〜有名人〜
――――ツーソンデパート
(は〜〜〜……こっちじゃ今の時間帯って、こんなに暇なんだ……)
デパートの二階にある、ファンシーションプのカウンターに立ちながら、私は少しばかり驚きを含んだ声を内心で漏らす。
大都会と一般的に呼ばれるフォーサイドから、こっちに引っ越してきて数日。
幸運にも前と同じ仕事に就けたんだけど……こんなにも状況が異なるとは思いもよらなかった。
(あっちじゃ今頃も、てんてこ舞いだったのに……けど、こっちの方が良いわね。のんびりできて)
元々、都会の窮屈な暮らしに辟易してたんだし、こういう風に暇な時間がある方が、私は好きだ。
……って、他の店員に言っちゃマズイよね、やっぱり。
思わずそう苦笑し、私はチラリと時計に視線を移す。―――現在、午後二時。
(もう一時間ぐらいしたら、学校帰りの女の子で賑わうわね。それから五、六時ぐらいがピークって所かしら)
それが過ぎたら、私の勤務時間も終了。う〜〜ん、本当にゆとりがあって良いわ。引っ越してきて正解、正解。
「な〜〜に、ひとりでニコニコ笑ってるの?」
「ひっ!?……あ、せ、先輩!」
いきなり肩を叩かれ、ビクッと身を竦ませながら振り向くと、隣には私と一番歳が近い先輩が立っていた。
こ、これからの事考えてて、全然気づかなかった……い、いつから居たんだろう?
「あ、あの先輩?い、いつから?」
「うん?そうねえ……ほんのニ、三分前からかしら?お客がいないのに笑っている店員が眼に止まってのは」
「……っ!……」
う、うう、先輩……す、すごく嫌味が入ってませんか?何だか少し、怖いんですけど。
でも無意識の内に笑みを零してたなんて……は、恥ずかしい……
「す、すいません……」
「クスクス……良いわよ、別に。この時間帯は本当に暇なんだし、楽だなって思うのも無理ないわ。向こうは大変だったんでしょ、今頃も?」
「は、はい。女学生や若いカップルが沢山来てましたね。……そう言えば、こっちじゃそういうお客さん少ないですね」
「まあね。大学とか遠いし、わざわざここまで買い物しに来る人は、そうそういないのよ」
「ああ、成程」
……そんな他愛の無い会話を始めて、数分経過した頃だろうか。
不意に先輩が、何かを思い出した様な声を上げた。
「……あっ、そういえば……そろそろだった気が……」
「?……そろそろ?何がですか、先輩?」
私がそう尋ねると、「ちょっとね……」と呟きつつ、先輩が尋ね返す。
「ねえ、今日って何日だったっけ?」
「え?え、えっと今日は確か……日ですけど」
それを聞くと、先輩は店内の時計を見やり、暫し考え込む様な仕草を取る。そしてその直後、ポツリと呟いた。
「やっぱりね。……もう、そんな時期か」
「?……先輩、何の話……」
私がそこまで言った時、不意に近づいてくる足音が聞こえ、私はハッとして口を閉ざす。―――……お客さんだ。
(こんな時間に来るなんて初めてね……どんな人だろう?)
お客さんがどんな人が想像しながら足音の方に振り返った私は……一瞬、眼を疑った。
(……えっ?)
