エピローグ〜決意、君と共に〜

 

 

 

 

 

 

――――レザルナさんとの戦いから、一日経った次の日。

セイカさんの家で一夜を明かしたボクとモニカは、事の結末を王妃様に報告するべく、レイブラント城へとやってきていた。

……と言っても、セイカさんが気を利かせて昨日の内に、ある程度報告していくれていた様なので、そんなに喋る事も無かったんだけど。

「そうですか……レザルナも、哀れな人だったのですね」

報告を聞いた王妃様が、眼を伏せながらそう言うと、ボクは小さく頷く。

「はい。……だけど、もう終わった事です。セイカさんの話だと、『時空のひずみ』によって別の時間に飛ばされたり消滅したりしていた

 物も、徐々に戻ってきているそうですし」

「ええ、その事は聞いています。決して小さい被害ではありませんでしたが、ともあれ取り返しのつかない事態にはならなかったみたいですね。

 ……ありがとうございました、ユリス君。それにモニカ、貴方も」

「いえ、母上……私は特に何も……レザルナを倒したのも、ユリスですし……」

「謙遜する事もないだろ、モニカ?」

母親に褒められて柄にも無く大人しくなっているモニカに、ボクは軽く笑いながら声を掛けた。

「あの戦い……レザルナさんとの戦いは、ボクと君、どちらが欠けてもダメな戦いだった。そう、三年前の時の様に。

 だから賛辞は、素直に受けとっておきなよ」

「ユリス……うん、そうね」

モニカは頷くと、王妃様に一礼を返す。

それを満足そうに眺めた後、王妃様はふとボクの方へと視線を向けた。

「それでユリス君、貴方が帰る方法なんですけど……」

「え?あ……そうか、すっかり忘れてた。で、どうやってボクは……?」

「私が現在、調整中よ」

「「……!?」」

ボクが王妃様にそう訪ねた時、不意に後ろから扉が開く音と共に声が聞こえる。

驚いてボクとモニカが振り返ると、そこにはセイカさんの姿があった。

「セイカさん!?どうして貴方が?……ボクの正体を……?」

戸惑い、あやふやな言葉で尋ねたボクに、セイカさんは苦笑交じりに答える。

「ええ、知ってるわ。貴方が過去の時代の人だという事は。……正確に言えば、気づいたというのが正しいのだけれど」

「えっ?気づいたって……?」

意味が分からずにボクがセイカさんの言葉を繰り返すと、横にいたモニカが口を開いた。

「ゴメン、ユリス。聞かれなかったし、わざわざ言う必要もなかったから黙ってたんだけど……君って結構有名人なんだ」

「有名人?一体どういう……あ、そうか。グリフォンとの戦いの事で、か」

「そういう事。時空を越え、世界を破滅から救った一人の少年と一人の王女の英雄譚……この国じゃ、今でも好まれてるのよ。

 貴方がモニカ様と月へ行っている時、ちょっと気になって家にあった書物を読み返してみたら……件の一人の少年、見事に貴方そのものだったわ」

「は、はは……そうだったんですか」

何だか恥ずかしくなって、ボクは曖昧な笑みを浮かべる。まさか、あの戦いが物語になっているとは思わなかった。

(ボクとモニカに言っている間に、か……まあ、その前から薄々気づかれていたんだろうけど)

