〜このメロディは永遠に〜
「ごめんくださ〜い……と」
とある休日。ネスの家を訪れたポーラは、やや緊張気味に呼び鈴を鳴らす。
しばらくしてドアが開き、ネスのママが顔を出した。
「は〜い、どなたかし……あら、ポーラちゃんじゃない」
お久しぶり、と笑顔を向けられ、彼女もぺこりと頭を下げて挨拶を返す。
「お久しぶりです、小母様。お元気でしたか?」
「ええ、おかげ様で……あっ、そうだ。トレーシー!」
呼ばれて部屋の奥から、ちょこんとトレーシーが顔を出した。
「な〜に、ママ?どうし……あっ!ポーラお姉ちゃん!?」
「こんにちは、トレーシー」
ポーラが笑顔で言うと、トレーシーもつられて笑顔になった。
「えへへっ。久しぶりだね!今日はどうしたの?」
小首を傾げながら尋ねる彼女にポーラが答える前に、ママがやんわり口を開く。
「あらトレーシー。野暮な事聞くものじゃないわよ。ポーラちゃんが家に来る用事なんて、一つしかないでしょ?」
「えっ?……あっ!もしかしてお兄ちゃんとデートの約束!?」
大声で叫ぶ彼女に、ポーラは顔を赤くして首を振った。
「う、ううん!約束はしてないんだけど……その、ちょっと、会いたく……なって……」
恥ずかしそうに俯きながらそう言うと、ママは微笑ましげな眼差しで息子の恋人を見やる。
今の子には珍しい程の初々しさを感じながら、彼女はトレーシーに尋ねた。
「で、トレーシー。ネスは何してるの?」
「お兄ちゃん?お兄ちゃんなら……」
気まずそうに髪を弄りながら、彼女は言葉を濁す。
それに不安を覚えたのか、ポーラは少々心細げに聞いてみた。
「ネス、どこか具合でも悪いの?」
「え?あ、いや、別に病気とか怪我とかはしてないんだけど……」
それから暫し、「えー」「うー」と唸っていたトレーシに、ママは溜息混じりに命じる。
「はあっ……本当に仕方ない子ね。トレーシー、直ぐに起こしてきなさい」
「は〜〜い」
言われて彼女は急いで階段を駆け上がっていき、アッという間に見えなくなった。
それを見届けたポーラは、おずおずとママに尋ねる。
「あの、ネス、寝てるんですか?」
「そうなのよ。ここ最近、疲れた疲れたって休みの日はず〜〜っとベッドの中なの。まあ、本当に色々と忙しいみたいだけど……」
「……そうなんですか。だったら、また日を改めて……」
言いながら踵を返そうとする彼女を、ママは慌てて呼び止めた。
「あっ、いいのよポーラちゃん、気にしないで!ネスに会いたくて、わざわざ来てくれたんでしょ?ゆっくりしていきなさい」
「でも……ネスは疲れてるんでしょう?」
「いいのいいの!いくら疲れてるからって、ガールフレンドを粗末にする様な子じゃないわ。
ポーラちゃんが来たって知れば、直ぐに飛び起きるわよ。だから気にしないでいいのよ?」
「……分かりました。ありがとうございます」
そう言ってポーラは家に中に足を踏み入れた。
――――――ネスの部屋。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」
ネスの部屋のドアをやや乱暴にノックしながら、トレーシーは兄を呼ぶ。
が、一向に返事はなく、時々「う〜〜ん……」と微かな声が聞こえるだけだ。
「……もうっ!お兄ちゃんってば!!」
痺れを切らした彼女は、バタンッとドアを開け、つかつかと部屋に入る。
そして、こんもりと膨らんでいるベッドに歩み寄り、もう一度呼びかけた。
「お兄ちゃん!!」
「……なんだよ」
もぞもぞとシーツが動き、ネスが不機嫌な声を漏らす。
「なんだよ、じゃないの!とにかくもう起きて!!」
「嫌だ」
即答した兄に、トレーシーは額に手を当てる。――――……本っ当に、何でこんなにお寝坊なんだろ?
