〜世界の後に、救うは仲間(5)〜
シャルロットがデュランと会ってから三週間後。
諸々の根回しを終え、どうにかローラント行きの準備が整えたシャルロットは、デュランと共にパロへの連絡船の船上にいた。
名目上は、ローラントとウェンデル間での国交会議という事になっている。一応ではあるが、それに関しての議題も用意してきていた。
勿論、本当の目的はリースとデュランを会わせる事である。その為にヒースにはわざわざ別件に携わってもらい、護衛という形で遊撃剣士となったデュランをフォルセナから派遣してもらったのだ。
これらを成立させるだけでも、大変な労力を費やしたものである。なのでシャルロットとしては、是が非でも上手く話がいってほしいと切に願っている。
――――そう、願っているのだが…………。
「…………デュランさん」
シャルロットは両眼を閉じた状態で盛大な溜息をつきながら、船上を落ち着きなくウロウロしているデュランに声を掛ける。
「な、なんだよ?」
「あんたさん、もっと落ち着けないんですか? さっきからおんなじ所を行ったり来たり、忙しないったらありゃしないです」
「わ、分かってるっての! 分かってる、けどよ……」
バツが悪そうな顔で、デュランは口ごもる。が、それも束の間、再び船上を徘徊し始めたのを見て、シャルロットは顔を顰めながら額に手を当てた。
――本っ当、あたしが一緒に来て良かったです。こんなんじゃ、絶対ライザさんあたりに気圧されるです。
己の強さを疑わず剣一つで幾多の強敵と渡り合ってきた、かつての面影は何処へやら。不安と緊張を隠そうともせず、情けない醜態を晒している。
これではローラントの人達と上手く話せるとはとても思えない。立場が悪いのであれば、尚の事だ。
――――もしも、先日うっかり口走った事を漏らしてしまおうものなら…………。
恐ろしい考えが脳裏を過り、シャルロットは思わず身震いする。
「流血沙汰にならない事を祈るです……」
ポツリと呟いた彼女の呟きは、空を飛ぶカモメ達の鳴き声にかき消された。
幸い道中でトラブルが発生することもなく、二人は“天かける道”を歩きローラント城まで後少しである洞窟までやってきていた。
その途中でシャルロットは、チラリと隣を歩くデュランを見上げる。すると、冷や汗を流し完全に引き攣った表情がそこにあった。
彼のこんな顔は、あの動乱の最中で一度も見た事もない。神獣達と対峙した時も、ミラージュパレスに乗り込んだ時も、仮面の道士――ダークリッチと戦った時も。
つまりデュランにとって、これより先は今までの何よりも辛く苦しい場面であるということであろう。
――まあ、気持ちは分かるですけど。
見ているこちらにまで伝染してくる不安と緊張に、シャルロットは多大な呆れとささやかな同情の念を抱いた。
とはいえ、いつまでもこんな表情をさせているわけにはいかない。そう思ったシャルロットは、淡々とした口調になるよう努めながらデュランに言った。
「もうすぐ着くんですから、そろそろビシッとするです」
「っ……お、おう!」
そう返事した彼だが、相変わらず表情は冴えないまま。いや、むしろ流れる冷や汗の量が増えている気すらする。
シャルロットがそれに対して溜息をつくか否かというところで、二人は洞窟を抜けた。即ち、目的地であるローラント城への到着である。
当然と言えば当然だが、前回訪れた時となんら変わらない景色がそこにはある。だが、以前とは雰囲気が明らかに異なっている事を、シャルロットは肌で感じた。
そしてその理由は、すぐに判明する。ローラント城へと続く橋の前に、ライザが立っていたのだ。彼女はこちらを確認するなり、徐に歩み寄ってくる。
言葉で表現すれば、なんてことはない事だ。しかし、彼女から発せられるオーラの凄まじさが、只事ではないのを示している。
思わずデュランを置いて逃げ帰りたい気分になったシャルロットだが、懸命にその気持ちを押さえつつぎこちなく笑みを浮かべた。
「ラ、ライザさん……お、お出迎えありがとうです」
「いえ、そんな。光の司祭様こそ、私どもの勝手なお願いを叶えていただきありがとうございます」
二人のすぐ傍にまでやってきたライザは、シャルロットの挨拶に微笑みながら返事をする。
「きっとリース様もお喜びになるでしょう。いくら感謝しても足りません。本当にありがとうございました。……そして」
