〜クリスマスSS“06”〜
――――クリスマス。
ツーソンのポーラスター幼稚園では、園児達がせっせとクリスマスパーティーの準備をしていた。
「「「ジングルベ〜ル♪ジングルベ〜ル♪鈴がな〜〜る〜〜♪」」」
歌いながらツリーに、壁に飾りをつけていく。パーティーが楽しみで仕方がないといった感じだ。
そんな園児達を眺めながら、ポーラはふと溜息をついた。
(今年も……いつもと一緒なのね……)
そう、一緒。園児達と一緒に飾りをつけ、ママと一緒に料理を作って、パパも含めてみんなでパーティーをする。
それはそれで楽しいし、何の不満もない。―――しかし……
(せっかくのクリスマスなんだし……誘いの一つぐらいしてくれてもいいのに……)
ぼうっと窓の外に視線をやりながら、彼女は再び溜息をつく。
誰に対しての呟きなのかは、あえて言う必要もないだろう。
(……まっ、仕方ないか。あっちにも事情があるんだし)
家族愛の深い彼の事だ。今日は家族でクリスマスを過すに違いない。そう言い聞かせても、やはり寂しさは消えず、ポーラは三度目の溜息をついた。
「はあっ……」
「ポーラお姉ちゃん、どうしたの?」
様子が変だと思った一人の園児が、心配そうに尋ねる。
「えっ?……あ、ううん、なんでもないわ。さっ、早くパーティーの準備を済ませましょう!」
「「「ハ〜〜〜イ!!」」」
心中の寂しさを忘れるかのように、ポーラは園児達と共にクリスマスの準備を進めていった。
―――――ところかわってオネット。
「う〜〜〜寒いなあ、今日は」
ペットのチビの散歩をしながら、ネスはブルッと身震いした。
「雲行きも怪しいし……今夜には降るかな?雪」
空を見上げ、誰ともなしに呟く。するとチビが「ワンワンッ!」と吠えた。
「ん?……どうした、チビ?」
問いかけると、チビは立て続けに吠える。
「ワンワンワンッ!ワワワワン!」
「えっ?……ああ、勿論。クリスマスだろ?今日は」
PSIが使えるネスは動物の言葉がわかる。
チビの「今日が何の日か忘れてない?」という問いに返事をすると、チビはまた吠え出した。
「ワワンッワン!ワンワワン!!(いいの?ポーラの事?)」
心配げな瞳をしながら、そう尋ねるチビに、彼は軽く笑いながら屈みこみ、そっと頭を撫でた。
「大丈夫。ちゃんと考えはしてるさ」
「ワウ〜〜ン?(本当に?)」
「当然だろ?いくら僕でもクリスマスの日に、ガールフレンドに何もしない様な事しないよ」
「ワンワン!(じゃあ、一体何をしてあげるつもりなの?)」
「それは……」
おもむろに立ち上がり、ネスはツーソンの方角を見やった。
「夜のお楽しみって奴だよ」
「ポーラ、片付けはもういいわ。もう休みなさい」
「はーい」
パーティも終わり、後始末をしていたポーラは、ママのその言葉にほっと一息つく。
(結局……ネスからは何にもなしか……)
もしかしたら訪ねてきてくれるのではないか、と密かに期待していただけに、多少ショックを受ける。
沈んだ気持ちを抱えながら、さっさと寝てしまおうと階段を上がりかけた時、不意にママが口を開いた。
「そういえば、ネス君来なかったわねえ。せっかくのクリスマスなのに」
「…………」
気が重くなる事を言ってくれる、と思いながら、ポーラはぶっきらぼうに言う。
「仕方ないわよ。ネスにだって、用事があるんだし」
言葉にすると更に気持ちが暗くなる。そんな娘を見やりながら、ママは穏やかに微笑んだ。
「あらポーラ、まだガッカリするのは早いわよ?クリスマスは夜が本番なんだから」
(……そんな事言われたって)
何を期待しろというのだ?という疑問を口には出さず、ポーラは「お休みなさい」と短く言い捨て、足早に自室へと上がった。
「ちょっと、お兄ちゃん?」
「ん?何だトレーシー?」
クリスマスのご馳走を平らげ、自室で漫画を読んでいたネスは、ノックもせずに入ってきた妹に訝しげな視線を向ける。
