〜世界の後に、救うは仲間(6)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も多忙な一日が終わり、自室に戻ったシャルロットは大きく息を吐いた。

光の司祭としての生活もすっかり慣れたものだが、疲れる事には変わりない。

むしろ最近は新人の神官達の教育や指導もしなければならなくなり、昔と比べて心身の負担も大きくなっていた。

それでも彼女は匙を投げることなく、ウェンデルの長としての責務を果たし続けている。辛さは勿論あるが、それ以上に遣り甲斐や幸せを感じているからだった。

(あれから、世界を巻き込むような騒乱も起こってないですし、これもひとえにあたしの頑張りのおかげですよね)

そんな風に自画自賛していた彼女の耳に、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「司祭様、お疲れ様です。お仕事が終わったところで申し訳ないですけど、ちょっといいですか?」

「ミック? いいですよ、どうしたんです?」

シャルロットが返事をすると、すっかり青年となった子分が気まずそうにドアから顔を覗かせる。

「いえ、あの、まだエアリが戻ってきてなくて……」

「……はあ……またですか」

盛大に溜息をつきながら、シャルロットは腰を上げる。まだ部屋着に着替えていなかったのが、不本意にも幸いした。

軽く身だしなみを整えた後、彼女は自室を出ながらミックに確認する。

「今日のエアリの仕事はなんでしたっけ?」

「参拝者の道案内です。少し前に、本日最後の人を送っていったきりで……」

「一応訊くですけど、その人は男です?」

「……はい」

「っ……ちょっと遅くなるかもです」

シャルロットはそうミックに告げると、頭痛を感じながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に時刻はウィスプからシェイドに変わろうという頃合い。

徐々に闇が支配していくウェンデルを、シャルロットは目当ての人物を探しながら歩いていた。

(今までのパターンからして、大体滝の洞窟の前くらいですかね)

過去を振り返りながら歩を進めていると、程なくして目的地へと辿り着く。

ウェンデルの玄関口ともいえる滝の洞窟。その洞窟の前で、予想していた通り二人の人物を見つける事が出来た。

―――参拝者と思わしき年配の男性に、茶の髪を靡かせた可憐な少女。

どうやら会話をしているらしいが、まだ距離がある為に内容までは聞こえない。ただ二人の表情から、男性が少女に迫っている事だけは容易に推測できた。

(予感的中、です)

シャルロットは辟易しながら二人に近づくと、わざとらしい咳払いで自らの存在をアピールする。

すると彼女に気づいた二人は、揃って驚きの声を上げた。

「え? シャルロット様?」

「ひ、光の司祭様!? な、なんでわざわざこんな所まで……」

「あら、ウェンデルは私の庭みたいなものですよ。そんなに不思議な事でもないでしょう?」

余程後ろめたい事があるのか狼狽し始めた男性に、シャルロットは自分でもわざとらしいと思える笑みを浮かべながら詰め寄る。

「それよりも、うちの神官に何か御用ですか? これはまだ見習いですから、あまり人様のお役に立てない筈なのですが?」

「い、いや、その……し、失礼しました〜〜!!」

「え? あ、あの帰り道のご案内は……?」

冷や汗を流しながら脱兎の如く滝の洞窟へと逃げていった男性の背に、少女――エアリがたどたどしく声を掛けた。

が、どうやら聞こえていないのか男性は振り返る事もなく、瞬く間に洞窟内へと消えていく。その様子を見送ったエアリは、キョトンとした表情で小首を傾げてみせた。

「不思議な方ですね。道案内が必要と仰っていたのに」

「はあ……エアリ、あんたさんねえ……」

全く持って事情を理解していない愛弟子に、シャルロットは盛大な溜息と共に振り返る。

「何回同じパターンを経験したら学習するんですか! 一人で男の人についていったらダメだって、いつも言ってるでしょうに!」

「え、ですが、帰り道の案内を頼まれた以上は……」

「それはあんたさんの仕事じゃないです! 大体あんたさん、滝の洞窟に入ったのなんて数えるくらいしかないでしょうに! 道案内なんて出来ると思ってるんですか?」

少々きつくシャルロットが𠮟りつけると、エアリは身を竦ませつつオロオロと弁解する。

「そ、そう言われると、その……で、でも困っている方を放っておくわけにも……」

「っ……その心構えは立派なんですけどねえ……ま、とにかく戻るです。もうすぐ日も暮れるですからね」

「は、はい!」

ぎこちないながらも力強く返事をしたエアリは、神殿へと戻り始めたシャルロットの後ろをトコトコとついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの動乱から、そしてその後に待っていた面倒事から、幾許かの年月が流れていた。シャルロットは相変わらず光の司祭として、ウェンデルの長を務めている。

