ、寝かしつけたのが一時間程前。

それから彼も同じ料理を食べたのだが、イマイチ満腹にならなかった為、ハンバーガーを買いに行ったのが数十分前である。

「さてとっと……早速食〜〜べよ!」

上機嫌で手を洗った後、ネスはいそいそと紙袋の封を開ける。

(……あれ?)

……が、それを開けた瞬間、彼は目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

「な、何だよこれ!?ケチャップが入ってないじゃないか!!」

いつもなら小さな容器に入っているケチャップが付いているはずなのだが、どうやら店員が入れ忘れたらしい。

たっぷりとケチャップを掛けたハンバーガーが好きなネスは、思わずガクリと項垂れる。

(……どうしよう?文句言いにショップに戻るか?でも『ケチャップが入っていませんでした。』なんて言いに行くのもなあ……)

頭を掻きながら、彼は何と無しに部屋の壁に掛けている時計へと目を向けた。

「……よし!ヌスット広場で買ってくるか!!」

そう決めたネスは、勢い良く椅子から立ち上がり、玄関のドアを開けると共に、ツーソンへとテレポートした。

 

 

 

 

 

 

 

―――――PM8:40

ありがとうございました、と、店員の挨拶を背中で受けながら、ポーラは右手の腕時計に目をやる。

(……急がなくても、十分だったわね)

何だか、全力でここまで走ってきたのが無意味だった様に思い、彼女は我知らず苦笑した。

それから、真っ直ぐに出口へと向かっていたポーラの目に、一つの看板が飛び込んできた。

「あっ……屋上に、大きなクリスマスツリーが飾ってあるんだ」

興味をそそられた彼女は、少し見ていこうかと首を捻って考える。

(見てみたいけど、あんまり時間ないし……でも、ちょっとくらいなら……う〜〜〜ん、でも……)

そうこうしている間も、時間は刻一刻と経過していく。そして、時計の針が、8時45分を示したと同時に、彼女は決断した。

「うん、決めた!見るだけなら5分くらいですむし、見ていきましょ!」

そう言った後、ポーラは踵を返し、屋上へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――PM8:48

「ま、まいったな……こんなに人が多くちゃあ、テレポートしにくいよ」

ヌスット広場でケチャップを買い終えたネスは、困った様に口を開く。

もうすっかり街は闇に包まれていると言うのに、周りには恋人を始めとした多くの人々が行き来している。

こんなに大勢の人々の前でテレポートを使うのは、流石に気が引けた。

「はあっ……仕方ない。歩いて帰るか」

テレポートするより遥かに遅いとはいえ、ここから自宅までは歩いてでも、そう時間の掛かるものでもない。

母親と妹は眠ってるし、あんな郊外に泥棒が来るとも思えない。ゆっくり帰っても問題ではないだろう。

そう思った彼は、のんびりとオネットへと向かう道を歩き始めた。

……そして、ツーソンのデパート前まで来た所で、頬に何か冷たい物が触れ、ふと足を止める。

「ん?あっ……雪だ……」

見上げると、漆黒の夜空から無数の雪が舞い降りてきていた。

決して吹雪く訳でもなく、深々と降り続ける雪を眺めていると、ネスは妙に感傷に浸りたくなる。

(ホワイトクリスマスか……出来れば、ポーラと過したかったな)

そんな事を思いながら、彼はいつしかその場に立ち尽くし、ただジッと雪を眺め続けていた。

……しかし、不意に向けた視線の先にあった物を見て、思わず両目を瞬かせる。

「……えっ?」

―――――デパートから、こちら見下ろしている人影。顔までは判別できないが、暗くてもよく見えるあの金髪は……

「……ポーラ?」

 

 

 

 

 

 

PM8:55

(……嘘)

そんな事がある訳ないと、ポーラは自分に言い聞かせる。

デパートの屋上にあったクリスマスツリーを眺めている時に、突如として舞い降りてきた雪。

それを手で救う様にしながら、何の気なしにフェンス越しに下界を見下ろした瞬間、彼女の瞳に、見慣れた黒髪が飛び込んできた。

「……ネス?」

そう呟いた刹那、ポーラは大急ぎで屋上を飛び出し、凄まじい勢いでデパートを駆け下りる。

そして息を切らしながら、デパートの玄関を出たその先には………

「……ネス!!」

 

 

 

 

 

 

 

PM9:00

一人の少年と、一人の少女が、時間が止まった様にお互いを見つめあう。

そして、デパートの明かりが消えると共に、黒髪と金髪がフワリと一つに融けあった。

―――――――――二回目だけど……メリークリスマス、ポーラ。

―――――――――うん………メリークリスマス、ネス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

どうにか間に合いました、本年度のMOTHER2クリスマスSS。

去年のと比べると、少し甘くないですかね?……そんな事もないか()

楽しんで頂けたのなら幸いです。では。

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