〜大都市での大事件〜

 

 

 

 

(いつ来ても、ここは凄いわね。新商品から人気商品まで目白押しだわ)

愛用のハンドバックを片手に歩きながら、ポーラは軽やかな気持ちで店内を歩き回っていた。

今、彼女がいる場所はイーグルランド随一の大都市フォーサイドのデパート。時折、暇を見つけてはここに訪れるのが、ポーラの一つの楽しみであった。

実を言うと、このデパートにはあまり思い出したくない出来事もある。しかし、そのマイナス面を考慮しても、やはりここの商品の充実さは魅力的なのだ。

「あ、あのお洋服、可愛い」

最近新しく出来たらしい洋品店を見つけたポーラは、店頭に飾ってあった服に眼を奪われ、笑顔でそちらへと歩を進める。

だが直後、全身に奔った悪寒に思わずその場に立ち尽くした。

(っ!?……な、何?)

慌てて周囲を見渡すが、これといって変わった所は無い。むしろ、突然キョロキョロしだしたポーラ自身が一番変だった。

しかし、彼女は確信する。それこそ、生まれてからと言ってもいい程の付き合いの感覚なのだ。今更、疑う余地などない。

ましてや、かつて全く同じ悪寒を感じた場所であるのなら、尚更だ。

(あの時と同じ……まさか……っ)

知れずポーラは唇を噛み締めると、洋品店に背を向ける。

“何かが起こる”とは分かっても、“何が起こる”のかが分からなければ、動きようがないのは分かっていた。

けれども、だからと言ってジッとしている気にはとてもなれない。そう思ったポーラは、少しでも変わった所がないかと忙しなくデパートを歩き回り始めた。

 

 

 

 

まばらな人影があるフォーサイドの公園に、穏やかな風が吹き抜けていた。

暑い夏を終え、ようやく涼しさを感じられるようになったこの時期。公園にいる人達も、気持ち良さそうに風を浴びていた。

しかし、突然不自然な強風を感じ、人々は何事かと眼を瞬かせる。

すると直後、何もない空間に黒い穴が空き、その中から一人の少年が高速で飛び出してきたのに、誰もが唖然としてしまった。

そんな周りの事など気にもせず、飛び出してきた少年――ネスは、ズレてしまった帽子を被り直して呟いた。

「よし、到着っと。さて……」

少々うんざりした様子で、ネスはポケットから一枚のメモを取り出す。出発前、母親から手渡されたものだ。

そこにビッシリと書かれていた品物の数に、彼は思わず額に手を当てる。

「はあ、フォーサイドに行くなんて言うんじゃなかった。こんなに沢山のお使い……トレーシーもちゃっかり注文してくれて」

けれども、そう呟くネスの顔に不満の色は無い。なんだかんだ言いつつも、彼は家族の役に立てる事を嬉しく思っていたのだ。

あの冒険中、散々心労させてしまったという事実を、ネスは今でも後ろめたく思っている。だから元の生活に戻って以来、彼は出来るだけの手伝いはしようと密かに誓っていた。

(問題は買った荷物をどうするかだけど……まっ、買い終わってから考えよっと)

メモをしまったネスは、未だ驚いてる周囲の人々の間を横切り、遠くからでもよく見えるデパートへ向けて歩き出した。

 

 

 

 

(特に何も無かったわね。気のせいだったのかしら? ううん、そんな筈は……いえ、でも……)

数回目のデパート内の往復を終え、出入り口付近のベンチに腰掛けたポーラは、軽く頭を振って溜息をつく。

自分の予知能力に関しては自信がある彼女だが、流石にここまで調べて何もないとなると、やはり気のせいではないのかという疑念も湧いてくる。

勿論、何事も無ければそれが一番良いのだが、その確証を得られないと気持ちがスッキリしない。

現に今も、時折ではあるが嫌な悪寒が背筋を伝っているのだから。

(もう買い物する気分でもないし、もう一回りしてみましょう)

そう思い、立ち上がったポーラはエスカレーターへと向かい、周囲をチェックしつつ上へと進んでいく。

しかし、やはり何も変わった所は無く、気が付けば彼女は最上階へと辿り着いていた。念の為、そのフロアも見回ってみるが、異常は見られない。

(う〜ん、やっぱり私の勘違い? まあ予知能力も絶対じゃないから……あ……)

