〜惚気は人の為ならず〜

 

 

 

――――オネット。

「う〜〜〜〜ん……ちょっと無駄遣いしすぎちゃったかしら?」

ゲームセンターのドアを潜ったポーラは、可愛らしいデザインのサイフを覗きつつ呟いた。

以前ネスに誘われて来て以来、すっかりアーケードゲームに興味を持ってしまった彼女は、暇を見つけては度々足を運んでいる。

尤も、その割に腕前の上達はイマイチなのだが。

(お腹空いたからハンバーガーでも食べようと思ったんだけど……止めておいた方がいいわね)

予定以上の金額をゲームに注ぎ込んでしまった自分を悔やみ、ポーラは溜息をつく。

「はあっ……今度から、もう少し考えて遊ばなきゃ」

と、やや俯き加減で歩いていた為、彼女は急に進路を塞ぐ様に現れた人影に対処する事が出来なかった。

「きゃっ!?……ご、ごめんなさい!」

「……テテテ。あっ、いや、こっちこそ……」

転んだ際に打ち付けた腰に手をやりながら立ちあがったポーラは、慌ててぶつかった相手の少年に謝罪した。

「すみません、私ちょっとボーッとしてて……」

「あ、ああ、いいよ。俺も不注意だったし」

相手の少年が手を振っていると、彼の後ろから友人らしき少年が駆けてきた。

「あれ、どうしたの?」

「ああ、ちょっと、この娘とぶつかって……」

「ふ〜〜〜ん。……まさかワザとじゃないよね?」

「ばっ!……な、何で俺がワザと女の子とぶつかんなきゃなんないんだよ!?」

「う〜〜ん、出会い作り?」

「するか、そんなもん!!」

少年達は傍にいるポーラの存在など忘れてしまったかの様に、言い争いを始める。

その様子を何となく眺めていた彼女だったが、ふとサイフに目をやった瞬間、悲痛そうな声を上げた。

「!?……ああっ!!」

「……ど、どうしたの?」

「お金が……」

「……えっ?」

慌てて少年達もサイフの中に視線を送る。すると、その中には何一つ入っていなかった。

「確かまだ……数ドル残ってたのに……」

「ま、まさか……さっき俺とぶつかった時に……?」

「まさかも何も、それしかないと思うけど? 多分、あそこに……」

言いつつ少年が目を向けたのは、道の端にある細い排水溝。咄嗟にもう一人の少年がそこに駆け寄り、蓋の隙間から中を覗きこむ。

「……やっぱりかよ……お金がいっぱい落ちてる……」

「ほらね」

「くっ……駄目だ。重いから蓋は開かないし、手も入らないぞ」

「……どうしよう。今月のお小遣い、あれで全部なのに……」

途端にポーラは、今にも泣き出しそうな声を出して俯く。

それを見て、二人の少年達は慌てた様に額を合わせ、小声で話し始めた。

(ち、ちょっと、どうするの? 泣きそうじゃんか、あの女の子)

(ど、どうするって……どうすればいいんだよ?)

(さあ?)

(さあ…ってお前なあっ!)

(まっ恍けるのはさて置き……なんか奢ってあげたらいいんじゃない?)

(な、成程。それはいいかもな!)

(でしょ? そしてあわよくば、ここぞとばかりにお近づきに……)

(オイッ!!)

思わず相手を小突きながら、少年はクルリとポーラの方に向き直った。

「あ、あのさ。お金の事、ゴメンな。それで、お詫びと言っちゃ何だけど……ハンバーガーでもどう? 勿論、俺らが奢るからさ」

「えっ? いいんですか?」

「ち、ちょっとちょっと! 何で僕まで奢ら……アイテッ!」

「お前は黙ってろ!!……当然さ、俺達が悪いんだからね」

「で、でも…」

「遠慮なんていいって。ホラ!」

「きゃっ!!」

業を煮やした少年は、躊躇いがちのポーラの腕を掴み、ハンバーガーショップまで連れて行こうとした……のだが、この行動が不味かった。

傍から見れば、『嫌がる女の子を無理やり連れて行こうとしているナンパ男』に見えたに違いない。

いや、少なくとも、たまたまこの場所を通りかかった、一人の少年にはそう見えたに違いなかった。

「あれ〜〜?」

恐ろしくドスの効いた声が聞こえ、その場にいた三人は思わず身を竦ませる。

「……何やってんだ? リウス? カユラ?」

(こ、この声は……?)

