〜甘い時間に甘いお菓子を〜

 

 

 

 

「う……うう〜〜ん……」

穏やかな小鳥の囀りが聞こえ、ユリスはゆっくりと目を開けた。

「ふああ〜〜……よく寝た……」

未だに眠たげな目を擦りつつ、傍にあった置時計を覗き込む。

「……八時か」

今日は休日。まだ眠っていても、全く問題のない時刻だ。そう思った彼は、再びシーツの中に潜り込む。

「珍しく町長からの依頼も来てないし……もう少し寝よう……ふああ〜〜……」

大きな欠伸をした後、ユリスは再び夢の世界へと落ちて……いくはずだったのだが、直後凄まじい音が耳を打った。

「!?……な、何だ、今の音!?」

突然の大音響によって、彼は完全に目を覚ました。急いでベッドから飛び降りて服を着替える。

「一階の方からだったな。……厄介な事じゃないといいけど……」

そう呟きながら、ユリスは部屋を飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

階段を降り終えた所で、ユリスは偶然ルネと鉢合わせた。

「あっ、坊ちゃま」

「ルネ。さっきの音、聞こえた?」

彼がそう尋ねると、彼女は少し気まずそうに頷く。

「え、ええ……まあ……」

「……?」

その様子を見て、ユリスの頭の中に一つの考えが浮かんだ。――ひょっとして……。

「ルネ」

「っ!……は、はい! な、何でしょう?」

「もしかして……さっきの音の原因、分かってる?」

「……」

その無言こそが答えだった。一度ユリスは深呼吸した後、少々低めの声で再度尋ねる。

「……ルネ」

「……はい」

「知ってるんだろ? さっきの音は一体……」

彼の言葉を遮って再び大音響が聞こえ、二人は思わず息を呑んだ。

「ち、ちょっと……さっきより酷くないか?」

誰ともなしに呟いた彼に、ルネは静かに口を開く。

「……台所です」

「えっ?」

「台所からの音です、これは」

「台……所……? 何でそんな所からこんな音が?」

そう尋ねた彼に、彼女は目配せをしながら言った。

「百聞は一見にしかず、です。……行ってみてください」

その瞬間、ユリスの頭にあまり考えたくない考えが浮かぶ。

「……何となく、想像ついたんだけど……やっぱり?」

「……恐らく、当たってると思います」

「…………」

ルネのその言葉で、自分の想像が正しいと確信したユリスは、これ以上被害が大きくならない様にと、急いで台所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ〜〜……すっごく甘い匂いがする」

台所へのドアまで来た所で、ユリスは思わず立ち止まっていた。と、その時、

「もう〜〜何でよ!? ちゃんとやってるのに!!」

非常に聞き覚えのある声が中から聞こえ、彼は思わず大きな溜息をつく。

(……やっぱり、か)

やれやれと思いながら、ユリスはゆっくりとドアをノックした。

「……!?」

ドア越しにでも、中の人物が非常に驚いたのがハッキリと分かった。と、次いで再び派手な音が聞こえる。

(……食器を落としたな)

また後片付けが増える、と頭を掻きつつ彼は中の人物に呼びかける。

「入るよ?」

「ユ、ユリス!? ち、ちょっと待っ……」

中の人物が慌てて制しかけたが、ユリスは構わずにドアを開けた。

「……」

室内の――台所の様子を見て、彼は予想していたのにも関わらず、思わず絶句してしまった。

(……酷い有様だな、これは……)

床には割れた食器の破片が至る所に散乱し、テーブルの上は料理の失敗作であろう物の山で、見るに耐えない。

そして、中にいた人物――モニカは衣服や顔を、クリームやチョコレートでデコレーションしていた。

「ユ、ユリス……は、はははははっ……」

「……モニカ」

引き攣った笑みを浮かべた彼女に、ユリスは大げさに溜息をつきながら言った。

「……台所を戦場にしないでくれる?」

「……ゴメン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、一時間前から、ここで悪戦苦闘していた……と?」

「う、うん、まあ……そう」

「……」

モニカから事情を聞いたユリスは、何とも言えぬ表情で額に手を当てる。

「……デザートが食べたいんだったら、シェフに言えばいいじゃないか。何も、自分で作ろうとしなくたって……それも、こんな朝早くから」

「だ、だって……あ、朝からデザート作って欲しい、なんて頼むのも迷惑かなあ〜〜って」

「……こんなに散らかす方が、よっぽど迷惑だと思うけど?」

「う……」

二の句が告げずに黙り込んだ彼女を横目に見ながら、彼はもう一度、惨状たる場所と化した台所を眺めた。

(……自動掃除ロボットでも作ろうかなあ、今度……)

――いや、それより自動料理ロボットを作った方が、根本的な解決か? 

