〜愛する者の為に〜
――――とある休日の昼下がり。
「……ユリスは、愛する人を守って死にたい?」
「へ?」
珍しく読書をしていたモニカの突拍子も無い質問に、ベッドに寝転がっていたユリスは、間抜けな声を出しながら身を起こした。
「何? いきなり?」
軽口半分で答える彼に、モニカは真剣な表情で言う。
「いいから答えてよ。どうなの?」
「いや、どうって……」
ガリガリと頭を掻きながら、ユリスは曖昧に言葉を濁した。
(死にたいって……そんな事聞かれてもなあ……)
どうしたものか、と暫く黙り込んでいた彼だったが、やがて溜息と共にゆっくりと口を開く。
「……そりゃあ、まあ……変な病気とか不慮の事故とかで死ぬよりは、愛する者を守って死ぬほうが良い様な気もするけど……」
「……どうして?」
「ど、どうしてって……っていうかモニカ、何でそんな事聞くんだい? 理由を教えてよ」
ユリスがそう言うと、モニカはスッと手にしていた本を彼に差し出した。
「これ読んでみて、ちょっと思ったのよ」
「え?……ああ、これ。今ベストセラーとかで騒がれてる小説じゃん」
受け取ったユリスは、パラパラとページを捲りつつ、概ねのストーリーを把握していく。
――――大体こんな様な話だった。
ある国の王女様と、その人に仕える騎士が身分違いの恋に落ちる。
周りの反対を押し切って結ばれるものの、騎士は戦いの中で王女を守って命を落とす……という悲恋話である。
「……で?」
パタンと本を閉じ、ユリスはモニカを見つめ、窺う様に尋ねた。
「これ読んで、あんな事を考えたって事?」
「……そうよ」
彼女は一言呟くと立ち上がり、ゆっくりと彼の傍に腰を下ろす。
「ユリスはどう?」
「?……どう、とは?」
「だから……」
ユリスから顔を逸らしつつ、モニカはか細い声で続けた。
「君がもし、この小説の騎士だったら……やっぱり、命を落とす事になっても王女様を守るかって」
「……それは、この小説の王女が君だったら、っていう前提の上で?」
「う……まあ……それで、いいけど……」
仄かに顔を赤らめた彼女に苦笑しつつ、彼は中空を見上げながら答える。
「そうだなあ……あんまり考えたくないけど、やっぱり守ると思うよ。例えその結果、命を落とす事になってもさ」
「……どうして?」
不意にモニカはユリスに振り返る。その顔がやけに悲しそうに見え、彼は少々戸惑いながら答えた。
「ど、どうしてって、理由なんて要らないだろ? 愛する人を守りたいって気持ちに」
「……愛する人を守れるなら、自分は死んでもいいの?」
淡々と告げられたその言葉に、ユリスは驚いて彼女を見つめる。
「……モニカ?」
「……そんな事をして、守られた人は嬉しいと思う?」
いつになく儚げな声を出すモニカに、彼は言うべき言葉を失い、暫しの間呆然と彼女を見つめていた。
「もし……もしもだよ?」
やがて、モニカが沈黙を破り、俯き加減になりながら口を開いた。
「ユリスが私を守って死んだりなんかしたら……私はちっとも嬉しくなんか無い。それどころか……自分が死ぬよりもっと悲しいわ」
「……モニカ」
ユリスはここに来て、ようやく彼女が自分にしてきた質問の真意を悟る。
――――愛する者を守って死ぬ。
それは一見すると美徳の様にも思えるが、実際はそうでもないのだ。
守って死んでいった者は幸せかもしれない。愛する人を守れたのだから。
――――しかし、守られて生き残った者は? その者は愛する者を……それも自分を守って死んでいった者を失って幸せになれるのか?
