〜余計な世話は親の特権〜

 

 

 

 

 

――――パームブリンクス一の豪邸内のダイニングルーム。

「「…………」」

話し合いをするには、明らかに不適切な縦長いテーブルの両端に、二人の人物がそれぞれ腰掛け、コーヒーを飲んでいる。

「……元気でやってるみたいだな?」

「おかげ様で。そっちは……って、隠居している人間が元気な訳ないか」

「何を言う。私は日々、勉学や運動に精を出し、温泉で疲れを癒しながら有意義に過しておるわ」

「……完全に、年寄りだな」

「うるさい」

愛想の欠片も無い、淡々とした会話。

「それにしても、お前はまだまだ子供の面影が抜けていないな。変声期もまだな上、背も伸びていないんじゃないか?」

「いいんだよ、若いって事だし。…それはそうと、そっちは暫く見ないうちに老けたんじゃない? そろそろ白髪が目立ってくるかもね。

 対策は立てておいたほうがいいよ。金髪の人間に白髪が出来ると、すっごく不恰好だし」

「私にはまだ、白髪などないわ! 失敬な!!」

こんな会話をしている二人が親子だとは、傍目にはさぞ判別し難いだろう。しかし、この二人は紛れも無く親子そのものなのだ。

親の名はジラード。かつての豪邸所有者だったが、現在は豪邸・家業共々息子へと引き継がせ、ヘイム・ラダにて隠居中。

息子の名はユリス。現在の豪邸所有者で、かつて世界を滅亡の危機から救った勇者の一人。

この二人、実の親子ではあるが、その仲はあまり良いとは言えない。いや、先程の会話から分かる様に、『悪い』と言ってしまった方が早いだろう。

「ところで……今日は何の用なのさ?」

カップを口元に運んでいきながら、ユリスは心底嫌そうな声を出した。

そのあまりにも露骨な態度に、少々眉を顰めたジラードだったが、気を取り直す様に咳払いをした後、話を切り出した。

「心配するな。別にお前に説教をしに来た訳じゃない。……ただ、どうしても確認しておきたい事があってな」

「……確認しておきたい事?」

首を傾げた息子を、ジラードはジッと見つめながら口を開く。

「ユリス……もう随分経つな?」

「は?」

「だから、随分経っているなと言っているのだ」

「……?」

さっぱり要領を得ることが出来ず、ユリスは怪訝そうに父親を見返した。

(随分経ってるって……何の事だ?)

――あの冒険が終わってからの事か? それとも、ボクが家業を継いでからの事か?

あれこれと彼は考えを巡らしていたが、どうにもピンとくる物が出てこない。

……と、その様子がジラードにも伝わったのだろう。彼は呆れた様に溜息をつきながら答えを言った。

「まだ分からんのか、お前は? 私は、モニカが来てから随分経つな、と言っているのだ」

「モニカが?……ああ、言われてみれば……」

確かに彼女――モニカが、ここに来て住む様になって久しい。もう少しで、丸一年の月日が流れる頃合だ。

――――……しかし、それが一体何だと言うのだろうか? 

「仲良くやっているのか?」

「えっ? ああ、まあ……一応……」

「何だ、その曖昧な返事は? まさか喧嘩でもして、愛想つかされたのか?」

「そ、そんな事無いよ! そ、それより一体何なのさ!? モニカが来て随分経っている事が、何だって言うの!?」

「落ち着け、ユリス。……今から話す」

「……」

思わず声を荒げていたユリスだったが、そう言われて渋々黙り、気持ちを落ち着かせる様にコーヒーを再び口元へ運ぶ。

(本当に何なんだ……?)

やや俯き加減でそんな事を考えていた彼は、父親の意味深げな眼差しに気がつかなかった。

「……実際どこまで進んだのだ? モニカと」

「ぐっ……!?」

ユリスがコーヒーを噴き出し、テーブルに頭を打ちつけ、地面に落ちたカップが割れる音が盛大に響き渡る。

暫くして、やや引き攣った顔を上げた彼は、戸惑いがちに口を開いた。

「す、進んだって……なな、何の事?」

「……分からんのか?」

「い、いや、そ、それは……」

――――分かっている。分かってはいるが、ユリスは聞かずにはいられない。

(突然やってきて、なんて事尋ねるんだ、この親は!?)

