最終決戦〜Ocarina of Time〜(第二話)
かつてはハイラル城……そして現在はガノン城と呼ばれる城の最上階。
そこへ通じる最後の扉が重々しく開き、リンクはゆっくりと足を踏み入れた。
「……ここは?」
「最上階のはず、なんだけど……」
そうナビィが呟く様に答えた時だった。
♪〜〜♪♪〜〜〜♪〜〜
♪〜〜♪♪〜〜〜♪〜〜
少し前から聞こえていたパイプオルガンの音色が、一際大きく聞こえてくる。
不思議に思いながら部屋の奥に目をやった時、彼は思わず叫んでいた。
「!……ゼルダ!!」
中空に浮かぶ結界。その中から、ゼルダは不安げな顔でこちらを見つめている。
ここからでは良く分からないが、別段傷を負っている訳でもなさそうだ。
ひとまず安堵の溜息をついたリンクだったが、ふと感じた邪悪な気配に正面を見据える。すると、そこには……
「……ガノンドロフ」
そう、奴がそこにいた。
こちらに背を向け、オルガンを奏でる男―――ハイラルを地獄に変えた魔王としては、いささか不似合いな姿ではある。
だが、その背からははっきりと殺気を感じる。リンクは慎重に歩を進めながら口を開いた。
「一体、何の真似だ?……鎮魂歌(レクイエム)のつもりか?」
「……フッ。中々察しが良いではないか」
微かに笑いを含んだ声で、ガノンドロフは答える。
「わざわざ俺に『勇気』のトライフォースを届けに来てくれた貴様に、せめてもの礼にと思ってな。……これで安らかに、あの世に逝けるだろう?」
「……生憎だが俺はまだ、あの世に逝く気はない。鎮魂歌など不要だ!」
叫びながらマスターソードの柄に手をかけ、抜き取ろうとした時だった。
(!?……なんだ?……手?)
突然、違和感を覚え、リンクは自分の手の甲を見る。すると、そこにはトライフォースの紋章がはっきりと浮かび上がっていた。
(これは……?)
ふとゼルダの方に視線を向けると、彼女も自分の手の甲をみて驚いた表情をしている。
(一体、何が……?)
「共鳴している……トライフォースが再び一つに戻ろうとしている……」
彼の疑問に答える様に、ガノンドロフがオルガンを奏でる手を止め、感慨深げに語りだした。
「七年前のあの日……我が手に出来なかった二つのトライフォース……まさか、貴様達二人に宿っていようとはな……」
そこで一瞬の沈黙が流れる。やがて喜びを隠し切れないのか、魔王が笑い声を上げた。
「フッフッフッ……そして今、ついに全てのトライフォースがここにそろった!!」
黒衣を翻しながら振り返り、ガノンドロフは強く拳を握る。すると、その手の甲にトライフォースが浮かび上がった。
「貴様らには過ぎたオモチャだ……返してもらうぞ!!」
瞬間、奴の全身から凄まじい魔力が波動となって襲い掛かる。
「……ぐっ!!」
その波動に吹き飛ばされそうになるのを必死に耐えながら、リンクはマスターソードを鞘から抜く。
「リ……リンク!」
その時、不意にナビィが苦しげな声を上げた。見ると、ふらふらと力なく浮遊している。
「ナビィ!?」
恐らく妖精であるナビィに、この邪悪な魔力の波動は耐え難い物なのだろう。咄嗟に彼はナビィを促す。
「隠れてろ! お前にこの波動はきつ過ぎる!!」
「で、でも……」
「いいから隠れてろ! こいつは俺一人で十分だ!!」
食い下がるナビィを一喝する。するとナビィは「……分かった」と自分の帽子の中に入っていった。
「フッ……随分と威勢が良いな。して、その威勢……いつまで続くことやら……」
「だったら……試してみたらどうだ?」
余裕の笑みを浮かべるガノンドロフを、リンクは睨みつけながら口を開いた。
その表情には一切の迷いも恐怖もない。それを見て取ったガノンドロフは満足げに頷いた。
「ふむ、中々楽しませてくれそうだ。……では試させてもらうぞ、はあっ!!」
魔力によって中空に浮かび上がり、ガノンドロフは巨体に似合わぬ素早さで拳を床に叩きつける。
「おっと!」
リンクはすかさず後方に飛びのく。すると衝撃波で周りの床が崩れ落ち、それが決戦の合図となった。
「食らえ!!」
ガノンドロフは一瞬のうちに雷球を作り出し、叫びと共にそれを凄まじい速さで投げつける。
「はっ!」
だがリンクは、驚くべき身のこなしの速さで雷球を難なくかわした。
「フン……意外に身の軽い奴だな」
魔王のその言葉に、リンクは不敵な笑みを浮かべる。
