〜夢の終焉、旅の終着地(後編)

 

 

 

 

 

大巫女と対面したクロノアは、ポカンと口をあけたまま固まった。

「……」

何か言おうとしても、上手く言葉が出てこない。そして、それは大巫女とて同じだった。

「クロノア……さん……?」

そう言ったきり、信じられないという風に彼を見つめる。それからしばしの間、二人ともピクリとも動かなかった。

どれくらい経っただろうか?クロノアは搾り出すような声で呟いた。

「ロ……ロ……?」

そう、目の前にいるのは、大巫女の衣装を身に纏ったロロだったのだ

「まっ、そういうことだ。驚いただろ?」

「えっ? あ、いや、その……」

横にいたポプカがニヤニヤしながら聞いてきたが、クロノアはどう言っていいわからず、うろたえる。

「ロロ……大巫女様になったの?」

「そうなんだよ。あれから必死に頑張ってな。でもまあ、まさか大巫女になるとは流石のオイラも思わなかったけどよ」

「……」

腕組みしながら「本当、世の中って不思議だぜ」と言っているポプカから視線を外し、クロノアは再度ロロに振り返った。

「えっと、ロロ……その……久しぶり。それと……おめでとう」

もっと気のきいた言葉を言いたかったが、未だに困惑しているクロノアには、これが精一杯だった。

「……さん……」

呆然と固まっていたままだったロロの目に、ジワジワと涙が浮かぶ。

そして、彼女は堰を切ったように立ち上がった。

「クロノアさん!!」

叫びながら急いで彼の元へと駆け出した彼女を、クロノアは慌てて制した。

「うわっ!? ちょっ、ロロ! そこは段差が……」

しかし、既に遅かった。ロロはものの見事に足を踏みはずして段差を頭から転げ落ち、綺麗に顔を床にぶつける。

「ロ、ロロ!」

「あ〜あ、またかよ。ホンットにドジは直らねえな」

思い思いの事を口にしながら、クロノアとポプカは彼女の元へと駆け寄る。

「ロロ、大丈夫?」

「まったく、大巫女が転ぶなよな〜」

「イタタ……もうポプカ! ここでは様づけって呼ぶようにいつも言ってるでしょ!……って、それより……」

痛む顔を押さえながら立ち上がったロロは、改めてクロノアを見つめた。

「クロノアさん……本当にクロノアさんなんですね!?」

もう泣き出す寸前の彼女に、彼は微笑む。

「うん、そうだよ」

「……クロノアさん!!」

感極まったロロは、思いっきりクロノアに抱きついた。

「うわっ! ロ、ロロ!?……ど、どうしようポプカ?」

彼はぎこちなく彼女を支えながら助けを求めるが、ポプカは無情に言い放つ。

「オイラが知るか。しばらく、そうさせといてやれよ」

「そ、そんなあ〜」

「クロノアさん……ずっと……会いたかっ……た……!」

嗚咽を漏らしながら話すロロに、慌ててクロノアは応える。

「ロロ……僕もだよ……」

「クロノアさん……」

そっと彼女の背中に手を回し、優しく撫でる彼を見ながら、ポプカはボソッと呟いた。

「……あ〜あ、見てらんねえ〜」

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても驚いたよ。ロロなら絶対巫女になれるとは思ってたけど……まさか大巫女様になってるなんて」

「はい! あれから一生懸命頑張ったんです! 諦めずに努力すれば、何でも出来るんですね!」

心底嬉しそうに微笑むロロに、クロノアも微笑む。と、そこにポプカが横槍を入れた。

「だったら、ドジも努力して直せよ」

「っ!……ポ、ポプカ!!」

恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして、ロロはポプカに怒鳴る。

「それよりロロ……じゃなくって大巫女様。早く座ったほうがいいんじゃないのか?席に」

「えっ?……あっ、そ、そうだった」

言われてと元いた席に戻ろうと段差を上る。しかし服の裾を踏んだらしく、またしても派手に転ぶ。

「きゃっ!?……イタタ……」

「「……」」

顔を摩っているロロを見ながら、クロノアとポプカは小声で話し始めた。

(……いつもこうなの?)

(ああ。……何かドジさ加減は、大巫女になってから余計に酷くなった気がするんだよな〜)

(……僕もそう思う)

(やっぱりそうか?)

