〜驚きと幸せの朝食〜
ネスは、朝に弱い。
低血圧だとかそう言ったものではなく、単純に眠気を振り払って起きる事が出来ないのだ。
平日はまだ頑張って起きようとするのだが、休日となるとそれはもう酷いものである。
放っておくと、昼過ぎまで起きてこない事など日常茶飯事なのだ。そんな訳で、休日の朝は必ず誰かがネスを起こしにくる。
大半はママが起こしにくるのだが、時々トレーシーだったり、極稀にチビの場合もあるのだ。
「ネス」
「お兄ちゃん!」
「ワンワンッ!(朝だ、起きろ!)」と三者三様の声が聞こえると、ネスはようやく夢の世界から現実に戻ってくる。
それから暫くボンヤリとした後、フラフラとベッドから抜け出し、朝の身支度を始めるのが、彼の休日の朝のスケジュールだ。
そして今日は日曜日。ネスは今日もそんな遣り取りで一日が始まると思っていた。――――ところが……。
(……う……ん? 朝か?)
珍しく誰かが起こしに来る前に目が覚めたネスは、シーツに包まりながらボンヤリと考える。
(たまには自分で起きようかな?……まっ、いっか。どうせ誰かが起こしに来るし……)
殊勝な提案は一瞬で姿を消し、彼は再び夢の世界へと沈んでいこうとした。
と、その時、微かに階段を上る足音が聞こえてきて、ネスは不機嫌そうに眉を顰める。
「……もう起きる時間? あ〜〜あ、二度寝したかったなあ……」
最早これ以上安らぎの時間を過ごす事は不可能だと判断した彼だったが、それでも自分から身を起こそうとはしない。
せめて、起こされるその瞬間まで眠っていたい……そう思っているからだ。
階段を上っていた足音が、今度は廊下を歩く足音へと変わる。その足音から、ネスは誰が起こしに来てるのかを推理してみた。
(足音からして……チビじゃないな。アイツはもっと勢いよく上ってくるし。ってことは……ママかトレーシーのどちらか……)
――……まっ、第一声で分かるよな。
かなり近づいてきていた足音が止み、続いてドアノブを回す音が聞こえる。
そして、ゆっくりとドアが開き、入ってきた人物はやや遠慮がちに口を開いた。
「ネス……」
(……今日はママか……ん? でも、それにしちゃあ、何だか控えめな感じがするっていうか……)
「ネスってば、そろそろ起きて。朝ご飯出来たわよ」
(?……よく聞いたらママの声じゃないぞ、誰だ?)
不思議に思ったネスは、いつもとは打って変わってアッサリと身を起こす。そして、目の前にいた人物を見て、納得した様に頷いた。
「あれっ?……何だ、ポーラじゃないか」
見慣れた金髪に赤いリボン。それは見間違え様も無く、自分のガールフレンドのポーラその人だった。
「う、うん……起きた?」
「ふわああ……何とか」
緊張しているポーラを余所に、彼は大きな欠伸をした後、ゆっくりとベッドから抜け出す。
「朝御飯出来てるんだよね? 今日のメニューは何?」
「え? えっと……小母様から言われて、いつもネスが食べてるのを……」
「成程……御馴染みのか……」
そう呟きながら、ネスは何事も無かった様に自室を出て一階に向かう為、階段へと足を運ぶ。
目を擦りながら、フラフラと歩く様子を見るに、まだ完全には覚醒していない様だ。
(にしても……珍しいて言うより初めてだな、ポーラが起こしに来るの)
ふとそんな事を考えながら歩を進めていた彼だったが、階段に差し掛かった所で思わず足を止めた。
(……あれ?)
――……何で、ポーラが起こしに来るんだ?
「…………」
そのまま暫く、ネスは時が止まった様に硬直していたが、やがて全てを理解し、真っ赤な顔で後ろに振り返る。
「ポ、ポーラ!?……って、うわあっ!?」
「きゃあっ!……ネ、ネス、大丈夫!?」
「……ッテテテテ」
振り返った弾みで、一階まで転げ落ちてしまったネスは、その痛みによって完全に目が覚めた。
「ネス。飲み物はジュースかミルク、どっちにするの?」
「……ミルクがいい」
「ハイ、どうぞ」
渡されたミルクパックを受けとり、ネスは中身をトクトクとグラスに注ぐ。
その様子を見ながら、ポーラは綺麗に朝食のメニューをテーブルに並べた。
「それにしても、ネスって朝から良く食べるのね。小母様に言われた通りの量だけど、私の倍以上あるわよ」
「……まあ……食べないと元気でないし」
未だに現実を受け入れがたい彼だったが、空腹には耐えられず、目の前のバスケットに盛られたクロワッサンを口元に運ぶ。
暫くモグモグと口を動かした後、ネスは改めてポーラに質問した。
「……ポーラ、質問していい?」
「えっ?……ああ、何で私がいるかって事?」
向かい合う形で朝食を食べていた彼女は、すぐに彼の疑問を察して説明をする。
「大した事じゃ無いわ。小母様がね、『今日はトレーシーと朝から出掛けるの。おまけにチビも、お医者さんに連れて行かなきゃいけなくて。
悪いんだけど、うちのお寝坊さんのお世話してもらえないかしら?』って、電話が掛かってきたのよ。それで来たって訳」
「出掛けるって……何処へ?」
「買い物って言ってたけど……場所は聞いてないわ」
「買い物?……ああ確か昨日の夜、どっかで午前中にバーゲンやってるとか言ってたなあ」
十中八九、それが出掛けた目的だろう。――――しかし、だからと言って、どうして自分の世話をポーラに頼んだりするのだろうか?
