〜温かい貴方、柔らかい君〜

 

 

 

 

 

――――スカラビ・ピラミッド内部。

「ふう〜〜…………きっついな、ここは」

終わりを眼で確認できない程に長い階段を上りながらネスが呟くと、すぐ後ろにいたプーが相槌を打つ。

「確かに……場合が場合なら鍛錬になるのだが……先を急ぐ今は煩わしさしか感じられん」

「へえ。流石のプーも、ここはちょっと辛いんだね」

「……まあな」

お互い体力に自信があると自負している者同士だが、それでもこのピラミッドの構造には多少の疲労を感じている様だ。

当然そうなると、体力に不安のある残り二人―――ポーラとジェフには過酷極まりないのであって……

「はあっ……はあっ……はあっ……」

「ぜえ……ぜえ……ぜえ……」

一目で疲労困憊だと分かる息をつきながら、足を引き摺る様に階段を上っている二人に振り返り、ネスは心配そうな声を出す。

「ポーラ、ジェフ……大丈夫?」

「はあっ……はあっ……大丈……夫…って言いたいんだけど……」

「ぜえ……ぜえ……わ、悪いネス……も、もう限界……」

そう言いつつ、ジェフはその場にへたり込んでしまい、ポーラもその隣に座り込んでしまった。

顔を赤くし、大粒の汗を大量に浮かべている二人を見て、これはかなり危険な状態だと判断したプーはネスに話しかける。

「これはマズイな。二人とも、かなり疲労している。……ネス、俺は休息を取るべきだと思うんだが、どうだ?」

「え、休憩?……う〜〜〜〜ん、僕もそう思うけど……大丈夫かなあ?こんな所で休んで」

困った様に頬を掻きながら、彼はグルリと周囲を見渡した。幸いにも、今の所はモンスターの姿も気配も感じられない。

しかし、階段という足場が悪い上に、挟み撃ちされる恐れのある場所で休息を取るのは、あまり良い判断とは言えなかった。

そんなネスの考えを汲み取ったプーは、腕組みをしながら暫し考えた後、徐に口を開く。

「確かに、な。……だが、だからといって二人を、このままにはしておけんだろう?」

「そうだよね。……よし、決めた。ポーラ、ジェフ。少し休憩するから、ゆっくり休んで」

「ぜえ……サ、サンキュー、ネス……ぜえ……ぜえ……」

「はあっ……で、でも……はあっ……もし、モンスターが出たら……はあっ……はあっ……」

「案ずるな、俺とネスで何とかする。お前達は気にせず、体力を回復しておけ」

言いつつプーが二人に水の入った瓶を渡すと、ポーラもジェフも勢い良くそれを喉へと流し込む。

その様子を眺めながら、ネスとプーは不意に顔を見合わせ、二人に気づかれない様に苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

――――それから十分程度、ネス達(というかポーラとジェフ)はその場で休憩を取っていた。

幸いにしてモンスターは一匹も出現せず、じっくりと休めた様で、ポーラもジェフも気力を取り戻した顔で口を開く。

「ふう……もう大丈夫よ、ネス。十分体力は回復できたわ」

「僕の方もいいぜ。そろそろ出発しよう、ネス」

「OK。じゃあ皆、また頑張っていこう!」

「承知した」

プーが軽く頷き、ネスと並ぶ様に先頭に立ちながら歩き出す。

それに立ち上がったジェフが続き、更にポーラも続こうと立ち上がった時だった。

「……っ……」

「!?……ポーラ、どうしたの?」

立ち上がった瞬間、微かな声が聞こえてネスが振り返ると、フラリとよろめているポーラの姿が眼に入る。

しかし、彼女は心配そうに尋ねてきた彼に、笑みを浮かべながら答えた。

「……大丈夫よ、ネス。急に立ち上がったから、立ち眩みしただけ」

「そう?ならいいけど……無理しなくていいんだよ?」

「平気平気、しっかり休んだんだから。さっ、行きましょう」

「う、うん……」

イマイチ納得していない表情のネスだったが、やがて再び前を向いて歩き出し、プーとジェフもそれに続いて階段を上りだす。

それを確認したポーラは、皆に気づかれない様に、そっと息を吐いた。

(よかった、何とか誤魔化せたみたい……痛っ!)

思わず顔を顰めながら、彼女は自身の右足に視線を落とす。先程から感じる痛みは、そこが発信源だった。

そして、その痛みの原因を、ポーラは何となくではあるが理解していた。

(……靴擦れしちゃったかしら?)

疲労で歩き方がおかしくなっていた上に、現在履いている靴は昨日買ったばかりの物である。

そんな慣れていない靴で、疲れ果てるまで歩き続けていたのだから、靴擦れを起こしていても不思議ではなかった。

(でも、これ以上休んで皆に迷惑を掛ける訳には……うっ……!)