そう言いながらライザの視線がデュランへと移動した刹那、周囲の大気を凍り付かせる程の殺気が彼女から放たれた。
あまりの殺気にシャルロットは反射的に「ひっ!?」と悲鳴を上げてしまい、デュランは声こそ出さなかったものの後退りしてしまう。
そんな彼にライザは、最高に慇懃無礼な態度で声を掛けた。
「お久しぶりですね、デュラン殿。ご活躍の噂はかねがね……」
「あ、ああ……どうも……」
「お話ししたい事は沢山、沢山、それはもう沢山ございますが、まずはご案内させていただきます。どうぞ、城の方へ」
そう言って深々と頭を下げると、ライザは踵を返す。その後姿にやや遅れて続きながら、シャルロットはライザに聞こえぬよう小声でデュランに文句を言った。
「あ、あんたさんのおかげで寿命が縮んだじゃないですか! どうしてくれるです!」
「お、お、お、俺のせいかよ!?」
「他にあるですか!? 全く、もう!」
――ああ、先行き不安です。無事に帰れるですかね、あたし……。
半ば諦めの境地に達したシャルロットは、橋を渡りながら憎らしい程に晴れやかな空を見上げた。
「っ……っ……」
「し、しっかりするです。あ、あたしだって辛抱してるんですから」
ライザの後に続きローラント城領域内を歩く二人は、周囲の人々からの鋭く冷たい視線に耐えがたい苦痛を感じていた。
いや、正確に言うのであれば、その刺々しい視線が向けられているのはデュランだけである。ただ、彼の隣を歩くシャルロットさえ巻き添えにするくらい、その視線が凄まじいのだ。
理由は分かり切っている。シャルロットの予想していた通りだ。デュランにとって、今のローラント城はアウェイ以外の何物でもないのである。
――――自国の王女に手を出しておきながら、今のままで行方知れずだった男。
殺意を向けるには十分すぎる理由だろう。ローラントの人々を責めるつもりは毛頭無い。そう納得しながらも、居た堪れないのを隠しようがないシャルロットだった。
が、それも一先ずの終わりを迎える。ローラント城二階の玉座の間まで来たところで、前を歩くライザが足を止めたのだ。
「さてと、これからの事ですが……デュラン殿、まずはリース様のお部屋へ行ってもらえますか?」
「え? あ……い、いきなりか? お、俺一人でか?」
「ええ、そうです。リース様がどうしても二人だけでお話ししたいと仰っていましたので。私としては大変、それはもう大変不本意ではありますが」
「そ、そう……か。わ、分かった」
どこまでも敵意を向けられたままのデュランは、どうにかライザに返事をすると、ぎこちなくリースの部屋へ歩いていく。
しかし、その際に動かす手足の方向が同じなことが、彼の心情を雄弁に物語っていた。
そんな不安しかしない様子のデュランを見送ったところで、シャルロットはようやっと気持ちが軽くなったのを感じつつライザに話しかけた。
「えっと、ライザさん。リースさんの方は、どうなんです?」
「はい。あれからも特に大きな問題はなく……医者の見立てでは、次のジンの日辺りに出産との事です」
「ふうん、今日はノームの日ですから、大体一週間後ですか」
「ええ、間に合ってよかったです。表には出していませんがリース様、随分と心細そうでしたから」
「そ、そりゃそうですね。……で、ライザさん、あたし達はどうするんです? 議題は用意してきてるですけど、今の内にそっちに取り掛かっておくですか?」
「……いえ、まずはデュラン殿に色々とお話しさせて頂いてからでお願いします。でないと、とてもじゃないですが集中できないので」
そう言いつつライザは、先程よりは抑えているものの凄まじい殺気を漂わせ始める。
そんな彼女に恐怖を感じて逃げだしたい気分に襲われながらも、シャルロットは必死に平静を装いながら了承した。
「わ、わかったです。…………そ、それでですね、ライザさん?」
「なんでしょう?」
「そ、その……あ、あのお二人の事、リースさんから聞いたりとかはしたんですか?」
「っ…………事の発端は、少々心苦しかったですがリース様から強引に聞き出しました」
「こ、事の発端? それって、えっと、要するに?」
「無論、リース様がご懐妊なさった経緯です」
「!?……ぐ、ぐ、具体的にどんな?」
シャルロットは先日のデュランの言葉を思い出しながら、内心冷や汗を流す。
――第一誘ってきたのはあっちで、俺はダメだって何度も言ったのに大丈夫だって繰り返すから……!
