〜夢の終焉、旅の終着地(前編)〜
――――何も見えない暗闇の中を、クロノアは漂っていた。
自分はどうなっているのか?……浮いているのか?それとも落ちているのか?
なにもかも分からなくなる感覚。いつしかクロノアは、この感覚に慣れていた。
世界から世界へ、夢から夢へと渡り歩く時の感覚……もう何度、これを経験しただろうか?
そして、不意に眩しい光が目の前を灯す。
(出口……か……)
思った瞬間に、意識が途切れた。
また新たなる世界へ、新たなる夢へとクロノアは旅を続ける。夢見る黒き旅人として…………。
――――泪の海と呼ばれる海の上空。
「だ〜〜っ!! 危ねえな!! もう少し安全に操縦できないのかよ!?」
「ウルサイなあ! ちょっと黙っててよ! 気が散るでしょ!!」
嵐の中、一台の飛行機に乗って言い争っている二人がいた。
「大体何でオイラが、毎回オマエの手伝いしなきゃなんないんだよ!?」
「仕方ないでしょ! アンタぐらいしか、暇なのいないんだから!!」
「誰が暇だ! オイラは暇じゃねえ!!」
凄まじい口喧嘩は、激しくなる嵐に呼応するかのように、ますますヒートアップしていく。
「毎日毎日そこらで昼寝している奴の、どこが暇じゃないって言うのよ!?」
「昼寝しかやってない様な事言うな! オイラだって、色々忙しいんだ!!」
「忙しい〜!? だったら何がどう忙しいのか、説明してみなよ!!」
「そ、それはだなあ〜……ってオイ! 前見ろ、前!!」
「えっ? あ……っと!」
いつの間にか目前に一匹の鳥が迫ってのに気づき、慌てて操縦桿を動かして進路を変える猫―――もといタット。
「……ったく、しっかりしろよな〜」
「アンタのせいでしょーが!!」
「何い〜〜っ!?」
また突っかかろうと、前の操縦席に身を乗り出した犬―――もといポプカは、前方の海面に妙な物を見つけた。
「ん……おい、あれ何だ?」
「え? 何処?」
言われてタットも海面に目をやる。すると、遠くてよく見えないが、波に揺られながら動く物があった。
「ちょ、あれ人じゃない!?」
「マ、マジかよ!?……本当だ。おいタット!!」
「分かってるわよ!!」
急いで飛行機は、その海面に浮かんでいる人影へと向かった。
(う……ううん……)
キリキリと頭が痛む。新たな世界へ来たときはいつもこうだ。
「「……丈夫?……しっか……」」
誰かが自分を呼んでいる気がする。そう感じたクロノアはゆっくりと目を開けた。
「……ん?」
まだ視界がボンヤリとしていて物がよく見えないが、目の前に誰かがいる。
(誰……?)