ふとポーラは、何の気なしにデパート事務所のドアに眼を向けた。

殆どデパート全てを見回った彼女だが、あそこだけは無断で入る事が出来ないため、調べてない。

いくらなんでも「嫌な感じがしたから」という理由で入室を許可してもえるとも思えず、仕方なく調査対象から除外していたのだ。

けれども、事務所以外の場所で何事も無いと分かった今、あの場所が気になるのは必然で、彼女は立ち止まり思案する。

(どうしよう? 適当な理由で入れてもらおうかしら? でも、何も無かったら失礼だし…………っ!?)

その時だった。今までよりも一際強い悪寒が、ポーラの全身を駆け巡る。

それに驚き竦み上がった彼女の耳に、ガラス窓が割れる盛大な音が鳴り響いた。

 

 

 

 

「よっ、やっ……わわ……あ〜〜惜しい! もうちょっとでクリア出来たのになあ。コイン、コイン……」

デパート一階の片隅にあるゲームコーナーで、ネスはとあるアクションゲームに熱中していた。

前に訪れた時は無かった場所なので、少しだけ見てみようと彼がコーナーに入ったのが三十分前。

それから一回だけと思いコインを入れたゲームが予想以上に面白く、気づけばネスは当初の予定であるお使いを忘れてハマってしまっていた。

(テレポーテーションで帰るんだし、時間はそんなに気にしなくてもいいもんな。元々、ボクは遊びに来たんだし。……よし、今度こそ!)

コインを筐体に投入し、ネスはレバーに手を掛ける。だが、丁度ゲームが始まった瞬間、けたたましいサイレン音が鳴り響いた。

彼は驚いてゲーム画面から眼を離し、店内の彼方此方に忙しなく視線を飛ばす。すると、急にサイレンが止み、一拍置いて低い男の声が店内放送によって流れ始めた。

「店内にいる全ての人間に告げる。このデパートは我々が占拠した。従って、これより君達は我々の人質となる」

あまりにも現実離れした言葉に、ネスは自身の耳を疑う。ふと周りを見れば、他の人達も同様らしく、ピクリともせず天井のスピーカーを眺めていた。

「我々の要求は、二つ。一つはこのフォーサイドの統治権を我々に引き渡す事。もう一つは、現金一千万ドルだ。これより、この要求を警察へと通告する。要求が通るまでの間、君達はこのデパートから出る事は許されない。万が一、誰か一人でもデパートから出ようとした場合、我々は店内に仕掛けられている無数の爆弾を爆発させる。……警告も兼ねて、入口を爆破しよう。近くにいる者は避難するといい」

