〜ジャストタイミング コンフェッション〜
「う〜〜ん……」
手にしたペンをクルクルと回しながら、僕は眼の前にある真っ白なノートを眺めながら頭を掻く。
僕は今、これまで生きてきた中で、最も難解な問題に取り掛かっていた。
何が難解かって、そもそも正解が無い。テーマが決められた作文よりも、自由作文の方が厄介なのと同じ理屈だ。
「やっぱり最初は、この良き日に……って感じか? ありきたりと言われればそれまでだけど、変に捻ってもなあ……」
周りに誰もいない事も手伝ってか、ついつい独り言が多くなってしまう。
「あ〜〜難しい。まだ日数に余裕があるとはいえ、間に合うか不安になってきたな」
「珍しいな。お前がそこまで悩むとは」
「うわっ!?」
突然、背後から聞こえた馴染みのある声に、僕は驚いて悲鳴を上げ、その拍子に椅子から転げ落ちる。
その際に強打した、身体の彼方此方を抑えつつ立ち上がった僕は、腕組みをして突っ立っている友人を睨んだ。
「てて……プー! テレ……瞬間移動でいきなり現れるのは止めてって、もうずっと言ってるじゃないか!」
「ああ、すまん。どうにも癖が抜けなくてな」
「……ったく、もう!」
軽く謝罪したプーに呆れながら、僕は椅子に座り直すと再びペンを持つ。
そして、当然の様に隣にやってきたプーに、ノートを見つめたままの状態で言った。
「“例の式”のスピー……いや、挨拶さ。何て言おうか、中々決まんなくてさ」
「ああ、それか。ならば、特別に深く考える事も無いと思うが? あの旅路の中でのあらましを話して、最後に祝いの一言を添えれば完成だろう」
「へえ、プーはそんな風に挨拶するんだ」
「まあな。祝言の挨拶とは、大抵そういった感じだ。無難と言えばそうだが、失礼も無いし、何より難しくないだろう?」
「はは、まあね。あの二人に関してのエピ……いや逸話なら、それこそ沢山あるしな」
思わず笑みを零しながら、僕は何気なく伸びをした。
――――ネスとポーラの結婚が決まったのは、いまから一ヶ月前。
出会った時から(少なくとも、僕が二人を見た時から)相思相愛だった二人にしては、随分と時間が掛かったものだ、というのが僕の素直な感想だ。
その事を本人達に訊ねてみたら、やれ妥当だとか、むしろ早いくらいだとか、真っ赤な顔で色々言われたものだ。無論、僕は苦笑を堪えるのが大変だった。
全くもって、恥ずかしがり屋なカップルだと思う。良く言えばずっと初々しい、悪く言えばずっと子供っぽいという事か。
まあ実際の所、ネスにせよポーラにせよ、あまり大人になったという印象は無い。
あまり顔立ちも変わってないし、背だってそこまで伸びてない。ネスに至っては、今や僕より低い。おまけに声変わりも些細に終わった様で、出会った時と殆ど変らないままだ。
そして、ポーラも……勿論、少女から女性にはなったと思うが、やはり“美しい”というよりかは“可愛い”という印象の方が強い。
――――まるで、周りの時間の流れから取り残されたかの様に、ゆっくりと時を刻んでいる二人。
僕は、そんな二人が珍しく……そして、羨ましくも有った。
「むっ、何だ!?」
突然、鳴り響いた電子音に、プーが顔を引き締めて構えた。相変わらず、近代科学には馴染めていないらしい。
僕は軽く笑いながら、彼にヒラヒラと手を振ってみせる。
「警戒しなくても大丈夫だよ、プー。僕へのメールの受信音さ」
「めーる? ああ、こちらでの文の事だったな」
「そう。電子の力で離れた所にも一瞬で届く便利な物……って、プー。前もこれ、説明しなかった?」
「ん、そうだったか? すまん、この手の事に関しては、とんと記憶力が働かなくて……それより、文なら早く見た方が良いんじゃないか?」
「ああ、そうだった。ええと……」
僕は携帯を取り出すと、受信されていたメールを読む。そして、宛名を読み終えた途端、思わず「うわあ……」と声を上げてしまった。
「何だ? 何か悪い内容だったのか?」
「違う違う。送り主がネスなのさ。何ともなタイミングだったから、つい、ね」
「ほう、あいつからか。で、何と?」
「電化製品が幾つか故障したんだってさ。で、明日にでも直してくれないかって。ま、お安い御用だし、了解って返事を送っとくよ」