『ジクジャム』の調整をしていた時の事を思い出し、ボクは心の中で呟く。

あの時にセイカさんが見せた表情の意味が、今になって分かった様な気がした。

「それはそうと、ユリス。貴方が元の時代へと戻る方法の事なんだけど……」

「あ……はい、聞かせてもらえますか?」

ボクが尋ねると、セイカさんは元の時代に戻す方法について話し始めた。

それによると、どうやらこのレイブラント城の中庭に、眼に見えない程に小さな『時空のひずみ』があるらしい。

勿論そのままでは何の意味も成さない人畜無害な物だが、それを人工的に大きくさせる事で、一方通行ながら時間移動に使えるとの事だ。

そして、その準備にはもう一日ぐらいの時間が必要らしい。

「……つまり、今日は此処にいた方が良いと言う訳ですか?」

話を聞き終えたボクがそう尋ねると、セイカさんは「ええ」と頷く。

「これから調整を始めるんだけど、ひょっとしたら今日中に貴方を帰らせるかもしれないから。

事が終わった以上、貴方は一刻も早くあるべき時代へと戻った方が良いでしょうしね」

「っ……そうですね。だけど、『時空のひずみ』が帰る手段だとは……大丈夫……ですか?」

不意にこの時代へとやってきた事を思い出し、ボクは不安そうに口を開いた。

――――視界がグニャグニャに曲がり、引っ張られる様な感覚に陥り、やがて意識が途切れる。

今思い出しても、気味悪さと恐怖で身体が竦む。情けないが、あんな体験は二度と勘弁して欲しいというのが本音だ。

「?……ユリス、『大丈夫ですか?』って?」

「あ、いえ、その……ちゃんと帰れます……よね?」

「えっ?……ああ、そういう事ね。大丈夫よ。決して時空の迷い子にならない様に、しっかり調整するから」

言い終えたセイカさんは、ボクから視線を外すとチラリとモニカの顔をみた……様に見えた。

しかし、一瞬だったから本当かどうかは分からない。だからボクは特に疑問を抱く事もなかった。

それよりも、明日には帰れると分かった途端、自分の中で渦巻きだした葛藤を持て余していた。

(……どうしよう?……本当に、良いんだろうか?)

決断しなければならないとは分かっている。月から戻る時も、そう考えたのだから。

だけど、やはり未だ躊躇う気持ちは否定できない。そして、その事に対する罪悪感も。

「?……ユリス?どうしたの?」

「え?あ……ううん、何でも無い」

知らぬ間に顔が強張っていたのだろう。ふとモニカが心配そうな表情でボクに尋ねてくる。

――――けれども、彼女に……悩みの原因である彼女に言える訳も無く、ボクは言葉を濁すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ス………リス……」

(……?……誰かが呼んでる……?)

――――草木も眠り、ただ夜空に浮かぶ月だけが存在を示している真夜中。

宛がわれたレイブラント城の一室で就寝していたボクは、ふと自分の名前を呼ばれている気がして、夢の世界から目覚めた。

(気のせい……かな?)

「……リス……ユリス……」

そうではなかった。確かに誰かがボクの名を呼び、そして身体を揺すっている。

不思議に思ったボクは未だ眠気の溜まっている眼を擦りつつ、声の主を確認するべく身を起こした。

「ん……誰です……?……セイカさん?」

見慣れた顔を見て、ボクはきょとんとする。

――……一体、こんな時刻に何の用なんだろう?

自然とも言えるそんな疑問を口にするよりも先に、セイカさんが真面目な口調で言った。

「ユリス、詳しい話は後で。さっ、早く起きて」

「えっ?お、起きるって何で?ひょっとして、帰る準備が出来たんですか?……だけどセイカさん、何もこんな真夜中でなくても明日……」

「話は後と言ったでしょう?ほらっ」

「わぷっ!?」

呆れて呟いたボクの顔に、セイカさんはボクの鞄を投げつける。

そのセイカさんらしくない行動と顔に感じた痛みにより、完全に眼が覚めたボクは渋々ながらベッドから降りる。

だけど、やはり釈然としないので、もう一度セイカさんに尋ねてみた。

「セイカさん……どうしたんですか?何だか……えっと……その……」

しかし、いざ口を開いてみると、何て言えば良いのか皆目見当がつかない。

段々と語尾が小さくなっていき、無意識に俯き加減になっていったボクの耳に、淡々としたセイカさんの声が届いた。

「モニカ様を中庭に呼んであるわ」

「…………えっ!?」

突拍子もない発言に、ボクは一瞬自分の耳を疑う。

(モニカを中庭に!?……それって……)