もし、この辺りの事をライザが知っているのだとしたら、彼女の凄まじい殺気にも納得がいく。納得がいく分、殊更始末が悪かった。
本気で逃げ帰りたい気分になってきたシャルロットだが、幸いライザの口か出てきたのは予想外の言葉だった。
「手合わせ……だったそうですね」
「え? て、手合わせ?」
思わずオウム返しをしたシャルロットに、ライザは困ったような笑みを向ける。
「手合わせの最中に身体が密着して、その勢いで……とリース様は仰ってました。全く、色気があるのかないのか判断しかねますよ」
「あ、あ、ああ……そういう事だったんですね……」
あの二人らしい切っ掛けといえば切っ掛けだ。そう思い、シャルロットはライザに釣られるように苦笑した。
同時にライザがこちらの危惧していた事を知っていない事実に、内心安堵する。と、その時である。バタバタと派手な足音が廊下から聞こえたかと思うと、顔面蒼白のデュランがこちらに駆けてきた。
「たた、大変だ! 大変だ!」
「デュランさん!? どうしたんです!?」
「リ、リ、リ、リースが……!」
「リース様!? リース様がどうされたのですか!?」
険しい表情になったライザが、デュランを問い詰める。
「あ、あ、あ、あれだ! あれ!」
「あれ? あれとは一体……!?」
「だ、だ、だからあれだよ! あれ!!」
完全にパニックになっているらしく、デュランはまるで要領を得ない。
が、彼の尋常ならざる態度を見て、シャルロットの脳裏を嫌な予感が掠める。それが思い違いであることを願いつつ、彼女は恐る恐る口を開いた。
「ま、まさかとは思うですけど……陣痛が始まったとか言わないですね?」
「そう! それだ、それ!」
刹那、不気味な静寂が周囲を支配する。永遠と思える沈黙の後、ライザは声を張り上げながら医者を呼びに走っていった。
廊下の奥から微かに喧騒が聞こえてくる、ローラント城の玉座。
シャルロットはそこの壁に背を預けながら、数時間前と同じものが広がっている眼前の光景に辟易していた。
「……っ………っ……」
「…………あんたさん、本当にもう少し落ちつけないんですか?」
オロオロした様子で同じ場所を往復しているデュランに、シャルロットはげんなりした声で訊ねる。
「あんたさんが焦ったって、仕方ないんですよ」
「わ、分かってる……分かってる……っての……」
こちらへ振り向く事も足を止める事もせず、デュランはか細い声でそう言った。その様子から、彼が相当精神的に疲労しているのが見て取れる。
――まあ、気持ちは痛い程分かるんですけど……。
シャルロットは心の中でそう呟きながら、思わず盛大に溜息をついてしまった。
が、それに対してもデュランはなんらリアクションを示さない。それだけ余裕がないという事だろう。にも拘わらず先刻、出産に立ち会うとか言い出したのだから始末が悪い。
ライザ達から『邪魔です』と満場一致の意見と共に部屋から閉め出されたのも、無理はなかった。
同時にそんなデュランを一人にしておく訳にもいかず、御守を押し付けられた形でシャルロットは彼と一緒にいるのであった。
「な、なあ、シャル……」
「予定日はあくまで予定日です。ズレる事だってあるです」
――――何度同じ事を訊いてくるのだろうか?