そう言うと、僕は素早くネスに返信する。それが終わると、何だか急激にやる気が無くなっていくのを感じ、持っていたペンを乱雑に机の上に放り投げた。
「どうした、ジェフ?」
「当人に明日会うのに、こんな事で悩んでるのがバカらしくなっちゃってさ。この続きは、また明日以降にするよ」
「そうか。まあ、まだ式日までは随分と有る。ゆっくり考えれば良い。どんな挨拶にせよ、余程の事じゃ無い限り、あの二人は喜んでくれるさ」
プーはそう告げると、僕の肩を軽く叩いた。そして「ではな」と言い残し、一瞬で姿を消す。
あの冒険の時に比べて格段に上達した、彼のテレポートに、僕は毎度の事ながら感嘆した。
「本当、超能力って便利だな。僕も早く、テレポートに負けない転送装置を作りたいもんだぜ」
少しの羨望と野心を含んだ笑みを浮かべた僕は、もう誰もいない空間に向けて、そう呟いた。
――――翌日。
「……よしっと! 出来たぜ、ネス。これで全部直ったよ」
「わあ、さっすがジェフ! メカの事ならお手のもんだね」
「なあに、元々大した故障でも無かったしね。これくらい、どうって事ないって」
「そう言えるのが、君の凄いところだと思うけどな……はい、お礼のジュース」
「お、サンキュー」
修理を終えた僕は、ネスからオレンジジュースを受け取ると、一気に喉元へと流し込んだ。
爽やかな酸味と甘味に、思わず溜息が漏れる。
「はあっ……美味しい。一仕事終えたって感じがするなあ」
「お疲れ様。だけど悪かったね、ジェフ。急に呼び出したりしてさ」
「気にするなって。冷蔵庫とエアコンが壊れたんじゃ、仕方無いよ。それに、新型のスカイウォーカーを使えば、そんなに時間も掛からないしな」
「はは……そう言ってくれると、助かるよ」
苦笑しながらそう言ったネスの顔を見ていると、僕の心に小さな悪戯心が芽生えた。
少しだけ、からかってやりたいという気持ちに襲われる。それは決してネスが憎いからでは無く、親しい間柄であるが故の感情だ。
それに正直な所、彼をからかう事が出来るのは……少なくともこの件では、今しかないと思う。
ネスがポーラと結婚した後では、この話はもう軽々しく口に出来ないと、僕の中の何かが告げていた。
だから、自然と口が動いた。僕は「それに……」と口角を釣り上げながら、ネスに言う。
「言っただろ? あの冒険が終わる時に。君達が結婚する事になったら、電化製品の修理は任せろって」
「あ、ああ……そうだね。今、思い出したよ。早いなあ。あの冒険から、もう何年も経ってるなんて」
「月日ってのは、そんなもんさ。あっという間に過ぎていく。僕だって、スリークの墓地の地下で君とポーラに出会った事が、まるで昨日の事みたいに感じてる」
「そっか。……だけど、あの時はビックリしたなあ。いきなり凄い音がしたかと思ったら、変な物体が急降下してきてさ。更にその中から、黒焦げの男の子が出てきたんだもの」
昔を懐かしむ様に、ネスは中空を見つめて呟く。きっと、その視線の先には、在りし日の僕達が見えているんだろう。
僕も彼に倣って、眼を伏せて追憶に浸る。その瞬間、当時の気持ちが胸に込み上がってきた。
――――初めて出会った、見知らぬ友達。そして初めて抱き、すぐに失った…………。
「なあ、ネス?」
「うん?」
意識して真面目な口調を作り、僕はネスに声を掛ける。
そして、追憶を止めてこちらを見やってきた彼に、僕は芝居がかった仕草で顔を伏せた。
「ジェフ? どうしたの?」
予想通り、ネスは戸惑い半分、心配半分といった声で訪ねてくる。
――――彼は優しい。友達だから、もうずっと前から知っている。だからこそ、少しだけ意地悪くしてみたかった。
「今だから、言えるんだけどな……」
「え、何を?」
「僕さ……」
そこまで言って、僕はゆっくりとネスと視線を合わせる。そのまま十分に間を置いた後、自嘲気味な笑みを共に口を開いた。
「ポーラの事……好きだったんだぜ?」
「っ!?」
これまた予想通り、ネスはビクッと身体を震わせて後方に後退る。
その際に足が縺れたのか、崩れる様にしてソファーに沈み込んだ彼に、僕は笑いながら言葉を続けた。
「彼女からテレパシーを受け取った時、色々と考えちゃったんだ。何て綺麗な声なんだろう、とか、きっと可愛い子なんだろうな、とかね。で、実際会ったら、あの通り美少女だぜ?