容姿も美少女から美女へと評されるようになるまでに成長し、大勢の部下や弟子を抱えて多忙な毎日を過ごしている。

そんなシャルロットが一際眼を掛けているのが、デュランとリースの娘であるエアリだった。

両親揃って武闘派である彼女は、生まれた時から周囲にゆくゆくは一流の戦士になるだろうと噂されていたのだが、当の本人にその気はなかったらしく信仰の道を歩んでいる。

そうなったのは、ひとえにシャルロットの存在が大きかった。

名付け親として暇を見つけては、あるいは無理やり作り出しては会う機会を設けていたからか、エアリはシャルロットに多大な敬愛を抱くようになった。

その影響もあってエアリは、幼い頃から聖職者になりたいと頻繁に話していたらしい。

そんなエアリの気持ちを汲んで、デュランとリースは彼女が十五歳になったのを機にウェンデルへの留学の申し込みをシャルロットへと送ってきた。

無論、シャルロットにその頼みを断る理由はなく、エアリは神官見習いとしてウェンデルへと移り住むようになったのである。

両親に似て真面目さとストイックさ、更に頑固さを併せ持つエアリは熱心に修行に励み、既に神官としての将来を嘱望されつつある。

シャルロットも光の司祭として、そして名付け親として嬉しい限りであった。

――――しかし…………。

「結局大丈夫だったんでしょうか? あの方……」

神殿から戻った後、二人でお茶会をしている最中に、エアリは遠くを見ながら呟く。

そんな彼女を見て、シャルロットは大袈裟な溜息をついた。

「あんたさん、そういう台詞を今まで何回言ってきたです?」

「え? わ、私そんなに似たような事を言ってましたか?」

まるで自覚がないらしく、エアリは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で小首を傾げてみせる。シャルロットは呆れ交じりの笑みを浮かべながら、その顔を眺めた。

髪こそデュランの茶色だが、髪の質や顔立ちはリースに良く似ている。要するに、美少女なのである。

その為か最近ウェンデルには御祈りや懺悔なのではなく、エアリが目的で訪れる者が少なくなかった。そしてあわよくばお近づきになろうと、下心を隠して接触してくる者もいるのである。

先程の男も、きっとその類であろう。だからこそ光の司祭であるシャルロットに出くわすや否や、自身の邪な心を自覚して逃げ出してしまったのだ。

こういった事も、既に一度や二度ではなくシャルロットは経験している。

なのでいい加減エアリにもその辺りの事を自覚してもらい、もっと注意してもらいたいのだが、悲しいかなその傾向はまるで見られない。

変な所まで母親に似てしまったものだと、シャルロットはしみじみと思うのであった。

(あの時のリースさんも、マイアで男共に次から次へと道を訊かれてたですからねえ……今になってデュランさんの気苦労が身に染みて分かるです。手紙もひっきりなしにくるわけですね)

心の中でそう呟いたシャルロットの脳裏に、自室に積まれているデュランからの手紙の山が思い浮かぶ。

どう見ても筆まめとは思えない彼から、これ程までに手紙が送られてくる理由は、言うまでもなくエアリに関わるものだ。

内容は大体同じで「男に絡まれてないか?」や「男に騙されてないか?」や「男に迫られてないか?」と、とにかくエアリに男が近寄る事を心配しているものである。

それに対してシャルロットは一応「問題ない」と返事をしているのだが、無論事実がそうではない事は分かっていた。

だからといって事実をそのまま書こうものなら、怒り狂ったデュランがフォルセナから押しかけてくるのが眼に見えている。

そんな事になったら大問題だ。最悪今まで愛娘に声をかけた男共を一人残らず切り刻みかねない。

(案の定、親バカになったですからねえ。……ああでも、リースさんも似たようなもんですか。下手したら一緒に押しかけてきたり……ああ、考えただけで胃が痛いです)

既にローラントはエリオットが継ぎ、王室から離れているリースは現在フォルセナで専業主婦となっている。

とはいえ、相変わらず鍛錬は欠かしていないらしく、未だ腕前は衰えていないとのことだ。デュランと併せて、世界最強の夫婦との評判まで流れている。

そんな二人が殺気立ってウェンデルにやってきたらと考えるだけで、シャルロットの胃が痛くなるのも無理からぬ事であった。

(……ってちょっと待つです。もしかしなくても、もうすぐ……)

