最終決戦〜Ocarina of Time〜(第一話)
「……あれ?」
妖精ナビィは、時の神殿の内部に入るや否や、少々間抜けな声を上げた。
「誰もいないよ……?」
言いながら、ナビィは遅れて入ってきたリンクに振り返る。すると、彼は軽く首を振った。
「いや……どうせアイツの事だ。いきなり出てくるんだろう」
そう言いながら、リンクは一つ溜息をついた。
「ねえリンク。ここで待っている人って、やっぱり……」
「……さっきから言ってるだろ? どうしたってアイツ以外考えられない。……それよりナビィ、悪いけど帽子の中に入っててくれないか?」
「えっ?」
「……アイツと、二人だけで話がしたいんだ」
「うん……分かった」
そう言うと、ナビィはスッと彼の帽子の中に入っていった。
――――全ての賢者を目覚めさせ、光の賢者であるラウルから言われた言葉。
『時の神殿で、お前を待っている者がおる。』
その言葉を聞いた時、リンクの頭の中にある人物が浮かんだのだ。
(そう考えれば、いろいろと合点がいくしな……)
と、その時背後に人の気配を感じ、彼はゆっくりと振り返った。
「……待っていたよ、リンク」
そう言って現れたのは、シーカー族の装束を纏い、顔の大部分を覆面した青年だった。
「……シーク」
やはりそうだったか、とリンクは呟く様に彼の名を呼ぶ。そして、一歩一歩こちらに近づいてくる彼に、静かに口を開いた。
「思った通りお前だったか、シーカー族のシーク……いや」
ちょうどそこまで言い終えた時、彼は自分の前で足を止めていた。リンクは続ける。
「ここは七人目の賢者シーク……と言うべきか?」
「っ……」
その問いかけにシークは何も言わず、相変わらずの無表情であったが、一瞬ハッとするような仕種をしたのを彼は見逃さなかった。
「途中から、薄々思ってはいた……なぜいつも俺の前に現れるのか、なぜ神殿へと導くメロディを知っているのか……
だがそれも、お前が賢者の一人だと考えれば、たいして不思議じゃない。……そう考えた時に分かった、お前が何者なのか……な」
「………」
依然として口を開かないシークに、リンクは少しばかり苦笑する。
「おいおい、もう隠すことは無いだろ? それより……俺をここに呼んだ理由は何だ?」
「……君に、話しておきたい事があるんだ」
ようやく口を開いたシークは、いつもの全てを見透かした様な瞳を彼に向ける。
「話したい事……?」
「ああ。それは君の言っている事の真偽にも関わる事……心して聞いてくれ」
シークの話を聞き終えたリンクは、思わず驚きの声を上げていた。
「トライフォースの伝説に、そんな続きが……」
「ああ」
かつて、ゼルダから聞いた伝説が全てだと思っていたリンクにとって、彼の話に驚くのは無理もない事だった。
「『力』、『知恵』、『勇気』……その全てが無ければ、トライフォースは三つに砕け散る、か……じゃあ、ガノンドロフの時はどうだったんだ?」
「そう。ガノンドロフ……奴がトライフォースを手にした時、伝説は現実の物となった」
「!……って事は……」
リンクの言葉に、シークは静かに「そうだ」と頷き、そして続ける。
「伝説通り、トライフォースは三つに砕け、奴に手に残ったのは『力』のトライフォースのみだった」
「『力』か……まあ、奴が信じる物と言えば、それの気がするな。……すると、『知恵』と『勇気』のトライフォースは?」
「これも伝説通りだ。……二人の神に選ばれし者達に宿り、ガノンドロフはその二人を血眼になって七年間捜し続けた。
……完全なる支配者となるためにな」
「それで……どうなったんだ? その二人は?」
尋ねたリンクに、シークは静かに告げる。
「……今、ここにいる」
「……何?」
リンクは一瞬耳を疑う。―――今ここにいる?……という事は、まさか……?
「『勇気』のトライフォースに選ばれし者……時の勇者リンク」
「!」
(そんな……俺が……?)