またしても激痛が奔り、ポーラはその場に座り込みたい衝動に駆られるが、必死にそれを抑え、歩き続ける。

………今の彼女には、そうするしか他に術がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数分後。

「……っと」

「?…ネス、どうした?」

急に立ち止まったネスに、プーは怪訝そうに声を掛けた。続いてジェフとポーラも足を止め、彼に尋ねる。

「なんかあったのか、ネス?」

「ネス……?」

「……」

しかし、ネスはそれらの問いには答えず、徐に後ろへ振り返る。

そして、一番後ろにいたポーラにつかつかと歩み寄ると、唐突に口を開いた。

「ポーラ」

「っ!……な、何?ネス?」

「……座って」

「……えっ?」

突拍子もない言葉に、彼女は思わずキョトンとした眼をする。

「ほら、座って。それから足見せて」

「え?ネ、ネス!な、何言って……痛っ!」

有無を言わせぬ口調と共に、ネスはポーラの両肩に手を置き、半ば強引にその場に座らせた。

同時に、彼女が小さな悲鳴を上げて右足に手を伸ばしたのを眼にし、彼は一人呟く。

「……右足だね」

「ち、ちょっとネス?キャッ……」

戸惑うポーラに構わず、ネスはそっと彼女の右足の靴を丁寧に脱がす。

そして、その状態を確認した後、少々呆れた様に溜息をつきながら口を開いた。

「……ポーラ。こんなになるまで黙ってたら、駄目じゃないか」

ネスの言葉通り、ポーラの右足の靴擦れは、かなり酷い物であった。

水脹れが所々に出来ており、しかもその数個は既に破れ、出血を伴っている。

このまま放っておくのは好ましくないと、誰にでも分かる具合だ。

「ごめんなさい。……でも、ネス。どうして……?」

ポーラは謝罪と共に、何故この事に感付いたのかと、彼に問う。

――――自分は苦痛を声に出してなかったし、彼もずっと前を見ていて、こちらに視線をやってはいなかった筈だが……

しかし、そんな彼女に対して、ネスは至極あっさりと答えた。

「テレパシー」

「……えっ?」

「だから、テレパシーだって。君は知らず知らず、使ってたんだよ。足が痛い痛いって……ずっと聞こえてた」

「っ!?そ、そんな……う、嘘……」

「嘘じゃないよ、本当。まっ、身体が危険を訴えてたんじゃないの?……それより、ホラ。じっとしてて」

治療するから、と患部に手を翳し、PSIを念じ始めたネスを伏し目がちに見つめながら、ポーラは頬がカッと赤くなっていくのを感じる。

(……は、恥ずかしい……無意識に……テレパシー使ってたなんて……)

テレパシーは、本来ならば自分が伝えたいと思う事のみを伝えたい人物に送る物だ。

しかし、緊急事態の時には、そんな意思とは無関係に誰かにその事を反射的に伝えてしまう場合がある。

今回の事は正にそれだ。必死に右足の事を隠していたポーラだったが、知れずテレパシーでその事をネスに伝えてしまっていたらしい。

―――――それはネスの言う通り、身体が危険を訴えていたからなのか……あるいは……

(………)

自分でも恥ずかしくなる考えが浮かび、ポーラは更に頬を赤らめた。そんな彼女に、治療を終えたネスは声を掛ける。

「ふうっ。とりあえずこれで暫くは……?ポーラ、どうしたの?」

「っ……な、何でもないわ。ネス、ありがとう」

「お礼なんていいよ。それより、大丈夫?歩ける?」

脱がした時と同じ様にそろそろポーラに靴を履かせながら、彼は心配そうに尋ねた。すると、ポーラは笑顔で頷きつつ言う。

「うん、今度は平気。もう痛まないし、歩いても何とも……痛っ!」

「っ?!ポーラ!!」

言いながら立ち上がりかけていた彼女だったが、右足に負荷が掛かった瞬間に先程までと変わらぬ激痛が奔り、再び蹲る。

その様子を見たネスは慌ててポーラを支え、沈痛な顔で呟いた。

「治した事は治したけど……痛みまでは消えないか……」

「うっ……だ、大丈夫よ。痛みだけなら、歩いても酷くはならないし……自分で歩けるわ……」

そう言うポーラではあったが、苦痛に歪ませた顔では何の説得力も無い。

「………」

暫しネスは動きを止め、何事か考えていたが、やがて何を思ったのか彼女に背を向けて身を屈めた。

「ポーラ、ほら」

「……えっ?」

彼の意図が読めず、ポーラは小さく首を傾げて見せる。そんな彼女に、ネスは笑みを浮かべながら、優しく言った。

「おんぶ。……そのまま歩くのは辛いだろ?ほら、早く乗って」

―――――……そんな彼に『NO』と言える勇気等、ポーラは持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえ……ネス?本当に……その…重くない?」

