〜遅すぎたラブレター〜

 

 

 

 

――――まるで、天が涙を流しているかの様な勢いで降り注ぐ雨の日。

ユリスは窓越しにボンヤリと外の世界を眺めながら、手に持っていたペンをクルクルと回した。

「あの時も……こんな土砂降りだったよな……」

ポツリとそう呟いた後、彼は静かに目を閉じる。

(思えば……長かったみたいで、あっという間だった気がする……)

――――楽しみにしていたサーカス……そこから始まった大冒険……そして、掛け替えのない出会い……。

「本当……今から思い出しても、信じられない出来事だよ……」

僅かに口元に笑みを浮かべ、ユリスは大きく伸びをした。

それから、ペンを回し続けていた手を止め、姿勢を正して机に向き合う。

「さてと……書くか」

大きく溜息をついた後、彼はゆっくりと紙の上にペンを動かし始めた。

 

 

 

 

 

『親愛なるモニカへ。

 元気でやってる? ボクは元気だよ。父さんもスターブルも……皆、元気でやっている』

そんなお決まりとも言うべく言葉でしか浮かばなかった自分に苦笑しつつ、ユリスはスラスラとペンを走らせる。

『僕からの手紙なんて、驚いてるかな? 母さんには、何通か書いていたけど、君には一通も書いてなかったもんね。

……別に面倒だったからって訳じゃないんだよ? ただ………君に手紙を書くのは、正直とても辛かったんだ』

そこまで一気に書き上げると、彼は暫しペンを置いて考え込んでいたが、やがて再びペンを取り、続きを書き始めた。

『……君に手紙を書くのは、何だか君にもう会う事が出来ないからの様に思えてさ。

 だから今まで書かなかったんだ。……だけど、君がいなくなったあの日から、ずっとずっと大きくなり続けている気持ちが、

 それを許さなかった。君が傍にいた時に言えなかった…・言っておけばよかった気持ちが』

「……」

書き続けている内に、ユリスの心に苦く、そして切ない物がこみ上げてくる。

それこそが、この手紙に記そうとしている想い。気づくのが遅すぎた、彼女への自分の気持ちだ。

緊張で僅かに震えるペンを持つ手を、もう片方の手で押さえながら、彼はゆっくりと文字を綴っていく。

『初めて君と出会った時……ボクは色んな意味で驚いたよ。それくらい、君はボクの中で、新鮮な人だった。

 女の子なんだけど男の子の様に活発で……年上なんだけど、年下の様に無邪気で……一緒にいて、退屈しなかった。

 それから君とたくさんの事を体験してきたけど……自分でも不思議なくらい、全部覚えてるんだ』

不思議なくらいに覚えている……確かに、以前はそうだった。しかし今では、不思議でも何でもないという事が分かっていた。

モニカとの事を覚えていたのは単純に、その事が自分にとって、とても大切な物だったから。

『気がつけば、君が傍にいる事が当たり前だと思っていた。君がいるからボクがいる……そう考える様になっていたんだ。

……おかしいよね。出会ってから、まだそんなに月日も経っていなかったのにさ。まるで君は、ボクの幼馴染みたいだった。

ずっとずっと、君が傍にいると思っていた。……本当、おかしいよね。そんな事……ある訳ないのにさ……』

(……あの時から、だったかのかもな……)

心の中でポツリと呟いたユリスの脳裏に、懐かしい記憶の数々が蘇ってくる。

――――他愛ない話の種で笑い……些細な事で喧嘩をし……悲痛な出来事に、そろって涙を流す……。

どちらかと言うと人見知りしがちの自分が、出会って間もない女の子と、あんなにも心を通わせるなんて思いもよらなかった。

それが何故だったのか、自分はずっと分からなかった。……いや、分かっていたのに、無意識に分からない振りをしていたのかもしれない。

自分と彼女には……避けられない別れがあると知っていたから。

だから、自分の気持ちに気づかない様にしていたのだろうか?……今にして思えば、何て愚かな事を考えていたのだろう。

そんな風にしていたから、こんなやり切れない思いを抱える羽目になってしまったと言うのに。

(…まさに、後の祭り……って奴か)

自嘲じみた笑みを浮かべ、彼は何度目か分からない溜息をつき、止めていたペンを再び動かし始めた。

『モニカ……手紙って、結構難しい物だよね。君に伝えたい…絶対に伝えたい事があるのに、それを表せる言葉が見つからない。

……もどかしいよ、とても。やっぱり、あの時に……君がいる時に言っておけばよかったんだと思うよ。覚えてるかな、モニカ?

