〜内緒のツーショット〜

 

 

 

 

 

 

一日の授業を終えるチャイムが鳴り響き、夕陽に染まっていく校舎から、次々に生徒が帰宅の道を歩いてく。

そんな生徒の中を、黒髪の少年と金髪の少女が仲良く歩いていた。

「はあ〜〜……」

黒髪の少年―――ネスが大きな溜息をつくと、横にいた金髪の少女―――トレーシーが口を開く。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「……また宿題を、人の倍出された……」

その言葉にトレーシーは、「ええ〜?」という表情で聞き返す。

「ま〜た、テストの成績悪かったの?」

「う……し、仕方ないだろ!!」

顔を真っ赤にして言う兄に、妹はやれやれと肩を竦めた。

「やっぱり、長い間休学してたのはマズかったよね。」

「……それを言うなって。」

肩を落とし、ネスは項垂れる。

彼がギーグを倒し、長い長い旅から帰って来てから、もう一年程の月日が流れていた。

現在、彼は普通の(とは言っても、PSIが使える時点でそうとは言えないかもしれないが)少年らしく、毎日を過ごしている。

……が、そうして日々を送る中で、一つ大きな問題があった。それはズバリ、勉強の事である。

旅の間全く学校に行っていなかった事が災いして、中学校に入ってから補習、追試、居残りといった物のオンパレードなのだ。

「今日も徹夜かな……」

「私も手伝おうか?少しぐらい、分るかもしれないし……」

「……いや、いい。いつまでもお前に頼ってられないし。何とか頑張るよ」

妹の申し出を断り、またネスは溜息をついた。そんな兄を見かねて、トレーシーは口を開く。

「先生に話してみたら?少し事情があるんだって」

「……あのな、『地球の危機を救ったんだから、大目に見てください』なんて先生に言って、通用すると思うか?」

「……思わない」

「だろ?」

と、そんな事を話しながら、二人はオネット郊外にある自宅へと歩き続ける。

そして、図書館の前に差し掛かった所で、後ろから声がした。

「はあっ……はあっ……ネ、ネスさん!!」

「「え?」」

ネスとトレーシーが振り返ると、以前自分達の隠れ家の見張りをしていた少年が、息を切らしながらこちらへ駆けてくる。

「あっ、君は……どうしたの?」

「はあっ……はあっ……ネスさん。た、助けてください!」

「……へ?」

訳がわからずポカンと口を開けた兄に代わり、トレーシーが聞き返す。

「た、助けてくださいって……何があったの!?」

「あ、い、いや別に事件が起こったわけじゃなくてですね……」

深刻そうな顔の彼女に、少年は手を振りながら話を続けた。

「実は今、他校との練習試合をやってるんですが……」

「練習試合って、野球?」

「はい。……で、マズイ事にエースバッターがデッドボールで怪我しちゃいまして」

「ええっ!?」

トレーシーが声を上げた。

「それで……僕に代わりに出てくれって?」

「そうなんです!お願いします!!」

ペコリと頭を下げる少年を見て、ネスは考え込んだ。

確かに野球ならそれなりに腕に覚えもあるし、困っているのなら助けになってやりたいとは思う。

だが……今から野球なんてやっていたら、大量の宿題を片付ける時間がことごとく減ってしまう。

「……他に誰かいないの?」

一応聞いてみたが、返ってきた言葉は予想通りだった。

「いるわけ無いじゃないですか!少なくとも僕の知っている中では、ネスさん以外に野球の上手い人なんかいません!!」

少年の言葉に、ネスは本日三度目の溜息をついた。――――こりゃ、引き受けるしかないな。

「……分かったよ。トレーシー、ママに遅くなるって言っといて」

「うん、分かった。頑張ってね、お兄ちゃん」

「ああ」

そう言うと、ネスは少年と共に学校へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜〜」

トレーシーが玄関のドアを開けながら言うと、彼女のママが暖かく出迎える。

「お帰り、トレーシー。……あら、ネスは?」

「お兄ちゃんなら、野球の助っ人頼まれて遅くなるみたい」

カバンを置きながら、トレーシーはそう伝えた。

「あら、そう。それじゃ、今日はハンバーグにしてあげましょうか」

「そうしてあげて。どうせ今夜も徹夜で宿題するんでしょうし……って、ママ、これって」

何気なくテーブルに目をやった彼女に、一冊のアルバムが映った。

「ああ、それ?ネスのアルバムよ。冒険している間のね」