直後、悲鳴交じりの声が飛び交い、出入り口付近にいた人達が蜘蛛の子を散らしたかのように、その場を離れる。

反射的にそちらへと視線を飛ばしたネスは、とある光景に心臓を凍る心地を覚える。

――――親の手を離れたらしい小さな男の子が、あろう事かトコトコと出入り口へと歩いていっていたのだ。

「危ない!!」

叫ぶと同時に、ネスは男の子へと駆け出す。それによって気づいたのか、とある方向から男の子の名を呼ぶ女性の声が聞こえた。

件の男の子も、突然の大声に驚いたらしく、立ち止まってネスの方へと振り返る。

その隙にネスが男の子を抱き抱えたのと、爆発が起こったのは殆ど同じだった。彼は咄嗟に後方へと飛退くと、無数の破片やガラスが襲いかかって来る。

しかし幸いにもネスの行動が早かった為、何とかそれらから逃れられ、男の子は勿論、ネスも傷一つ負う事は無かった。

「ふう……危なかった」

「っっく……え〜〜ん、え〜〜ん!!」

「わわっ!? だ、大丈夫だよ。君は何処も怪我してないから」

一瞬の自失から覚め、恐怖を痛感した男の子が大声で泣き始める。ネスがその子をどうにか宥めていると、一人の女性が駆け寄ってきた。

「ああ、坊や!……どうも、ありがとうございます!!」

「い、いえ……えっと、お礼を言うのは、まだ早いと思いますよ。まだ、僕達の安全が保障された訳じゃないんですから」

男の子を抱きしめながら、涙交じりで頭を下げた母親に、ネスは苦笑と共に天井のスピーカーを見やる。

すると、タイミング良く再び先程の男の声が流れてきた。

「見ての通りだ。くれぐれも、妙な気を起こさずにジッとしておく事を勧める。我々の目的は君達の命では無い。何もしなければ、危害は加えないと約束しよう」

(何が約束しようだ! 現に今、思いっきり危害を加えてたじゃないか!! くそっ!)

珍しく舌打ちをしながら、ネスは心の中で吐き捨てる。

どちらかと言うと楽天家の彼だが、流石に今の状況で男の言葉を鵜呑みにする程ではない。だが、下手に行動する訳にもいかないと、ネスは分かっていた。

(さっきの声からして、監視カメラで僕らを見てる……迂闊に動くと、他の人にまで危険な目に合わせてしまう。となると……っ! あそこなら!)

監視カメラの死角になっている箇所を見つけたネスは、なるべく不自然な足取りにならないように注意しつつ、そちらへ移動する。

そして何とか辿り着くと、眼を閉じて精神を集中し始めた。

(ああいう奴らは、大体一番上のフロアにいるもんだよな。まだ慣れてないから、ちょっと自信ないけど……下手に動けない以上、やってみるしかない)

とある手段を考えたネスは、脳裏にこのデパートの最上階の光景を思い描く。しかし、意識して記憶した事が今まで無かった為、中々イメージが定まらない。

(ええいっ、早くしないと危ないってのに! だけど、しっかりイメージしないと、とんでもない所に移動しちゃうし……っ!)

――――葛藤しつつも、ネスは必死でイメージを続けた。あの冒険が終わってから修得した、新しいPSIを試みる為に。

 

 

 

 

女性店員のこめかみに銃口を突き付けている男と、その取り巻きを前にして、ポーラの脳裏に嫌な思い出が甦る。

色こそ黒だが、彼らの恰好はかつて自分を誘拐した、あのハッピーハッピー教の信者と良く似ていた。

勿論、姿が似ているだけであの連中とは何ら関係は無いのだろうが、どの道悪党である事に変わりはない。

自分の予知能力が知らせていた事をやっと理解し、ポーラは唇を噛んだ。

(嫌な予感はこれだったのね……っ、どうする?)

なるべく目立たないように周囲を見回した彼女は、緊張と恐怖で高鳴る鼓動を感じつつ考える。

正直、彼らを倒すだけなら造作も無い事ではあった。人数にして十人程度。武装しているとはいえ、それ程の大勢ではない。

かつて、もっと危険な存在と戦ってきたポーラにとっては、別段強敵でもない連中だった。多分、PSIを使えば一網打尽に出来るだろう。

――――但し、それは“周囲の事を考えなければ”という前提の上での事だった。

人質を取られている以上、迂闊に彼らを刺激するのが危険なのは明白だ。そして、いざ戦闘になった時、自分は良いとして他の人達を守れる自信が、彼女には無い。

サイコシールドしか防御系PSIの心得が無いポーラは、彼らの攻撃から他の人達を守る術は皆無なのだ。

(だからって、警察が動いてくれるまでジッとしているわけにも……)

「おい、そこの小娘!」

「っ!?」

突然の声に、ポーラは驚いて身を竦ませる。ハッとして彼らを見ると、一人が自分を指差していた。

「私……ですか?」

「そうだ。腹が減ったから、何か持って来い。ここはデパートなんだから、食料はいくらでもあるだろ?」

「は、はい」

ポーラは頷くと、不安な表情を浮かべている人達を横切り、食品が売られている下の階を目指す。

彼らが電源を切ったらしく、エスカレーターは停止していた。よって彼女は仕方なく、コツコツを靴を鳴らして降りて行く。

簡易食品では文句を言われると思ったポーラは、三階を通り過ぎてファーストフード店やベーカリーのある二階へと進んだ。

当然ながら、そこも皆が恐怖と不安の色を顔に浮かべ、互いに身を寄せ合ったり床に座り込んだりしていた。

そんな人達を見て益々自分が何とかしなければと決意しながら、ポーラは店に近づいて店員達に事情を話す。

暫くして、パンやらハンバーガー等を準備してくれた店員達に礼を言うと、彼女は再び最上階へと歩き始めた。

その最中、彼女は一つの計画を練っていた。

(多分、手渡す事になるだろうから……その時が勝負ね)