好きになるのも、無理ないだろう?」
「ジ、ジェフ……あ、あの、その……ぼ、僕!」
「ストップ」
―――本当、ここまで予想通りだと逆に調子が狂ってしまいそうだ。
自らの所業を追及されて狼狽えている罪人の様な顔をしたネスに、僕は右手の掌を突き出す。
そして、それをヒラヒラと振って見せた後、軽く鼻で笑った。
「変な気遣いは無用さ。言ったろ? 好き“だった”って。過去形さ。今は別に、何とも思ってないよ。……いや、それは違うか。今でも綺麗だとは思ってる」
「ジェフ……」
「だから、そんな顔をするなって。……大体ポーラへの恋心は、時間にしたら本当に一分も経たない内に崩れたしな」
「え?」
ネスがキョトンとした表情で、眼を瞬かせる。
「どういう意味?」
「……一瞬で、失恋したって事さ。覚えてないかい、ネス? 僕達が初め出会った、あの時……君は何をしていたか」
「ぼ、僕が何をしてたか?……え〜〜っと……」
呻きながら腕組みをし、俯いて考え出した彼をみて、僕は吹き出しそうになるのを懸命に耐えていた。
――……この様子からして、“あれ”はきっと無意識にしていた事なんだろう。
墜落したスカイウォーカーから何とか這い出し、顔の周りについていた煤を落とした僕が、最初に見た光景。それは、今でもハッキリと覚えている。
何事かと怯えているポーラを庇う様に、彼女の前に立ちはだかって僕を睨みつけていたネス。それは正に、笑ってしまうくらいにお約束なヒーローとヒロインだった。
改めて思う。最初から……本当に最初から、僕に勝ち目なんか無かったんだ。
いや、きっと僕以外の人間でも、そうだろう。一体、誰が彼らの間に割って入る事が出来る?
恐らくは出会った瞬間から、二人の間には強く確かな絆が生まれていたのだ。
それをすぐに理解できた分、僕はきっと楽な気持ちになれたんだ。……そう思うしか、無い気がした。
「あはは、覚えてないなら良いよ。それが答えさ」
「え? え? ジェフ、意味が分かんないんだけど?」
「気にするなって。……ともかく、これで僕の告白は終わり。本当は、君達の結婚式で話そうかなって思ってたんだけど……今の君の反応を見るに、やめて良かったと思う」
「いっ!? あ、ああ、それは……うん、出来れば遠慮したかった……かな?」
「正直でよろしい」
決まり悪そうに頭を掻いたネスに、僕は笑いながらそう言う。同時に心の中で、成功したなと思った。
――この状況なら、笑い話で済ませられる。後腐れの無い、思い出話として。
「まあ、つまり、あれだよ。僕が言いたいのは……ポーラを幸せにしてやりなよって事」
「……分かってる」
途端にネスは真面目な顔になり、コクリと小さく頷いた。
本当、どこまでも単純で純粋な奴だなと、僕は羨ましく思う。きっと僕は、未来永劫、ネスの様にはなれないのだから。
「うん。それが聞けたなら良いかな。じゃあ、僕そろそろ戻るよ。ちょっと行き詰まってた事が、今なら進みそうな気がしてきた」
「行き詰まってた事? 何だい、それ?」
「秘密」
唇に人差し指を当てて、僕はネスにそう言うと、空になったグラスを置いて立ち上がる。
「じゃあ、またな、ネス。また何か用が有ったら、いつでも言って」
「あ、うん……ねえ、ジェフ?」
「ん?」
「……君が友達で、本当に良かったよ」
「っ……僕も、同意見」
照れを隠す様にネスから顔を背けると、僕は軽く手を振りながら彼の家を出た。
「さて、と……」
家に帰った僕は、昨日投げ出したペンを持ち、真っ白なノートに向かう。
だけど、それはきっとすぐに羅列された文字によって埋め尽くされるだろう。今の僕には、書きたい言葉が次から次へと溢れ出てくるのだから。
「まず出だしは……『僕は二人を初めて見た時から、彼らの間に強い絆を感じていました』で……」
――あの二人の門出に相応しい、とびっきりの挨拶にしないとな。
僕は強くそう思いながら、ひたすらノートにペンを走らせ続けた。
あとがき
ジェフがメインの話は書いたことなかったなあ、と不意に思い、その勢いで書いた話です。
某キャラのせいで、そっち系の趣味やら何やら味付けされがちな彼ですが、実際こういう気持ちになる可能性も十分あったのではないかと。
ちょっと大人で格好いい(?)ジェフが伝われば、幸いです。では。