「別に今日は、予定なにもないだろ?……もう少し、寝かせてくれ」
そう言って寝息を漏らしだしたネスに、トレーシは溜息まじりに事を告げた。
「……ポーラお姉ちゃん、来てるのよ?」
「っ!?……今、なんて言った?」
一瞬硬直したネスはシーツから顔を出し、呆れた様子で腰に手を当てて立っているトレーシーに尋ねる。
そんな兄に対して、彼女はグイッと顔を近づけながら言って聞かせた。
「だから!ポーラお姉ちゃんが遊びに来てるんだってば!!」
「………ジ?」
「嘘言ってどうすんのよ?」
「…………」
固まる事数秒。ややあってネスは勢いよく、ベッドから飛び降りた。
「ト、トレーシー!ポーラに少し待ってから上がってきてって、伝えといて!!」
「ハイハイ……」
慌てて着替えを始めた兄に背を向け、トレーシーはやれやれといった感じで部屋を出て行った。
―――――数分後、トレーシーとは対照的な、控えめなノックがネスに耳に響く。
「ど、どうぞ」
やや上擦った声でそう言うと、カチャッとドアが開き、ポーラが遠慮がちに姿を現した。
「久しぶり、ネス。ゴメンね、連絡もなしに来て」
「う、ううん、別に構わないよ……で、どうしたの?」
椅子を用意しながら彼が尋ねると、彼女はそれに静かに座りながら、少々恥ずかしげに言った。
「ちょっと……会いたくなって」
「……そ、そっか」
呟きながら、ネスはポリポリと頬を掻く。流石に面と向かって言われると、少々恥ずかしい台詞だ。
「本当は来る前に連絡しようしたんだけど……パパに見つかるとうるさいから」
「あ、ああ、成程……」
ポーラの言葉に、彼は深く頷く。
確かに女の子を持つ父親としては、娘を男の子の家に遊びにいかせるのには、些か抵抗があるだろう。……過保護気味な彼女の父親としては特に。
(僕、まだ信用されてないのかなあ……?)
最初にポーラスター幼稚園を訪れた時、そして冒険が終わってポーラを送り届けた時の事を思い出しながら、ネスは思った。
(初めて会った時は、すっごく警戒されたっけ……全部終わってポーラを送りっていった時でさえ、やたら僕にお願いしてたよなあ)
子供らしくだ、清く正しい交際だ等と耳にタコが出来るぐらい言われた気がする。
だが、それも娘を思っての事だと、ネスは子供なりに理解していた。だからこそ、少し気にかかる事があってポーラに尋ねる。
「大丈夫なの、ポーラ?」
「えっ?何が?」
不意に問いかけられ、彼女は面食らった様な顔をした。
「いや、君の話じゃ、無断で僕の家に来たわけでしょ?小父さんに後でなんていうつもり?」
「あっ、その事なら大丈夫。ママに上手い事誤魔化してくれる様に頼んできたから。」
だから心配しないで、と悪戯っぽく笑うポーラに、ネスは少し眉を顰める。
「あんまり、そういう事しないほうがいいよ、ポーラ」
その言葉に、彼女はバツが悪そうに俯きながら呟いた。
「分かってるわよ……でも……」
「?」
「ネスに……会いたかったんだもん」
「っ……」
少し拗ねた様な甘い声を出した彼女に、どう答えたものかとネスは赤面しながら考える。
暫くの沈黙を経た後、彼は徐に口を開いた。
「えっと……ありがとうポーラ……嬉しいよ」
はっきりしない言葉だったが、それを聞くとポーラは花が咲いた様に笑う。
「ふふふ……ありがとう」
その笑顔にネスもつられて笑った。
それからしばらく、二人は他愛ない会話をしながら時を過ごした。
「それでね、みんな口々に言うのよ。『ネスお兄ちゃん、今度いつ遊びに来るの?』って」
「へえ〜そっか、また顔出しに行きたいな。……忙しいから中々時間取れないんだけど」
「忙しいって、学校とか?」
「そうなんだよ、勉強が全然分かんなくてさ。休みの日も時々補習受けてるんだ」
うんざりした顔で溜息をつくネスに、ポーラは苦笑した。
「大変なのね、ネスも」