真っ赤になって黙り込み、心の中で毒づいている彼を知ってか知らずか、ジラードは淡々と言った。

「その様子だと……全然、進んでない様だな?」

「……敢えて反論はしない」

父親に図星をつかれたユリスは、苦し紛れにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

ジラードの言いたい事……それが分らない程、ユリスはもう子供ではない。

要するに、もう少しモニカと踏み込んだ関係になれと言いたいのだ。

紆余曲折の過程を経て、ようやく彼らは、一般的に『恋人』と呼ばれていい間柄になった訳であるが、

だからと言って『仲間』であった時と、関係がそう変わったという訳でもない。

……まあ、何の気兼ね無しに互いの部屋を出入りしたり、そういう雰囲気になれば『恋人』らしく振舞う事もあるにはあるが、

未だに普通の友達感覚で接する事の方が圧倒的に多い。

それはユリスも薄々自覚はしていたが、別段誰かに迷惑を掛ける訳でもないし、さして気にしていなかった。――――しかし……。

「……そんな事言うために、わざわざ来たの?」

「何がそんな事だ、大事な事だろうが。……まあ私も、お前に大した情操教育はしてなかったから、未だに子供の付き合いしか出来ないのも、

 無理ないと言えばないのだが……」

「…………」

明らかに呆れた口調で喋る父親を、ユリスは無言で睨み付ける。

これが普通の話題ならば、相手に勝るとも劣らない達者な口で言い返す事も容易なのだが、今回ばかりは勝手が違った。

何せ、モニカと出会うまで……いや正確には、一度モニカと別れるまで『恋』と言う物に全く興味のなかった彼である。

故に彼の頭の中には、そういう知識は極めて乏しいのだ。

「……父さんが心配する事じゃないよ」

必死に言葉を探した挙句、ユリスはそう返した。

確かにジラードの言う通り、自分とモニカは年齢から見れば、少々幼すぎる付き合いをしているのかも知れない。

しかし、だからと言って、それが悪い事な訳ではない。

ゆっくり時間を掛けて、関係を築きあげていけばいい。……彼はそう思っていた。

「……要らぬ世話と言いたいのか?」

「平たく言えばね。大体……」

ユリスの言葉を遮る様に、盛大に開かれたドアの方向に、二人は自然と視線を向ける。

「ユ〜〜リ〜〜ス! 何でこんな時間に食堂にいる……あ! お久しぶりですジラードさん」

普段は見かけない人物を目にし、紅髪の少女――モニカはぺこりと頭を下げた。

「ああ、こちらこそ。久しぶりだね」

「モ、モニカ? き、今日は用事があったんじゃ……?」

挨拶を返すジラードを他所に、ユリスが戸惑った声を出すと、彼女は気恥ずかしそうに口を開く。

「それがね、今日はミーナと買い物行く日だと思ってたんだけど……一日間違ってたみたいで」

「……モニカらしいや」

「な、何よ!?」

思わず彼に詰め寄ろうとしたモニカだったが、ジラードがジッとこちらを見ている事に気づき、決まり悪そうに言った。

「あ、ゴ、ゴメンなさい、ジラードさん。変な所見せちゃって」

「……いや、構わんよ」

彼女に首を振りつつ、彼は不意に息子の方へと振り向く。

「会う度に思うが、モニカは礼儀正しいな。お前も少しは見習ったらどうだ?」

「……余計なお世話です」

ぶっきらぼうにそう言ったユリスは、そのままツカツカと台所へと歩いていく。

それを不思議に思ったジラードは、「どうした?」と尋ねると、彼は淡々と答えた。

「モニカの分のコーヒー。それから……どうせ父さんもまだ飲むんでしょ? その分、淹れるの」

――まあモニカがいれば、あの話題にはもうならないだろう。

心の中でそう呟きつつ、ユリスは手早くコーヒーを淹れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ってた通り、実に初々しい……と言うより、とても恋人とは思えん遣り取りだったな」