軽く目を擦り、クロノアは再度見直す。すると、そこには懐かしい二つの顔があった。
「……ポプカ?……タット?……」
呆然として呟くと、二人が一斉に詰め寄ってくる。
「オ、オマエ……やっぱりクロノアだよな!? な、何でここにいるんだ!?」
「そ、そうよ! どっか別の世界に行ったんじゃなかったの!?」
「え……あ……」
捲し立てる二人に口を挟めず、しばしの間どもっていたクロノアだったが、ハッとして聞き返す。
「ポプカやタットがいるって事は……ここはルーナティア?」
「……他の何処だって言うんだ? それより質問に答えろよ。なんでオマエ、泪の海に浮かんでたんだ?」
「え? あ、ああそれは……」
言いながらクロノアは立ち上がり、辺りを見渡した。
見覚えがある。ここは、初めてルーナティアに訪れた時にポプカと……巫女見習いだったあの女の子と出会った場所だ。
(まさか、またルーナティアに来るなんて……)
クロノアは複雑な気持ちになった。もう一度ここに来れたことが嬉しくないと言えば嘘になるが、この世界にとって、それは不吉だと言うしかない。
黒き夢の旅人である自分がきた。……それは即ち、このルーナティアに再び危機が迫っていると言うことだ。
「オイ、クロノア?」
「!……あ、ああゴメン、ポプカ。何?」
「いやだから、何でオマエ、この世界にいるんだって」
「それは……」
言おうかどうか迷ったが、結局クロノアは全てを話した。世界に再び危機が迫っているから、自分はルーナティアに来たという事を。
しかし、それを聞いたポプカとタットは怪訝そうに顔を見合わせた。
「また世界の危機? そんなの初めて聞いたわよ?……アンタ、何か知ってる?」
「いいや。あれからずっと平和だぞ、この世界は。哀しみの国も完成したから、調和も保ててるし」
「えっ?」
その言葉にクロノアは海の向こうに目をやった。
自分がこの世界を去るときには、殆ど何もなかったその場所に、今は立派な国があった。
「あれが……哀しみの国」
「ああ。オマエがいなくなってから、少し経って完成したんだ。まあ、他の国の奴らが頑張って……」
「アタシとレオリナが頑張ったおかげだよ!!」
ポプカの言葉を遮って、タットが誇らしげに言う。
「ああ!? オマエら二人だけで建てたんじゃないだろうが!!」
「何よ! 全く手伝いもしなかった奴が、偉そうに言わないでよ!!」
「うっ……だ、だから今こうしてオマエの手伝いをだなあ〜……」
「あ、あの二人とも……?」
今にも火花が散りそうな二人に、クロノアはおずおずと話しかけた。
「その……念のため聞くけど、本当にルーナティアは平和なの?」
「えっ? あ、ああそうだぞ。戦争ばっかやってたボルクでさえ、最近何もしてない様だし」
「……そうなのか」
――だとしたら、なぜ僕はこの世界に来たんだろう?
クロノアは考え込んだ。
今まで訪れた世界は、決まって何か大変な事が起こっていて、それを解決するのが自分の役目だった。
そして再び平和になると、自分はその世界に別れを告げる。……以前のルーナティアの時を含めて、これまでずっとそうだった。
だが、二人は言うには、なにも危機など起こってないらしい。ならば、自分はなぜ、この世界に来たのだろうか?
(……大巫女様なら何か知ってるかもしれないな)
暫し考えた末、そういう結論に達したクロノアは、ポプカに話しかけた。
「ポプカ。ちょっとクレア寺院まで案内してくれる?」
「案内?……おいオマエ、寺院への行き方忘れたのかよ?」
呆れてポプカが溜息をつくと、クロノアは恥ずかしそうに頭を掻く。
「は、はは……あれから長い事経ってるから、自信なくて」
「はあっ……ったくしょうがねえな。まあいいや、案内してやるよ」
「ありがとう、ポプカ」
そう言うと、「よせやい」と照れ笑いを浮かべたポプカに、クロノアはふと思い出して尋ねた。
「あっ、ポプカ」
「何だ?」
「その…………ロロは、元気?」
ロロ――その名前を、クロノアは今まで忘れたことはない。それほどまで、彼女の存在は大きかった。
ルーナティアを去る際に彼女が見せた、決意、笑顔、そして……涙。それから訪れた先々で、度々思い出しては感傷に浸っていた。
――もう一度会いたい。
他の世界でもそう思える人には何人もいたが、ロロほどその気持ちが強い人はいないと言っていいだろう。
「ロロか? あいつなら元気だぜ。流石にオマエがいなくなってから暫くは、ちょっと落ち込んでたけどな」
「……そっか」
「まあ、今は明るくやってるぞ。ドジなのは相変わらずだけど」
「そ、そうなんだ」
ポプカの言葉に、クロノアは苦笑する。――……まあ、ロロらしいと言えば、ロロらしいけど。
「しっかし、世の中ってのは、何が起こるか分からないもんだよな〜」
「……えっ?」
急に遠くを見る様な目で話しだしたポプカに、クロノアはキョトンとした。
「何が起こるか分からないって……どういう事?」
「へへっ、聞いて驚くなよ。って言っても驚くだろうけどよ、実は……ぐあっ!?」
何かを言いかけたポプカだったが、その腹にタットが強烈な一撃が炸裂させる。
「タ、タット!?」
「……がっ……な、何しやがるんだいきなり!?」
「いいからちょっとコッチ!!」
腹を押さえているポプカを引きずる様にして、タットはクロノアから少し離れた所に移動し、小声で話し始める。
(アンタねえ、少しは考えなよ! ここで言っちゃったら、驚きがないじゃないの!)
