〜覚醒〜
「……」
足元に散らばる無数の黄金の破片を、ネスはボンヤリと見つめていた。
「僕の心の中の邪悪……か」
奴―――これまでに何度か見た事のある黄金像は、確かにそう言った。
そして、倒す事は出来まい、とも。お前が育てた私なのだから、と。
だが、現実は今あるこの状況。黄金像はどの部分の原型も留める事無く、粉々に砕け散っていた。
「なんだろう?この感じ?」
今までの戦いでは感じなかった虚無感が、ネスを襲う。確かに強敵ではあった。これまで戦ってきた、どんな相手よりも。
自分と同じパワー、そして同じPSIを使う相手。攻・守・そして回復。自分でいうのも何だが全てを兼ね添えていて、攻めあぐねる相手だった。
必殺技であるPKドラグーンまで使ってきた時は、肉体的にも精神的にもダメージを受けた。
しかし、どうにか倒す事が出来た。……倒す事は出来ない筈の相手を。自分の心の中の邪悪を。
その現実感の伴わない現実に、ネスは暫し呆然としていた。
周りの景色―――紫色の海が一面に広がる『エデンの海』の景色が、その虚無感を更に大きくする。
(何か……良く分んないけど、スッきりしない気分だな)
心の中で、彼がそう呟いた時だった。不意に視界が急激に暗くなっていき、驚いたネスは思わず叫ぶ。
「な、何だ!?これは!?」
暗闇はどんどん広がっていき、瞬く間に周囲は黒一色に染まる。
無意識に何かを掴もうと手を伸ばしたネスだったが、それは虚しく空を切った。
「うわっ!」
体制を崩し、前方に倒れた彼の身体は、静かに闇の中に飲まれていく。
自分が落ちいるのかどうかさえも分らなくなっていき、ネスは混乱と恐怖に苛まされ、思わず眼を閉じた。
……と、そんな彼に聞き覚えのある声が聞こえた。
〔……レーへ!……サター……ヘ!!〕
(?……これは……)
耳に聞こえた……否、心に直接語りかけるかの様な感じに聞こえる声。ネスはこの声を、他の誰よりも良く知っている。
――――なぜなら……それは……
聞き覚えのある声は、ネスの心に懸命に訴える。
奇妙な感覚に陥りながらも、彼はその言葉を一つ一つ噛み締める様に聞いた。
〔ギーグの狙いは、君を抹殺する事にある。いいか、よく聞け!銀河系宇宙全てが、ギーグをいう奴の手に落ちるかも知れないんだ〕
――――そう。それは冒険に旅立つ時に、未来からの死者であるブンブーンから聞いた事。
にわかに信じられない事ではあったが、何故か恐怖と不安を感じたのを覚えている。
そして冒険を続け、徐々に核心に近づきつつある今……ハッキリと、その危機の重大さを知っている。
〔でも、奴らも困っている。ギーグの持っている予言マシン『知恵のリンゴ』は、ギーグの企みが失敗に終わると告げたんだ。
――――……知っている。その事も、ブンブーンから聞いたのだから。そして、その理由は……
〔その理由が……『ネス』という名の邪魔な存在なんだ。……僕だ!!〕
「!!」
瞬間、ネスは眼を見開く。相変わらずの暗闇しか見えなかったが、先程までの恐怖感は無かった。
まるで、見失っていた導を見つけたかの様な安心感が、彼を包んでいく。
〔いいかい。心を研ぎ澄ませて、今、君がどうすべきかを『解る』んだ!!〕
(僕が……どうすべきか……)
〔既に運命は決まってる。君は……僕は……何処に行けばいいのか?心の奥で解ってるんだ〕
(何処に……行くべきか……)
その刹那、ネスの脳裏にとある場所が浮かんだ。――――その場所とは……
「サタ……サターン……」
〔サタ……サターン……〕
ポツリと呟いた彼の言葉、心に響く声と重なり、一つの場所の名前となる。
――――……サターンバレー!!