確かに速いことは速い。しかし、この技は七年前にも目にした事があり、奴の幻影―――ファントムガノンも使ってきていた。
いかに強力な技と言えど、そう何度も見せられれば避けることは容易い。
(問題はどうやって、奴を引きずり降ろすか……)
次々と投げつけられる雷球を避けながら、彼は思案する。
魔王に致命傷を与えられる武器はマスターソード以外にはない。だが、常に宙に浮いている奴に、このまま斬りつける事は不可能だ。
(!……まてよ。奴が宙に浮いているのが、魔力を用いてだとしたら……)
そう考えた瞬間、リンクはすぐさま弓を構える。そして、目にも留まらぬ速さで矢を連射した。
「バカめ! やっと攻撃してきたかと思えば……そんな物、避けるまでもないわ!!」
そう叫ぶガノンドロフの体を、邪悪な魔力が守る様に包み込む。
そしてリンクが放った矢は、その魔力の衣に触れた瞬間に音も無く消滅した。
「大魔王であるこの俺に、そんな物が通じるわけがなかろう!!」
「……そうかい?」
全く効き目がないと分かっているにも関わらず、彼は矢を放ち続けながら口を開く。
しかしそれも束の間、一瞬手を止めかと思うと、すぐさま懐から光の矢を取り出し、弓を引き絞った。
「なら、これはどうかな!!」
「!?」
途端にガノンドロフは顔から余裕が消え去り、驚愕の表情が表に出る。
「き、貴様!?」
「いけええっっ!!」
叫びと共に放たれた光の矢は、その名の通り光の如き速さでガノンドロフに迫る。
予想外の攻撃に動揺している奴を見て、リンクは決まったと思った。しかし……
「ちいぃっ!」
「……何!?」
不意にガノンドロフは魔力の衣を解いたかと思うと、身につけていた黒衣をもって光の矢を防いでしまった。
「光の矢とは、厄介の物を……だが、残念だったな。この黒衣は聖なる力を完全に防ぐ衣。いかに光の矢と言えど、この黒衣の前には無力だ!」
「ちっ!」
思わずリンクは舌打ちする。――――有効だと思った光の矢が、こうも簡単に防がれるとは……!
(……どうやらまず、あの黒衣を何とかしないといけない様だな)
あれさえ何とかすれば、奴に勝つ事は不可能ではない。――――だが、一体どうすれば……?
「どうした?光の矢を防がれて意気消沈したか?」
動きを止めたリンクに、ガノンドロフは薄笑いを浮かべた。しかし、すぐにその笑みを消し、呟く様に言う。
「とはいえ、貴様は思った以上に危険な様だな………悪いが、お遊びはここまでとさせてもらうぞ!!」
「!?」
突然ガノンドロフが片手を高々と掲げ、凄まじい量の魔力を集中させていく。
「……くっ!」
――何だ!?いったい何を……!?
「いくら貴様とて、これは避けきれまい……食らえ!!」
ガノンドロフがそう叫んだ瞬間、おびただしい数の雷球が投げつけられた。
「くそっ!!」
咄嗟にリンクは後方に飛ぶが、如何せん数が多すぎる。数発はかわす事が出来たが、残りの雷球は依然として自分に向かってくる。
最早かわすことは不可能と判断した彼は、マスターソードで雷球を薙ぎ払った。
「やあっ!はあっ!せええいっ!」
鋭い剣閃に触れた雷球が、次々と辺りに四散していく。だが、それでも防ぎきれなかった五発の雷球が、リンクの体を直撃した。
「!しまっ……ぐああっっ!!」
激痛が全身を奔り倒れそうになったが、彼はマスターソードを地面に突きたて、それを支えにする事で何とか踏みとどまる。
(ぐっ!……たった五発食らっただけで、この威力か……)
リンクは改めて、大魔王の力に驚く。今回はどうにか耐えられたが、もう一度食らったら致命傷なのは間違いないだろう。
「リンク!!」
今まで隠れていたナビィが帽子から飛び出し、心配げな声を上げる。
「心配するな……これしきのダメージ……」
「リンク……」
「大丈夫だ……だから隠れてろ、ナビィ。すぐに……片をつける!」
「……っ……」
それから数秒の間、ナビィは彼を見つめていたが、やがて無言で帽子の中に入っていった。
「フッ……そんな状態でも威勢だけは一人前だな。褒めてやるぞ」
その様子を見て、ガノンドロフが馬鹿にした様な笑みでこちらを見る。
「はっ……お前に褒められても、嬉しくも何ともないが……ぐっ!!」
体勢を立て直そうと体を動かす度、絶えず激痛が奔り、リンクは苦痛の声を漏らす。
(何とか……何とか……奴の黒衣を無効にしないと……!)