(驚きがないって……ないわけないだろ!? こんな奇想天外な出来事、そうそうお目にかかれるもんじゃ……)
(もお〜、そういう事じゃなくって!……とにかく、この事はクロノアに言っちゃダメよ!)
(な、何でオマエに命令されなきゃいけないんだよ!?)
(……もう一発欲しいの?)
(え、遠慮しときます。分かりました……)
殆ど脅しの様な文句に、ポプカは渋々了解した。
「ポプカ? タット? どうしたの?」
「え、あ、ううん、なんでもないよ!じゃ、あたし用事思い出したから!まったねぇ〜〜!!」
言うなりタットは飛行機に乗って、あっという間に見えなくなってしまった。
「……ったく、あのヤロ〜〜」
未だに痛む腹を押さえながら、ポプカは恨めしそうに呟いた。
「ポプカ。さっき言いかけた事は何だったの?」
「……悪い。あれは忘れてくれ」
「えっ?」
「頼むから」
「わ、分かったよ」
なにか釈然としなかったが、とりあえずクロノアは頷く。
「さあ、サッサと寺院へ行こうぜ」
「あ、うん、そうだね」
先に歩き出したポプカに遅れないよう、クロノアも歩き出す。そして、つい先ほど思ったことをポプカに告げた。
「そっきのやりとり見て思ったけど、ポプカってさあ……」
「何だよ?」
しばし間を置いた後、クロノアはふっと笑いながら言う。
「タットと仲良くなったよね」
「……」
暫しの沈黙の後、ポプカは勢い良く飛び上がりクロノアの脳天に一撃をお見舞いした。
「痛っ!」
「寝言は寝てから言え!!」
「ゴ、ゴメン……」
――――そんなこんなで、二人は寺院へと歩を進めた。
「うわあ〜懐かしいな!」
聖地ラクーシャを歩きながら、クロノアは感嘆の声を上げた。
多少薄れているとはいえ、ルーナティアの記憶は無くなってはいない。その記憶となんら変わりない景色が、目の前に広がっていた。
「変わってないんだね、ここも」
「……変わってたらマズイだろ? 聖地だぞ、ここは」
「あっ、そっか」
今更気づいた様子を見せたクロノアに、ポプカは言った。
「変わってないといえば、オマエも変わってないよな。あれから何してたんだ?」
「あれから? え〜〜と、まあ、色んな世界に呼ばれてた……ってとこかな」
「夢見る黒き旅人としてか?」
「そっ。それで、その世界の危機を救っては、また別の世界へって繰り返し」
「……大変そうだな」
「まあね」
クロノアは軽く笑い、つられてポプカも笑った。……そして、寺院の入り口まで来ると、そこには大勢の人だかりがあった。
「うわっ!? な、何だ、この人達!?」
「あちゃ〜……そういやこの時間は、礼拝者のピークだったな」
忘れてた、といった感じでポプカは額に手を当てた。
「礼拝者?」
「ああ。大巫女様に会いに来て、ありがたいお言葉をもらって帰るんだよ」
「へえ〜、そんなのやるようになったんだ。大巫女様も大変だな。疲れるんじゃない?この人数じゃ」
クロノアが尋ねると、ポプカは腕組みをしながら神妙な顔で頷く。
「そうなんだよな〜。おまけに疲れてくると、普段にも増してドジが多くな……」
その瞬間ポプカは、どこからか凄まじい殺気を感じた。
「……えっ?」
「ゲフゲフ……い、いやなんでもない。そ、それよりこんだけの人数を待つのは嫌だろ?ちょっと待ってろよ!」
