〜草原の兄妹…風の姉弟(前編)〜

 

 

 

――――草原の国・フォルセナ。

「……痛っ!」

居間で暇つぶしがてら愛剣を研いでいたデュランだったが、珍しく手元を誤って指を切ってしまい、思わず声を漏らした。

「?……デュラン、大丈夫かい?」

「あ、ああ……」

伯母であるステラが尋ねると、彼は切った指を口に咥えながら返事をする。

「あんたらしくないね。どっか具合でも悪いんじゃないかい?」

「いや、大丈夫。ちょっと……ボンヤリしてただけだから」

その言葉に、今度は妹のウェンディが反応し、口を開いた。

「へえ〜〜珍しい。お兄ちゃんが剣の手入れ中にボンヤリするなんて」

「……お前なあ」

思わずジト目で妹を睨み付けるが、当のウェンディは何処吹く風といった表情でミルクを飲んでいる。

それを見て反論する気を失くした……いや、そもそも反論できる材料もなかったデュランは盛大に溜息を吐いた。

「はあっ……」

すると、もう手入れする気も失せたのか、彼は剣を傍らに置くとソファに寄りかかって茶を飲み始める。

その様子を眺めながら、ステラはもう一度デュランに尋ねた。

「デュラン。あんた本当に大丈夫かい? 何だか最近、元気が無い様な気がするけど……」

「……大丈夫だって、伯母さん。本当にただボンヤリしてただけだって」

「ならいいんだけど……」

とりあえずそう言ったものの、ステラはどうも腑に落ちないのか、曇った表情を浮かべる。

……と、そんな伯母と兄を暫く交互に眺めていたウェンディが、突如として素っ頓狂な声を上げた。

「あっ、そっか!」

「ん?」

「ウェンディ? 何だい、その『そっか』は?」

同時に反応した二人に……どちらかと言えばデュランの方に視線を向けながら、ウェンディは呆れ気味に言った。

「確か、もうすぐだったっけ? ローラントからリース王女が来るのって」

次の瞬間、デュランは口に含んでいた茶をものの見事に噴き出す。

その飛沫にかかったウェンディは、大袈裟に手を振り回しながら非難の声を上げた。

「ちょ、や、お兄ちゃん! 汚いじゃない!!」

「げほっ……ごほっ……お、お前が変な事言うからだろうが!!」

そんな甥っ子の様子を眺めながら、ようやく事情を悟ったステラは両手を腰に当て、心底呆れた口調で言う。

「やれやれ、またかい?あんたって子は……いい加減に慣れたらどうなんだい?」

「そうそう。もう何度も会ってるんでしょ? 緊張する事無いじゃない」

「……放っておいてくれ。自分でもおかしいと思ってんだから」

そう言って、デュランは力無くテーブルに突っ伏した。

 

 

 

 

 

 