「そこが……僕の行くべき場所」
自然と漏れたネスの声に、相槌が打たれる。
〔そうだ。どせいさん達のいた、あの谷に向かうんだ。……そこで新しい何かが掴める〕
「新しい……何かが……」
それが何であるのか、と疑問には思わなかった。
解っている。解っているのだ、自分は。そこに……一体、サターンバレーで何が待っているのかを。
(もうすぐ、このマジカントは消滅する。……急がなければ!)
真摯な思いを秘めたその声が、次第に小さく遠くなっていく。
――――それは確かに……間違い様もなく……ネス自身の声であった。
(僕が……僕に……?)
ふとネスは、エデンの海へと続く道で出会った老人の言葉を思い出す。
――――エデンの海は、『究極の知恵』が渦巻いている所。『宇宙の真理』に一瞬だけ触れる事が出来る場所だ。
(『究極の知恵』……『宇宙の真理』……)
ネスは不意に思う。この二つの言葉は、もしかしたら『この事』を指しているのではないのか?と。
自分が自分と向き合い、自分の声を聞く。これこそが『究極の知恵』であり『宇宙の真理』なのではないのか?と。
勿論、それが真実であるのかどうか、教えてくれるものは一つとしてない。
そして彼自身、その事について深く考えている場合ではなかった。
〔サターンバレーへ!……サターンバレーへ!〕
随分と聞きづらくなった、自分自身の声。その声が背を押している。今、自分がすべき事を示しながら。
(そうだ…………行かなきゃ。サターンバレーへ)
「ギーグの企みを阻止する為に。……この地球を、宇宙を守る為に!!」
その時だった。突然ネスの胸元から眩しい光が発せられ、彼は思わず両手で眼を覆う。
「うっ!?これは……!?」
その光は徐々にネスの身体から離れていき、美しい輝きを放ちながら彼の前方に留まった。
暫くして眼を開けたネスは、いきなり出現したその光を呆然と見つめる。
「この光は……一体……?」
彼がそう言った途端、その光は小さな石ころへと変わる。
一見、何の変哲もない石ころであったが、ネスはその石ころが特別な物だとすぐに分かった。
――――そう。これは自分がブンブーンから託された、『音の石』だ。
「何で、『音の石』が……?」
呟くと同時に彼は思い出す。このマジカントに来てから、『音の石』が見当たらなかった事に。
恐らくは向こうの自分―――ファイアスプリングスで、眠りについているであろう自分が持っているのだと思っていたが、どうも違ったらしい。
「僕の中に……有ったのか?」
ネスのその言葉に反応したかの様に、『音の石』は激しい音を立てて砕け散る。
予想だにしなかった事に息を呑んだ彼だったが、砕け散った『音の石』の破片が八つの光になったのに、更に驚愕の色を濃く顔に表した。
「な、何なんだよ?さっきから……っ!?」
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♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
疑問の投げかけたネスの耳に、とあるメロディが聞こえてくる。
「これは……僕がパワースポットを回って集めたメロディ……あの時にも聞いた……」
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♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
そう。彼が世界各地の『おまえだけの場所』を回り、『音の石』に記憶させてきたメロディ。
更には、このマジカントに来る引き金になったメロディもあった。
短くはあったが、心が洗われる様な優しいメロディ。そのメロディに誘われる様に、八つの光の中に一つが、ネスの胸へと消えていった。
「暖かい……この光は……?」
同時に彼の眼の前に、とある情景が映し出される。
自分の故郷、そして冒険の出発地点でもあった町―――オネットの北にある洞窟にあった、最初のパワースポット。
「……ジャイアントステップ」
呟いたネスの胸に、再び一つの光が吸い込まれる。
そして映し出されるのは、グレートフルデッドを越えた先―――ポーラと出会ったハッピーハッピー村の洞窟に存在した、二つ目のパワースポット。
「……リリパットステップ」