クロノアをその場に残し、ポプカは人だかりの中に入っていった。
(あ、危ねえ、危ねえ。はずみで言っちまうとこだったぜ……)
冷や汗をかきながら、ポプカは集まっていた人々に何事か告げると、どういうわけか全員来た道を戻り始める。
そして、クロノアの横を通り過ぎる度に、人々は彼に頭を下げていった。
「……えっ?」
「お〜〜いクロノア!何やってんだ!?行くぞ!!」
呆気にとられているクロノアに、ポプカは大声で呼びかけた。
「ポ、ポプカ!君、なにを言ったの!?」
ポプカに駆け寄って、クロノアは尋ねた。
「ん? ああ、夢見る黒き旅人様が大巫女様に会いたがっているから、オマエらは今度にしろって」
「い、いいのかい? そんな事言って?」
「別にいいだろ。嘘はいってないぜ? オイラは」
「そ、そりゃあ、まあ、ね……」
「んじゃ、さっそく入ろうぜ。お〜い、大巫女様!入るぞ〜!!」
そう言って入っていくポプカの後姿を見ながら、クロノアは首を捻った。
(……ポプカって、大巫女様にあんな口調で喋ってたっけ?)
そんな疑問を抱きながらも、クロノアは寺院の中へと足を踏み入れた。
―――その頃、寺院の上空では……
「……ったく、あのバカ!ほんとに口が軽いんだから」
双眼鏡と盗聴器で、クロノアとポプカの様子を観察していたタットは、思わずぼやいた。
「まっ、なんとか誤魔化せたみたいでよかったけど」
「タット……面白い事って、この事か?」
後ろの席で呆れた様な声を出したのは、元・女空賊で現・哀しみの国管理の最高責任者、レオリナだった。
つい先ほどタットに急かされて来てみればこれである。呆れるのも無理はないだろう。
「そうだよっ! クロノアがどんな顔で驚くか、楽しみじゃない?」
「……楽しむ物じゃないだろう。本人達にしてみたら、涙の再会なんだぞ?」
言いながらレオリナは、深い溜息をついた。
「あ〜〜もう! レオリナもノリが悪いな〜!」
「……悪くて結構だ。とにかく戻ってくれ、まだやる事があるんだ」
「ちぇっ、わかったよ。あ〜あ、せっかく楽しんでもらえると思ったんだけどな〜」
ブツクサ言いながら、タットは飛行機を操って戻りだした。
「……タット」
その途中、唐突にレオリナが口を開く。
「ん? な〜に?」
タットが聞き返すと、レオリナはただ一言。
「どうせ後でまた様子見に行くんだろ? くれぐれも、あの二人の邪魔するのはよしなよ」
「も、勿論!あのバカ連れて、遠くから観察するから!」
「……ならいい。それと……」
「ん?」
少し間をおいて、レオリナは遠くを見ながら言った。
「……どうなったか、後で聞かせておくれ」
「……結局レオリナも興味あるんじゃない」
「……うるさい」
なんだかんだで、気になって仕方がないレオリナであった。
あとがき
泣けるアクションゲームとして有名(かどうかは知らないが)な、風のクロノア2の話。
少し長いので、前編・後編に分けました。
クロノアは1が一番人気あるようですが、悠士は2がお気に入りです、キャラにせよ、ストーリーにせよ。
あ〜〜本当に3出てくれないだろうか?
あ、小説のことについては、後編のあとがきで書きます。では。