――――三十分後。

二階の自室へと引き上げたデュランを他所に、ステラとウェンディは茶と菓子を片手に話し合っていた。

何について話し合っているかと言うと……無論、デュランの事である。

「本当にデュランと来たら……まあ、相手が王女様じゃ仕方ないとも思うんだけどねえ」

げんなりと溜息をつきつつ菓子に手を伸ばしたステラに、ウェンディは茶を口に運びながら尋ねる。

「お兄ちゃんとリース王女って……お兄ちゃんが旅に出てからすぐに知りあったんだっけ?」

「ああ、あの子はそう言ってたね。それで、以降ずっと一緒に旅してて、そのうちに……らしいけど。」

「……ふ〜〜〜〜ん」

曖昧な伯母の言葉に、ウェンディは何気なくそう呟く。どうも、あまり納得していない様である。

実はこの二人、当の本人から聞かされた今でも、デュランとローラント王女のリースが恋仲であると、信じきれていなかった。

まあなにせ、あの『デュラン』がである。

かつては『ひたすら剣術、剣術、剣術で、短気なのも手伝って周りから危険人物とされていた』彼が、

旅から帰ってきたら『清楚で可憐な他国の王女と恋仲になっていた』とは、にわかに信じがたい話であるのは致し方ないだろう。

「しっかし、もうそういう仲になってから随分経つんだろうに……あの調子は無いと思わないかい?」

「う、うん……まあ……」

疲れきった感じのステラの問いに、今度はウェンディが曖昧な言葉を発した。

『あの調子』とは、言うまでも無く先程のデュランの様子の事である。

彼は月に一度、リースがフォルセナに国務で来訪する数日前になると、決まって私生活がギクシャクし、些細なミスを犯しがちになるのだ。

その理由をデュランは決して語らないが、ウェンディとステラには分かりきっている。

要は、極度に緊張しているのだ。……恋人との、月に一度の逢瀬に。

「やっぱり、普段滅多に会えないのが、問題なんじゃないのかなあ?」

ウェンディが独り言の様に呟くと、ステラも納得した様に溜息をつく。

「かもしれないね。でもねえ、それは仕方ないんじゃないかい?お互いに忙しい身分だから……」

「そっか……そうだよね」

方やフォルセナ剣士の最高位である聖騎士、方やローラント国の王女とくれば、忙しくなるのは如何ともし難い事だ。

因みに件のフォルセナ来訪は、そんな二人の為にせめてもと、英雄王リチャード(ひいては城の者全員)が懸命の努力によって根回ししたものなのだが、

当然その辺の事情をこの二人は知らない。

(けれど……実際の所、どこまで進展してるんだか……)

ふと遠くを見る様な眼をしながら、ステラは考える。

リースがフォルセナに来訪した際に、デュランと顔を合わせるのは城内であるから、彼女は直接二人の仲を確認した事が無い。

だからこそ、未だ二人が恋仲である事を信じきれずにいるのだ。

まあ、会った後にデュランは決まって満足気な顔をしているし、リースも変わらず来訪している事から、破局にはなっていないのだろうが。

(……何とか、確かめられないものかねえ……)

上の空で茶を飲みつつ、ステラは心の中で呟く。

育ての親としての、子の恋路を心配する親心。そして一人の女としての、他人の恋路に対しての野次馬根性が、その呟きには含まれていた。

一方のウェンディはと言うと、不意に口を閉ざし中空を眺めている伯母を怪訝に思いながら、ポリポリと菓子を頬張っている。

……と、そんな彼女に視線を移したステラは、何かを閃いた様な声を発した。

「……そうだ」

「ん?」

いきなり伯母に真顔で見つめられて、ウェンディは一瞬眼を丸くした。

そして、ステラの言葉に、その丸くなった眼はより丸くなる事となる。

「ウェンディ。今度リース王女が来訪した時、あんた見てきてくれないかい?」

「……へっ?」

一瞬、伯母の言う事が理解出来ず、ウェンデイはパチパチと眼を瞬かせながら、脳を働かせる。

(み、見てくる?……リース王女が来訪した時に?……な、何を!?)

内心では疑問の言葉を発しているが、頭の中では何となく理解してはいた。

しかし、それは間違いだ。……いや、間違いであって欲しいと願いながら、彼女は震える声でステラに尋ねる。

「そ、それって……お兄ちゃんとリース王女が会っている所を見てくる……というか覗き見してくる…って事?」

「そうそう。流石にあんたは物分りがいいねえ」

「……」

いともアッサリと返された答えに、ウェンディは暫し絶句する。

しかし、それも束の間、驚愕に顔を引き攣らせながら、彼女は絶叫した。

「え、ええーーーーーーーっっ!!!???」

 

 

 

―――――その叫びに、何事かと思ったデュランが降りてくると、「そんなの無理!!見つかったら大事じゃない!!」

     「大丈夫だって。陛下には話しとくから」等と、意味不明な会話をしている伯母と妹の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――数日後。風の王国・ローラント。

「……っと。こんなものかしら?」

自室に備え付けられた立派な鏡に向いながら、リースは念入りに髪を梳かしていた。

「ふうっ。さてと、後は持っていく書類を……」

そう言いつつ、彼女は机に置いてあった大量の書類を手に取って整えた後、丁寧に鞄へとしまう。

(今回の会議も……長くなりそうね……)

ふと、そんな不満が頭に浮かび、リースは小さく溜息をつく。

まだ次期国王のエリオットが幼い以上、こういう国務は自分の役目だという自覚も責任も持っているつもりではある。

しかし、それでもやはり、長時間ひたすら話し合うだけの時間は退屈だと、感じられずにいられなかった。

更にその時間中は、自分が最も会いたいと願って止まない人物と一切顔を合わせられないとくれば、不満も大きくなってくる。

(今回はどれくらい取れるかしら?……デュランとの時間……)

『聖騎士』という誉れ高き位にいる彼ではあるが、あくまで剣士としてであり、国務に直接関わっている訳ではない。

故にデュランに会えるのは、会議が終わった後の僅かな時間のみなのだ。

(最悪……顔も見ずに帰る事になりそうね)