こちらに近づいてくるのは、基本的にファンシーショップとは縁の浅い男の子。
見た目から判断して、小学生……か、中学生になったばかりって感じの子だった。
健康的に焼けた顔を少しばかり隠す様に、赤い帽子を深く被ってこちらに静かに歩いてくる。……どうやら、かなり恥ずかしいみたい。
(ま……そりゃそうよね。言っちゃあ何だけど、すっごく場違いな気がするし……)
今は他にお客さんがいないからいいけど、繁盛してる時間帯にこの子がいたら、間違いなく浮いてるだろう。
そんな事を考えている内に、その子は私達の目の前を通り、店内に入っていく。
それを「「いらっしゃいませ」」と先輩と揃ってお辞儀をして見送った私は、興味を引かれて彼に眼をやった。
(何か買うのかしら?……普通に考えたら、女の子へのプレゼントだろうけど……)
私に見られているとも知らない男の子は、まず身近にあった小さいヌイグルミコーナーで足を止める。
暫くそれらをジッと見つめた後、クマやらイヌやらウサギやらのヌイグルミを手に取ってみたけど、結局全部元に戻してしまった。
(なんだ……買わないのか)
「やっぱりね。ヌイグルミは散々贈ったものねえ……」
「えっ?」
私の心の声に返事をしたかの様な先輩の声に、私は驚いて先輩に振り返って尋ねる。
「先輩?やっぱりって、どういう事ですか?」
すると、先輩は楽しそうに笑みを零しながら答えた。
「フフ……あの子ね、この店じゃ、ちょっとした有名人なのよ。隣町のオネットの子なんだけどね。
毎年決まった時期になると、こうして買い物に来るの。……この町に住んでるガールフレンドへのプレゼントをね」
「へえ、そうなんですか。……あれ?そういえば、あの子まだ小学生か中学生ですよね?なんでこんな時間に買い物に?……はっ、まさかサボって!?」
「違うわよ。今日はあの子の通ってる学校はお休みなの。確か……創立記念日だったわ」
「あ、そ、そういう事……って先輩、何でそんなに詳しいんですか?」
「言ったでしょ?あの子はこの店じゃ、有名人なの。これくらいの事、皆知ってるわよ」
「そ、そうなんですか……」
私と先輩がそうこう話している間も、件の男の子は当てもなく店内を歩き回って物色している。
バッグやキャラクターグッズ、それにビーズの商品等に眼をやったものの、どれも買わないらしく軽く溜息をついている。
「……結構、迷ってるみたいですね」
「そうね。まあ、何回もプレゼントしてれば、段々難しくなってくものだしね」
「ああ、ダブらない様にって事ですか。……でも、本当に悩んでますね、あの子。ここからでも、困っているオーラがハッキリ見えますし」
「……みたいね。じゃ、そろそろ助け舟を出しますか。貴方も来なさい」
「え?あ、は、はい!」
何やら楽しそうな表情の先輩に促され、私は先輩と一緒に男の子へと歩き出した。
「プレゼントをお探しですか?」
既に分かっている事だったけど、私は一応形式的にそう尋ねる。
すると男の子は、「わっ!?」と小さく声を上げながら、私の方に振り向いた。
「え、ええと……はい……そう……です」
一瞬の間を置いて、彼はたどたどしくそう言う。その直後、先輩が徐に口を開いた。
「ガールフレンドへのプレゼントですか?」
「っ!?」
(うわ……先輩、それはちょっと酷な質問なんじゃ……)
思わず固まってしまった男の子に同情しながら先輩を見ると、先輩は小さくウインクを返してきた。
(大丈夫……この子にはいつもこの台詞を言うのが、この店でのお決まりよ)
小声でそう言われ、私は返す言葉を無くす。――――もしかして、この男の子……ここの店員達のいい玩具にされてる?
何だかこの子に哀れみを覚えた私だったけど、その後の彼の様子を見て、考えを改める。
「そ……そうです……な、なかなか……決まらなくて……」
「……」
――――い、いじらしい……!こんな子、今時珍しいわ……
仄かに紅潮した顔で俯きながら呟く男の子を見てると、無性にからかいの気持ちが湧き上がってくるのを感じる。
先輩達の気持ちが良く分かった私は、ちょっと意地悪気に彼に尋ねた。
「大好きなんですね、その子の事」
「っ!!」
途端に男の子は、ボンッと言う擬音が聞こえてきそうな勢いで顔を真っ赤にし、私を見ながらパクパクと口を動かす。
(うわ〜〜本当に可愛い……もう少し色々と聞いちゃおっかな?)