既に飽き飽きしているシャルロットは、デュランが訊ねてくるやいなや、バッサリ切り捨てた。
「とにかく落ち着くですよ。それが今のあんたさんの役目です」
「あ、ああ…………」
分かっているのかいないのか、判断しかねる返事をデュランがした時だった。
コツコツとこちらに近づいてくる足音が聞こえ、二人は弾かれたようにそちらへ振り返る。すると毅然とした様子のライザが廊下から顔を出した。
「あ、ラ、ラ、ライ……」
「ライザさん、終わったんですか?」
呂律の回っていないデュランを遮って、シャルロットが訊ねる。するとライザは、徐に頷くと口を開いた。
「無事産まれました。リース様もお子様も問題ありません」
「!……そ……そっか……っ……」
「ほっ……それは何よりです」
「ええ、本当に。それでリース様が、お二人をお呼びになっております。来ていただけますね?」
「ほえ? あたしも? こういう時ってデュランさんだけじゃ?」
シャルロットが怪訝な表情と共に首を傾げると、ライザは眼を伏せながら被りを振る。
「司祭様にも是非、と仰っていました。私から申し上げられるのは、それだけです」
「ふ〜ん、ま、良いですよ。それじゃ行くです、デュランさん」
「あ、ああ……って、お、俺が先かよ!?」
背中を押して促すシャルロットに、デュランが抗議の声を上げた。
「当たり前です。あんたさんがメインなんですよ。ほら、さっさと行くです」
「わ、わ、お、押すなって! お、俺にだって心の準備ってもんが……」
「まさか、まだ出来てないのですか? デュラン殿?」
「っ!? い、いや、そ、それは、その……」
「あ〜〜もうっ! ほら、早く行くです!!」
これ以上此処にいると、ライザの殺気が増していくばかりだ。
そう思ったシャルロットは、強引にデュランの背中を押してリースの部屋へと連れて行った。
暫くしてシャルロットとデュランがリースの部屋までやってくると、部屋のドアが開かれて中から出産に立ち会っていた顔ぶれが出ていくところだった。
その中には、アルマやエリオットの姿もある。二人はシャルロットやデュランに気づくと、無言で頭を下げた後に去っていった。
「ほら、デュランさん。アルマさんもエリオットさんも、あんたさんに『頼む』ってお願いしてるんですから。しっかりするです」
「あ、お、お、おう……」
先程よりはマシだが、未だ狼狽えた態度でデュランは生返事をする。それでも彼は意を決した様子で、リースの部屋へと入っていく。
シャルロットはそんな彼の背中を苦笑しながら見守りつつ、やや遅れて彼に続いた。
「リ、リース?」
ぎこちなくデュランが声を掛けると、少しの間を置いて返事が聞こえてくる。
「はい」
疲れを含むものの、しっかりした声。その声を聞いて安心するのと殆ど同時に、二人はリースと対面した。
ベッドに身を沈め、微笑んでこちらを見つめるリース。そんな彼女の隣には、一つの小さな揺り籠がある。
――――そして、その中には…………。
「ほえ〜この子が……髪の色はデュランさん似ですね。という事は男の子ですか?」
生まれたての赤ん坊の顔を覗き込んだシャルロットが訊ねると、リースは微笑みながら首を横に振った。
「いいえ、女の子ですよ」
「おん……あ、そ、そう……か……」
そう呟いて複雑な表情を見せたデュランに、リースが少しだけ沈んだ声を出す。
「あ……男の子がよかったのですか?」
「い、いや、その……」
「……ふぁ……」
「いっ!? ち、違うからな! 別に女の子だから嫌って訳じゃ……」
不意に可愛らしい声を漏らした我が子に、デュランは何を勘違いしたのか大慌てで弁明を始める。
その姿があまりにも滑稽だったので、シャルロットは堪えきれず吹き出してしまった。
「ぷ……あはははっ! こりゃやっぱり、あたしが思ったとおり、親バカになるですね」
「シ、シャルロット、お前なあ……!」
「ほらほら、そんな怖い顔しちゃダメです。娘さんが泣くですよ〜」
「っ!?」
シャルロットにからかれたデュランは、ギョッとした表情で娘へと視線を移す。だが幸いな事に彼女は静かな寝息と共に眠っており、それを確認した彼は安堵の溜息をついた。
と、そんなデュランを眺めていたリースが、楽しそうに口を開いた。