(ま、まさか?……って言うか、な、何で僕まで含まれてるの?)

(もしかして……?)

その声は三人とも、非常に聞き慣れた声であった。

二人の少年――リウスとカユラはギギギギと言う擬音が聞こえてきそうな程に、ぎこちなく振り返る。

対してポーラは、驚きとも喜びとも言えぬ表情で振り返った。

「「……ネ、ネス先輩」」

「ネス!」

「ポーラ、久しぶりだね。……それと……」

((ギクッ!))

「まっ、積もる話はハンバーガーショップに行ってからにしようか?」

トレードマークと言うべき赤い帽子の鍔を整えながら、ネスは人懐っこい……それでいて怒りを秘めた笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、ポーラとは偶然ぶつかっただけで、お金を無くさせてしまったお詫びに食事に誘ったと?」

ポテトを頬張りながら、ネスが疑いの眼差しでリウスに尋ねると、彼は冷や汗を掻きながら捲し立てる。

「ほ、本当ですってば! お、おいカユラ! お前からも何とか言ってくれよ!!」

「いや、何とか言ってたって……僕、その時の事は見てないし。偶然がワザとかは……」

オレンジジュースを飲みながら、あっけらかんと言ったカユラに、思わずリウスは怒鳴った。

「お前なあっ! こういう時は嘘でもあれは偶然だったって……あっ……」

「へえ〜〜?」

「い、いや、あの……ほ、本当に偶然だったんですってば!!」

「ムキになる所が怪しいよね」

「お前はどっちの味方だ!? ああもうっ! ええっと、ポーラさんでしたっけ? 貴方からも言ってください!!」

「えっ? え、えっと……」

話に入っていけず、ボソボソとハンバーガーを食べていたポーラは、いきなり話を振られて面食らった表情をする。

そして先程と違って明らかに不機嫌面のネス、藁に縋る様な目でこちらを見ているリウスを交互に見比べ、苦笑交じりに答えた。

「……本当よ、ネス。偶然ぶつかっただけなの」

「ふ〜ん……まあ、ポーラがそう言うなら、間違いないかな。疑って悪かったね、リウス」

「はあっ……本当に、寿命が縮まるかと思いましたよ」

げっそりした様子で深く椅子に腰掛けたリウスは、安堵の溜息をつく。

「それにしてもネス……この二人って……」

「ああ、学校の後輩。ついでに言うと、野球部所属」

彼女の言葉を先取ったネスは、モグモグと口を動かしながら事も無げに答えた。

「……そうだ。せっかくだから、紹介しとくよ。そっちの金髪の方がカユラ。それで、君をナンパしようとした茶髪の方が……」

「ネス先輩!!」

「冗談だ、怒るなよ。ともかく、こっちがリウス。出来れば覚えてあげて」

「うん。よろしくねカユラ君、リウス君」

「あっ、こちらこそ」

「……よろしくお願いします」

愛想よく返事をしたカユラとは対照的に、リウスは畏まった態度を取る。尤も、先程の一悶着の事を考えれば、無理も無い事だが。

「そう言えばポーラ、君どうしてオネットに?」

「ああ、それは、ちょっとゲームセンターに。……結果は芳しくなかったけど」

「ははっ。まっ、何事もそう簡単に上達する物じゃないさ。この二人だって、野球の進歩はゆっくりしてるもんなあ」

からかいの様なネスの発言に、リウスとカユラは揃ってムッとした表情をした。

「ちょっとネス先輩。それは酷いんじゃないですか? これでも俺達、一生懸命練習してるんですから!」

「そうです! もう随分強くなったんですよ!?」

「……あ、そう。なら、もう僕が助っ人する必要は……」

「「ゴメンなさい! 俺()達はまだまだです!!」

間髪入れずに頭を下げた二人を見て、ポーラは思わず吹き出しそうになるのを必死に堪える。

暫くして、どうにか爆笑する事を押し殺した彼女は、クスクスと笑みを零しながら、ネスに話しかけた。

「相変わらず大変みたいね、野球部の助っ人は」

「全くだよ。早いとこ僕がいなくても勝てる様になって欲しいよ」

「あら? それは暗に自分が凄いって自慢してるの?」

「えっ? あ、いや……」

虚をつかれて困った表情をしているネスを見て、リウスとカユラは物珍しそうに思いながら顔を見合わせる。

(……先輩のあんな顔、初めてみたよな)

(うんうん。やっぱり先輩も、彼女には敵わないみたいだね)

(ああそういや、お前もマラットちゃんに、頭が上がんないもんなあ……よく分かるって奴か?)

