〜落し物に御用心〜
――――パームブリンクス。
世界で起こっている異変を知る由も無いこの街は、今日も人々がのんびりと過している。
そんな中、この街の悪名高き悪戯少年――ドニーは、上機嫌で鼻歌を歌いながら、自分の秘密基地がある地下水道へと走っていた。
「へへっ! さて、今日は何して過ごすかな?」
――新しく思いついた悪戯を試すか? それとも、たまには一日中釣りに興じるか?
そんな事を考えながら裏通りに入り、地下水道へと続くマンホールの取っ手に手をかけた時だった。
「……ん?」
ふと自分の直ぐ傍で、見たことも無いバッジの様な物が落ちているのを目にし、ドニーはそれを何気なく拾う。
「何だこれ?……コイン、じゃねえな。バッジか」
暫くしげしげとそれを眺めていた彼だが、やがてニンマリと笑みを浮かべ、バッジを懐へとしまった。
(珍しそうな物だし……頂いとくとするか)
そして、何事も無かったかのようにマンホールの蓋を開ける。
「へへっ、ラッキーラッキー!」
――――後にこれが、とんだ災難になる事など、今のドニーは欠片も思っていなかった。
「あれ?……な、無い!?」
「?……どうしたの、モニカ?」
ダンジョンに入ろうとした瞬間、慌てた様な声を上げた彼女に、ユリスは不思議そうに振り返った。
「バ、バッジが無いの!」
衣服のポケットを漁りながら、モニカは悲痛そうに叫ぶ。
「えっ? バッジって……モンスターバッジの事?」
ユリスが聞き返すと、彼女は青ざめた顔で首を縦に振る。
「……パームブリンクスで、落としてきたみたい」
「お、落とした?……で? それって大変な事なの?」
そう言った彼に、モニカは呟く様に言った。
「アレって……誰でも身に付ければ、魔物に変化できる物なの」
「へ? ……誰でも?」
「……うん」
――――つまり、誰かがうっかりバッジを付けたりしたら……。
二人は青ざめた表情で、互いに顔を見合わせる。そして、ほぼ同時に声を上げた。
「「すぐに戻ろう(りましょう)!!」」
言うが早いか、ユリスとモニカはバース壱号に大急ぎで乗り込んだ。
「しっかし、何なんだあ? このバッジ」
秘密基地でお菓子を頬張りながら、ドニーは物珍しげにバッジを眺める。
見たところ、特に変わった物ではない様だが、どうも不思議な感じがしてならない。
(……何かすっげえパワーがあったりして)
一瞬そんな考えが浮かんだが、すぐに彼は大声で笑い飛ばした。
「アハハハハッ! まさかな、そんな漫画みてえな事、あるわけ無えよな!!」
と、暫く笑い続けていたドニーだが、ふと残念そうな表情をする。
(マジでそんなパワーがあったら、とんでもないお宝なんだがなあ……)
しかし、自分が手にしているのは、何の変哲もないバッジ。それを再認識し、彼は溜息と共にボソッと呟いた。
「……どうでもいいけど、変なデザインだぜ。持ってた奴は相当センスが無いか、悪趣味な奴だな」
「っ……」
「!?」
いきなり額に青筋を浮かばせたモニカに、ユリスは少々たじろぎながら尋ねる。
「ど、どうしたのモニカ? 何か……怒ってるみたいだけど?」
「……ユリス」
「は、はい!」
恐ろしく低い声で呼ばれ、彼は思わず身を竦ませた。
「何だかださ、すっご〜〜くダンジョンに戻りたくなったんだけど……どうしてかしら?」
「さ、さあ? そんなのボクに聞かれても……」
「そうよねえ、ゴメンゴメン。……フフフフフフッ」
穏やかな微笑……の様に見えるが、彼女の周りから黒いオーラが見える。―――暗黒の笑みである。
「ハ、ハハハハハ……」
そんなモニカに、ユリスは冷や汗を流しつつ、ぎこちない笑みを返した。
「うっ!?」
突然、恐ろしい寒気を感じ、ドニーは反射的に両手で自分を抱きしめた。
「な、何だ、今のは!?」
慌てて立ち上がり、訳も無く辺りに視線を飛ばすが、別段変わった所はない。
「……な、何かすっげえ化け物か何かに睨まれた気がしたぞ? 気のせいか?」
暫く間、落ち着き無くキョロキョロしていたドニーだが、やがて溜息と共に再び腰を下ろす。
「ふうっ、気のせいみたいだな。……やれやれ、何ビクついてるんだか、俺は」
自分に苦笑しつつ、もう一度バッジを眺める。と、その時、彼はふと思った。
「そうだ。せっかくのバッジなんだし、付けてみるとするか!」
言うなりドニーは、素早く上着にバッジを付ける。そして、基地内に掛けてあった鏡を覗き込み、満足そうに頷いた。
「うん。デザインは気にいらねえが、やっぱバッジを付けると、何か格好良く見えるな!」
――今日からバッジもコレクションしてみるか……。
と、彼が思った時だった。
「!?……な、何だよ、おい!?」
突如、付けたバッジが眩い光を放ちだし、ドニーは反射的に目を閉じる。
「ち、ちょっと、どうなってんだよ!?」
目を閉じていても、光がどんどん激しい物になっていくのが分かり、彼は大声で叫んだ。
「うわあっ!?」
と、次の瞬間、最大級の光が放たれたかと思うと、それっきり光は収まった。それを感じたドニーは、ゆっくりと目を開ける。
(……ったく! 何だったんだよ、このバッジは?)