彼女は言いたいのは、そういう事だろう。
(……まあ、確かに。普通の人より危険な事してるからなあ、ボク達)
相変わらず続けている、ゼルマイト鉱山洞でのモンスター退治。もうすっかり慣れた敵ばかりとはいえ、そこが戦場である事に変わりは無い。
いつ何時、命を落としても不思議ではない場所。そんな場所に自分達は、常に足を踏み入れているのだ。
「私……この小説を読んで思ったの。こんなのぜったい嫌だって。ユリスには絶対こんな死に方して欲しくないって。……だから、あんな事聞いたの」
「……モニカ」
ユリスがそう呟くと、モニカは真っ直ぐに彼の顔を見返しながら口を開いた。
「あのね、ユリス。私を守りたいって思ってくれるのは嬉しい。だけど……命を落としてでも守ろう、なんて思わないで」
「……」
「そんなのは唯の……言い方が悪いけど、君の独りよがりだよ。だから……」
「分かったよ、モニカ」
彼女の言葉を遮り、彼はふうっと溜息をつく。
「君が言いたい事はよく分かった。確かに、君の言う事は一理あると思う。……でも……」
「え?」
どこか影のある笑みを浮かべたユリスを見て、モニカはキョトンとして声を上げた。
「そう言われても……もし、本当にそんな場面に遭遇したら、やっぱりボクはモニカを守るよ。……命を落とすことになっても」
「!……ユリス! 君さっき私の言った事……」
「だから分かってるって。話は最後まで聞いて」
憤慨してこちらを睨みつける彼女を宥めながら、彼はゆっくりと続ける。
「愛する人を守って死んだって、その人の為にならないって事はよく分かった。だけどさ……そう分かってても、
命を落としてでも守りたいって思うのが……人って物じゃないのかな?」
「……ユリス」
「例えば……モニカがモンスターに襲われてて、ボクが犠牲にならないと命を落とすとする。
そんな時にボクは『自分がモニカの代わりに死んでも、モニカは悲しむだけだ。だから守らない』……なんて考えられない。
ただ『モニカが危ない! だから守る!』って考えて……いや、考えもしないよな。ただ、そういった思いだけで行動してしまうと思う。
……そんなのものだろ?」
「……」
返す言葉が見つからず、黙り込むモニカに、彼は苦笑しながら尋ねた。
「モニカだってそうじゃないの?」
「! それは……」
反論しようと思ったモニカだったが、そう呟いたきり口を閉ざした。
(それは……私だって……)
確かにユリスの言う通り、自分も彼が危険だとしたらなんの躊躇いも無く、この身を投げ出してしまう気がする。
(やっぱり……そうなのかな? 人って……)
頭では、そんな事をしても意味は無いと理解する。だが、心はそういった理論を時として無視する……それが人という物だ。
自分が守らなければ、愛する者が死ぬ。
――――人はそういう時に、果たして理論に基づいた行動をとれるものだろうか? 先々の事まで考えて、行動できるだろうか?
(答えは恐らく、否……よね)
「……だろ?」
ユリスの言葉に、モニカはハッとして彼を見つめ直す。いつの間にか、自分の考えに浸っていた様だ。
「……そうね」
彼女は溜息をつきながら、そう呟く。……悔しいが彼の言う通りかも知れない。
「まっ、そんな事考える必要はないさ」
「えっ?」
モニカが聞き返すと、ユリスは笑みを消し、真摯な眼差しで彼女を見つめながら口を開いた。
「……心配しなくても、ボクはそう簡単に死にはしないよ。モニカを残しては、ね」
「ユリス……うん、ありがとう」
ふわりとした笑みを浮かべながら礼の述べたモニカに、彼は「どういたしまして」と言いながら、つられる様に笑った。
「でもさあ……」
「えっ?」
急に軽い口調になったユリスに、モニカは怪訝そうに彼を見つめた。
「どうしたの、ユリス?」
「いや、この話の王女様と騎士を、ボク達に当てはまるのは少し無理があるなあって」
「?……無理がある?」
訳が分からないといった風に首を傾げる彼女に、ユリスは苦笑しながら続けた。
「だって、この話の王女様、常に物静かでおしとやかな人なんだよ?……どっかの誰かさんが、そうとは思えないもんね」
「!」
ここに来て、モニカはようやく自分がからかわれている事に気づく。怒りで頬を紅潮させながら、彼女は反駁した。
「悪かったわね! どうせ私は、騒がしくてがさつな王女ですよ!!」
「い、いや、誰もそこまでは言ってないけど……」
「言ってるも同然じゃない!!」
彼に言葉を遮り、モニカはぐっと顔を近づける。そして、物凄い剣幕で口を開いた。
「言・わ・せ・て・も・ら・う・け・ど・ね!! ユリスだって、このお話の騎士からは程遠いのよ!!