額や背中を流れる汗を感じつつ、ポーラは無意識に空いている方の拳を握りしめた。

 

 

 

 

「ご苦労だったな。さあ、それを貰おうか」

予想通り、手渡しを要求してきた彼らに、ポーラは無言で近づいていく。

そして、女性店員を人質に取っている男――おそらくは彼らのリーダーである男の前に辿り着くと、スッと手を伸ばして食料の入った籠を彼に差し出した。

「どうぞ」

「ああ。……おい」

「へい」

顎で差された別の男がポーラに近づく、彼女の手から籠を取る。そして、ポーラの手が自由になった瞬間、彼女は勢いよく掌を広げた。

途端、その掌から凍てつく様な冷気が迸る。その冷気は風となって、突然の出来事にたじろいでいた彼ら目掛けて拡散していった。

「ぐわっ!?」

「な、何だこれは!?」

「つ、冷てえっ!!」

ポーラが生み出した冷たい風――PKフリーズを喰らった彼らは、口々に悲鳴交じりの声を発しながら、のた打ち回る。

勿論、威力は最低限に抑えているが、それでも痛みを伴うだけの冷たさがあるのが、彼女のPKフリーズだった。

(今!!)

ポーラはその混乱に紛れて、人質の女性店員を彼らから解放すると、彼女に向かって叫ぶ。

「早く離れてください!」

「は、はい!!」

返事をした店員は、狼狽えながらも素早い動作でその場から逃げていく。

そんな彼女を一瞥した後、ポーラは再びPKフリーズを試みる。たが、今度は先程の様な威力を押さえたものではなく、彼らを氷漬けにする程度に力を込めたものにするつもりだった。

それで彼らの動きを封じてしまえば、後は警察がやってきて何とかしてくれる。ポーラはそう考えたのだ。

しかし、ポーラがPKフリーズを放とうとした直前、彼女の耳に銃声が聞こえ、同時に右肩に激痛が奔った。

「痛っ!?……あっ!」

反射的に右肩を押さえて蹲ったポーラを、彼らの一人が後ろから拘束する。

慌てて逃れようと身を捩ったが、純粋な力自体は普通の少女である彼女が、大の男に勝てる筈も無い。

痛いくらいに締め付けられ、更には口を手で塞がれてしまったポーラは、計算外の出来事に困惑と恐怖を覚えた。

(だ、誰が一体!? この人達は、みんな私の周りにいた筈……)

「大丈夫でしたか?」

その声に、ポーラはハッとして眼だけをそちらに向ける。すると、見た目は普通のスーツ姿の男が、拳銃を片手にこちらへ歩み寄って来ていた。

「ああ、助かったぞ。よくやってくれたな」

「いえいえ。お褒めにあずかる事でもありません。近くに貴方達がいて中々狙いを定められなかった上に、結局は外してしまったんですから」

「っ……!」

ポーラは驚愕に眼を見開いて、スーツの男を見る。つまり、彼もこの集団の一員なのだろう。

恐らくは、客に紛れてこのデパートの状況を調べる役割を負った諜報員。まるで考えていなかった存在に、ポーラは愕然とした。

(しまった……ここまで用意周到だったなんて……)

思わず意識が遠退きそうになるのを、ポーラは辛うじて踏み止まる。

だが、想定外の出来事によるショックは大きく、彼女は何かを考える事も何か行動を起こす事も出来なかった。

そんな彼女に、スーツの男が下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。そして、軽く舌なめずりをした後に言った。

