〜弱くて強い、君を守りたい〜
「「「暑い……」」」
ジリジリと太陽が照りつける砂浜で、二人の少年と一人の少女は、ほぼ同時に口を開いた。
声に出すと余計に強くそう思って、三人はその場にへたり込む。
「何でこんなに暑いんだよ、ここは。ドコドコ砂漠といい勝負だよ……」
赤い帽子をかぶった少年――ネスがぼやくと、眼鏡をかけた少年――ジェフが答える。
「常夏の楽園だからだろ……」
すると、今度は赤いリボンを付けた少女――ポーラがうんざりした顔で言う。
「……これのどこが楽園なのよ?」
「……そんなこと僕が知るか。そう本に書いてあったから言っただけだ」
そう言うとジェフは、これ以上喋りたくないといった風に俯く。
尋ねたポーラも同様なのか、力ない溜息と共にガクリと項垂れた。
「……とにかく、ホテルに行こう。このままじゃ体力がもたない」
重い腰を上げつつネスが言うと、ポーラとジェフもよろよろと立ち上がる。
そんな二人を眺めながら、ネスはこの辺りに敵の気配が感じれない事に心底感謝した。
ハッキリ言って、今の二人は疲れきっていてまるで戦力になりそうなにない。……まあ、彼も幾分かマシとは言え、似た様なものであったが。
ともあれ、今は何よりも休息と取るべきである。
それだけを考えて遠くに見えるホテルの看板を目指して歩き出した一行だったが、数歩も歩かない内にふとポーラが立ち止まった。
「……ねえ?そういえば、あれはどうするの?」
彼女はそう言いながら、散らばっているスカイウォーカーの残骸を指差す。
それを見たネスは頭を掻きながらしばらく考えた後、溜息をつきながら口を開いた。
「あ〜〜〜……僕が片付けとくよ。ほったらかしはマズイだろうし」
「そう。それじゃ私達はホテルに行っとくわ。ほらジェフ!行くわよ!」
「う〜〜〜……」
殆ど日射病になりかけのジェフをポーラが引きずっていった後、ネスは残骸に両手をかざして呟く。
「……PKドラグーンα」
派手な音と共に放たれた念動波が、辺りの残骸を粉々にし、何もなかったように綺麗にした。
(これでいいよな)
そう思い、ネスは先に行った二人の後を追って歩き出す。
チラッと周りを見ると、大勢の人が平和そうにバカンスを楽しんでおり、さっきの音にもまるで気づいていないようだ。
(……平和だなあ〜〜)
羨望の眼差しを向けながら、ネスは疲労の溜まった体をなんとか動かしてホテルへと向かった。
――――ホテル
「ジェフ、大丈夫?」
「……何とか」
ホテルの一室で額に濡れタオルを乗せ、ベッドで横になっているジェフは半死人の目でそう言った。
ドコドコ砂漠もそうだったが、雪国であるウインターズ出身の彼にとって、この暑さは辛いのだろう。
「今日はもう休みにしよう。そんなんじゃ、動きたくないでしょ?」
「ああ。……でも、買い物とかあるんじゃ……」
「それなら僕達でやっとく。だからジェフは寝てていいよ」
「……そうしてくれると助かる」
そう言うと、ジェフは目を閉じた。するとまもなく、安らかな寝息が聞こえてくる。疲労が相当溜まっていたのだろう。
「ふう〜」
ネスも横にベッドに腰を下ろし、一息つく。と、その時浴場のドアが開いた。
「あ〜〜さっぱりした!」
ポーラだ。どうやらシャワーを浴びていたらしく、バスタオルで頭を拭きながら満足げな笑みを浮かべる。
そんな彼女に一瞬ドキッとしたネスだったが、慌ててポーラをたしなめる。
「ポーラ、ちょっと静かにしてあげて。ジェフ眠っちゃったから」
「ジェフが?あらホント、ずいぶん疲れてたのね」
彼の寝顔を覗き込みながらポーラが言う。
「まあ、砂漠でも死にかけてたからね」
少しばかり苦笑しながらネスが言うと、急にポーラは不機嫌な顔をした。
「死にかけたと言えば何なのよ、あのスカイウォーカーって乗り物!あんな着陸の仕方はないでしょ!不時着よ、不時着!」
「ま、まあ確かに……」
捲し立てるポーラにたじろぎながらも、ネスは同意した。実のところ、彼もスカイウォーカーには二度と乗りたくないと思う。
(……着地際にシールド張ってなかったら、確実に死んでたよな)
今更ながらに思い出し、無意識にゾッとしたネスは話題を変えた。
「それでさ、ポーラはこれからどうする?僕は買い物に行ってくるけど、別に休んでてもいい……」
「買い物?それだったら、私も行く!」
ネスが最後まで言い終わらないうちに、ポーラは元気良く応えた。それに嫌な予感がした彼は、慌てて口を開く。
「えっ?……あ、あのポーラ?一応行っとくけど、買い物ってのは冒険に必要な物を買うだけで……」