私がそう思った瞬間、先輩が私の腕に軽く体をぶつけてくる。
ハッとして先輩を見ると、ちょっと険しい表情で「からかうのはここまで。ほら、アドバイスしてあげなさい」と口パクで言われた。
元はと言えば先輩がからかいだしたくせに……と内心でボヤきながらも、私は男の子に優しく声をかけた。
「どんなプレゼントを、ご希望ですか?」
「え、ええっと……あんまり大きいのじゃなくて……値段もそんなに張らなくて……後は……え……っと……」
そこでまで言って男の子は俯いて口を閉ざしてしまった。……要するに、殆ど決まってないという事ね。
こういう場合、店員が色々と見せてあげた方が得策なのを、私は知っていた。
「そうですか。でしたら、ちょっと待って下さいね」
そう言い残して、私は彼が物色していた場所を通り抜け、ある場所へと向かう。
そこはリボンやヘアピンを置いている……つまりは髪飾り置き場だ。
(ま、髪飾りの類なら大抵の女の子は喜ぶだろうし……)
少年の希望である小さめの物で、尚且つあまり高くない物に的を絞り、私は考える。
(リボンは……止めた方が良いわね。結構大きい物ばっかりだし。……う〜〜〜ん……あ、これがいいかも!)
私がそう思って手に取ったのは、天使の羽を模ったヘアピン。小さいし、値段も手頃だし、中々の一品だろう。
自画自賛しつつ男の子の所へと戻った私は、いそいそとそのヘアピンを彼に見せた。
「これは如何でしょうか?」
「……あ……」
するとその子は、興味を示した眼でジッとヘアピンを見つめる。その表情見て、私は確信した。……決まった、と。
「あ、あの……これ、幾らですか?」
「八ドルになります」
笑顔で私がそう言うと、彼は慌ててポケットから取り出し、財布の中を確認する。
やがて、ホッとした様に溜息をついた後、私に言った。
「えっと、じゃあ、これを買います」
「ありがとうございます。……ラッピングはどうしましょう?カードも添えられますが?」
「え?……え、ええと……」
私の言葉に、男の子は困った様に頬を掻きながら考え込む。……ゴメンね。これも一応形式だから、聞かなきゃならないのよ。
「……そ、それじゃあラッピングだけお願いします」
「はい、わかりました。……では、カウンターの方へ」
「「ありがとうございました。」」
緊張した表情で店を出て行く少年を、私は先輩共々頭を下げて見送った。
「やるじゃない。中々良いチョイスだったわよ」
彼の姿が見えなくなると、先輩が笑いながら私の肩をポンと叩く。それに対して、私は照れ笑いを浮かべつつ言った。
「え、そ、そうですか?」
「ええ!きっとあの子のガールフレンドも喜ぶわ」
「あ、ありがとうございます!」
こうやって先輩に褒められるのは、やっぱり嬉しいものだ。
若干はしゃぎながらお礼を言った私に、先輩は含み笑いをしながら口を開く。
「フフフ……はしゃぐのは、ちょっと早いわよ」
「……え?」
意味が分からずにキョトンとしている私に、先輩は楽しそうに告げた。
「もう一週間ぐらい待ってなさい。ここにあの子のガールフレンドがやって来るから」
「えっ?本当ですか!?」
「ええ!」
――――その先輩の言葉通りに一週間後。あのヘアピンをした金髪の女の子が、友達と共にこの店を訪れた。
あとがき
名も無き第三者視点のお話。如何でしたでしょうか?
こういった形態は初めてだったんですけど、自分ではそこそこ上手く書けたと思います。
…でもやっぱり、完全オリジナルキャラ視点って難しいです(汗)。今度はもう少し上手くなれるといいなあ。
話変わって、実際にツーソンじゃネス×ポーラってかなり有名人なのではないかと思います。
元々、ポーラは有名だし、ネスの事も町に話が広がってるんじゃないかと(主にポーラの母親によって)。
ともあれ、お読み頂きありがとうございました。では。