「この娘、ツーソンのポーラですね」

「!」

「ポーラ?……ああ、確か、魔法だか超能力だかが使えると噂の……成程、さっきのはそれだったのか」

「そういう事でしょう。しかし、噂に違わぬ美少女ですね。……皆さん、一つお願いがあるのですが?」

「はあ、お前は相変わらず変わった趣味だな。だがまあ、良いだろう」

「うむうっ!?」

突然、更に強く身体を締め付けられ、ポーラはくぐもった声を上げる。

更には両手両足を数人で掴まれた事によって、これから先に起こる出来事を察してしまった。

それは女子であるポーラにとって、最悪と断言しても構わない事。サッと顔から血の気が引くのを感じながら、彼女は無我夢中で抵抗した。

「んううっっ!! んううううっっ!!」

しかし、どれだけ力を込めても拘束から逃れるどころか身体を動かす事もままならない。

むしろ、そうして抵抗する事が、男の欲望を煽る結果になってしまった。

「おやおや、気づいてしまったみたいですね。大丈夫ですよ、怖くありませんから」

欲望でギラついた眼をしつつ、男がポーラに手を伸ばした。

まずは彼女の金髪に両手を差し込み、優しく梳きながら顔を近づけてくる。そんな男に、ポーラは生理的嫌悪感を抱き、無意識に声を上げた。

「んっ!!」

「素晴らしい香りです。髪の方も、実に良い手触りですよ」

「んんっ!!」

これがまだ序の口な事が分かってしまったポーラは尚も抵抗を続けるが、やはり全く事態は好転しなかった。

そして、男の行為は更にエスカレートしていく。いやらしい手つきでポーラの首筋を撫でたかと思うと、今度はそこに舌を這わせ始めた。

「んううううっ!!」

「そんなに嫌がらなくとも……別に痛くは無いでしょう?」

そう言いつつ尚も行為を続ける男に、ポーラを拘束していた仲間が呆れた様に口を開いた。

「全く、こんな子供のどこが良いんだか……おい、どうせなら口を解放してやろうか?」

「おお、ありがとうございます……と言いたいところですが、それは最後の方の楽しみにとっておきますよ。さて、次は……これですかね」

男の視線が下がり、次いでいきなりポーラのスカートを掴んだ。

それが意味する事を察してしまった彼女は、満足に動かない顔を僅かに左右に振り、拒否の意思を示す。その眼からは、知れず涙が流れていた。

けれども、勿論それで男がやめてくれる筈も無い。今にも涎を垂らしそうな顔になった男は、ポーラの香りを楽しんだまま口を開いた。

「心配なさらず。大勢の人がいるのに、恥ずかしい場所を見せたりはしませんよ。……私が楽しむだけです」

「んうううっ!?」

無遠慮にスカートの中に男の手が侵入し、ポーラの太腿に触れる。そのあまりの気持ち悪さに、彼女は身を竦くませて眼を閉じた。

(嫌! 嫌!! 嫌!!!)

徐々に上へと移動してくる男の手に、ポーラは嗚咽を漏らし始める。

そして、無意識に愛しい恋人の姿を思い浮かべると、彼に向かって叫んだ。

(ネス! ネス!……お願い! 助けて、ネス!!)

無駄だと分かっていても、今のポーラにはそうして遠くにいる彼に助けを求める事しか出来なかった。

「……さて、そろそろ到達しますよ」

「んんんっっ!!」

寸での所で手を止めた男に、ポーラは最後の抵抗を見せる。それと同時に、心の中でありったけの力を込めて叫んだ。

(ネス!! ネス!!)

――――そう叫んだ刹那、ポーラの耳に、妙な音が飛び込んできた。

 

 

 

 

