〜相談〜

 

 

 

 

 

 

「ネスー! お友達よー!!」

「え? あ、はーい」

土曜日の昼下がり。

自室で寝転びながらゲームという至福の時間を過ごしていたネスは、1階からの母親の呼びかけに返事をしつつ身体を起こす。

そして、良い所でゲームを中断された不愉快さを僅かに覚えながら部屋を出た。しかし階段に差し掛かった辺りで、ふと疑問を感じて足を止める。

(誰だろう、お友達って?)

大抵の場合、母親は『友達』とは言わず来訪者の名を告げる。それが違うという事は即ち、母親が名を知らない人間がやってきたという事だろうか?

となると考えられるのは、学校での同級生――特別親しいという訳でも無い野球部関係の人間ではないかと、ネスは推理した。

(ひょっとして、また助っ人か? 嫌だなあ、だったらパスしようっと)

いつしか来訪者を確認もせずに決定づけた彼は、ブツブツと断りの返事を考えながら階段を下りる。

程無くして1階に辿り着くと、それを見越した様なタイミングで母親が駆け寄ってきた。

「もう、ネス。お友達を待たせちゃダメじゃない。呼んだら、すぐに下りて来なさいよ」

「べ、別にそんなにモタモタしてないでしょ?……で、お友達って誰?」

憤慨して抗議の声を上げながら、ネスは身体を反らして母親の身体で遮られていた玄関を覗く。

すると、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。

「……えっ?」

――――上下共に純白の道着。鋭い眼をした端正な顔立ち。髪を一本の三つ編みに纏めた、辮髪という独特の髪型。

会うのは久しぶりだが、間違える筈も無い。驚きに余り口をあんぐりと空けた、ネスは失礼とは思いながら友人を指で差しながら叫んだ。

「プ、プー!?」

「久しいな、ネス。突然の来訪、どうか許し願いたい」

礼儀正しく頭を下げながら、プーは何処か緊張した声色で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ミルク。やぎじゃなくて牛のだけど、これなら飲めたよね?」

「すまん、助かる。何とか努力はしてるんだが、どうにも『こーひー』やら『こーら』やら『じゅーす』というのは、美味さが分からなくてな」

苦笑しつつネスからミルクの入ったグラスを受け取ったプーは、徐にそれを口に運ぶ。

そんな彼を眺めながら、ネスは妙な緊張感を覚えながら自分のベッドに腰掛けた。

(でも、一体何なんだろう? プーが僕に相談って)