荒い息を吐きながら、彼はガノンドロフを睨みつける。とその時、頭の中にある事が閃いた。
(!……そうか!聖なる力が駄目なら……)
「さて……そろそろ終わりにするか」
ガノンドロフは再び魔力を集中し始める。また、あの技を繰り出す気だろう。
「……よし」
まだ痺れが残っている手を無理やり動かし、リンクはマスターソードを構える。
そして目を閉じ、全神経を研ぎ澄ませた。
(……チャンスは一瞬……!!)
「……死ねえっ!!!」
魔王が叫び、再び無数の雷球が飛び交い、リンクへと襲い掛かる。
しかし彼は相変わらず視界を遮断したまま、微動だにしなかった。
(……まだ遠い……)
自分に残された最後の勝機を逃さぬ様、その時を待つリンクに、ガノンドロフが高らかに笑う。
「はははっ! どうした!? 観念したか!!」
その嘲笑に混じり、段々と雷球が近づいてくるのが分かる。
しかし、まだ間合いではないと判断したリンクは、姿勢を変えずにいた。――――そして……。
「っ!?……リンク!!」
(……!ここだ!!)
更に雷球が近づいた時、ナビィが悲痛な声を上げる。
リンクはそれと同時に、マスターソードを握る手にグッと力を込めた。
「はああああっっ……!!」
正に雷球が直撃する刹那、リンクは体を捻り独楽の様に回転しながらマスターソードを振るった。彼の必殺の技――回転斬りである。
迫っていた雷球は全てその剣閃に弾かれ、一つたりとてリンクにあたること無く、辺りに四散していく。
そして……いくつかの雷球が、完全に油断していたガノンドロフへと向かう。
「な……何!?」
咄嗟の事に反応できなかった魔王は、うかつにも黒衣で雷球を防ごうとしてしまった。
「はっ!? し、しまっ……ぐおおおおっ!!!」
気づいた時には既に遅し。黒衣は雷球を防ぐことなくボロボロになり、直撃を食らったガノンドロフは苦しげに絶叫する。
「思った通りだったな!」
リンクは思わず喜びの声を上げた。
――――聖なる力を無効化する衣なら、邪悪な力であれば効果が有るのではないか?
そう思ったのだが、どうやら読みが的中したらしい。
絶好の好機、これを逃す手は無い。間髪入れずにリンクは弓を構えた。
「今度こそっ!!」
全力で弓を引き絞り、光の矢で魔王を狙う。奴はこちらの攻撃に気づいたようだが、まだ雷球が効いているのか、呻きながらもがくだけだった。
「ぐぐ……くそっ!」
「当たれええええっっ!!」
渾身の力を込めて放たれた光の矢は、寸分の狂い無くガノンドロフに命中した。
「ぐおおおおっっ!!」
先ほどよりも苦しげに絶叫したガノンドロフは、まるで空気が抜けた風船の様に中空から床にへたり込む。
光の矢の聖なる力が、魔王の邪悪な魔力を封じ込めたのだ。
「やあああああっっ!!」
リンクは残った力の全てを使い、大きく床を蹴って跳躍する。
そして、へたり込んだままのガノンドロフに斬りかかった。
「食らえーーー!! ガノンドロフっっ!!」
――――大魔王。悪の権化。一連の事件の黒幕。
その者に振り下ろす刃は、眩いばかりの輝きを放っていた。
「ぐあああああっっ……!!」
リンクの剣閃は、ガノンドロフの急所を確実にとらえる。斬られた傷跡を押さえ、魔王はもう長くない事を示す、荒い息を吐いた。
「はあっ……はあっ……この俺様が……大魔王ガノンドロフが敗れるのか……? こんな、小僧に……がはっ!!」
大量の血を口から吐き出し、苦しげに手を伸ばす魔王に、リンクは無表情で言った。
「……どうやら、あの鎮魂歌はお前に贈られたらしいな」
「リ……ンク……!! うおおおおおおっ!!!!!!!」
断末魔の叫びを上げたガノンドロフから強烈な光が放たれ、リンクは反射的に目を覆う。
――――そして、ややあって開いた彼の目に映ったのは……力を失い、抜け殻の様な姿で地に伏せる大魔王の姿であった。
あとがき
まずは補足から。ガノンドロフの『黒衣』と言うのは『マント』の事です。
話としてはかなり長い割に、リンクもガノンドロフも一回しかダメージを受けていないので、
もう少し戦わせても良かったかな?とも思ったりもしますが、まあこれはこれで良しとしておいてください。では。