「ふふ、こんなデュランを見るの、初めてですね。何だか新鮮です」
「し、新鮮って、リース……」
「あ、ごめんなさい。でも、嬉しいんです。その子の事、大切に思ってくれているのが伝わりましたから」
「っ……当然だろう。俺の……子なんだから」
「……デュラン……」
「コホン、仲睦まじいところ申し上げにくいんですけどねえ……そろそろ、あたしを呼んだ理由を教えてくれないですか、リースさん? まさかとは思うですけど、見せつけるためじゃないですよね?」
見つめあい、二人の世界に入りかけたのを見兼ねて、シャルロットはわざとらしい咳払いとリースに訊ねる。
すると、僅かに含んだ嫌味を鋭く感じ取ったのか、彼女は頬を紅潮させて狼狽えながら答えた。
「あ、い、いえ、まさか! その、シャルロットちゃんにも来てもらったのは、お願いしたい事があったからなのです」
「お願いしたい事?…………ああ」
首を傾げながらリースの顔を見つめ返した刹那、シャルロットは閃く。
――――光の司祭になってから、数度頼まれた“ある事”
それを頼んできた人達に、リースの顔を非常によく似ていた。だからこそシャルロットは、直感的に感じ取る。それはまた、彼女が予想且つ期待していた事でもあったのだから。
確証はないが確信を持ったシャルロットは、微笑みながら言った。
「名付け親、です?」
「っ!……どうして分かったんですか?」
「ま、光の司祭としての経験則ってやつですかね。今のリースさんの顔、ママになったばかりの女の人の顔してるですから」
「ああ、そういや、そんな依頼を引き受けたことあるって言ってたな、前に」
「おや、覚えてたんですか、デュランさん。……で、あんたさんはどうなんです?」
「え?」
「あんたさんは、あたしは名づけ親になっていいんですか?」
「っ……ああ、俺からも頼む。その……」
気恥しそうに娘、次いでリースを一瞥した後、デュランはシャルロットを真っ直ぐに見据えながら言葉を紡ぐ。
「お前がいなければ、この子は産まれてないだろうから。お前が聖剣の勇者に選ばれたからこそ、俺とリースは出会えたんだからな」
「……は〜〜。そんな風に言われたら、とても断れないですね」
手放しに評価され、くすぐったい気持ちになったシャルロットは、それを隠すように芝居がかった仕草で肩を竦めた。
「仕方ないですね、お引きけするです。……というか、今ピカッと思いついたです」
「え? い、今ですか?」
「そっ。正確に言うなら、デュランさんの言葉を聞いた瞬間、ですかね」
「俺の……言葉?」
「そうです」
驚いて眼を見開いたデュランに、シャルロットは微笑む。
「あんたさんの言葉を要約すると、この子はあたし達三人が出会ったから誕生したってことでしょ? となると、自然に名前も思いつくもんです。ましてや女の子ときたら、ね」
そう話す彼女の脳裏には、ある人物の姿が浮かんでいた。今はもう会う事の出来ない、掛け替えのない仲間の姿が。
――――だからこそ、肖らせてもらおうと思った。彼女の事を、決して忘れない為にも。
「……前置きが長くなっちゃったですね。それじゃあ、この子の名前ですけど……“エアリ”ってどうです?」
瞬間、デュランとリースが同時に息を呑む。その様子を見て、シャルロットは確信した。
――すぐに気づいたみたいですね。ま、当たり前ですかね。
「っ……フェアリーか」
ややあって、デュランが独り言の様に呟く。それに対して、リースが頷いてみせた。
「そう、ですね。この子が今此処にいるのは……彼女がいたからこそ、ですから」
そう言いつつリースは、そっと娘の頭を撫でる。
「マナの女神様の名を肖る……少々申し訳ない気もしますけど」
「別に大丈夫だろ。第一許可取りに行けるわけにもいかないんだからよ」
「っ……そうですね。ではデュラン、よろしいんですか?」
「ああ、異存はない。これ以上ない名前だと思うよ」
「確かに。それでは決まりですね……エアリ」
「……ふあ……」
母親に名を呼ばれたエアリは、眠ったまま可愛らしい声を出す。それは聞いているだけで幸せになるような声で、シャルロットは思わず笑みを零した。