「お兄ちゃん、今日が何の日か分かってる?」
「クリスマスだろ?」
今更なにを聞いてるんだ?という表情の兄に、業を煮やしたトレーシーは「もうっ!」と声を荒げた。
「お兄ちゃん!!」
「な、なんだよ?」
「あのね!クリスマスに彼女に顔も見せない彼氏なんて最低よ!?」
「??……ああ」
あまりの剣幕に一瞬たじろいだ彼だったが、妹が何を言わんとしているのかを察し、パタンと読んでいた漫画を閉じる。
(チビと同じこと聞くよなあ……)
昼間の散歩の時の事を思い出しながら、ネスは口を開いた。
「大丈夫だって。クリスマスはまだ終わってないだろ?」
「えっ?そ、それはそうだけど……ってお兄ちゃん!?まさか!?」
「そっ、そのまさか」
あっさりと言いながら立ち上がり、彼は厚手のコートを着込む。
それから引き出しに手を伸ばし、中から小さなプレゼント用の箱と外出用の靴を取り出した。
「じゃっ、ちょっと行ってくるよ。日が変わる頃までには戻ってくるって、ママに言っといて」
「え?え?ちょ……お兄ちゃん!?」
雪の降る夜の中、窓を開けて屋根の上に靴を履く兄を、トレーシーは慌てて呼び止める。
「ほ、本当に今から行くの?もう夜中だよ?」
「だから行くんだよ。この時間ならポーラも自分の部屋にいるだろうし。……っと、早いとこ行かなきゃ!」
言うなりネスは屋根の上を駆け出す。すると、僅かな距離を走った後、彼の姿は何処にも見えなくなっていた。
テレポート―――長距離を一瞬で移動するPSIである。
後に残されたトレーシーは、しばし呆然とその場に立ち尽くしていたが、やがて微かに笑みを浮かべた。
「くすっ……結構お兄ちゃんもムードっての考えてるんだ」
(……眠れない)
ベッドに蹲りながら、ポーラは今日何度目か分からない溜息をつく。
毎年楽しかったクリスマス。それがこんなに寂しい気持ちになったのは、今年が初めてだ。
「ネスのバ〜〜〜カ……」
小さく声に出すと、余計に虚しさが増してくる。悶々とした心を振り払うかの様に、彼女は寝返りをうつ。
……と、その時、 何かが窓を叩く様な音が、不意に耳に聞こえた。
「……ん?」
僅かに身を起こし、気のせいかなのか否かでポーラは暫く逡巡する。……と、再び窓を叩く音が聞こえた。
(……な、何?)
気のせいではない。確かに何かが窓を叩いている。
ポーラは少々不安になり、恐る恐るベッドから抜け出して、窓に近づく。
そして、正体が分かった瞬間、彼女は素っ頓狂な声を上げていた。
「!?……ネ、ネス!?」
そう、窓の外にはネスがいたのだ。
いつからか降り始めたらしい雪に頭を白くし、鍵を指差しながら口パクで「開けて」と言っている。
未だ事態を飲み込めないポーラは、オロオロしながらも慌てて鍵を開けた。
「あ〜〜寒かった。昼間の雲行きからして降るとは思ってたけど、ここまで降るとは思わなかったよ」
頭の雪を払いながら入ってきた彼に、ようやく平常心を取り戻したポーラは声を荒げる。
「ちょ、ちょっとネス!あなた今何時だと……ムグゥッ!」
「そ、そんな大きな声出さないでよ!小母さんや小父さんに聞こえたらどうするんだよ!?」
即効で追い出されるよ、とネスは彼女の口を塞いでいた手をどけた。
「ケホッ……で、何しに来たの?」
「いや、何しにって……」
ポリポリと頬を掻きながら、彼は気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「分かると思うんだけど……普通……」
その言葉に、ポーラは動揺する心を極力悟られないように、努めて平静な口調で尋ねた。
「クリスマス、だから?」
「……うん、まあ」
「…………」
曖昧に返事をするネスに、彼女は嬉しさと憤りを同時に感じた。
――――確かに来てくれたのは嬉しい。しかし、なぜこんな時間に……?