ふと嫌な事を思い出し、シャルロットは顔を引きつらせる。と、そんな彼女に気づいたエアリが眼を瞬かせた。

「どうしました、シャルロット様?」

「い、いえ、その……確か、もうすぐ“アレ”の日じゃなかったかと……」

「え? “アレ”?……ああ、確か次のマナの祝日でしたね“世界平和祈念式典”。私は今年、主催者側ですから、何だか新鮮な気分なんです」

楽しそうに微笑みんだエアリが両手を合わせるが、シャルロットはそんな彼女に返事をする気にもなれない。

世界平和祈念式典――それはあの動乱が終結した翌年から、毎年ウェンデルで行われている式典である。

その名の通り世界平和を祈るものであり、各国の重役がウェンデルを訪れ集結する日でもあった。当然、フォルセナからも英雄王を含めた数人が来賓予定である。

シャルロットは先日に確認した、その来賓予定のリストを思い出しながら、無意識に片手で顔を覆った。

(確か二人揃って名前があったような……そりゃデュランさんは不思議ってわけじゃないですけど、今年はリースさんも……ああ、厄介です)

フォルセナの遊撃剣士であり、英雄王の懐刀でもあるデュランがやってくるのは毎年の恒例だ。ただ、現在は一応一般人であるリースもやってくる事に関しては、些か奇妙さを感じずにはいられない。

建前はデュランの付き添い、ないしは彼と同じく英雄王の護衛という事になっているが、実際は違うのだろうとシャルロットは思っている。

(愛娘の職場参観ってとこですか。……英雄王さんも案外フランクな面があるですし、面白がって承諾したんですかねえ)

「……シャルロット様? どうかされましたか?」

「ほへ? あ、ああ、なんでもないです。そっか、次のマナの祝日でしたか」 

眼前のエアリをほったらかしにして、ついつい独り考え込んでしまった。

慌てて誤魔化したシャルロットは、憂鬱さを抱えつつも愛弟子に笑みを向けながら言う。

「主催者側といってもあんたさんはまだ見習いですから、そんなに難しい仕事はしなくていいです。大方いつも通り、来賓者の案内やお世話ってとこですね」

「はい、分かっております。精一杯務めさせていただきます!」

「まっ、頑張んなさい。今年はあんたさんのご両親も来るんですからね」

「えっ!? お、お父様だけでなく、お母様も来られるのですか!?」

「……あ、やば」

弾みで口走ってしまったシャルロットは慌てて口を手で覆うが、時既に遅し。

久々に会うことが出来る両親に思いを馳せたエアリが、瞳を輝かせながら嬉々とした口調で捲し立てる。

「うわあ、丁度一年ぶりです! お父様もお母様もお元気でしょうか? 流石にお仕事中はお話しできないですけど、休憩中に少しくらいは時間とれますよね。ウェンデルに来てからの事、沢山お話ししたいです! こっちでの生活の事とか、シャルロット様によくしてもらっている事とか、勿論お仕事である道案内の事とかも……」

「ストーーップ! ストップです、エアリ! ちょっと聞いてください!」

「?……はい、なんでしょう?」

「あの……ですね。その、パパやママと久しぶりに会うのが楽しみなのは分かるですし、私も親子水入らずの時間をつくってあげる予定ではあるです。ただし!」

シャルロットは冷や汗を流しながら、キョトンとしているエアリに人差し指を立ててみせた。

「一つだけ、約束して欲しいです。デュランさんやリースさんから何か訊かれたとしても、余計な事は言わず『何でもない』と答えるです! いいですね?」

「は、はあ……あの、何か、とは?」

「そ……それは、実際に会ったら分かるです。とにかく、これだけは守ってください。でないと最悪あんたさん、フォルセナに強制送還される羽目になるですよ」

「え、ええっ!? わ、わかりました……?……」

とりあえず頷いたエアリだが、未だ釈然としていないのか中空を眺めながら何度も首を捻っている。

だが、もうシャルロットにはもう彼女に声を掛ける余裕もなかった。先程の己の失態を恥じつつ、愛弟子の前にもかかわらず頭を抱えてテーブルに突っ伏す。

(あ〜〜いらんこと言ってしまったです。面倒だから内緒にしとこうと思ってたのに……)

いくらエアリに念押ししたところで、当の本人が良く分かっていないのだからアテにならない。ただでさえ盛大で厳かな式典で神経を使うというのに、余計な心配事を増やしてしまった。

(本当にもう……一体いつまで、あたしはあの二人を気遣わなきゃいけないんですかねえ……)

おそらくはこの先一生なのだろうと思いながら、シャルロットは様々な感情を含んだ溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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