ボヤきながら、何の気なしに鏡に振り向いた彼はギョッとした。
(だああっ!? モ、モンスター!?)
そう。鏡には見たことも無い、植物形のモンスターが映っていた。……胸にバッジを付けたモンスターが。
(え……ま、まさか……)
彼は恐る恐る手を上げてみる。すると、鏡の中のモンスターも同じように手を上げた。
(……)
今度は頭を動かしてみる。やはり鏡の中のモンスターも、頭を動かした。
(じ、冗談だろ?……おい……)
そう喋ったつもりだったが、口から出たのは訳の分からない言葉。……もはや、認めざるを得なかった。
(お、俺……モンスターになっちまったのか? このバッジは……モンスターになるバッジだったのか?)
その問いに答えるものは無く、流れる地下水の音が虚しく響き渡る。やがて、ドニーはふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。
(……だあああああっ!! 誰だ!? こんな厄介な物を落としやがった奴は!? 責任取れ、バカ!!)
自分がネコババをした事を棚に上げて、落とし主に責任転嫁するドニーだった。
「……っ!」
「ん……?」
何やらとんでもない物が切れた様な気がし、ユリスは恐る恐る音のした方……モニカへと振り向いた。
「ね、ねえ……モニカ? 何か今、変な音がし……」
「フフフフフフフフフッ……」
「いっ!?」
思わず彼は身を竦ませる。それを感じたのか、彼女はこちらを向いてにこやかに微笑んだ。
「あ、ユリス。……どうしたの?」
「い、いや、何も……というか、何で笑ってるの?」
「え? 何でって……さあ〜なんでかしらねえ〜〜? 今すっごく笑いたい気分なのよ〜〜」
「……」
――な、何なんだよ? 本当に……。
早くパームブリンクスについてくれと、一心に思うユリスだった。
(!? ま、また悪寒が……何なんだ全く……って、それはそれとして、どうするよ、これから?)
裏通りでしゃがみ込みながら、ドニーはイライラと考える。
騒ぎにならない為には、地下水道で大人しくしておいた方が良い気はしたのだが、どうも体調が優れなくてこうして出てきたのだ。
どうやら植物型のモンスターになった事で、陽の光を浴びていないと駄目らしい。
(このバッジ外せば、恐らく元に戻れるんだろうけど……この手じゃなあ……)
葉っぱの様な自分の手を見て、彼は溜息をついた。どう頑張っても、こんな手ではバッジを掴んで外す事など出来そうもない。
(あ〜〜あ、マジでどうするかなあ……)
と、その時だった。
「きゃあっ! 」
(!?)
人の悲鳴が聞こえ、ドニーはハッとして声のした方に振り返る。――――すると、そこには……。
(げ!? ク、クレアじゃねえか!)
この街の町長――ニードの愛娘、クレア。その彼女が目を見開いて、モンスターの姿をしている自分を凝視していた。
「か……か……」
恐らく「怪物」と言いたいのだろう。しきりに口をパクパクさせているクレアを見て、ドニーは心の中で舌打ちした。
(ちっ! よりによってクレアに見つかっちまうとは……こりゃあ捕まったら、町長に何されるか分かんねえぞ!)
――仕方ねえ! とにあえず基地に戻……。
急いで彼は地下水道へと戻ろうと、身を翻したのだが、刹那とんでもない言葉を耳にする。
「可愛い!!」
(……はあっ!?)
突然後ろから抱きしめられ、ドニーは顔を真っ赤(と言っても、モンスターなので良く分からないが)にしてジタバタともがく。
(バ、バカ! い、いきなり何しやがんだ!? は、放せっての!!)
普段、女の子には全く興味のない彼だが、流石に町一番の美人にこんな事をされると動揺してしまう。
「こんなお花の様な、可愛い生き物がいるなんて……夢みたい!!」
(!!……な、な、な……)
至福の笑みを浮かべながら頬ずりをしてくるクレアに、ドニーはぶっ倒れそうになるのを必死に堪える。
(ど、どんな感性してんだお前は!? こんなモンスターのどの辺が可愛いんだよ!? つーか、頼むから離れてくれ!!)
必死でそう叫ぶが、当然彼女には聞こえるはずもない。やがてクレアは彼を抱きしめたまま立ち上がった。
「お家に連れて帰ろっと♪」
(んなっ!? じ、冗談じゃない!)