(私がどんなに寂しい気持ちで過していたかも知らないで……)
そう思いながらポーラは無言でネスを睨みつける。すると、彼は彼女の怒りを感じ取ったのか、慌てた感じで口を開いた。
「あ、あのさポーラ。その……この時間まで顔も見せなかったのは……ゴメン」
「……」
「でもさ、別に忘れてた訳じゃないんだ。ただ……」
「ただ?何?」
言い淀むネスに尖った声で急かすと、彼は照れ笑いを浮かべながら言った。
「こういう感じの登場に仕方の方が……ムードがあるだろ?」
「……バカ」
そんな台詞は反則だ、とポーラは心の中で悪態をつく。
寂しい思いをさせた事を怒るつもりだったのに……そんな事言われたらときめいてしまうではないか。
(格好つけすぎよ……全く……)
それから暫く他愛ない話をした後、不意にネスは何かを思い出したように呟いた。
「あっ、そうだ」
「?」
「これこれ……」
ゴソゴソとコートのポケットから、彼は小さなプレゼントを取り出した。
「あ、ネス、それ……」
「そっ。……遅くなったけど、メリークリスマス、ポーラ」
そう言って差し出されたプレゼントを、彼女は震える手で受け取った。
「……ありがとう」
笑顔で礼を言ったポーラだったが、次の瞬間、大変な事に気がついた。
(!……ヤダ私、ネスにプレゼント用意してなかった!!)
今更ながらの事実に、慌てふためくが余りにも遅すぎる。
(あ〜〜〜どうしよう!?)
半分泣きたい気持ちで彼女は考えるが、そんな事を露知らないネスは「さてと」と言いながら窓の方に歩み寄った。
「じゃ、そろそろ帰るよポーラ。もうクリスマスも終わるしね」
「え、あ、で、でも私、まだ……」
プレゼントを、と言いかけるより先に、彼は窓を開け、外に出て感嘆の声を上げていた。
「へえ〜〜……さっきまでは結構吹雪いていたのに、今は穏やかになってるや」
ネスの言葉通り、先刻までは荒々しかった雪は、今はゆらゆらと中々風情深く降っている。
しかし、今のポーラにはそんな事を気にしている余裕は無かった。
(何かプレゼント……何か……)
「ポーラ。それじゃあまたね!」
笑顔でそう言い、テレポートをしようとするネスを見て、彼女は慌てて彼を呼び止める。
「ネス!」
「?何、ポーラ?」
「え、えと……」
最早時間はない。そう思ったポーラは普段からは想像も出来ない行動をとった。
「!?うわっ!ちょ、ポーラ!?」
突然彼女はネスにとびつき、ギュッと彼の背中に手を回す。
そして、驚いて目を丸くしているネスの唇に、自らのそれを重ねた。
「!!」
一瞬体を強張らせた彼だったが、やがてゆっくりと彼女を抱きしめ返した。
「メリークリスマス、ネス」
口付けの後、ネスの胸に頭を預けながら呟くと、戸惑いがちの彼の声が降ってくる。
「……随分と大胆だね、今日は」
「クリスマス……ですからね」
そう言って顔を上げると、今度は彼からの口付けが降ってきた。
――――クリスマスが終わるその時間まで、二人は離れることはなかった……
あとがき
ぎりぎり間に合ったクリスマス話。
同時にUPしたダークロ話とは対照的に、こっちはめちゃくちゃ甘くなりました(笑)
書いた本人が言うのもなんですが、ネスが気障すぎ(汗)
「こんなネスいやっ!」って方、苦情は勘弁してください(切実)
今年はこれで更新終了ですが、来年も頑張っていきます。では。