(う……それは言わないでよ)

「?……どうした二人とも? 何の密談だ?」

こちらに気づいたネスが不思議そうに尋ねてきたので、二人は慌てて彼に向き直った。

「い、いえ! 別に……」

「そうそう! 何でもないです」

「……ふ〜ん」

ネスは少々訝しげな視線を向けたものの、それ以上追求しようとはせず、ハンバーガーに噛り付く。

それを見て、気づかれないようにホッと溜息をついてリウスだったが、ふと思い出した様に口を開いた。

「あっ、そうだ。先輩、前々から言おうと思ってたんですけど……」

「モグモグ……野球部に入ってくれってんなら、願い下げだよ」

にべもない返答に、リウスは思わずズッコケそうになる。そして、何とか持ちこたえると、不服げな顔で口を尖らせた。

「ち、ちょっと! まだ何も言ってないじゃないですか!」

「……違うのか?」

「……いいえ。……何で分かったんですか?」

「分からない方が変でしょ? ここ最近、ずっと言ってるんだから」

カユラにまで余計なダメ押しをされ、ムッとしたリウスは彼を睨み付ける。

「何だよ、その言い草は? お前だって、先輩に入って欲しいって言ってたじゃねえか」

「そりゃ、そうだけど……ここまで頼んで無理なら、もう諦めた方がいいんじゃない?」

「何言ってるんだ! ここで引き下がっちゃなあ……」

論争を始めた二人を眺めながら、ポーラはそっとネスに耳打ちした。

(ねえ、ネス……どうして入ってあげないの、野球部?)

(……勉強があるからに決まってるだろ? だたでさえ、あの冒険のおかげで皆より遅れてるんだから。部活してる暇なんか無いんだよ)

(でも……あんなに困ってるんだし……)

(気にしなくていいって。時々助っ人はしてるんだしさ。それに……)

そこまで言って、ネスは急に真面目な表情でポーラを見つめる。その途端、彼女の心臓はドクンと跳ね上がった。

(ネ、ネス……?)

(大切な人との時間を、減らしたくないんだ。トレーシーやママも、長い間僕がいなくて寂しい思いをしていた。だから、これからは出来る限り

家族との時間を増やして生きたいんだよ)

(ネス……)

(それから勿論ポーラ、君との時間もね。そうでなくても、今はお互いの生活の違いで、中々会えないだろ?だからこそ……自由な時間を

出来るだけ作っておきたいんだ。……我侭かな、これって?)

(……ううん)

そっと彼の手を握りながら、彼女は瞳に涙を溜めながら囁く。

(そんな事ないわ。……私、嬉しい。ネスがそこまで考えててくれてて……)

(……ポーラ)

 

 

 

 

 

 

 

(……オイ。お前なんとかしろよ、あの二人)

(ヤ、ヤダよ! リウスが何とかしてよ!!)

とうの昔に論争を止めていたリウスとカユラは、目の前で自分達の世界に浸っている二人を見て溜息をつく。

(……ああ〜どうにかしてくれ、この空気)

(うう〜……胸焼けしてきた)

先程までは苦いと感じていたコーヒーや酸っぱいと感じていたオレンジジュースも、今はとんでもなく甘く感じる。

出来る事なら一刻も早く、この場を去りたいと切に願う二人だったが、状況がそれを許してはくれなかった。

((……奢るって事に、なってるんだもんなあ〜〜))

そうなっている手前、勝手に出て行く事は許されない。それは重々分かっている二人ではあったが、やはりこの場は居心地が悪い。

(何時の間にか、ギャラリーが湧いてるし……気づいてないんですか、この二人は!?)

(何で僕がこんな……元はといえば、リウスがポーラさんにぶつかったせいで……)

それぞれ心の中で、叫ぶリウスに愚痴るカユラ。当然、誰も答えてくれるものはいなかった。

――――結局、この二人が開放されたのは、それから一時間後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

か、かなり遅くなりましたが、8000のキリ番小説です()。リク内容は、『ネスポラで激甘め』でした。

ちなみに、今回だけのオリジナルキャラ―――リウス・カユラ・マラットですが、この三人の名前は某ゲームの某キャラを

捩ったものになっています。……分かる人には、すぐに分かると思いますが()

キリ番ゲットの方、リクエストどうもありがとうございました。では。

 

 

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