「ここに来るまでに大きな洋服店があったの!早くいきましょ!」
ネスの話など聞く耳持たずといった感じで、ポーラはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「…………」
残された彼はしばし呆然とする。
「……ジェフ。帰りは遅くなると思う」
この後待っている自分の状況を想像しながら、ぐっすり眠っている友人にそう言うと、ネスは重い足取りで部屋を出た。
「ねえ〜ネス、どっちが良いと思う?」
「……左の方」
「そう?じゃあ、こっちにしよっと!」
もう幾度となく交わされた会話。ネスはポーラに気づかれないように、大きく溜息をついた。
何とか彼女を説得して、洋服店に入る前に必需品の買い物を終わらせる事は出来たものの、この店に入ってから既に二時間が経っている。
いい加減切り上げて欲しいと思うネスだが、心底楽しそうに服を選んだり試着したりしているポーラを見ると、どうしても強く言えないのだ。
(……まあ、いっか。ポーラには色々助けてもらってるし、それに……)
ふと暗い事を思い出したネスは、慌てて首を振る。と、その時ポーラが近寄ってきた。
「ねえ、ネス?」
「えっ?あ、何?」
「ネスもぼう〜っとしてないで服買ったら?これから先、代えも必要でしょ?」
言われてみれば確かにそうだと思ったネスは、コクリと頷く。
「そうだね。後、ジェフのために涼しい服でも買ってあげようか」
「ああ、それいいわね!」
―――しばらくして、自分のとジェフの服を選び終わったネスは、ポーラを探してキョロキョロと店内を見回した。
(あれっ?どこ行ったんだろう?)
少しばかり不安になりながら、あてもなく歩いていると、彼女の声が聞こえた。
「あっネス!ちょっと来て!」
「えっ……」
声が聞こえた方向に目をやったネスは、一瞬後ずさった。なぜならポーラのいる場所は……
(水着売り場……だよな?間違いなく……)
――――まさか、まさかポーラ……僕に選べって言うんじゃ……
「ネスってば!早く来てよ!」
急かすように言うポーラと、真っ赤になっているネスに店中にいる人の視線が集まる。
ハッキリ言って、死ぬほど恥ずかしい。
「……」
出来る事なら逃げ出したいネスであったが、無論そんな事は出来ない。
仕方なく彼はクスクスと微笑む女性客の間を歩きながら、ポーラの元へと行った。
「……どうしたの?」
分かってはいる。分かってはいるがネスは聞いてみた。もしかしたら、自分の思ってる事とは違うのかもしれないという、淡い期待を抱いて。
だが、そんな期待はアッサリと打ち砕かれた。
「ネスはどんな水着が好き?」
「っ!」
近くの壁に、ネスは思いっきり頭をぶつけた。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
驚いてポーラが尋ねてきたが、とても答える気にならない。
(頼むから聞かないでよ、そんなこと……)
「どんな水着が好き?」なんて女の子に聞かれて即答できる男の子がいたら、是非お目にかかりたいとネスは真剣に思った。
しかし、ここで曖昧な返事をすると余計に面倒な(具体的に言うと、店にある水着を片っ端から試着して聞いてくる)事になる。
仕方なくネスは、彼女から視線を外しながら、恥ずかしげに呟いた。
「ワンピース……」
「えっ?」
「ワンピース型でシンプルなのが良いと……思うよ」
ここまで具体的に言えば、後は自分で決めてくれるだろうと判断し、ネスはポーラにそう告げた。
その言葉に一瞬ポカンとした彼女だったが、やがて笑顔で頷く。
「ありがとう!それじゃ試着するから選んでね!」
「っ!!」
考えが甘かったネス、本日二度目の壁に激突。
「ちょっ、ネス、本当に大丈夫?」
「……大丈夫。それより早くしよう。あんまり遅いとジェフに悪いし……」
「あっ、そうね。じゃあ最初は……」
―――その後、結局夕食の時間まで『ポーラの水着試着ショー』は続いた……
「はあっ……」
ホテルでの夕食を終え、三人は思い思いに時間を過ごしていた。
ロビーで新聞を読んでいたジェフは、そろそろ部屋に戻ろうと階段を上り、自室のドアを開ける。
すると、予想通りと言うか、未だにと言うかベッドに突っ伏しているネスが視界に入った。
「……疲れた」
本日10回は言った台詞。ポーラと買い物から帰ってきたから、彼はずっとこの調子だ。
「お疲れ様」
ジェフはそんなネスに、心底同情して呟く。
買い物から帰ってきた時、彼が持っていた大量の荷物から、一体どんな目にあったかは大体想像がついた。