ジタバタもがくドニーだが、所詮それは無駄な足掻きに過ぎない。
――――そして、彼は否応無しにクレアの家へ連れて行かれるのであった……。
――――クレアの家。
「さあフラちゃん、今日からここがあなたの家よ」
(俺はドニーだっつうの! )
勝手に変な(しかも察するに女の子の)名前をつけられ、ドニーは憤慨して体を振り回したが、クレアには喜んでいる様に見えたらしい。
「ふふ、気に入ってくれたのね」
(……!)
不意に頬に口付けられ、彼は逆上せて意識が飛んでいきそうになった。
(……こ、こいつは〜〜! ホントにおかしな趣味してんな全く!……こりゃ隙を見て逃げ出したほうが、身のためだぜ)
――そうでもしないと、そのうちぶっ倒れてしまいそうだからな……。
密かにそう決心したドニーに、クレアは更なる爆弾発言をした。
「……あら? よく見ると貴方、汚れてるわね。一緒にお風呂入ろっか?」
(いっ!?)
――……前言撤回。……今すぐにぶっ倒れる……。
(バ、バカ! 早まるんじゃねえ、クレア!!)
そう思いながら、彼は必死に首を横に振り、拒否の態度を示す。すると、彼女は僅かに眉を顰めた。
「ん? 身体を洗うのが嫌なの? 駄目よ、お花はいつも綺麗じゃなきゃ。ほらフラちゃん」
(だから俺はドニーだっつうのに!!)
そんな叫びはやはり無視され、有無を言わせないように抱き抱えられながら、ドニーは風呂場へと連行されていく。
その最中、彼は今にも破裂しそうに激しく脈打っている、自分の心臓の音を聞きながら考える。
(ど……どうするよ? こ、このままじゃマジでクレアと風呂に……いや、悪い気はしねえし、どっちかって言うと…………はっ!?
い、いや、そんな事を考えてる場合じゃねえ!! も、もし正体がバレでもしたら……殺されるぞ、俺。……でも、よくよく考えたら
今の時点でもバレたら殺されそうな気が……だったら、いっその事……って、何考えてんだ俺は!?
んな事じゃなくて、どうやって逃げ出すのかを考えろよ!!)
……等と彼がグルグル考えている間に、いつしか風呂場へと到着してしまっていた。
「さっ、あなたは先に入ってて。私は服を脱がないといけないから」
そう言ってクレアは、ドニーを既に湯が入っている浴槽に放り込む。
(うおっ!?)
ドボンと派手な音を立て、彼は湯の中へと沈む。数秒後、ブクブクという泡と共に、彼は水面に顔を出した。
(ぷはあっ! あ、あいつ結構荒っぽいな。……って、どうするよ本当に?)
最早逃げる事は絶望的な気がするが、だからと言ってこのまま彼女と風呂を一緒にするというのは……流石に平常心が保てそうにない。
「ルンルン♪」
脱衣所からクレアの鼻歌が聞こえてくる。ガラスのドア越しだから良く見えないが、恐らく服を脱いでいるのだろう。
そう考えた瞬間、ドニーは慌てて顔をドアから逸らした。
(もう逃げられねえな、こりゃ……仕方ない! こうなったら目を瞑って、生殺しの時間を耐えるしかねえ……!!)
――……かなり自信ないけどな。
と、彼が見通しの暗い決意をした時だった。
(ん……?)
突然、バッジが光りだした。……自分がモンスターになった時と同じ様に。
(ち、ちょっと待てよ!? ま、まさか……元に戻っちまうとかじゃねえだろうな!?)
最悪の考えが頭に浮かび、ドニーは生きた心地がしなくなる。もし、こんな状況で人間に戻ったら……どうなるかは火を見るより明らかだ。
(た、頼む!! も、戻らないでくれ!! あ、あと少しの間、モンスターでいさせてくれ、神様!!)
神なんかちっとも信じてないくせに、彼は必死の思いで祈る。だが、やはり普段の信仰が足りないせいか、その祈りは神に届かなかった。
(……!!)
一際強い光が放たれた後、ドニーは絶望と恐怖の眼差しで自分の手を見つめる。それは疑うまでもなく……人間の手だった。
(……終わった)
「どうしたのフラちゃん? さっき何か光った……」
入浴の準備が出来たクレアが、驚いた様にドアを開ける。そして、中の光景を見て絶句した。
―――――暗転。
「……いい気味ね」
「……へっ?」
いきなり訳の分らない事を呟いたモニカに、ユリスはキョトンとした表情を向ける。
「あっ、ゴメンゴメン、ユリス。何でもないのよ。……フフフフフフッ」
「あ……そ、そう……なら、別に良いんだけど……」
またまた暗黒の笑みを浮かべた彼女を刺激しない様に、彼は曖昧に頷いた。
――――そして二人がバームブリンクスに戻った時、街は「ドニーが大怪我をしてダック医院に入院した」というニュースで持ちきりだった。
あとがき
お待たせしました。5000のキリ番小説です。リク内容は『ダークロのギャグ系』でした。
で、こんな話になりましたが……スイマセン(汗)悠士には、この程度が限界です(爆)
いや本当、ギャグ話って難しいです。今まで、あまり書いた事無かったから、余計そう思うのかもしれませんが……。
少しでも笑って頂けたら幸いです。では。