次にネスの中に消えた光が見せたのは、これから向かう場所―――サターンバレーの洞窟を抜けた先の、三つ目のパワースポット。
「……ミルキーウェル」
感慨深げにこれまでの記憶を辿るネスの胸に、また一つ光が入り消えていく。
それがスイッチとなって彼の眼に映るのは、ジェフの故郷―――ウインターズの洞窟で見つけた、四つ目のパワースポット。
「……レイニーサークル」
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♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
次々と自分の中に消えていく光。眼前に映し出される場所。依然として奏でられるメロディ。
この三つに包まれ続けるネスは、不意に自らの奥底で、何かが目覚めていくのを感じる。
自分自身でもハッキリとは分からない、何かが………。
(この感じ……不思議だ、心が凪いでいる)
例え様の無い充実感に満たされるネスに、次の光が姿を消す。
そして映し出されるのは、大都会――フォーサイドの恐竜博物館から下水道を辿って到着した、五つ目のパワースポット。
「……マグネットヒル」
身体が熱くなっていくのを感じる彼に、更なる光が溶け込んでいく。
その光が見せたのは、プーの故郷――――ランマで厳重に封印されていた洞窟の奥の、六つ目のパワースポット。
「……ピンククラウド」
声を漏らすネスに構わず、次の光が彼の身に収まる。
魔境の奥―――グミ族の村から続いていた、七つ目のパワースポットを映し出しながら。
「……ルミネホール」
そして、最後の光がネスの中にその輝きを与えた。
地底大陸の先で発見した――――――八つ目のパワースポットの景色と共に。
「……ファイアスプリングス」
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
「……!!!!!」
刹那、ネスは理解する。かつて、ブンブーンが言った『地球と自分の力を一つにする事』の意味を。
「そうか。これが……『おまえだけの場所』の力」
自分の身に消えていった八つの光。それが今、自分に力を与えてくれている。
勇気と希望が次々湧き出てくる程に、漲(みなぎ)る力を。
「これが……これが、地球と僕が一つになった事で……生まれた力」
無意識に握り締めた拳に、自分でも恐ろしくなるくらいのサイキックパワーが集まった。
「すごい。この力があれば……!!」
自身に隠されていた、全ての力。それを解き放ったネスは、再度固く心に誓う。
――――ギーグの企みは……僕が止めてみせる!!
決意を新たにした彼の耳に、再び自分自身の声が聞こえてくる。
もうほんの僅かにしか聞こえない、けれども確かな思いを秘めた声が。
〔さあ、もう眼を覚ましても良いぞ。仲間が待っている。さあ、眼を覚ますんだ〕
「……うん!!」
そう答えると、ネスの意識は急速に薄れていく。それは、この心の国――――マジカントの消滅を意味していた。
(ありがとう、マジカントで出会った全ての人達……それから、僕。……ありがとう、そして……さようなら)
―――――多大なる満足感、そして些細な悲壮感を胸にしつつ、ネスは自らの心の中の冒険を終えた。
(う……ん?)
何か冷たい液体が、自分の頬にかかっているのに気づき、ネスはうっすらと眼を開けた。
まだ鮮明にならない視界の中に、鮮やかな金色が見える。
それがフワフワとした金髪であると分かった彼は、それから連想される人物の名を呼んだ。
「……ポーラ?」
呼んだ瞬間、ネスの瞳に先程感じた冷たい液体が当たる。
慌てて手でそれを拭った彼は、何故か自分と顔が逆さまになっているポーラと眼があった。
……二つの瞳に溢れる程の涙を浮かべ、自分を覗き込んでいるポーラと。
「?……ポーラ、どうしたの?」
「!……よかっ……た……!」
「……え?」
「ネス……ずっと気を失ってて……ずっと眼を閉じたままで……私、どうしたらいいのかと……!」
嗚咽交じりの彼女の瞳から、涙の雫が一つ、ネスの頬へと落ちる。
ここに来て、ようやく先程からの冷たい液体が彼女の涙だと分かったネスは、そっと片手を伸ばしポーラの眼元を拭った。
「っ……ごめんねポーラ、心配かけて。でも、もう大丈夫」