休んでてよかったと、内心安堵のため息をつきながら、ジェフはふとネスに尋ねる。
「で、一体どこに連れまわされたの?」
「……洋服店」
「ああ、それは……また……」
ぐったりとした声の返答に、ジェフは何も言えなくなった。
実際に経験したことはないが、彼とて女の子が洋服店に入ると長時間掛かる事ぐらい、一般論として知っている。
「大変だったね」
「うん……」
言いながら、よろよろと起き上がったネスはボンヤリと部屋を見渡した。
「あれ?ポーラは?」
「えっ?ああ少し出掛けてくるって。」
「ふうん……どこに?」
「ビーチだってさ」
「ああビーチか……ってビーチ!?」
やにわに勢いよく立ち上がったネスは、驚いているジェフに掴みかからんといった感じで問い詰める。
「何で止めないんだよ!?もう夜だよ!女の子が一人で外に出ちゃ危ないじゃないか!!」
「い、いや僕も止めたんだけど……ポーラってば『近いから大丈夫、大丈夫』って聞かなくて……って、く、苦しいよネス」
「近いとかそういう問題じゃない!!」
「僕に言っても仕方ないだろ!!」
言われてグッと言葉に詰まったネスは、いつの間にかジェフの胸倉を掴んでいた手を離し、静かに聞いた。
「……ポーラは手ぶらで出て行ったの?」
「いや、紙袋持ってたよ。真っ白の」
(真っ白い紙袋?……って事は!ああもう!)
記憶を探ってその中身を思い出し、彼女の目的を察知したネスは苛々と支度を始めた。
「ちょ、ちょっとネス?どこいくの?」
「ポーラのとこに決まってるだろ!」
短く言い捨て、彼は乱暴にドアを開けて部屋を飛び出していった。
「……」
その様子を唖然として見送った後、ジェフはやれやれと肩を竦める。
「鍵ぐらい持っていけよ。ここオートロックなんだから。……君達が帰ってくるまで僕寝れないじゃないか」
あの感じではすぐには戻ってこないと、頭脳明晰なジェフは即座に判断していた……
(……ったく、ポーラってば……!)
ホテルを飛び出し、ネスは全速力でビーチへと走っていた。その間にも、彼女への怒りと不安は募っていく。
(少しは危機感を持ってよ!もう二回も経験してるんだから!)
そうこう考えているうちに、いつしかビーチへとたどり着いていた。
既に夜も遅いと言うのに、辺りには昼間ほどではないが、未だ数組のカップルが粘っている。
そんな彼らを横目に見ながら、ネスは忙しなくポーラを探し始めた。
(!……これは……)
しばらくして歩いた砂浜に、真っ白な紙袋が置いてあった。
無意識にそれを拾おうと近づいたネスだったが、その袋からポーラの服が覗いているのに気づき、慌てて伸ばしかけた手を引っ込める。
(これがここにあるという事は……)
再度周りに視線を巡らし始めたネスの正面の海に、不意に飛沫が上がり、人の姿が海中から現れた。
「……ふうっ……あれ?ネスもきたの?」
突然現れた彼女―――今日買ったばかりの水着をきたポーラは、キョトンとした表情を浮かべた。
「……」
一瞬そんな彼女の姿に見惚れたネスだったが、慌てて口を開いた。
「……『ネスもきたの?』じゃないよ!何やってるんだよポーラ!こんな時間に!!」
「えっ?何って……泳いでるんじゃない。夜の海って人少なくていいから……」
「そういうこと聞いてるんじゃない!!」
声を荒げた彼に、ポーラはビクッと身を強張らせる。
「な、なに怒ってるの?ネス……?」
「決まってるだろ!女の子がこんな時間に一人で外に出ちゃ危ないじゃないか!!少しは気をつけてよ!そうでなくても君は……」
そこまで言いかけて、ネスはハッとして声を落とした。自分でも知らないうちに大声を出していた事に、今更ながら気づく。
「私は……何?」
怪訝そうに聞いてくるポーラに、彼は視線を外しながら呟く。
「君は……二回も誘拐されてるんだから……また攫われたりしてないかって、心配するじゃないか……」
「……っ!」
その言葉にポーラは息を飲んだ。
「だから……その……あんまり一人で行動しないで。でないと、僕、すごく不安に……」
「……ゴメンなさい」
急に弱々しい声を出したポーラに、ネスはギョッとして彼女に振り返る。
「あ、あのポーラ?えっと、僕はその、怒ってるわけじゃ……いや、多少は怒ってるけど、だからつまり……」
「ゴメンなさい、私……勝手なことしたよね。ゴメンな……さ……」
顔を手で覆い、嗚咽を漏らし始めたポーラに、ネスはオロオロとうろたえた。
(マ、マズイ、泣かしちゃった。……ど、どうしよう?)