驚愕の表情で、彼は絶句する。しかし、この後に起こる出来事に、彼は更に驚く事となる。
「そしてもう一つ、『知恵』のトライフォースに選ばれし者。賢者の長となる七人目の賢者……」
そう言うと、シークは不意に左手を目の前にかざした。すると、その手の甲にトライフォースが浮かび上がると同時に、激しい光が放たれる。
「うっ!?」
突然の事に、リンクは反射的に両腕で目を覆う。そして、光が弱まっていくのを感じると、目を擦りながら彼に向き直る。
「お、お前なあ……こんな時まで、いつもの目くらましみたいな真似しなくても……っ!?」
その後の言葉を彼は言わなかった……いや、言えなかった。
目の前に立っている人物に、リンクはただ絶句するしかなく、呆然と立ちつくしていた。
(どういう事……だ?)
リンクの目の前に立っていたのはシークではなく、どうみても身分の高い令嬢としか思えない、気品と美貌を備えた女性だった。
驚愕に目を見開く彼に、彼女は憂いを帯びた瞳で彼をみつめ、静かに口を開く。
「この私……ハイラルの王女、ゼルダです」
「……なっ!?」
頭を強く殴られた様な衝撃が、リンクに奔る。
「ゼルダ姫!?」
今まで隠れていたナビィも、あまりの事に帽子から飛び出し、驚きの声を上げた。
「ゼルダ……本当にゼルダなのか?」
ややあって彼がそう問いかけると、彼女はゆっくりと頷き、それから申し訳なさそうに目を伏せ、顔を逸らした。
「……はい。魔王の追及を逃れるためとは言え、今までシーカー族と偽り接してきた事、どうか許してください」
「っ……」
リンクは何といって言いか分からず、とりあえず自分の思っていた疑問を彼女にぶつける。
「アイツは……シークは、お前だったのか?」
「はい。ガノンドロフに気づかれないためには、シーカー族に成り済ますのが最良というインパの勧めで……魔法で姿形を変えていたのです」
「……そうだったのか」
彼は思わず感嘆の声を漏らす。―――まさか正体不明の怪しい奴だと常々思っていたシークが、事もあろうにゼルダだったとは……
(外れてはいないが、当たりでもなかった様だな。俺の考えは……)
心の中でそう呟き、それからリンクは懐かしむ様な表情でゼルダを見つめる。
「インパから聞いてはいたが……よく無事だったな。あの後は……何とか逃げられたのか」
その言葉に、彼女は「ええ」と微かに笑みを浮かべた。
「七年前のあの日……ハイラル城は、ガノンドロフの突然の襲撃に陥落しました……」
記憶の糸を辿る様に、ゼルダは一つ一つの言葉を確かめながら続ける。
「そして、インパと共に城を脱出する時……私は見たのです。あなたの姿を……」
それを聞いて、リンクの頭にその時の記憶が蘇る。
―――突然の激しい雷雨……白馬に乗ったまま自分を見つめる少女……そして、その少女がこちらに投げた物……。
「私は思いました。あなたに時のオカリナを渡すチャンスは今だ、と」
そこで言葉を切り、ゼルダは再び目を伏せ、顔を逸らした。
「あなたの手に時のオカリナがある限り、トライフォースはガノンドロフに渡らない……そう思ったのですが……私の予期せぬ出来事が起こったのです。
……マスターソードがあなたの魂を、聖地に封印してしまうなんて……」
「ああ……俺もまさか、七年間も眠らされるとは思わなかった……」
彼がそう言うと、ゼルダは痛ましい表情で言う。
「その間にガノンドロフは、まんまと聖地に侵入しトライフォースを我が物に……それらは全て、不幸な偶然……私は先ほど言った様に、
シーカー族のシークと偽り、あなたの目覚めを七年間待ちました」
言い終えると、彼女はリンクに向き直り、まっすぐに見つめる。
その瞳にじわりと涙が滲むのを目にし、彼は一瞬ドギマギした。
「ゼルダ……」
「そしてあなたが目覚め、六賢者も覚醒した今……魔王が支配する暗黒の時代は終わるのです」
ゼルダは喜びを含めた声でそう言い、両手を高々と掲げる。
すると、その両手が輝きだしたかと思うと、一瞬の閃光が奔り、光が矢の形となった。
「リンク……これを」
「……これは?」
徐にその矢を受け取りながら、リンクは彼女に尋ねる。
「邪悪なる者を射るため、神が与えたもう力……光の矢です」
「光の……矢」
「ええ。ガノンドロフを倒すのに必要な武具。……この七年間、必死の思いで探し当てました」