「っ!!」

眼前に広がる衝撃的な光景に、ネスは思わず息を呑んだ。

かなり時間が掛かったものの、どうにかイメージが定まった彼は、新しいPSI――テレポーテーションγを試みた。

αやβとは違い、事前準備がいらない本当の意味での瞬間移動。まだ回数をこなしてないので、成功するか否か不安だったのだが、それは杞憂に終わったようだ。

しかし、ネスはその事を喜んでいられなかった。彼は、頭の中が真っ白になっている感覚を覚え、ポツリと呟く。

「ポー……ラ?」

―――かつて見たハッピーハッピー教の信者に似た格好の集団に拘束され、スーツ姿の男に辱めを受けている恋人。

その事を現実として認識した瞬間、ネスは自分の中で何かが弾けた様な気がした。

次の瞬間、彼は突然の出来事に驚いて動きを止めていた連中に向かって、勢い駆け出した。

「こ、こいつ!!」

我に返り、銃を突き付けてきた一人に、ネスは右手に精神を集中させて前に突きだす。

その掌に作り出した念動壁で弾丸を防ぎ、今度は左手に力を込めると相手に掌底を繰り出した。

「ぐわあああっ!!」

PSIを纏った強烈な一撃を喰らった男は、無様な悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。

それにハッとした他の連中は、拘束していたポーラを突き飛ばすと、次々にネスに向けて武器を構えたり突撃したりしてきた。

だが、ネスは全く動じる事無く、彼らに向けて右手を払ってみせる。すると、その軌跡に生じた念動波が、彼らを纏めて吹っ飛ばした。

苦痛の呻き声と共に床に転がった連中を見て、ネスは素早く両手で野球ボール程の緑色をした光球を作る。そして、さながら野球投手の様に、その光球を連中の間目掛けて投げつけた。

ストレートの軌道で飛んで行ったその光球は、彼らに辿り着いた途端に爆発を起こす。些か過剰とも言える追い打ちに、連中は声も出せずに宙を舞うと、次々に床へと叩きつけられていった。

「ど、どうした!? 何があっ……」

大きな音と共に事務室のドアが開かれ、連中の仲間であろう数人が顔を出す。

しかし、無造作に床で横たわっている仲間、そして両手にPSIを纏った状態のネスを見て、状況を把握したらしい。

顔を隠した上からでもハッキリと恐怖が分かる動作で眼を合わせあった後、静かに両手を挙げて降参の意を示した。

「懸命だね。さて、残るは……」

ネスはゆっくりと、スーツの男へと振り返る。すると男は、ガタガタと震えながら尻餅をつき、そのまま床を這ってネスから遠ざかり始めた。

「ま、待ってくれ。は、話せば分か……」

見苦しい弁明をし始めた男に向けて、ネスは十八番のPSIであるPKドラグーンを放つ。しかし、それは僅かに男から外れ、周囲に爆発を起こしただけだった。

勿論、“外れた”のではない。ネスが“外した”のである。

――――この方がより男に恐怖を与えるだろうという、悪の心。いくら悪党とはいえ殺しはしたくないという、善の心。この二つのネスの心が、生んだ行動だった。

「……次は当てるよ?」

低い声でネスはそう呟き、一歩一歩静かな足取りで男へと近づいて行く。そんなネスに、男は口を半開きにして震えていたが、やがて恐怖のあまり変形した顔で絶叫した。

「ぎゃああああああっっ!!!!」

情けない悲鳴の後、男は仰向けに倒れ込む。どうやら、気絶してしまったらしい。

それを確認したネスは周囲を軽く見回し、もう他に仲間がいない事を確認すると、溜息と共に緊張を解いた。

――――大勢の警官がエスカレーターを駆け上がって来たのは、それから数秒後の事だった。

 

 

 

 