確かに勝手な行動をしたポーラを注意しようとここまで来たわけだが、なにも泣かせるほど強く言うつもりはなかった。
それなのに、あんな感情的に怒鳴ってしまったのは、自分にも責任はある。
ジェフから事を聞いたとき、ネスの胸には言い様のない恐怖が過ぎったのだ。
――――あの時……デパートでポーラが誘拐された時、ネスは酷く自分を責めた。
初めて会った時、山小屋の牢屋で心細い思いをしていた彼女を助けた時に、これからはもうこんな思いはさせないと心に決めていたのに。
それなのに自分はむざむざと、しかも目の前で彼女を攫わせてしまった。
以後、ネスはポーラの姿が見えなくなると、自然と不吉な事を思い浮かべるようになっていた。
今回の事も、そんな自分の不安を彼女にぶつけていた面もある。―――ポーラだけが悪いんじゃない。僕も悪いんだ。
未だにポーラは泣き続けている。その姿にいつもの、しっかりしていて明るい彼女の面影はなかった。
「ポ、ポーラ?も、もういから、泣き止んで、ね?」
ぎこちなく彼女の肩に手を置きながら、ネスが優しく言うと、ようやくポーラは泣き止んだ。
「……っく……ネス、本当にゴメンなさい」
「い、いや、僕も悪かったんだし。そんなに謝らなくてもいいよ」
そう言うと、彼女は手で涙を拭った。
「……うん……ありがと」
「あ、う、うん……」
微笑むポーラにドギマギしながら、ネスは慌てて話題を変えた。
「じ、じゃあ戻ろうか?もう遅いし」
言いながら踵を返して歩き出そうした彼を、彼女は呼び止めた。
「ねえ、ネス?」
「ん?何?」
「どう?これ?」
そう言ってポーラは水着を見せびらかす様な仕種をする。
「えっ?あ、ああ……似合ってる、よ」
なるべく直視しない様にしてネスが言うと、ポーラは満面の笑みを浮かべた。
「ありがと!……ってそりゃそうよね。これ、ネスが選んだし」
「ま、まあね。そ、それより早く帰……」
刹那、ネスの顔面に大量の海水が掛けられる。
突然の事に反応できなかった彼は、思わず掛けられた海水を飲んでしまった。
「うわっ!ぺっ、しょっぱ……な、何するんだよポーラ!」
咳き込みながら犯人である彼女を睨みつけるが、さして気にもしてないといた風に彼女は言う。
「せっかく来たんだし、すこし遊びましょ!」
「遊びましょって、もう夜だよ!子供はもう寝なきゃ……って、ちょ、止めてってば!服がビショビショになるだろ!」
「別にいいじゃない。今日代えの服買ったでしょ?」
悪戯っぽく笑うポーラに、もう先ほどまでの悲しみの色はなかった。
なにか吹っ切れたネスは、つられて笑いながら彼女に水をかける。
そんな二人の見守るかのように、空には無数の星が燦燦と輝いていた。
(最初は、か弱い女の子だと思っていた。それから旅を共にして、芯が強い女の子だと分かったけど……ポーラ、
それでも君はやっぱり弱いところもあるんだね。だから僕は君を守りたい。これから先、何があったとしても……)
ネスは改めて決意を固めながらも、今はただ、ポーラとの平和な時間に身を投じる事にした。
――――翌日。
「……ったく、遅くまで一緒にビーチで遊んでて、今度は一緒に風邪ひいたのかい?ホントにまあ、仲のいい事で」
「「……」」
ネスとポーラの顔が真っ赤なのは、熱のせいだけではないだろう。
「今日はゆっくりしてていいよ。そんなんじゃ動けないだろ?」
「い、いやヒーリングαで治せば……」
「いいよ。僕もちょっと行きたいところあるから。それじゃお二人とも、お大事に」
刺々しい声と荒々しいドアの閉め方から、ジェフが静かな怒りを覚えているのが嫌でも分かる。
その原因が自分たちだという事に、ネスとポーラはお互いに顔を見合わせて恥ずかしそうに俯いた。
あとがき
ポーラってゲーム中で二回も攫われてるんだな、と考えて思いついた話。
自分は大丈夫と信じているポーラと、そんな彼女が心配で仕方がないネスって感じで伝わってくれたら嬉しいです。
…にしてもジェフの扱いが酷いな、これ。(お前が書いたんだろ)
キャラがイマイチ掴めないんですよね、彼とプーは。精進したいです。では。