「えっ? マスターソードだけじゃダメなの?」
それまで黙っていたナビィが、ふと不思議そうに言った。
「はい。『力』のトライフォースにより、ガノンドロフの魔力は想像を絶するほどに達しています。
いかにマスターソードと言えど、そのままでは太刀打ちできないのです。でも、この光の矢さえあれば……」
「奴の魔力を封じ込める事が出来る、という事か……」
彼は光の矢を懐に収めると、ゼルダに穏やかな笑みを向けた。
「ゼルダ、ありがとう。必ず……あいつは倒してみせる」
「……リンク」
そう呟いた途端、彼女は静かに一筋の涙を流す。
「……お、おい?」
彼が戸惑ったような声を出すと、ゼルダは慌てて涙を拭った。
「ご、ごめんなさい。でも、私……ようやく『ゼルダ』として、あなたに会えて……嬉しくて……」
「っ……」
それを聞いて、リンクはハッとした。
―――そうだ。……ゼルダは七年間、ずっと……ずっと……。
自分は眠っていたため実感が湧かないが、彼女には確実に七年の歳月が流れている。
その間、彼女はずっと自分の身を案じてくれていたに違いない。そして七年経っても、今この時まで『ゼルダ』を表に出すことは出来なかったのだ。
そう思うと、自然と罪悪感がこみ上げてくる。
「ゼルダ……すまなかった」
静かに涙を流す彼女に、リンクは無意識に謝罪の言葉を述べていた。
……その直後だった。
突然地面が、神殿が大きく揺らぎだし、ナビィは悲鳴を上げる。
「きゃっ!?」
「な、何だ!?」
リンクはバランスを取りながら忙しげに辺りに視線を飛ばす。
――――地震!? いや、何かが違う……これは……!?
「この地鳴り……まさか!?」
不意にゼルダが感付いた様な声をだす。それを聞いて、彼も思った。
「!……ガノンドロフか!?」
叫ぶと同時に、リンクは咄嗟にゼルダに向き直る。
―――まさか、奴の狙いは……ゼルダ!?
思わず彼女を自分の方へ引き寄せようと手を伸ばす。だが、突如、ゼルダの体が紫色の結界に包まれる。
「ああっ…!?」
それを見て、リンクは思わず毒づいた。
「くそっ! やはり……」
「リンク!!」
結界の中の彼女が悲痛な声を上げる。と、その時どこからか声が聞こえてきた。
〔愚かなる反逆者……ゼルダよ……〕
「!」
その声は聞き間違えるはずも無い、ガノンドロフの声だった。
〔七年もの長き間、よくもこの俺から逃げおおせた……だが油断したな。その小僧を泳がせておけば、いつか必ず姿を現すと思っておったわ!!〕
「……!!」
ゼルダはその言葉に、自分がまんまと罠にかかった事を知る。
「そんな……」
思わず声を漏らしたゼルダだったが、次の瞬間には意識を失っていた。結界が怪しげな光を放ち、彼女を気絶させたのだ。
「ゼルダ! くっ……!」
リンクは全力で拳を結界に叩きつけるが、結界は破れるどころか傷一つつかず、ゼルダを包み込んだまま、徐々に浮上していく。
〔唯一の俺の誤算は、その小僧の力を少々甘く見すぎていた事……いや、小僧の力ではない、『勇気』のトライフォースの力だ〕
「ゼルダ!!」
「ゼルダ姫!!」
神殿の天井近くまで浮かんでいったゼルダに、リンクとナビィは叫び続けるが、それは虚しく響くだけだった。
〔ゼルダを助けたくば、我が城まで来い!!〕
ガノンドロフの言葉と共に、彼女は忽然と姿を消し、その場にはリンクとナビィだけが残された。
(しくった……目の前にいながら、助ける事が出来なかった……!)
拳を握り締め、リンクは悔しさに体を震わせる。
「リンク! 急いでガノン城に行かないと……!!」
そんな彼を見て、ナビィは緊迫した声を上げた。
「……分かってる!!」
マスターソードを手にとり、リンクはナビィに目をやる。
「いくぞ、ナビィ! 覚悟はいいな!!」
「うん!!」
互いに頷き合い、二人は神殿を飛び出した。
――――――最終決戦の時は……近い。
あとがき
最近、WiiのVCで時オカをプレイしていて、それで無性に書きたくなりました。全部で五話になるかと。
微妙にオリジナル要素を含めつつも、基本的にはゲームに沿っていく予定(と書いて未定)です。
後、この話はトワプリに続くような形になるので、最後にはかなりオリジナルが入ると思いますので、ご了承ください。では。