「やっぱり。へえ〜また見てたんだ」

言いながらトレーシーはペラペラとアルバムを眺め始めた。

「ええ。何度見ても、飽きないものだから」

ママも横から覗き込む。

「……でもお兄ちゃん。どの写真でもXサインしてるよね」

「くすっ。本当にね」

笑いながら二人は、写真を眺めていく。と、その時、ふとトレーシーは思った。

「あれ?」

「?どうしたの、トレーシー?」

「うん。このアルバム見て思ったんだけど……」

言いながらトレーシーは、ネスと三人の友達が写っている写真を指差した。

「この人達が、お兄ちゃんと一緒に冒険したお友達……だったよね?」

「ええ。ネスはそう言ってたわ」

「それで……」

金髪の女の子を指差し、トレーシーは続ける。

「この女の子が、一番最初に出会ったって、お兄ちゃん言ってたじゃない?」

聞かれてママは、しばらく記憶を辿っていてが、やがてゆっくりと頷いた。

「確かそうだったわ。名前は……ポーラ、だったかしら。それがどうしたの?」

「いや、なのにさ……」

アルバムの最初から高速でページを捲りながら、トレーシーは己の疑問を口にした。

「お兄ちゃんとポーラお姉ちゃんだけ写ってる写真が、一枚も無いなって」

「えっ?……あら、本当。どうしてかしら?」

言われて見れば妙だ。気になった二人は再度アルバムを見ていくが、やはり一枚も無い。

「変ねえ〜。その時は写真屋さんが来なかったのかしら?」

「うう〜〜ん、それは無いと思うけど……毎日のように会ったって、お兄ちゃん言ってたし」

頬杖をついてアルバムを眺めるトレーシーの横で、ママはしばらく考えていたが、やがて思い出したように口を開いた。

「!ああ……」

「?ママ、どうしたの?」

トレーシーが尋ねると、ママはニッコリと笑って答えた。

「トレーシー、覚えてる?このアルバムが届いたときの事」

「……えっ?」

分らないといった表情を浮かべる彼女に、ママは促す。

「ほら、ネスよ。少し様子おかしかったでしょ?」

「お兄ちゃんが?……あっ!」

ようやく理解したトレーシーは、小さく声を上げた。

 

 

 

 

……

…………

「お帰りなさい、ネス」

「お帰り、お兄ちゃん!」

長い旅から帰ってきたネスを、二人は優しく迎えた。

「ママ、トレーシー……ただいま」

自然とネスから笑みが零れる。

「お兄ちゃん!冒険の事聞かせてよ!!」

「えっ?あ、うん。別にいいけど……その前に休ませて」

シャツを引っ張る妹を宥めつつ、ネスはソファーに身を置いた。

「ええ〜〜?早く聞かせてよ〜〜!!」

「……ちょっと休ませてくれ。本当に疲れてるんだから」

そう言うと、トレーシーは不満げに頬を膨らませた。そんな娘に、ママは微笑みながら声を掛ける。

「まあまあトレーシー、少し休ませてあげなさい。その間にアルバムでも見ましょう」

「え?あ、うん、分かった!」

「……アルバム?」

怪訝そうに、ネスはママを見やった。

「ママ、アルバムって?」

「さっき写真家さんが届けてくれたのよ。あなたの旅の思い出ですって」

「……写真家?」

腕組みをして天井を眺め、ネスは長考した。やがて、「ああ」と頷いて口を開く。

「それってもしかして、天才写真家って人?」

「ええ、そう言ってたわよ。『駆けつけるのもはやい!撮るのもはやい!届けるのもはやい!天才写真家で〜〜す!!』って」

「……間違いないな」

――――それにしても、頼みもしないで勝手に写真を撮っていって何をするかと思えば……

(……こういう事だったのか)

一人納得しているネスの横で、トレーシーは待ちきれないように、ママを急かす。

「ねえママ!早く見ようよ!!」

「はいはい。じゃあ、我が子の冒険の思い出をゆっくり見せてもらいましょう」

(……ん?)

いざアルバムを開こうとする二人を見て、ネスは何だか妙な胸騒ぎがした。――――何か忘れてる気がする……何だ?

「あっ!これって家の前だ!あ〜あ、来てたんなら私も写りたかったなあ……」

「ふふっ。また来てくれるかもしれないわよ。元気だしなさい」

(……)

「あれ?これは……隣町、かな?」

「どれどれ?ああ、これはツーソンの自転車屋ね」

「へえ〜、ツーソンには自転車屋があるんだ。私も欲しいな〜自転車」

(…………)

「え〜〜と、これは……どこ?」

「う〜〜ん、どこかの谷みたいけど……?」

「それにしてもお兄ちゃんって、いつでもどこでもVサインしてるよね」

(……!!!!!!)