(うん)

「あの、二人とも?」

いつの間にか席に座っていたロロが、怪訝そうにこちらを見ているのに気づき、クロノアとポプカは慌てて振り返る。

「えっ? あ……ど、どうしたの、ロロ?」

「二人とも、何をこそこそ話してるんですか?」

「べ、別に大したことじゃねえよ!な、なあクロノア?」

「う、うん!」

冷や汗を掻きながら、二人は引き攣った笑顔を浮かべた。

「……何か引っかかるけど。まあ、それは置いといて……クロノアさん。どうしてまたルーナティアへ?」

「あ、ああそれは……」

クロノアが経緯を話すと、ロロは沈痛な顔で考え込んだ。

「またこの世界に異変が……?」

「うん。僕がここに来たって事はそのはずなんだけど……何か心当たりある?」

「いえ、特には……ポプカ、哀しみの国の方は?」

尋ねられたポプカは首を振った。

「別にこれといった事は起こってないぞ? 毎日毎日タットの奴につき合わされて行ってるけどよ」

「そう。……ごめんなさい、クロノアさん。私も何も感じることができません」

「い、いや、そんな謝らなくてもいいけど」

申し訳なさそうに頭を下げるロロに、クロノアが戸惑っていると、ポプカが口を開いた。

「でもよ、本当に異変なんか起こってないんじゃねえのか? 今のルーナティアにロロ……じゃない、大巫女様より霊力の強い奴はいないんだしよ」

「そんなはずは……」

ないと思うんだけど、とクロノアが言おうとすると、入り口の方から声がした。

「ポプカの言う通りです。クロノアさん、この世界に異変など起こってはいませんよ」

「!……大巫女様!?」

「お久しぶりですねクロノアさん。でもクロノアさん、今の私はもう大巫女ではないですから」

「えっ?あっ、そ、そうか。……でも、異変など起こってないというのは……」

戸惑いながら彼が質問すると、かつての大巫女は穏やかに答えた。

「あの一件以来、ルーナティアは平和そのものです。何か不吉な兆しなど、一つとして感じません。そうですよね、大巫女様?」

「え? あ、は、はい!」

緊張気味にロロは返事をした。

「……でも、それじゃ僕がこの世界に来た理由が……」

未だに納得がいかないクロノアに、ポプカは溜息交じりに言う。

「オマエさ、難しく考えすぎなんじゃないか?平和な世界にオマエがいちゃいけない訳ないだろ?」

「それは……そうだけど……」

クロノアは訳が分からずに黙り込んだ。

――――何の為に、自分はこの世界に来たのか?何の為に、自分はこの世界に呼ばれたのか?

考えても考えてもわからない。やがて、彼は諦めた様に溜息をついた。

「……そうだよね。考えても仕方ないし」

すると、元大巫女がふと思いついた様に口を開いた。

「クロノアさん。もし宜しければ大巫女様の息抜きに付き合っていただけませんか? ここ最近、大巫女様は多忙で寺院の外に全く出ていないので」

「えっ? 全く外に出てない?……そ、そんなに大変だったの、ロロ?」

聞かれてロロは、恥ずかしそうに首を振る。

「そ、そんな事ありませんよ! それは、見習いだった時とは、比べ物にならない程に忙しくなりましたけれど。息抜きなんて、そんな……」

「いいえ大巫女様。あなたは少し体を休めるべきですよ。貴方は人一倍、無理しがちなのですから……」

言われてロロは尚も躊躇していたが、やがてホッと息とついた。

「……分かりました。それではお言葉に甘えさせていただきます。クロノアさん、その……構いませんか?」

「当然だよ。久しぶりに会ったんだし、色々ゆっくり話したいこともあるし」

クロノアが笑みを浮かべながら言うと、彼女は嬉しそうに頬を赤くした。

「じ、じゃあ少し待っててくださいね! 服を着替えてきますから!」

言いながら慌てて奥の部屋に向かう。……が、案の定というべきか、躓いて顔を床へと直撃させた。

「イ、イッタ〜」

「「「……」」」

ごく僅かな時間で三回も転倒するという凄まじいドジっぷりに、三人は最早何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――クロノアとロロは、以前自分達が別れた岬へとやって来ていた。