マザコンで寝坊助で食べ物の好き嫌い多くて! 悔しかったら、少しはこの騎士みたいになれる様努力しなさいよ!!」
「……」
――何で、そこまで言われなきゃならないんだ? そもそも、誰が騎士になりたいなんて言った?
ボンヤリとそう思ったユリスだが、やがて小さな笑みを浮かべながら返事をした。
「別にいいよ」
「えっ?……きゃっ!?」
思わず剣幕を解き、モニカは目をパチクリとさせる。彼はそんな彼女の腕を掴み、自分の元に引き寄せる。
そしてそのまま、驚いて文句を言おうとしていた彼女の唇を、ゆっくりと塞いだ。
「っ!?」
咄嗟の事に、一瞬モニカは硬直する。……ややあって、ようやく自分が口付けされているのを理解し、慌てて身を離そうとする。
「んっ!……んんんっ!……んむうっ!!」
だが、ユリスはいつの間にか自分をしっかりと抱きしめており、どんなにもがいても全く離れることが出来ない。
「……ん……」
やがて、次第に交わしている口付けの感触に魅了されていき、彼女の体から力が抜けていく。
それを察してか、ようやく彼は唇を離した。
「別にボクは……騎士になんか、なりたくないよ。ましてや、モニカの騎士になんか、ね」
「……どういう……意味よ? 」
ぐったりとユリスにもたれながら、モニカは呟く。その問いに、彼は彼女の耳元で囁くように言った。
「もし騎士だったら……こんな事できない」
「っ……!」
その声に不覚にも胸が高まり、彼女はビクッと身じろぎをする。そんな彼女の身を起こし、ユリスは再び口付けを落とした。
「……ん……んんっ!」
先ほどよりも深い口付け。それによって全身から完全に力が抜け、モニカは彼の肩に置いていた両手をだらりと下げる。
「……ん……」
それを確認したユリスは、そっと彼女の髪飾りを外した。束ねられていた紅髪が、絹の様に靡く。
(!……やだ、これは……)
――――そう、これは合図。彼が自分を愛する時の……。
頭の中でそう理解したが、だからと言ってどうすることも出来ない。抵抗する力も、そして気持ちも、全て彼に奪われてしまったのだから。
「……モニカ」
「…………はあっ……」
唇を離されると、我知らずそんな声が漏れる。トンッとユリスに軽く押されると、モニカはゆっくりとベッドに身を沈め、目を閉じた。
「……ユリ……ス……」
「モニカ……」
―――こうして始まる。この上ない幸福の時間は……。
――――愛した者を命がけで守り、そして……一心に愛する。
(そう言う物じゃないかな、人ってのは。……ね、モニカ?)
穏やかな寝顔の恋人を見つめながら、ユリスは幸せそうに笑った。
あとがき
と言うわけで、4000のキリ番小説です。4月中にはUPすると言う約束が何とか守れました。
リク内容は『ユリ×モニものすごく甘甘』でした。しかし甘いのは最後だけですね、スイマセン<m(__)m>
その分、最後の部分はかなり甘甘にしたつもりですが期待通りであってくれると良いです。では。