「……無茶し過ぎだよ」

「ゴメン……なさい」

顔を両手で塞ぎ、嗚咽交じりに何度も頭を下げるポーラに、ネスは額に手を当てて嘆息する。

――――フォーサイド・グランドホテルのスイートルーム。

警察からの事情聴取を終えた二人は、街と人々を救ったというお礼でこの部屋に通されていた。

冒険の時に留まった部屋の倍はある大きなベッドに腰掛けて、ネスは隣で泣きじゃくっているポーラの髪を撫でる。

「肩の怪我は大丈夫?」

「ええ。貴方が癒してくれたから。ありがとう、ネス」

そう言ったポーラが、この部屋に来て初めて顔を上げる。

そんな彼女の泣き笑いの様な表情に、ネスは心臓を掴まれた様な感じがして、慌てて眼を逸らした。

「……まあライフアップぐらい、お安いご用さ。別にお礼なんていらないよ」

「そう? なら……助けてくれてありがとう、ネス」

「ど、どういたしまして」

ポーラに返事をしつつ、ネスはデパートで自分がした事を思い出して、少し恥ずかしくなる。

いくらポーラが危険な状態だったとはいえ、一般人の前で暴れ過ぎたと、今更ながら彼は思う。

人質となった人々から色々と質問攻めにあったし、逮捕された奴らは連行される途中、怪物を見るかの様な眼で見ていた。

――――……かつてのモノトリーの一件で顔が知れていた警察からは、お咎めなしだったのだが。

「……ねえ、ポーラ?」

「何?」

「その、だ、大丈夫?」

「えっ? あ、うん、もう傷も塞がって……」

「いや、そうじゃなくて……」

「うん?」

「その……あいつらにさ、ええっと……」

「……あっ」

直接口にするのが躊躇われ、言葉を濁していたネスの言わんとしている事を、ポーラは察したらしい。沈痛な表情を浮かべると、彼女はコクリと頷いた。

「大丈夫よ。間一髪の所で、貴方が現れたから」

「っ……そう」

刹那、ネスの心に『もう少し攻撃しとけば良かった』という黒い感情が芽生える。それに気づいた彼は慌てて首を振って、その考えを打ち消した。

――――そして改めて思う。自分があの時、相当な怒りを感じていた事を。

(もし、またこんな事があったら……大丈夫かな、僕?)

言い様の無い不安に駆られ、ネスは決まり悪そうに指先で頬を掻く。すると突然、彼の空いている方の手に、ポーラの手が触れた。

「いっ!? ポ、ポーラ!?」

「……ねえ、ネス」

呟きながら、ポーラはネスの手を握る。もう何度もしてきた事なのに、未だ慣れない彼は、思わずドキリとして身を竦ませた。

「な、何?」

「……あのね」

「う、うん」

「忘れさせて欲しいの……今日の事」

「…………へっ?」

ポーラの言葉の意味が分からず、ネスはキョトンとして眼を瞬かせる。と、そんな彼の手を、彼女は自身の首筋へと持っていった。

「わわっ!? ポポ、ポーラ!? ど、どうし……」

「あの男の人に、ここを撫でられたの。そして……舐められた」

そう呟くポーラの瞳に、ジワリと涙が滲むのをネスは見る。その涙によって硬直してしまったネスに、ポーラは続けた。

「凄く……凄く気持ち悪かった。でも、それで終わりじゃなかったわ。今度は……」

一旦言葉を切り、ポーラはネスの手を下の方――自分のスカートの中へと導こうとする。その途端、ネスは顔を真っ赤にして彼女の動きを止めて叫んだ。

「ポ、ポーラ! ストップストップ!! きき、君、何て所に僕の手を……!」

「此処に手を入れられたの。私、死にたくなるくらいに嫌だった。だから……」

ネスの言葉を遮ったポーラが、更に強く彼の手を握りしめる。そして、静かに涙を流しながら、懇願の言葉を口にした。

「お願いよ、ネス。忘れさせて……貴方で」

「え、ええっ!?……う……え……あ……」

心臓が壊れそうになるのを感じながら、ネスは声にならぬ声を出す。そんな彼の心の内で、激しい葛藤が生まれ始めた。

(わ、忘れさせてって、つまり……だよな? い、いくら何でもそれはまだ……僕達、まだどちらかというと子供だし……だけど、ポーラがこう言ってるんだし、他に誰もいないし……って、ダメだダメだ僕! 邪悪な心に負けちゃいけない!……あれ? でも僕、あの冒険の時、自分の邪悪を倒したんだっけ? じゃあ、この気持ちは邪悪じゃない?……って、違う違う! そうじゃ問題じゃないってば!!)

 

 

 

 

――――この後、ネスはポーラの願いを受け入れるか、それとも彼女を催眠術で眠らせるかで、たっぷりと悩む羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

久々にマザーで戦闘シーンのある話を書きたいなあ、と思っていたんですが、出来上がったらこんな話に(汗)

と、とりあえずヒーローしているネスとヒロインしているポーラを楽しんで頂ければ幸いです。では。

 

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