あれこれと考えを巡らしていたユリスだったが、やがて諦めた様に溜息をつく。そして軽く肩を揉んだ後、何を思ったのか、上着の裾を捲りあげた。

「え?……ユ、ユリス?」

思わず上擦った声を上げたモニカに、彼はふっと笑いかける。

「この様子じゃ、全然進んでないんだろ、デザート作り? 手伝うよ」

「い、いいの?」

「勿論。だって……」

そこで言葉を切り、ユリスは遠くを見る様な眼つきで呟いた。

「……これ以上、食器だの何だの壊されちゃ、敵わないからね」

「う……それ、嫌味?」

「い〜〜や、別に?」

(……っ〜〜〜! ああもうっ! 絶対バカにされてるわ、私!!)

意地悪げに笑う彼に、悔しさで打ち震えるモニカであった。

 

 

 

 

 

 

――――それから数分後、ユリスとモニカは二人でデザート製作に取り掛かっていた。

「え〜〜と……うわあ〜〜結構面倒だなあ、これ」

料理の本を眺めながら、彼は少々顔を顰める。

(あれこれ分量を量らないといけないし……こんなもの、モニカ一人で作れる訳ないよなあ……)

と、かなり失礼な事を考えているが、ユリスとて然して料理が上手と言う訳ではない。

マニュアル通りに作れば、無難に食べられる料理になる……その程度のレベルだ。

尤も、それでも彼女と比べれば、格段にマシなレベルではあるのだが。

「ユリス〜〜。最初、何すればいいの?」

「え、ああ……それじゃモニカ、チョコレート溶かしてくれない?」

「了〜〜解〜〜!」

二つ返事で引き受けたモニカは、さっそくチョコレートを溶かし……始めようとして、即座にユリスに止められた。

「ち、ちょっとモニカ! な、何してるんだよ!?」

「えっ? 何って……チョコレート溶かしてって、君が言ったじゃない?」

キョトンとした表情をする彼女に、彼は溜息をつきながら尋ねる。

「……で? 何で、フライパンなんか持ってるの? まさか、それで溶かすなんて言わないよね?」 

少々引き攣った表情でそう言ったユリスに、モニカは心底不思議そうに首を傾げた。

「ええっ!?……違うの?」

「っ……!」

思わず彼は、その場に崩れ落ちる。――……こりゃ、下手とか以前の問題だよ。

「あのね、モニカ? バター溶かすんじゃないんだから、フライパンで熱したりなんかしたら、チョコは焦げるだけだよ」

「じ、じゃあ……どうするの?」

「お湯を使うんだよ、お湯を」

「えっ、お湯?……カレー粉みたいに入れるの?」

「……チョコレートのスープ作る気? そうじゃなくて……」

こんな感じの会話を繰り返しながら、二人のデザート製作は進行していった。

基本的に難しい所はユリスが担当し、モニカは比較的簡単(とユリスが判断した)所を担当したのだが、それでもデザート製作は困難を極めた。

……。

…………。

「モ、モニカ! そ、そんなに力一杯掻き混ぜなくたって、クリームは泡立つってば!」

「でも、この本には『力強く掻き混ぜる』って書いてあるわよ?」

「それは……あ、いや……」

「ユリス……何よ? その、『それはか弱くて淑やかな女の子の場合だよ』とでも言いたげな目は? 」

「へっ!?……な、な、何言ってるんだよモニカ? そ、そ、そんな事……あははははっ……」

……。

…………。

「ふう〜〜出来たっと。ユリス、これで良いのよね?」

「え? あ、うん。どれどれ、味見っと……」

「あっ、ユリス! 行儀悪いわよ!!……って、どうしたの? 顔真っ青よ?」

「……モニカ。砂糖と塩、間違えただろ?」

「ええっ!? 嘘、そんなはず……うっ!? 何これ、しょっぱ〜〜!!」

……。

…………。

「ええ〜〜!? 何で、こうなるのよっ!?」

「……それはこっちが聞きたいよ。モニカ、ちゃんと分量を量ったの?」