考えたくない考えが過ぎり、リースはもう一度溜息をつく。

因みに、実際には英雄王リチャードの根回しによって、彼女がデュランと会える時間は毎回確実に用意されているのだが、

当然の事ながらリースがその辺の事情を知る筈がなかった。

……と、その時、ドアがノックされる音がし、彼女は「誰ですか?」と尋ねる。

「リース様。そろそろ出発のお時間です」

「……分かったわ。すぐに行きます」

リースが最も信頼している部下――ライザのドア越しの呼びかけに、彼女はしっかりと鞄を抱えると、徐に部屋を出た。

「今回は、どれくらいの滞在なのですか?」

城外へと出る最中、ふとライザがそんな事を尋ねてきたので、リースは少々怪訝に思いながらも答える。

「多分……いつもと同じくらいじゃないかしら?三、四日だと……でもライザ、どうしてそんな事を?」

「いえ、深い意味はありません。不意にそう思っただけです」

「……そう」

そうこうと会話している内に、二人はいつしか城門へと辿り着いた。

既にリースと共にフォルセナへと同行するアマゾネス数名と、見送りのエリオットが居る。

「あ、姉上。そろそろ出発ですね。いってらっしゃい」

まるで旅行に行く者を見送る様な弟の言葉に、彼女は少し表情を険しくして口を開いた。

「エリオット……くれぐれも私が留守だからといって、学問や武術を怠けるんじゃありませんよ」

「分かってるって。毎回毎回、同じ事言わなくても……」

「言わないと、貴方は何するか分かりません。帰ってきたら、しっかり確認しますからね」

エリオットが言い終わらないうちに、リースは強い口調でそう言う。

別に弟の事を信頼してない訳ではないが、こういう事は多少なりとも厳しく言っておかないといけないと、リースは考えていた。

それは言うなれば、愛情故の厳しさなのだが、果たしてエリオットにはどう捉えられている事か……

「……分かりました」

少々不機嫌そうな声で返事をする所を見るに、やはり良くは思われてはいない様だ。

尤もそのくらいの事は、リースも百も承知の上なのだが。

「ならいいです。……では、そろそろ行きましょうか」

「「「はっ!」」」

彼女の声に、アマゾネス達は揃って答える。

「それじゃエリオット、ライザ。行ってきますね」

「リース様、どうかお気をつけて」

「行ってらっしゃい、姉上。大丈夫だと思うけど、事故とか会わないようにね」

無事を願う二人の言葉に見送られながら、リースとアマゾネス達はゆっくりと天かける道を下っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……行かれましたね」

「……うん」

やがて、リース達の姿が見えなくなった頃、ふと呟いたライザにエリオットは小さく首を振って返事をする。

「さて、エリオット様。貴方様の方も、準備しなければなりませんね」

「……ねえ、ライザ。……本当にやるの?」

恐る恐る彼が聞き返すと、彼女は「当然です」と頷いた。

「エリオット様も、了承されたでしょう?既にモールベアの高原付近に数名の者を配置してあるのですから、今更中止は出来ませんよ」

「そ、それは……分かってるけど……」

気まずそうにライザから顔を背けつつ、エリオットは押しに弱い自分を情けなく思う。

――――……一体何の事かというと、数日前の事。

……。

…………。

「エリオット様。少しよろしいでしょうか?」

「ん? あ、ライザ……どうしたの?」

学問や武術の合間の僅かな休息時間を自室で過ごしていたエリオットは、突然のライザの来室に、少し驚きながらも返事をした。

「エリオット様。もうすぐ何の時期か御存知ですか?」

「え、もうすぐ?……え〜〜〜〜と……」

暫し考えた後、ある結論に辿り着いた彼は「あっ」と手を叩きながら口を開く。

「姉上のフォルセナ来訪の事?」

「そう! それです!!」

答えた瞬間、いきなり顔を近づけてきたライザに、エリオットは面食らって後ずさる。

そんな彼に構わず、彼女は早口で捲し立てた。

「毎月毎月リース様はこの時期になると、時折それはもう幸せそうな微笑を浮かべて……いや、それ自体は結構な事なんですが……

 そうなされる要因が問題というべきか……とにかく! 私は心配で心配でならないのです!!」

「し、心配って……何が?」

話の内容が全く掴めず、エリオットは目を瞬かせながら呟く。するとライザは、殊更語気を強めていった。

「わかりませんか、エリオット様!? 私が言いたいのは……デュラン殿の事です!!」

「へ?……ああ……」

やっと彼女が言わんとしている事を理解し、彼は少々引き攣った顔で口を開く。

「つまりライザは……姉上がフォルセナに来訪している間、デュラン殿と何をしているかが気になる……と」

「そういう事です!」

力強く頷いた彼女を眺めながら、エリオットは内心で溜息をついた。

(まだ納得いってないのかなあ、ライザ……というか、アマゾネス軍の皆……)