「ポーラはどうなの?勉強とか遅れてないの?」
「う〜〜〜〜ん、そんなに困るほどは……」
彼女のその言葉に、彼は羨望の眼差しを向ける。
「いいよなあ、ポーラは。僕と違って頭良くてさ」
「そ、そんなこと無いわよ!ネスだってそのうち皆に追いつくから!」
「……だといいけどね。まっ、それはそれとして……」
―――――……等、会ってなかった時間を埋めるかの様に、絶え間なく話をしている最中、ポーラは部屋に置かれてあるネスの机に目をやった。
「あら?……ネス、これ?」
少々意外な物が置いてあり、彼女は近寄ってそれを手にする。
「えっ?ああ……」
彼は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに納得したかの様に頷いた。
「フルート、よね?ネス、音楽の趣味でもあったの?」
そう。ネスの机に置かれていたのはフルートだった。
まだ買ったばかりなのか、色褪せておらず、見事な銀色をしている。
「ううん、別に趣味って訳じゃないんだけど……」
曖昧に返事をしながら、彼はそっとポーラからフルートを手に取った。
「ちょっとさ、気に入っている曲があって……それで、これで吹いてみようかなあ〜って」
「気に入ってる曲?」
「うん」
ネスがコックリと頷くと、興味をそそられたのか、彼女は少し身を乗り出して彼に願い出る。
「ねえねえ、それってどんなの?せっかくだし、聞かせてよ」
「ええっ!?い、今すぐ!?」
「うん!」
飛び切りの笑顔で頷くポーラに、彼は気まずそうに視線をそらしながら呟く。
「いや、まだ人に聞かせる程上手く出来ないから……」
「いいからっ!ねっ、ネス?お願い!!」
ご丁寧に両手を合わせて懇願する彼女に、とうとう観念したネスは大きく溜息をついた。
「分かったよ。……だけど、絶対笑わないでね?」
「うん、分かった」
「じゃあ……」
その途端、彼は真剣な顔つきになり、ゆっくりとフルートを構える。
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
静かに奏でられ始めた、優しく、美しいメロディに、ポーラは思わず息を呑む。
(素敵……)
それ以外に言い様がなかった。しばしの間、彼女は目を閉じ、ただそのメロディに耳を傾けた。
――――――……どれくらい経っただろうか。
「……どうだった?」
フルートを下ろしたネスが、少し不安げな声で尋ねる。
「凄いじゃない、ネス!そんな素敵な曲、どこで覚えたの!?」
心底感激した様に声を張り上げるポーラに、彼は照れ笑いを浮かべながら言った。
「どこで覚えたって、それは……」
不意に中空を見上げたネスだったが、ややあって戸惑いがちに口を開く。
「あの冒険の時、なんだ」
「え……?冒険の時?」
「うん」
彼は深く頷き、ベッドに腰を下ろしながら彼女に説明する。
「ポーラ、覚えてる?あの冒険の時、僕が持っていた『音の石』って奴」
「『音の石』……?ああ、貴方がいつも肌身離さず持っていた?」
「そうそう、最後に無くなっちゃったけどね。この曲は……その『音の石』に記憶されてた曲なんだ」
「『音の石』に……記憶されてた?」
イマイチ要領が掴めていないポーラに、ネスは自ら思い出すかの様な口調で続ける。
「うん。ほら、あの冒険の時、不思議な場所が八ヵ所あったの、覚えてない?」
「不思議な場所って……リリパットステップとか、ミルキーウェルとかの事?自分のパワースポットだって、あなたが言ってた?」
「そっ。実は、あの時は言わなかったけど……あれらの場所に行く度に、『音の石』にメロディが記憶されていってたんだ」
そう言うと、ネスはもう一度フルートを構え、再びさっきの曲を奏で始めた。
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