「……また、その話?」

一時間程モニカを交えて雑談をした後、ユリスとジラードはまた二人きりで例の話に戻っていた。

「父さん。……何でそこまで、しつこく言うの?」

「聞きたいか?」

「えっ?」

半ば呆れ気味に言った言葉だったが、嫌に真剣な表情で返事をされ、ユリスは戸惑った表情をする。

「と、父さん……?」

「まあ、お前が不思議に思うのも無理はない。何せ出て行って以来、完全に放任していた私が、こうも口出しするのだからな」

「……」

どこが寂しげに呟いた父親に、ユリスは何と言ったらいいのか分からずに黙り込む。

「しかしだな、これにはそれなりの理由があるのだ。実はな……」

「うん……」

「……最近、皺が増えた」

「はあっ?」

数時間前と同様に、テーブルに頭を打ちつけたユリスは、やがて心底呆れた様に口を開いた。

「……ちょっとでも真面目な話と思った、ボクがバカだった」

「な、何を言う!? これは真面目な話だ!!」

「どこが真面目な話なんだよ!? 大体、父さんの皺が増えたのと、モニカとボクの事と、どんな関係があるって言うんだ!?」

「皺だけではない! お前に指摘された時は言わなかったが、白髪だって少しずつ現れて来てるんだぞ!!」

「だから!! それが一体、何なの!?」

くだらない遣り取りに、早いとこ片をつけようと大声をだしたユリスだったが、直後の父親の言葉に思わず目を瞬かせる。

「……私は、早死にするのかもしれん」

「っ!? な……何言って……」

「正直に言うと……ここ数年、身体が急激に衰えてきてるのだ。恐らくは若い頃、無茶をし過ぎた因果だろうがな。。

 今だから明かすが、私がヘイム・ラダに移住したのも、あそこには病に効く温泉があったからなのだよ」

「……父さん」

「……ふっ。なんだ、その情けない顔は?」

何とも言えない複雑な表情で自分を見つめている息子に、自嘲的な笑みを浮かべつつ、ジラードは続ける。

「別に私が早死にするのなら、それはそれで構わん。しかし、せめてその前に……」

「……孫の顔が見たい、って事?」

「ああ」

「…………」

静かに頷いた父親を見た後、ユリスは彼から目を逸らしながら呟く様に口を開く。

「……変な心配しなくても、父さんはまだまだ死なないよ。それに、流石に父さんが死ぬまでには……」

「私が死ぬまでには?」

「……孫の顔くらい、見れると思うよ」

「……お前から、そんな言葉を聞く様になるとはな」

これも月日の流れか、と感慨深げにジラードは頷く。

「しかし、そうは言うがユリス?」

「何?」

「お前……子供がどうしたら生まれるのか、知ってるのか?」

「いっ!?」

――――ユリス、本日三度目のテーブルとの激突。

「し、し、し、知ってるよ!!」

「……本当か? お前にそんな事を教えた記憶は無いはずだが?」

「お、お、教えてくれなくたって、それくらいの知識、自然と身につくさ!!」

「なら、説明して見せろ」

「せ、説明って……だから……その……」

今にも沸騰しそうな程に顔を赤くしながら、ユリスは絞りだす様に声をだした。

「……キャベツ畑に出来る物だとか、コウノトリが運んでくる物じゃない……物で……えっと……その……」

「呆れるくらいに、子供じみた説明だな」

「……放っておいて」

それっきり力無く項垂れた息子に、ジラードは止めの一言を放った。

「まあ幸いにして、使用人がいるとは言えど、基本的には二人きりで生活してるんだ。精々頑張ってくれ」

――――その後しばらくの間、モニカと会う度に、しどろもどろになるユリスが見かけられた……と、ルネが証言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

遅くなりましたが、記念すべき10000のキリ番小説です。

リク内容は『ダークロのギャグ』という事でしたが……何だかギャグなのかシリアスなのか分からない話に()

夜ねずみ様、こんなものでよろしかったでしょうか? 少しでも楽しんで頂けたらいいんですが……。

ともあれ、リクエストありがとうございました。では。

 

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