「変わってないね……ここも」

「……はい」

並んで座りながら、二人は他愛のない会話をする。

「あれから……もう随分経つんだよね」

「……そうですね。私は大巫女になっちゃいましたし、哀しみの国も再建しましたし」

言われてクロノアは海の向こう側にある、哀しみの国に目をやる。

「……哀しみの王は、どうなったの?」

「……分かりません。でも、きっとルーナティアにいると思います。何か、何かそんな感じがするんです!」

意気込んで言うロロに、クロノアは笑って答えた。

「ははっ。ロロがそう言うんならきっとそうだよ。なんたって大巫女様のお言葉なんだから」

「っ!も、もうクロノアさん! からかわないでくださいよ!」

気恥ずかしそうに彼を睨みながら、ロロは言った。

「別にからかってなんかいないよ。本当にそう思っただけ」

「……クロノアさん」

「ロロなら……きっと立派になると信じてた。あれからずっと……」

そう言ってクロノアは空を見上げる。

「ポプカも喜んでるんじゃない? ロロが大巫女様になって」

「クスッ、そうだといいんですけどね。いつも『こんなドジな奴がねえ〜』とか、憎まれ口ばっかりなんですよ」

「く…くく、ポプカらしいや。本当、素直じゃないんだから」

タットにもそんな調子だよね、と彼が続けると、彼女はふと尋ねた。

「あの、クロノアさん。ポプカってば、タットさんに失礼な事してませんでした?」

「えっ?」

妙な事を聞かれて、クロノアがロロに振り返ると、彼女は溜息交じりに答えた。

「ポプカッたら、タットさんといっつも喧嘩してるんです。仲良くしてって、いつもお願いしてるんですけど」

「あ〜確かに……」

泪の海でのやりとりを思い出し、クロノアは深く頷いた。その様子に、ロロは心配そうに尋ねる。

「クロノアさん……やっぱりポプカ、タットさんに失礼なことを?」

「い、いや、それは大丈夫だったよ」

―――むしろ、ポプカの方が色々エライ目に遭ってたんだよね。

そうは思っても、とても言えないクロノアだった。

「ならいいんですけど。本当にどうして、ポプカはあんなにタットさんを嫌うんでしょうか?」

悲しげに俯く彼女に、クロノアは励ます様に言う。

「考えすぎだよ、ロロ。もしポプカが本当にタットを嫌ってるんなら、手伝ったりなんかしないって」

「……そうでしょうか?」

「そうだよ。さっきだって文句言いながらも、結局ついていったじゃん」

さっき、と言うのはクレア寺院を出たときの事だ。

どういう事かというと、実はポプカも一緒にここに来る予定だったのだが……。

 

 

……。

…………。

「やっほ〜〜ポプカ!」

「げっ、タット!?……何の用だよ?」

「あ〜何よ、その嫌そうな顔は!?」

「……嫌だから、嫌な顔してんだよ。」

「むうっ!全くアンタって奴は……まっ、いいや!手伝って欲しい事があるから、ちょっと来て!」

「な、なんだよ、まだ手伝えってか!? 冗談じゃねえ! オイラはこれから遊びに行くんだ。他をあたって……」

「ハイ、素直でよろしい! それでこそ、アタシの子分よね!」

「だ〜〜っ!! いつオイラがオマエの子分になったんだ!? つーか、嫌だって言ってるだろうが!! 少しは人の話を……」

「何か言った?」

「……わ、分かったよ。手伝えばいいんだろ、手伝えば!!」

「そういうこと♪……じゃあクロノア、ロロ。また後でコイツ返しにくるから! まったね〜〜!!」

「オイラを物扱いするなーーっ!!」

……。

…………。

 

 

とまあ、こういった訳でポプカは来れなかったのだ。

言うまでもなく分かるとは思うが、ポプカは自ら進んで行った訳ではない。単にタットに睨まれたのが怖かっただけの事である。

それは誰の目にも明らかなはずなのだが…………。

「そうですね! ポプカが進んで人の手伝いするなんて、滅多にないことですし!」

「そうそう! だから、きっとあの二人は仲良しなんだって!」

……この二人には分からないらしい。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく談笑していた二人だったが、ふとクロノアは沈んだ顔をして視線を落とす。

「色んな世界を旅して、色んな世界の夢を守って。……そうして僕は生きてきた」

澄んだ海面を眺めながら、クロノアは独り言の様に呟く。

「?……クロノアさん?」

「それが僕の生き方だと……いつしか思っていた。僕はいくつもの世界を、救いながら旅をしていくんだと。だけど……」

そこでいったん言葉を切り、彼は立ち上がった。

「また、この世界……ルーナティアに来て、僕は分からなくなった。平和なこの世界に、なぜ僕は来たんだろうと……」

「クロノアさん……」

ロロも立ち上がり、俯いているクロノアの横顔を見つめた。

「いくら考えても分からない。僕は……どうして……ルーナティアに……」

そう言ったきり、彼は黙り込んだ。

夢見る黒き旅人―――ここルーナティアで呼ばれて以来、自分は様々な世界でそう呼ばれてきた。

そう、自分は旅人なのだ。世界を救っては、また違う世界へと旅立つ旅人。

そんな自分が、どうしてこの世界に来た?もう救う必要もない、もう旅する必要もないこの世界に?