吹き終えた後、彼は記憶の糸を探る様に俯きながら口を開く。
「八ヵ所全てを回った時、ファイアスプリングで僕、気を失ったよね。その時、この曲が聞こえたんだ」
「聞こえたって……何処に?私には何にも聞こえなかったわよ?」
ジェフもプーも何も言わなかったし、と首を傾げる彼女に、彼は俯きながら口を開く。
「聞こえたって言うのは違うかな。……なんて言うか、感じたんだ、心に」
「心に?」
「うん」
ネスは顔を上げ、毅然とした態度でポーラを見つめた。
「ポーラ、僕が気を失っている間に何をしていたかっていうのは……あの時、話したよね?」
その問いに、彼女はしっかりと頷く。
「ええ。自分の心の中を冒険したって、確かあなたは言ってたわ」
「……そう。マジカントって言うらしいんだけど、そこを冒険している間、ずっとこの曲を心に感じていた……」
遠くを見るような目をしながら、しばしネスは黙っていたが、やがて話を続けだした。
「マジカントで、僕は色々な事を感じた。幼い頃の思い出、冒険の思い出、そして……自分の善と悪の心……
それら全てが『僕』を創ってるんだなと思うと……なんだか、不思議な気持ちがしたんだ……」
「ネス……」
「だから、この曲は『僕』がいるっていう事を示す為の……あ〜〜〜ゴメン、訳分かんない事言ってるよね?」
「……ううん」
頭をガリガリと掻く彼に、ポーラはゆっくりと首を振った。
「なんとなくだけど……ネスが言いたい事、分かる気がする。つまり、その曲は『自分の曲』って言いたいんでしょ?」
「え〜〜あ〜〜、ん、まあ、そんな所」
自信なさ気に呟くネスに、彼女は思わず笑みを零す。
「ふふっ。素敵じゃない、自分だけの曲があるなんて」
「そ、そうかな?」
「そうよ。ねえ、ネス、もう一回聞かせて」
「ええっ?三度目だよ!?」
非難の声を上げる彼に、ポーラはプッと頬を膨らました。
「何言ってるのよ?二度目はネスが勝手にやったんじゃないの」
「い、いや、それは……そうだけど……」
「ほらほら!ブツクサ言ってないで、早く早く!」
「……ハイハイ」
苦笑しながらも、ネスはゆっくりとフルートを口に運び、静かに曲を奏で始めた。……自分の曲を。
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
♪♪〜〜〜〜♪♪♪〜〜〜
ポーラは微動だにせず、ただじっとその曲に耳を傾ける。
この曲に耳を傾けることは、ネスの心に耳を傾ける事になるのではないか……そう思いながら。
――――――――柔らかなメロディが、ネスの部屋中に満ちていった。
「ねえ、ネス?」
「何?」
「この曲、タイトルはないの?」
「えっ?ああ……考えた事なかったなあ、それは」
「あっ、それなら丁度良かったわ!私にいい案があるの」
「いい案?どんなの?」
「あのね、エイトメロディーズってのはどう?」
「エイトメロディーズ……」
「そう!八つの場所を巡って完成したんでしょ?ピッタリじゃない!」
「……そうだね。エイトメロディーズか、悪くないよな」
「今度ジェフやプーにも聞かせてあげなさいよ」
「そうだな。それに、ポーラスター幼稚園の皆にもね」
「ええ!……ふふふふっ」
「ははははっ」
―――――――エイトメロディーズ。その曲は二人が永遠を誓う時にも、仲間たちによって奏でられたとの事である……
あとがき
MOTHER2屈指の名曲(だと悠士は思う)エイトメロディーズの話です。
あの曲はいつまでもネスに覚えていて欲しいなあと思って…それで出来上がった話です。
フルートであの曲が吹けるのかって事はつっこまないでください(汗)他に楽器が思いつかなかったんですよ〜〜。
後、余談ですが最後の一文の意味は分かりますよね?(蛇足ですって?全くです)
お読み頂いてありがとうございました。では。