途端にネスは身を起こし、二人からアルバムを引っ手繰った。

「うわっ!?ちょ、ちょっとお兄ちゃん!どうしたのよ!?」

「ネス?どうしたの?」

「っ……え、え〜〜と……」

つい弾みで引っ手繰ってしまった彼は、気まずそうに辺りに視線を泳がせる。

「いや、その……あっ!そ、そうだ!に、荷物置いてくるよ!!」

明らかに不自然な事を言いながら、ネスはアルバムを持ったまま、二階の自室へと逃げるように走っていった。

そんな子()の挙動に、ママとトレーシーは顔を見合わせる。

「ネス、どうしたのかしら?」

「さあ?荷物置いてくるなら、別にアルバム持っていかなくてもいいのにね」

暫くして、「ゴメン」と言いながらネスが降りてきて、今度は三人でアルバムを眺め始めた。

……

…………

 

 

 

 

 

一通り記憶を巡らせた後、トレーシーは腕組みをしながら口を開く。

「あの時のお兄ちゃん、相当変だったよね。って事は……」

「そう、そう言うことよ」

ママのその言葉に、二人は顔を見合わせ、やがてそろって笑い出した。

「あははははっ!な〜んだ、そう言う事か!!」

「ふふふふっ!ネスも恥ずかしがり家さんなんだから……」

そのまましばらく笑っていた二人だったが、ある事が気になったトレーシーは笑みを止めてママに尋ねる。

「じゃあきっと、お兄ちゃんの部屋に?」

「恐らくね」

言いながらママは、階段に目をやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ〜〜〜、やれやれ」

すっかり日が暮れたオネットを、ネスは一人歩いていた。頼まれた試合が延びに延び、結局こんな時刻になってしまったのである。

これから大量の宿題をしなければならないと思うと、憂鬱になるのも無理は無いだろう。

「……ったく、こんなことなら引き受けるんじゃなかった」

ぼやいても仕方ないとは分っていても、ついつい言わずにはいられない。だが、言えば言うほど空しくなるのも、また事実だった。

(今度からは、しっかり断ろう)

などと考えていると、いつの間にか自宅についていた。疲れた様子でノブを回し、ネスはドアを開ける。

「ただいま〜〜……」

「お帰り、お兄ちゃん!ほらっ、荷物貸して!」

「えっ?あ、ああ……」

言うなり自分の荷物を持ってくれた妹を、彼は不思議そうに見つめた。

「……?なに、お兄ちゃん?」

「トレーシー……お前、なんか嫌に優しくないか?」

いつもはこんなことしないだろ?と言う兄の言葉に、トレーシーは笑って答える。

「う〜〜ん、何でかな?今日はそんな気分なの」

「……は?」

「あ、こっちの話。そうそう今夜のメニュー、ハンバーグだよ」

「ハンバーグ!?」

途端にネスの目が輝く。さっきまで抱えていた嫌な気持ちが、一瞬の内に彼から消し飛んだ。

「やったーーー!!今日唯一のラッキーな事だ!!」

「……大げさだよ」

そんな兄を見て、トレーシーはボソッと呟く

「別にいいだろ?今日はホントに厄日でしかなかったんだから!」

「……はいはい。ほらっ、早く着替えてきたら?そろそろ出来ると思うし」

「オッケーーーー!!」

急に元気になって、ネスは二階へ飛ぶように上がっていった。

その後姿を見送りながら、トレーシーは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「……分ってないよね〜、後で大変な目に遭うのにさ」

「トレーシー!ちょっと手伝って!」

ママが呼ぶ声がして、彼女は「は〜い」と返事をしながら台所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜〜美味しかった!ご馳走様〜〜!!」