それに釣られるようにリースが笑ってみせたが、ふと小さな欠伸を漏らす。
「眠いのか、リース?」
「あ、ごめんなさい。少し、疲れてるみたいで……」
「ま、当然ですね。出産っていう大仕事を終えた直後なんですから。ちょっと休んだ方がいいですよ、リースさん」
「ああ、シャルロットの言う通りだ。少し眠っておけ、リース」
「……ありがとうございます。そうさせてもらいますね」
二人が促すとリースはそれを素直に受け入れ、シーツに身を沈めて眼を閉じる。程なくして安らかな寝息を聞こえ始めたのに、デュランが安堵の溜息をついた。
「ふう、何はともあれ大事がなくて良かったぜ、本当」
「そうですね。でもリースさんはこれからが大変ですよ。勿論、あんたさんもですけど」
「……分かってるさ。俺達やエアリの事を、秘密にしておくわけにもいかないからな。公にするとなると、色々と負担を掛ける事になるだろうけど……俺が支えてみせる」
「お、言うですね。上出来です。ま、欲を言えば本人が聞ける時に言ってあげたら完ぺきだったんですけど」
「そ、それは……ちょっと……」
途端、デュランは真面目な表情を崩して狼狽える。それを見たシャルロットは、呆れ半分微笑ましさ半分で苦笑した。
「ま、恋人の時期をすっ飛ばして夫婦になるんですから、照れがあるのも仕方ないですか」
「ふ、夫婦ってお前……いや、まあ……間違ってるわけじゃないが……」
「もう、しっかりするです。これから色んなとこに公表する事になるんですから。そんなにオロオロしてちゃ、示しがつかないです」
「そう……だな。国王陛下にもご報告しなければならないし……後は……」
「ん?」
一筋の冷や汗を額から流しつつ、遠くを見るような眼をしたデュランに、シャルロットは小首を傾げながら訪ねる。
「どうしたんです? あんたさんが直々に言わなきゃならない人なんて、英雄王様ぐらいでしょ?」
「いや、まあ、目上の方となるとそうなんだが……伯母さんとウェンディにも黙っておくわけにもいかないから……」
「はいっ!? あ、あんたさん! まさかまだご家族に報告してなかったんですか!?」
「で、で、できるわけねえだろう! ある意味、国王陛下よりも言いにくいんだからな!!」
「そ、そりゃそうかもしれないですけど……あっ」
ふと視線の先にライザの姿を捉え、シャルロットは顔を引きつらせる。
そんな彼女の様子を見て、何事かと後ろを振り返ったデュランもまた、恐怖で全身を硬直させた。
「ラ、ライザさん……いつから……?」
「お話が弾んでるのか長引いているようでしたので、様子を見に来たのです。……それはそうとデュラン殿?」
「は、はい……」
「先程申されていましたが、まだご家族に此度の一件を話していらっしゃらないそうで?」
「……そうです」
たどたどしく頷いたデュランに、ライザは最高に白々しい笑みを向けた。
「それはそれは……でしたら、これからローラントにお呼びする事にしましょう。文で伝えるよりも、その方が確実ですから」
「うえっ!? いや、それは……あ、あっちにも都合があるだろうし……」
「あら、何かご予定でお忙しいのですか? ご家族の方」
「い、いや……そんなことはないと……思いますけど……」
「でしたら、何も問題ありませんね?」
「え、えっと……その……」
「問題ありませんね?」
有無を言わせぬ威圧感と共にライザが詰め寄ると、遂にデュランは観念したのか「はい」とか細く呟きながら項垂れる。
そんな彼の様子を眺めながら、シャルロットは大仰に被りを振りながら溜息をついた。
(あ〜あ、先が思いやられるですね……一人で大丈夫なんですかねえ)
今からフォルセナに連絡してデュランの家族が来るとしても、最低数日は掛かるだrぷ。
流石にそれまで自分が、ローラントに滞在し続けることは出来ない。光の司祭が、いつまでもウェンデルを離れているわけにはいかないのだから。
となると、今後はデュラン一人でこの一件を処理していかなければならない。果てしなく不安であるが、他に術はないのだ。
(まあ、どうにか上手くやんなさい。殺されることはないでしょうから……多分)
哀れみ半分、面白半分の視線をデュランに向けながら、シャルロットは苦笑いを浮かべた。