(……分からない。僕は……僕は……)

手に持ったリングを見つめながら、クロノアは苦悩する。するとその時、ロロが静かに口を開いた。

「あの、クロノアさん」

「……何?」

彼女に振り返ると、ロロはポツポツと話し出した。

「私、なんとなく分かった気がするんです。平和になったルーナティアに、どうしてクロノアさんが来たのかが」

「……えっ?」

不思議そうに漏らしたクロノアを真っ直ぐに見つめながら、彼女は続ける。

「クロノアさんは……夢見る黒き旅人。今でも私はそう思っています。そして、そのために色んな世界を旅していく人だというのも。……けど!」

ロロは胸に手を当て、溢れる感情を抑えられないといった感じで続ける。

「旅人は、いつまでも旅をしなくてはいけないのですか!? 旅には、終着地なんてないのですか!?」

「終着地……」

考えたこともなかった事に、クロノアは呆然と呟く。

「だから! クロノアさんが……また……この世界に来たのは……ここがクロノアさんの……夢見る黒き旅人様の……旅の……終着地……

 なのでは……ないかって……私……」

大きな瞳から零れる涙を拭おうともせずに、ロロは声を詰まらせながらも言い続ける。

「勝手で……何の根拠もないけれど……私は……そうだと……思い……っ!!」

とうとう耐え切れなくなって、彼女は両手で顔を塞いだ。

「……ロロ」

ルーナティアが、彼の旅の終着地。それは確かに何の根拠もない、ただの推論に過ぎない。そして、同時に彼女の願望でもあった。しかし……

「……」

クロノアは黙って彼女を見つめた。

彼女の言った言葉が、彼の心に刻み込まれる。暫くして、クロノアは静かに口を開いた。

「……そうだね。きっとそうだよ」

「っ!」

その言葉に、ロロは顔を上げた。

「僕は、夢見る黒き旅人だ。……だけど、夢はいつまでも見れる物じゃないし、旅人だってずっと旅をする訳じゃない……

 夢はいつか終わるし、旅もいつかは……どこかにたどり着く。……そういう物なんだよね。旅も夢も」

「……っく……クロ……ノア……さん」

涙目で自分を見つめる彼女に、彼は微笑みを返した。

「ロロ……ありがとう。やっと分かったよ。僕の……夢見る黒き旅人の、長い長い夢の旅は……今、終わったんだ」

「っ……うわあああーーーっっ!!!!」

ロロは泣き叫びながら、クロノアに力一杯抱きつく。それをしっかりと受け止める彼の眼からも、一筋の涙が零れ落ちた。

――――ようやく分かった。自分がこの世界に来た理由が……。

(きっと間違いない。……僕の旅はここで終わりなんだ。だって、このルーナティアは……僕の一番大切な人が、いる場所なんだから)

「……もう、何処にも行かないよ。ロロ」

「……は……い……!!」

ロロはそう言うと、再び泣き始めた。

だがそれはあの時とは違い、哀しみのためではない。

ずっとずっと、思い続けていた……たった一つの願い事が、叶ったが故の涙であった。

 

 

 

 

 

――――人は夢を見る。人は旅をする。

どちらも始まった時は、終わりなど無い様に思えるが、夢も旅も、いつかは終わりを迎える。

それが何時なのか、それが何処なのかは分からない。だが、これだけは言える。

終わりは決して、悲しい物ではないということは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


あとがき

 

という訳でいかがだったでしょうか?

クロノアのストーリーからして、こんな展開はまずありえないだろうとは思うでしょうが、

これはこれで良いなと思ってくれれば嬉しいです。

クロノアのキャラは皆好きなので、書いていて楽しかったです。特に、ポプカとタットのやりとりは個人的にお気に入り()

この二人は、きっとこんな関係だろうなあ…と、そう思うとネタが浮かぶ浮かぶ()

もっと長くしようかとも思ったんですが、メインではないのでカット。少し残念()

…・あ、勿論クロノアとロロも書いていて楽しかったですよ?(誰に聞いてんだ)

また機会があれば、クロノアの話も書きたいです。では。

 

 

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