何時だったか、夜中に星を見ようと、一緒に公園に行った時があったよね? ボクから誘ったんだけど……覚えてないかな、やっぱり。

だけど、覚えてるって事で続けるよ。実はあの時……本当はボク、星を見に行くために、君を誘ったわけじゃなかったんだ』

 

 

 

 

 

 

……。

…………。

「うっわ〜〜〜! すっごく綺麗! まるで宝石箱をひっくり返したみたい!!」

「へえ……モニカでも、そんな表現できるんだ?」

「むっ! 何よユリス、その言い方?」

膨れっ面で睨み付けてきたモニカに、ユリスは軽く笑いながら謝った。

「ゴメンゴメン。そうだよね、モニカだって女の子だもんね」

「……な〜〜〜んか、謝られてる気がしないんだけど……まあ、いいわ。こんなに綺麗な物、見せてもらえたんだから」

言いながら彼女は、夜空の星へと視線を移す。

その横顔から、普段の彼女からは全く感じられない、儚げな雰囲気が醸し出されてるように思い、ユリスは一人、頬を赤らめた。

「ん?……どうしたの、ユリス? 急に黙っちゃって?」

「へっ?……あ、い、いや! な、なんでもないよ!」

慌てて手を振って返事をすると、モニカは再び夜空へと視線を戻す。そんな彼女を眺めながら、彼は我知らず、グッと両手を握り締めた。

(い、言わなくちゃ……だ、だけど……ああ〜〜ったく! その為にモニカを呼び出したんだろ!? しっかりしろよ、ボク!!)

自分で自分を激励したユリスは、意を決した様にモニカの元に一歩近づいた。

「モ、モニカ……あのさ……」

「ねえ、ユリス!」

しかし、正に言おうとした瞬間に彼女に先を越され、彼は思わず崩れそうになる。

(な、何だよ?……ひ、人がせっかく、なけなしの勇気を集めて言おうとしたってのに……)

心の中で溜息をつきながら、ユリスはとりあえず返事をした。

「な、何? モニカ?」

「君はさ、『流れ星に願いを三回言ったら、その願いは叶う』って言い伝え、信じてる?」

「えっ?……ああ、モニカの時代でもあるんだ、その言い伝え」

「うん!……で、どうなのユリス? 信じてるの?」

「そ、それは……う〜〜〜ん、どうだろう?」

信じてると聞かれても、今まで自分は流れ星に願いを言った事も……そもそも流れ星を見た事さえない。

言い伝えは確かに聞いた事はあるが、そんなに関心がなかったから、今まで考えた事もなかった。

「モニカ、君はどうなんだい? 信じてるの?」

何と言ったらいのか分からないので、そう尋ねてみると、彼女は笑顔で頷く。

「もっちろん!……でも、中々言えないのよねえ……流れ星って、すぐに見えなくなるし」

「ふうん、そうなのか。見た事がないから、よく分かんないけどね」

「あらっ? ユリスって、流れ星を見た事ないの?」

「……うん。だから、その言い伝えの事を聞かれても……」

答えられないよ、と彼が言おうとした時だった。

「っ!……ユリス! 流れ星よ、流れ星!!」

「えっ!? ど、どこ!?」

「あそこよ、あそこ!!」

慌ててモニカの指差している方向に目をやったユリスだったが、時既に遅く、そこに流れ星の姿はなかった。

「……あ〜〜〜あ、せっかく生まれて初めて流れ星を見れると思ったのになあ」

「まっ、仕方ないわよ。……あっ! しまった、私も願い事を言うの忘れてた!!」

自分も失態を犯した事に気づき、モニカはハッとした仕種を見せ、次いで残念そうに溜息をつく。

「おしかったなあ……願い事、一杯あったのに」

「そうだよねえ。……って、モニカ。一杯あったって、確か願い事は三回言わなきゃいけないんだろ? そんなに言える訳ないだろ?」

「え?……くすっ、やだユリス。三回言うって、本当に声に出して言う事だと思ってたの?」

「?……違うの?」

「当たり前でしょ? そんなのだったら絶対に言える訳ないじゃない。三回言うってのはね、心の中で言うのよ」

「心の……中で?」

「そう」

頷くと、彼女は自分の胸の前で両手を合わせ、ゆっくりと話し出した。

「心の中の声は……口で言うよりも、ずっとずっと速く伝わるの。だから、ほんの一瞬しか見えない流れ星には、心の声がいいのよ」

「う、う〜〜ん……理解できる様な、そうでない様な……」

そう言って、彼がポリポリと頬を掻いた時、再び夜空の一点に、小さな煌きが姿を見せる。

「「……っ!!」」

今度は二人とも何も言わず、揃って祈りを捧げる様に両手を組み、心の中で流れ星に願いを言う。

やがて、どちらともなく組んでいた手を解き、二人は互いに顔を見あわせた。

「どう? ちゃんと願い事言えた?」

モニカがそう尋ねると、ユリスは「う〜〜ん……」と首を傾げながら言う。

「一応、ちゃんと言ったつもりだったけど……三回言えたかって言うと、ちょっと分かんないなあ……」

「くすくすっ……ユリスらしいわね」

「……モニカ。どういう意味、それ?」

「そのままの意味だけど?」

悪戯っぽく笑うモニカに、文句の一つでも言ってやろうと思った彼だったが、それより先に彼女が口を開いた。

「ふわあっ……そろそろ戻ろっか? 私、眠くなっちゃった」

「え? あ、ああ……そうだね」

まだ当初の目的が果たせてはいなかったが、何だか今日はもういいと思い直し、ユリスはモニカに賛同する。

(とりあえず……流れ星にはお願いしたし……直接言うのは……また、いつか……)