ポーラがおずおずと尋ねると、あっけらかんとした言葉が返ってくる。

「平気だってば。よくこうやって、トレーシーおぶってたしね。君ぐらい軽い軽い」

そういうネスの声は弾んでおり、確かに少しも苦では無い様だ。

「……そう。なら……いいん……だけど……」

―――――……いけない……何だか……ね……む……く……

「?……ポーラ。眠いの?」

どうやら眠気が態度として表れていた様で、ネスが振り向いて声を掛けてきた。

それに対して、ポーラは慌てて否定の意を示す。

「う、ううん!そんな……こと……」

しかし、ジワジワと襲い掛かってくる睡魔は手強く、ほんのちょっとでも気を抜くと、瞼が下りてきてしまう。

そんな彼女を見て、ネスは軽い笑みを浮かべながら言った。

「いいよ、寝てて。ついたら起こすから」

「で……でも……そん……な……迷惑……」

「迷惑なんかじゃないって。ポーラにはいつも頑張ってもらってるんだしね。遠慮しなくていいよ」

優しく耳に響く彼の声色が、尚更眠気を誘い、ポーラはついにコクリと頷いた。

「……うん……ネス……あり……が……」

―――――果たして……お礼の言葉は、最後まで彼に届いただろうか?

瞼が完全に下りてき、意識が遠退いていくのをボンヤリと感じながら、彼女はネスの首に回していた両手に力を込め、そっと彼の背に寄りかかる。

(……ああ……温かい……)

実に心地よい温もりが全身を満たし、ポーラは安らかな寝息を立てながら、夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

(……良かった。どうやら、寝てくれたみたい)

そう思い、一瞬ホッとしたネスだったが、次いで首筋に掛かったポーラの寝息に、僅かに身体を震わせた。

(うっ…これはこれで落ち着かない、なあ。……でもまあ、ポーラに気づかれないだけマシか)

先程、彼女を背負った時の事を思い出し、彼は知れず顔を赤らめる。

―――――……妹を背負うのと、なんら変わらないと思っていた。

だから、ポーラが歩くのが辛いのだと分った時、何の躊躇いも無しに彼女を背負う事を決めた。

しかし、いざ彼女の身体が自分の背に触れた時、彼は己の考えが間違いであると悟ったのである。

(……柔らかいんだな……ポーラは……)

―――さながら、鳥類の羽毛の様であるというべきか?

彼女を背負った瞬間……いや、こうして背負っている今も、ネスはそう思う。

実際、背中にいるポーラからは、なんの重みも苦痛も与えられていなかった。

与えられているのは、柔らかい感触と……彼女の髪から香る仄かな香り。

そこまで考えた刹那、ネスはカアッと顔が熱くなっていくのを感じ、小さく首を振った。

(な、何やってんだ、僕は……!?)

内心で自分に問いかけるが当然返事はなく、代わりに心臓が騒がしく脈打ちだす。彼女を背負った時にもこうなったが、今度のは更に激しい。

その激しさときたら、ポーラに聞こえるんじゃないかと考えてしまう程の大きさだ。

実の所、ネスが彼女に眠る事を勧めたのは、この自身の心臓の音が聞こえてしまうのでは無いかと思ったからであった。

無論、現実にそんな事はありえないのだが、ポーラを背負い少なからず動揺しているネスには、分かるはずも無い。

(同じ女の子でも……トレーシーとは全然違うんだなあ……ポーラは……)

規則正しく聞こえてくる彼女の寝息によって、真っ赤になりそうになるのを必死で堪えながら、ネスはふとそんな事を思った。

――――彼女達が違うと感じるのは、自分が彼女達に向けている気持ちのせいだと、知る由もなく……

 

 

 

 

 

 

「……なあ、プー?」

見ているだけで胸焼けしそうになる光景を前にして歩きながら、ジェフはプーに小声で話しかけた。

「何だ?」

「言いたくないんだけど……やっぱり、これって……」

心底うんざりした顔と口調で、彼は言葉を続ける。

「モンスターが出たらさあ……」

「俺達で何とかするしかないだろう?」

「……先取りしないでよ。はあっ……」

ガクリと項垂れて溜息を吐いたジェフに、プーは殊更無表情に言った。

「そう落ち込むな。いい修行になると思えば、多少は気も晴れる」

「修行って……馬に蹴られても平気でいられる修行?」

「っ……まあ……そういう意味もあるにはある……」

そう言うと、プーはジェフから視線を外し、黙々と階段を上っていく。

ジェフはそんな彼の後姿を見ながら、再度溜息をつくと共に呟いた。

「何で僕達って、こういう役ばっかりなんだろうなあ……?」

――――誰にも答えてもらえない彼の疑問は、当然の様に宙を舞って消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

正統派(?)ネス×ポーラ話は久しぶりですね。書いて何だか初心に戻った気がしました。

……が、書き終えてから思った事、『体格的に、ネスがポーラをおんぶって難しいんでは?』(汗)

お姫様抱っこにした方が良かったんでしょうかね?けど個人的にネスとポーラには、おんぶの方が似合うかなと思います。

とにかく、お読み頂いてありがとうございました。では。

 

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