――ネス。どうか……どうか、お前の知恵を貸して欲しい。

来訪の理由を尋ねるや否や、弱々しく肩を掴まれながらそう言われ、とりあえず自室へとプーを招いたのだが、どうにも落ち着かない。

思えば彼を自室へ入れるのは、今回が初めてだった。そもそも、こうしてランマ以外の場所で会うそれ自体が珍しい事だ。

プーは『一国の王子』という、責任ある立場である。あの冒険中ならともかく、国務に専念している意はあまりランマを離れない方が良い筈だ。

――残念な事だが、皆と会えるのはもうこの国でしかないだろうな。一度は皆の国を外遊してみたいと思っていたが……仕方ない。

それは他の誰でも無い、プー自身が以前皆と共にランマに招いてくれた時に言っていた言葉だ。なのに今、彼はこうしてオネットにやって来ている。

確かめた訳ではないが、相談とは言えこれが所謂『お忍び』という奴である事は間違いないだろう。そう思ったネスは、遠回しに訊ねてみた。

「ランマは大丈夫なの?」

「あ、ああ……大丈夫だ。一時間程度ならバレはしない。瞬間移動を使えば、戻るのは数秒で済むからな」

「そっか。という事は、別にランマが大変な問題を抱えてるって訳じゃないんだね?」

「ああ……まあ……特に荒事が起きてはいない」

かなり言いにくそうに言葉を濁しつつ答えたプーに、ネスはますます困惑する。

こんな彼を見るのは初めてだ。どんな時でも必ず年長者らしい冷静さを見せていた、あの冒険の時の彼と同一人物とは思えない。

額にいくつかの冷や汗を流し、乾いた笑いを浮かべている彼は、至極普通の少年の様にネスには見えた。

「ねえ、プー? どうしたの一体?」

「だ、だから、お前に知恵を貸して欲しいと……」

「いや、だから相談って事でしょ? 何の相談なの?」

「あ、ああ、それは…………っ、そうだ。妹君はいないのか?」

「妹君?……ああ、トレーシーの事? うん、今日は友達と遊ぶって出掛け……って、話を逸らさないでよ」

「そ、逸らして等いない。その……彼女にもいてくれた方が助かると言うか……」

「はあ? どういう事?」

プーの相談事の内容が全く分からず、ネスは思わず素っ頓狂な声を出した。

「つ、つまり……ええい、ダメだ。やはり単刀直入に訊こう。ネス!」

「は、はい!?」

いきなり肩を掴まれて顔を寄せられた事に狼狽えながら、ネスは小首を傾げる。

「な、何でしょうか?」

「お前は……お前は何と言ってポーラに求婚した?」

「…………へっ?」

――きゅう……こん?

聞き慣れぬその言葉の意味を、ネスはあまり良いとは言えない頭で考えた。

(きゅうこんって何だ? チューリップとかのアレじゃないよな? 大体、ポーラにきゅうこんって、どういう意味…………っ!?)

暫くの思考の後、ネスはようやく『プロポーズ』の事だと理解し、次の瞬間顔を真っ赤にして絶叫した。

「そそそそそ、そんな事、ポポポポ、ポーラに言ってないってばーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ネスちゃん。恥ずかしがらないで教えてよ」

「だから言ってないってば! ほら、早く出てって出てって!!」

「もう、この子は……仕方ないわね。じゃあプー君、ゆっくりしてっててね」

「は、はい。…………すまなかったな。時折送られてくるジェフからの手紙で、ついそうだと早合点してしまっていた」

「あ、ああ、そうなんだ。ははは……」

――ジェフの奴〜! どんな手紙書いてるんだ、全く!