「な、何よ、その言い方は!? は、量ったわよ!!……一応」

「……一応?」

「だ、だって……本には『適量』って書いてあったから……」

「……『適量』って言うのは『程良い分量』であって、『いい加減でもいい分量』って訳じゃないんだよ?」

「……ゴメン」

……。

…………。

 

 

 

 

 

 

 

「で……出来た〜〜〜!!」

「やれやれ。一時は、どうなるかと思ったけど……」

苦労の末、何とか完成したデザートを目にして、モニカは歓喜の声を上げていた。

疲れ果てた様に呟くユリスの顔にも、満足げな笑みが浮かんでいる。

(まあ、犠牲も多かったけど……食べられるレベルの物にはなったな)

自分が訪れる前以上に散らかった台所を見回しながら、彼は心の中で呟く。と、同時に彼の腹の虫が大きく鳴った。

「う……忘れてた。まだボク、起きてから何も口にしてないんだった」

「あっ、そうなの? だったら丁度良いじゃない。早く食べましょう!」

言うなり彼女は、棚の引き出しから二本のスプーンを取り出し、片方をユリスの元へと放る。

「うわっと!」

「ナイスチャッチ」

彼が受け止めたのを確認すると、モニカはさっそくデザートをスプーンで掬い、口へと運んだ。

「ん、美味しい!! な〜〜んだ、私も結構やるじゃない!」

「う〜〜ん、確かに美味しいけど……ちょっと甘すぎない? 」

やや遅れた食べ始めたユリスは、「殆どボクが作ったんだけどね…」と聞こえない様に呟きながら、彼女に尋ねる。

「えっ、そう? う〜〜ん……私はこれくらいの甘さが好きなんだけどなあ……」

「へえ、モニカって、結構甘党なんだね」

「……何よ? 悪い?」

「別にそんな事、言ってないだろ? 君の悪い癖だよ? そうやって人の言った事を悪い様にとるのは」

と、モニカに振り返った彼は、彼女の顔を見て、不意に声を上げた。

「あっ、モニカ。頬にクリームが付いてるよ」

「えっ? ど、どこ?」

慌ててモニカは手探りでその箇所を探すが、一向にその箇所が分からない様なので、彼は苦笑しながら無意識に手を伸ばす。

「そこじゃないって。ほら、ここ……」

そう言いながら彼女の頬に付いているクリームを指で拭った瞬間、ユリスは我に返った。

(!?……な、なにやってるんだ、ボクは!?)

思わず硬直してしまった彼に気づかず、今度はモニカが彼の頬に手を伸ばす。

「あっ! ユリスも人の事言えないじゃない。ほらっ、ここにチョコレートが……」

言いつつチョコレートを指で拭った刹那、彼女もまたユリスと同じように硬直した。

(!?……な、何やってるよ、私!?)

二人の指についているクリームとチョコレート――それは互いに頬に付いていた物。

――――……自分達は、これをどうするつもりだったのだろう? 

「「……」」

互いの顔と、自分の指を交互に見やる二人の顔は、次第に赤くなっていく。

そして暫くして、ユリスとモニカは静かに指を銜えた。……恥ずかしさで俯きつつ、頭から湯気を出しそうな程に火照った顔で。

 

 

 

 

 

 

――――束の間の時間が流れた後。

台所に入ってきたルネの目に入ったのは、互いに見合いながら二人して真っ赤な顔で指を銜えているユリスとモニカであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

遅くなりましたが、6666のキリ番小説です。リク内容は『ユリモニで、ユリスの家で二人でお菓子作り』でした。

…こんな物でよろしかったでしょうか、千石鉄太郎様? (不安)

オチが微妙で申し訳ない限りですが、楽しんでくださったのなら幸いです。では。

 

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