十数年間付き合ってきた息子でさえも、時々理解し難い言動をする母親である。
(まさかとは思うけど……変な気を回してるんじゃないだろうな……)
ふと頭の中に浮かんだ考えに、一瞬ネスは顔を曇らせる。
ギーグとの戦い以降、ママは(ついでにトレーシーも)何かにつけて、自分をポーラの仲を進展させようと目論んでいる節がある。
わざわざポーラスター幼稚園までお使いをさせたり(しかも、内容はただの手紙)、何の理由もなしに彼女を食事に招待したり
(ママに言わせれば、ネスが今もこれからも世話になる礼との事)等、数えだしたらキリがないのだ。
恐らく、今回の事もその類の事だろう。ネスはそう判断した。
「……よけいなお世話だよ、全く」
「?……ネス、何か言った?」
「えっ? ああ、な、何でもない!」
知らぬ間に呟きが漏れていたらしく、ポーラに尋ねられた彼は、慌てて手を振って誤魔化す。
(まっ、別に悪い気はしないし……良しとするか)
――……あの二人に思惑通りになるのは嫌だけど。
そうネスが心で呟いた瞬間、買い物中のママとトレーシーは、揃ってクシャミをした。
「ご馳走様」
暫くして、ポーラの朝ご飯を綺麗に平らげたネスは、律儀に手を合わせてそう言う。
「……本当に良く食べたわね。正直、少しは残るかなって量だったんだけど」
「全然そんな事ないよ。これくらいは軽いもんさ」
「太るわよ?」
「大丈夫。僕、あんまり太らない体質だから」
「……羨ましい体質ね」
本当に羨ましそうに呟いたポーラに、彼は軽く笑みを浮かべた。
それから当たり前の様に食器を流し台に運んでいこうとしたが、同時に彼女から声を掛けられる。
「あっ、ネス。後片付けは私がするから……」
「いいって。食事作ってもらっといて、片付けまでさせる訳にはいかないよ。……どうせ、いつも僕が片付けやってるんだし」
そう言い、慣れた様子で食器を洗い出したネスを何となく眺めながら、ポーラは感嘆の声を漏らした。
「へえ、凄いじゃないネス。洗い物出来たんだ」
「……それくらい出来るって。そんな驚く事じゃないだろ?
そう言ってる間も、洗い物をする彼の手は止まる事は無い。
数分後、ピカピカに食器を洗い終えたネスは、大きく息をついた。
「はあっ、終了っと」
「ふふ、お疲れ様、ネス。……はい、これ」
「あっ、ありがとう」
差し出されたジュースを受け取り、彼は美味しそうにそれを喉へと流し込んでいく。
しかし、不意にポーラが「っ……!」と何かに気づいた様に顔にしたのを目にし、ネスは不思議そうに尋ねた。
「?……ポーラ、どうしたの?」
「えっ?……あっ、べ、別に!……その……」
「……?」
今度は顔を真っ赤にしてモジモジしだした彼女に、彼はますます不思議に思って首を傾げる。
すると、ポーラが意を決した様に口を開いた。
「あ、あのね、ネス? ご、誤解しないで聞いてね?」
「?……何を?」
いきなり突拍子もない事を言われ、キョトンとした顔をしたネスに、ポーラは遠慮がちに口を開いた。
「そ、そのね……ち、ちょっと思っただけなんだけど……こういう風に、私がご飯作ってネスが後片付けするのって……」
「するのって?」
「……し……し……」
「し?」
サッパリ彼女の言いたい事が分からず、彼は何となく飲みかけのジュースを再び口へと運ぶ。
と、それとほぼ同時に、彼女はこれ以上無い程の爆弾発言をした。
「新婚さん……みたいだなって……」
「ブッ!?」
「きゃあっ!? ネ、ネス……!?」
「……ゲ……ゲホッ……ゴホッ……!!」
思いっきりジュースが気管に入ったらしく、ネスは身体を丸めて盛大にむせだした。
「だ、大丈夫!?」
「ゲホゲホッ……だ、大丈夫じゃない……色んな意味で……」
彼がそう言った瞬間、玄関のドアが開く。
「ただいま〜〜〜! ポーラちゃん、どうもありが……あら?」
「お、お兄ちゃん!? ど、どうしたの、何でむせてるの!?」
――――この後、騒ぎはママとトレーシーも巻き込んで、一時間ほど続いたとの事である。
あとがき
という訳で、9140のキリ番小説でした。
内容は『ネスとポーラのめちゃ甘』という物だったので、ふと思いついたこんな話に(汗)
正直、めちゃ甘かどうか分かりませんが、少しでも楽しんで頂いたら幸いです。リクエストありがとうございました。では。