「うん……うん!」
口元を両手で押さえ、何度も何度も頷く彼女に、ネスは労わりの笑みを向ける。
と、その横からジェフとプーの声が聞こえ、二人の顔が視界に映った。
「本当に大丈夫か、ネス?ずっと、うわ言を言ってたよ?」
「全く……いきなり倒れるから、何事かと思ったぞ」
「ジェフ……プー……ごめん。だけど、本当に大丈夫。ちょっと……野暮用とでも言うのかな?それがあっただけだから」
「「「?」」」
ネスの言葉に、三人は怪訝そうな表情で首を傾げる。
まあ、無理も無いだろう。言っているネス自身でさえ、上手く表現出来ていないと思っているのだから。
そして、それで良いと彼は思った。わざわざ、事細やかに伝える事でもないだろう、と。
「それより、これからの事なんだけど……」
「え?あ、そうね。これから何処に行けばいいのかしら?」
「だな。ネスの場所には全部行ったんだし……あのしゃべる岩に報告に行く?」
「確かに。現段階では、それは最良か……」
「……ううん。次に行くべき場所は、もう分かってるよ」
途端、三人は驚いた表情でネスを見やる。それに対して、真剣な表情で頷きつつ、彼は言葉を続けた。
「サターンバレーに行かなきゃならないんだ。そこに……何かがある」
「何か、が?」
「それは一体……でも、何でネス、そんな事が?」
「……理由はどうあれ、ネスがこうも確信深げに言っているんだ。他に当てもない以上、ネスに従うべきだろう」
相変わらず思慮深いプーの言葉に、ジェフもポーラも納得したらしい。
顔を引き締め、頷きあう仲間達を眺めながら、ネスは何気なくズボンのポケットに手をやった。
(……やっぱり、無くなってるのか)
そこに入れていた筈の『音の石』は、もう影も形も残っていなかった。
本当なら驚いて慌てる所であろうが、何となく彼はこうなる事が分かっていた。
――――『音の石』は……あの出来事で、務めを果たしたのだろう。
ネスは、そう信じて疑わなかった。
(さて、いつまでものんびりしてられない。早くサターンバレーへ……って、あ、れ?)
ふとした瞬間、ネスの脳裏に疑問が浮かぶ。
(そういえば……何で、ポーラの顔が逆様に見えるんだろう?それに、何か頭の下が柔らかい様な……?)
そこまで考えて、彼はもう一度意識を取り戻してからの事を思い返す。
―――目覚めた瞬間に見えた、彼女の金髪。自分の頬に落ちてきた、彼女の涙。自分を覗き込んでいた、彼女の顔。
「…………」
――――………!!!!?????
暫しの思考の末、とある結論に達したネスは、絶叫と共に上半身を起こした。
「うわああああああっっ!!!!????」
突然のネスの叫びに、ポーラもジェフもプーも驚いて彼を見やる。
しかし、そんな彼らに返事をする余裕もない程にネスは動揺していた。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
「ネ……ネス……?」
荒く息をついている自分に、たどたどしく尋ねてきたポーラに、ネスは紅潮した顔を逸らしつつ口を開く。
「ずっと……」
「え?」
「ずっと……しててくれたの?その……膝……枕……」
小声でそう言うのが、今の彼に出来る精一杯の事だった。
(ああ、もう……口にするだけで恥ずかしい)
――――今の自分だったら、きっと顔から火だって出せるだろう。
半ば本気でそう思いかけるネスに、ポーラもまた彼に勝るとも劣らぬ紅い顔で答えた。
「うん……何だか魘されてて……苦しそうだったから」
「そ、そう……ありがとう」
「……ううん、いいの」
――――こんな見てるほうが恥ずかしくなる様な光景を、ジェフとプーが呆れた表情で眺めていたのは言うまでもない。
あとがき
どうしても書いてみたかったマジカントの最後の場面を書いてみました。
あのネスからネスへのメッセージ、そして8つのパワースポットの力を手に入れる場面、すごく好きなんです。
やっぱり主人公がパワーアップする所というのは色々と見ごたえありますしね。
作中『究極の知恵』『宇宙の真理』のくだりは、悠士が考えた一つの結論です。
真実は分かりませんが、多分こういう意味なんじゃないかなあ、と。
最後の場面は終始シリアスなのもどうかなと思い、入れてみたんですが……蛇足だったかな?
ともあれ、お読み頂きありがとうございました。では。