絶叫を聞き部屋にやってきた母親をどうにか追い払ったネスは、申し訳なさそうに謝罪したプーに引き攣った笑みを受けながら、遥か遠くにいる友人に悪態をつく。

そして軽く頭を抑えつつベッドに座り直すと、一つ深呼吸した後に口を開いた。

「で、え〜と、プーがそんな事を訊くって事は、つまり……」

「ああ。ある女性に求婚するつもりだ」

「そ、そうなんだ。へえ……」

さっきまでとは打って変わって、彼がとても年上に見えた。

結婚。まだ十代前半の自分には、全く縁の無い物だとネスは思っていた。

しかし、プーにとっては違うらしい。興味を持ったネスは、失礼に無い様に言葉を選びながら訊ねた。

「じゃあ、プーは結婚するんだね?」

「っ……求婚が成立すれば、な。尤も実質的には婚約で、婚姻はまだ先になるだろうが」

苦笑いを浮かべたプーは、一つ咳払いをする。

その様子から彼の自信の無さが窺え、不思議に思ったネスは首を傾げる。

「そんなに不安なの? ひょっとして、相手が身分の高い……って王子の君より身分が高い訳が無いか。ランマの人でしょ?」

「ああ。宮仕えしている俺より一つ下の娘だ。少し前から、見合いを持ちかけられていてな。で、つい先日に行ったんだが……」

「何だ。それってあっちから結婚したいって言ってきたって事だよね?」

「っ……そうではあるな」

「だったら、そんなに不安がらなくていいじゃん。と言うより、わざわざプーからプロ……コホン、求婚する必要なんか……」

「いや、それは違う」

不意にプーが表情を引き締め、強い口調でネスの言葉を先取りして否定する。

驚いたネスは、自分が知れずプーを怒らせてしまったのだと思い、苦い顔をした。

そんな彼を見て、プーは慌てた様子で表情を崩し、謝罪の言葉を口にする。

「あ、すまん、ネス。勘違いしないでくれ。別にお前の言葉が気に障った訳ではない。ただ、やはりそういう訳にはいかないと思っただけだ」

「そういう訳にいかないって……求婚しない訳にはいかないって事?」

「そうだ」

大きく頷いたプーは暫く眼を伏せ、やがてゆっくりと眼を開けながら言った。

「確かに向こうから持ちかけてきた話ではあるし、立場を考えるなら俺は何も求婚しなくても構わない。だが、それでは俺は納得出来んのだ」

「納得出来ないって、どうして?」

「それだと、まるで俺がその……相手の上に立っているみたいじゃないか。結婚というものは、対等な関係であるべきだろう?」

問いかけというよりも確認を求めている様なプーの言葉に、ネスは曖昧な笑みを浮かべながら頬を掻く。

「う、う〜ん、そう言われても……僕はまだそういうのには縁が無いし」

「いや、お前なら分かる筈だ。ポーラとの事を考えてくれれば良い」

「ポーラ?……っ!? だ、だから、僕はポーラに求婚なんてして……」

「違う違う。恋人としてだ」

「へっ?」」

「ポーラに交際を申し込まれた時、お前も同時に申し込んだんだろ? ジェフの手紙に、そう書いてあったぞ」

「っ!!」

ひた隠しにしていた事実をあっさりと告げられ、ネスは絶句する。

(ジェフの奴〜! ポーラから聞いたんだろうけど、勝手に広めるなよなあ〜!!)

羞恥故の怒りを覚えた彼だが、同時にようやくプーが言わんとしている事を理解する。

だから彼はひとまずジェフへの怒りを抑えて再びベッドに座り直すと、穏やかな表情でプーに確認した。

「つまりプーは、その結婚相手と対等な立場でいたいから、ちゃんとこっちからも求婚の言葉を言ってあげたい……と?」

「あ、ああ……」

「はは、何ていうか……プーらしいな」

こういうのを、『生真面目』と言うのだろう。恐らくではあるが結婚相手側も、そこまで深くは考えていないであろうに。

しかし、こういう所がプーの長所であり人徳でもあるのだろう。しみじみとそう思ったネスは、ふと頭の中で考えが閃くのを感じた。

(あ、そうか……うん、そうだよ)

「?……ネス、どうした?」

どうやら感情が顔に出ていたらしい。

怪訝な顔つきでこちらを覗きこんできたプーに、ネスは穏やかな笑みを向けた。

(きっと、これで大丈夫さ。きっと、きっと……)

根拠の無い、しかし確かな自信を胸に、ネスは口を開いた。

「ねえ、プー。僕さ、思ったんだけど…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネスお兄ちゃん! はい、お手紙! プーお兄ちゃんからだよ!」

「おお、サンキュー、トレーシー」

一週間後。ベッドの上で寝転んでいたネスは、妹が持ってきた手紙を受け取ると封を開ける。

そして徐に姿勢を正しながら、その文面に眼を落とした。

『ネス。先日は知恵を貸してくれて本当に、感謝している。お前の助言通り、俺があの時に話した事そのままを伝えたら、彼女はとても喜んでくれた』

(良かった、上手くいったみたいだな)

思わず彼は、顔を綻ばせる。

自分の助言が役に立ち、友人が幸せを手にしたのだ。当然の事だろう。

胸が熱くなっていくのを感じながら、ネスは手紙の続きを読んだ。

『そなたを妻にするのではなく、そなたと共にいたい……正直、最初はあまり良い文句とは思っていなかったが、流石は相思相愛の恋人がいる者の意見だな。感服する』

「は、はは……」

恥ずかしさを覚える言葉がサラリと書かれている文面に、ネスは無意識に苦笑いをする。

しかし、その顔は更に手紙を読み進める内に引き攣っていき、最終的にはただの苦しく歪んだ表情になってしまった。

『だが、少しばかりすまない事をしたな。お前がポーラにむけて言おうとしていた求婚の言葉を使わせてもらう事になってしまって』

「はあっ!?……な、な……」

『また一から考えるのは大変だろうが、健闘を祈っている。まあポーラなら、どんな言葉でも喜ぶとは思うが……』

「何でそうなるんだよーー!! プーー!!」

 

 

 

 

 

 

――――その絶叫が母親と妹を呼び寄せ、ネスがプーの手紙を巡って彼女達と必死の攻防戦を繰り広げるのは、これからほんの数秒後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

ネスとプーという、珍しい組み合わせのお二人でした。

プーはこれまでも何度か書いていますが、悠士のイメージとして『冷静でしっかりしてるけど、少々天然』といった感じです。

そして、そんな彼に面白がって色々吹き込むのがジェフ……と(笑)また、こんな感じのコメディも書いていければと思います。では。

 

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