満足げな声を出し、ネスは「う〜〜ん」と伸びをした。

「ネス、お腹いっぱいになった?」

「うん!」

その答えに、ママはフワリと微笑んだ。

「それにしても良く頼まれるわね、野球の助っ人。いっそ入ったら?野球部に」

「あ〜〜、それも考えたんだけど……」

ポリポリと頭を掻きながら、ネスは語尾を濁す。

「考えたんだけど?何?」

「いや勉強が遅れてるから、そっちに時間割いてる余裕ないし。それに……」

横に座っていたトレーシーの頭に手を置きながら、彼は言った。

「トレーシーが寂しいだろうからね。僕が家にいないと」

「!……な、何よそれ!?べ、別にお兄ちゃんがいなくったって、私は寂しくないもん!!」

怒りで顔を紅潮させ、プイッとそっぽを向いた妹に、ネスはしれっと続ける。

「あれっ?冒険から帰ってきた日、一緒に寝てってせがんできたのは誰だっけ?」

「う!……そ、それは……」

「あらトレーシー、そうだったの?」

初耳ね、と笑うママに、トレーシーは真っ赤な顔で「うう〜〜〜」と唸つつ、強引に話題を変えた。

「ママ!それよりほらっ、あの事!!」

「えっ?あっ、そうね」

「……あの事?」

何それ?と、頭に大量に疑問符を浮かべているネスに、ママはとんでもない事を口にした。

「ネス、ポーラちゃんとは連絡とってるの?」

「!!??」

突拍子も無い質問に、ネスは飲んでいたジュースを吹き出すのを必死で堪えた。

「ゲホゲホッ……い、いきなり何言い出すの!?」

むせながら聞き返す我が子に、ママはアッサリと告げた。

「何って、そんなおかしな事でもないでしょ?で、どうなの?」

「ど、どうって……」

どもりながら視線を泳がす兄を見て、トレーシーはからかう様に言う。

「あ〜〜とってないんだ!!ダメだよお兄ちゃん。せっかく出来たガールフレンドには、こまめに連絡とらなきゃ!」

「ガ、ガールフレンド!?ななななな、何バカな事言い出すんだお前は!!」

「……お兄ちゃん、どもりすぎ」

「うるさい!!」

これ以上ない程赤面しながら、ネスは力いっぱい怒鳴った。そんな彼を、ママはやんわりと窘める。

「こら、ネス。そんな大声出さないの。それに、トレーシーの言うとおりよ。ガールフレンドは大切にしないと」

「マ、ママまで!べ、別にポーラは、ガ、ガールフレンドじゃ……」

俯いてそう言うネスに、二人はニッと顔を見合わせる。

「本当、恥ずかしがり屋さんね」

「そうそう。証拠もあるのにね〜」

「な、何だよ証拠って!?」

嫌な予感がしつつも尋ねると、二人は悪戯っぽい笑みを浮かべて「「ジャ〜〜ン!!」」と言いながら、数枚の写真を取り出した。

「!!!!?????」

それを見て、ネスは絶句した。

なぜなら二人の手には、自分が【山小屋でポーラに抱き付かれている写真】や、【劇場前でポーラと腕を組んでいる写真】や

【墓場で幽霊に怯えるポーラの肩を抱いている写真】等、家族に見せるのが恥ずかしくてアルバムから抜き取った筈の写真だったからである。

「ななななな、何でそれを……!?」

頭が真っ白になっていく気がしながら、ネスは絞り出すようにして尋ねた。

「さあ、何ででしょうね〜?でも、こんな事までしといてガールフレンドじゃないって言われてもねえ、トレーシー?」

「うんうん。説得力ないよね〜〜」

「な……な……」

もはや金魚のように口をパクパクとすることしか出来なくなったネスを余所に、ママとトレーシーは笑いながら会話を続ける。

「ねえママ、私今度ポーラお姉ちゃんの家に行きたいな」

「そうねえ、今のうちに、あちらのご両親にも挨拶しときましょうか。『うちの息子をよろしくお願いします』って」

「えっ?じゃあお兄ちゃん、お婿にいっちゃうの?」

「あっ、そうなっちゃうわね。じゃあ『うちの息子が、あなた達の娘を幸せにしてみせます』の方がいいかしら」

「じゃあじゃあ、私はポーラお姉ちゃんに『未来のお義姉ちゃん』って言っとこうかな?」

「そうね。じゃあ早速今度の日曜日にでも……」

「わあああああっっ!!!!!!!!!!!!!」

勝手に話を飛躍させる母と妹に、ネスは思いっきり叫ぶ。

(やっぱり、今日は厄日だ………)

心の中で涙しながら、彼は己の不幸を呪った。

 

 

 

 

果たして後日、ママとトレーシーがポーラに会いに行ったかは……神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

無性にネスの家族が書きたくて、思いついた話。個性があってかなり書きやすかったです。トレーシーもママも。

作中の写真についてですが、普通にゲームを進めていると、

ネスとポーラだけのはこの三つぐらいだと思います。(まあ、人それぞれですが…)

しかし読み返すと、まだ色々と雑な部分が……ああ、もっと文才が欲しいです。では。

 

 

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