姉であるリースが、フォルセナのデュランと親しい仲になっているのは、既に城内の者全員が知っていた。

何しろ他の誰でもないリース本人が公言したのだから、当然といえば当然ではある。

しかし、この事に対して好印象を抱いている者は、極少数であった。

ライザを筆頭とするアマゾネス軍の殆どは、未だにリースとデュランの仲を認めていない(認めたがらない)のである。

その理由は誰も言おうとしないが、エリオットも何となくではあるが察してはいた。

要は、自分達が良く知らない男とリースが親しくしているのが、心配であり気に食わないのであろう。

(……まあ、分からなくもないけど……)

エリオットは頬をポリポリと掻きながら、ふと考える。

実の所、彼自身もほんの少しであるが、ライザ達と同じ感情を持ってはいた。

何せ、今となっては唯一の肉親の姉に恋人が出来たのである。弟としては、やはり気分のよくない事というのは確かであった。

それでも『こういうのは姉上本人の自由だから』と考えられる辺り、エリオットの方がライザ達よりも(この件に関しては)大人といえよう。

「……ット様! エリオット様! 聞いておられますか!?」

「え? あ……ゴ、ゴメン。少しボンヤリしてた。で、何?」

ふと我に返ると、ライザが何度も自分を呼んでいる事に気づき、彼は慌てて返事をする。

それに対して、少し不満そうな表情を示したライザだったが、やがて気を取り直した様に口を開いた。

「ですから、エリオット様。貴方様に少し、お願いがあるのです」

「お願い?……何?」

「ええ。実は……」

「うんうん……っ!? え、ええ〜〜〜〜〜〜〜!!!???」

……。

…………。

「……はあっ」

回想を終えたエリオットは、盛大な溜息をつく。

つくづく、とんでもない事を引き受けてしまったものだと、彼は今更ながら後悔していた。

「えっと……はい、エリオット様。これをお召しになって下さい」

そう言うライザから手渡されたのは、ごく普通の子供服だ。

尤も、庶民の視点から見た『普通』であり、エリオットからすれば、初めて見る様なデザインの服であった。

(こんな服、城にあったっけ?まさか……ライザから誰かが作ったとか?)

内心でエリオットはそんな事を思いながらも、エリオットはその服に着替える。

「あ……これ、いいな」

いつも着ている窮屈な服とは違い、とても楽な着心地に、彼は素直な感想を漏らした。

そんなエリオットを見て、ライザを腰に手を当てながら、満足げに頷きながら櫛を取り出して言う。

「さてと……これで後は、少し髪型を変えて……」

「そ、そこまでするの?」

「当然です。徹底的に行わないと、リース様に感付かれるでしょう?……そしたら大事ですよ?」

「う……」

確かに『コレ』が、姉に気づかれでもしたら大事も大事だ。

考えたくない考えが頭に浮かび、エリオットは懸命にそれを打ち消しながら、ライザに髪を弄られる。

やがて、少しボサボサした髪型にされた彼は、必要な手荷物を渡され、外へと連れ出された。

するとそこには『翼ある者の父(なのだが何故か雌)』のフラミーが居て、エリオットの姿を見定めると、甲高い鳴き声を上げる。

……どうやら、既に事情は把握している様子だ。

(ひょっとして……フラミーも心配なのか、姉上が?)

そんな些細な疑問を抱きながらも、彼は割りと身軽な動作でフラミーの背に乗った。

(いよいよ出発か……ああ、なんか心配だなあ。上手くいくかなあ?)

「ではエリオット様。くれぐれもお気をつけて下さいませ」

複雑な彼の心境を知る筈もない(多少気づいているかもしれないが)ライザは、礼儀正しく頭を下げる。

「ライザ……本当に大丈夫なんだよね?」

「ええ、それは責任を持って保障致します。先日内密でフォルセナに文を贈った所、あちらも全面的に協力してくれるとの事です」

「そ、そう……」

――……こんな事に全面的協力って……いいのかな?

一瞬そう思ったエリオットだが、ここまで準備されているのならやるしかないと腹を括る。

「それじゃ、ライザ。行ってくるよ」

「はい。行き先はフラミーにしっかり指示しておきましたから、その点はご心配なく」

「分かった。じゃあフラミー……行って」

エリオットが声を掛けると、彼女は軽く鳴いた後、フワリと軽く宙へと舞い上がる。

そして、文字通り風の様な身のこなしで、ローラント城から飛び立っていた。

 

 

 

―――――こうした背景の下に行われる今度のフォルセナ会議であるが……それがとんでもない事態になる事を、今はまだ誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

お久しぶりの聖剣3の小説です。……と言っても、まだ前編だけのUPですが()

本当は後編も同時にUPしたかったんですが、悠士の都合上により断念……スイマセン<m(__)m>

肝心の内容ですが、タイトルからも分かるとおり、デュラン&ウェンディとリース&エリオットの話です。

詳しい所は、後編UPの際に話しますのでご了承を。では。

 

 

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