そんな事を考えながら、彼は先を行く彼女の後ろを歩いていた。

……。

…………。

 

 

 

 

 

『……あの時、ボクは本当は……君に伝えたいと思ってたんだ。ボクの……君への気持ちを。

 だけど……結局、言えなかったよ。流れ星にお願いはしたけど……きっと、ちゃんと三回言えて無かったんだね。

 だって……願いは叶わなかったんだから。……君に、ずっと傍にいて欲しいって願いは』

「……っく……う……!」

不意にどうしようもない悲しみが溢れ出し、ユリスの目元にジワリと涙が滲む。

しかし、彼はそれに構う事無く、最後の一文を書き始めた。

『……今更、こんな事を伝えるなんて……ズルイよね。だけど……どうしても伝えておきたいんだ。

 返事はもらえない。君がどう思うか、ボクには永遠に分からない。それでも……伝えずにはいられないんだ。

だから書くよ。ボクの……君への気持ちを』

――――モニカ。ずっとずっと……君の事が好きでした。

涙で所々濡れた手紙に、やっとの思いでそう書き終えると、彼は机に顔を伏せ、一人泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リス!……ユリスってば!!」

「……うん?」

目を開けると、そこは自分の部屋のベッドのシーツの中。それを確認したユリスは、不思議そうに目を瞬かせた。

(あれ?……ボク……机に向かって手紙を書いてて……)

――――あの後、自分はベッドに入ったのだろうか? 

そんな記憶は全くないのだが、現にこうしてベッドの中にいるという事はそうなのだろう。

そう結論付けた彼の頭の中に、もう一つの疑問が浮かんだ。

(さっきの声は……一体?)

「ユ〜〜リ〜〜ス! いい加減に起きなさい!!」

「!?」

その怒鳴り声にガバッと身を起こし、ユリスは声の主の方へと振り返ると驚きの声を上げた。

「モ、モニカ!? ど、どうして君が此処に……!?」

「はあっ? 何分かりきった事聞いてんのよ? ユリスがいつまでたっても起きてこないから、起こしに来てあげたんじゃない」

「い、いや、そうじゃなくて! 君はみら……」

そこまで言って、彼はハッとする。――そっか……モニカは……。

(ボクの傍に……いるんだったな……)

あのレザルナの事件から、ずっとずっと彼女は傍にいるのだ。ユリスはようやくその事を思い出し、心の中で安堵の溜息をついた。

(……夢だったのか、あれは……しっかし、嫌な夢だったな。すっごく生々しかったし)

手紙を書いた事も、彼女を夜に連れ出した事も、まるで本当の事の様に思ってしまいそうだ。

「あれ?……ユ、ユリス!? 君、な、泣いてたの!?」

「へっ?……あ……」

言われて初めて涙を流している事に気づき、彼は慌てて手の甲でそれを拭う。

「う、うん。ちょっと……変な夢を見てたから」

「変な夢?……なにか、悲しい夢だったの?」

モニカのその問いに、ユリスは「いや……」と暫く言い淀んでから、軽く笑みを浮かべつつ言った。

「君が傍にいる事が、どんなに幸せなのか、改めて分かった夢……かな?」

「っ!?……バ、バカ! な、何言ってるのよ!?」

思わずカッと赤面して怒鳴った彼女に、彼はふと尋ねる。

「ねえ、モニカ?」

「……何よ?」

「……ボクからのラブレター、欲しい?」

「はいっ!?」

突拍子もない質問に、モニカは硬直する。その様子を愛しげに見つめながら、ユリスはもう一度尋ねた。

「ねえ、モニカ……欲しい?」

「ほ、欲しいって……い、今更ラブレターなんて、遅すぎるでしょ!?」

「……そうだよね」

そう言うと、彼は笑みを浮かべたまま、その場に立ち尽くしている彼女の横を通り過ぎる。

「ああ、お腹空いた。早く、朝ごはん食べよっと」

「ち、ちょっと待ちなさいよ、ユリス!! い、一体なんなのよ、さっきの質問は!?」

慌てて追いかけてくる恋人の存在を感じながら、ユリスは至福の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

さて、7000のキリ番小説でした。

リク内容は『ダークロの小説』だけでしたので、いつもとは少し違った雰囲気の物を書いてみました。

それで、最初は切ない話のまま終わろうとしたんですが、何だか嫌になったんで(苦笑)夢オチという事に。

ご期待に副えてる事を願います。では。

 

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