知れずボクの視線は、セイカさんへと合わさる。するとセイカさんは、無言で静かに頷いてみせた。

――……貴方の考えている通りよ。

声に出さずとも、そう言われている様な気がしてならなかった。何もかもが、見透かされている様な気がしてならなかった。

そして同時に、ボクは思う。セイカさんのこの問いに、「どういう事ですか?」等と聞いてはいけないのだと。

だから、たった一つの言葉と共に、頷くしかなかった。

「…………ありがとうございます」

「ふふ、お礼はいらないわ。……さ、早く行っておあげなさい。今なら兵士達にも見つからない様、手を打っておいたから」

軽く笑いながらそう言うと、セイカさんは踵を返して部屋のドアを開ける。

その後姿を見たボクは、思わず身を乗り出して小さな叫び声を上げた。

「セイカさん!」

「……何?」

「その……最後に、一つだけ教えてください。貴方は……貴方は一体、ボクの事を何処まで……?」

「…………」

決して心地良くはないけれど、不快でもない沈黙……それだけが暫くの間、ボクとセイカさんの間で流れる。

やがて、セイカさんはボクに背を向けたまま、感情を無理やり押し殺した様な声でボクの問いに答えた。

「……ゴメンなさい、ユリス。その問いには……答えられないの」

「っ……そうですか」

不思議と、落胆はしなかった。何となくだけど、そんな気はしていたからだ。

「だけど……」

「えっ?」

「だけど……これだけは言えるわ。貴方が私とユイヤに出会ったのは……ううん、そもそも貴方が再びこの時代にやってきたのは…………

 決して偶然でも、運命の悪戯でも無かったのだと。少なくとも……私は、そう思ってるわ」

「……セイカさん……」

「ユリス……あの時と同じ台詞になるけど、一つだけお願いして良いかしら?」

セイカさんは身を翻すと、ボクに向かって笑いかける。

だけどその二つの瞳には、薄暗い中でもハッキリと分かる様に涙が浮かんでいた。

「何ですか?」

「勝手極まり無いけれど、私とユイヤの事……特にユイヤの事は忘れないであげてもらえない?あの子……あなたの事、凄く慕ってたから」

「……ははっ、何かと思えばそんな事ですか」

失礼だとは思いながらも、ボクは無意識に笑みを零す。

「お願いされるまでも無いですよ。貴方達の事、ボクは決して忘れません。……そうだ。セイカさん、ユイヤに言っておいてくれませんか?

 弟が出来たみたいで楽しかった、って」

「ユリス……ありがとう、伝えておくわ。…………それじゃ」

再び踵を返すと、セイカさんはノブを回してドアを開ける。

その背中に向けて、ボクは最後になるであろう感謝の言葉を言った。

「もう二度と会えないでしょうけれど……本当にありがとうございました、セイカさん」

「……こちらこそ。でも、もしかしたら……」

「……?」

「いえ、何でもないわ。……元気でね、ユリス」

「……はい!」

ボクが答えると、セイカさんは微かな笑い声を残し、部屋を出て行く。

それを見送った後、ボクは一つ大きく深呼吸すると、誰ともなしに呟いた。

「さてと……気を引き締めていかないとな」

――――改めて決意すると、ボクは中庭へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(!……あれか)

セイカさんの言葉通り、ボクはだれとも出くわす事なく中庭へと辿り着いた。

中央では、見慣れた『時空のひずみ』が宙に浮いている。大きさは凡そ人間一人、いや二人ぐらいが入る程度だろう。

(けど、何か感じが違うな。禍々しさが感じられないというか……これがセイカさんの言っていた調整……っ!)

色々と考えながら歩を進めていたボクは、やがて眼に映った人影に思わず足を止める。

そして、無意識にその人影の名前を呟いた。

「モニカ……」

「っ!……ユリス」

人影――モニカはゆっくりと、ボクの方へと顔を向けた。

その右手には相変わらず『アトラミリアの剣』が握られ、左腕に『愛』の腕輪が填められている。

更には背中にリュックを背負ったその様は、既に『これからの事』を知っている様に見て取れた。

だからボクは、少しばかり意地悪気に尋ねてみる。

「……セイカさんから、どれだけ聞いたんだい?」

「な、なんの事よ?わ、私はただ……セイカさんに、君から話があるって言われて……何でか分からないけど、こんな準備もさせられて……」

「……」

ボクは一瞬、モニカが誤魔化しているのか、それとも素で理解していないのか判断しかねて黙り込む。

慌てた口ぶりから前者の様な気がするが、彼女の性格からして後者の様な気がしないでもない。

しかし、どちらにせよ言わなければならない事に変りはなかった。ボクは知れず唾を飲み込んだ後、徐に口を開く。

「なら、言うよ。……っ……モニカ、ボクと一緒に来て欲しい。ボクの時代に」

「えっ!?」

驚いた様子で、モニカはボクの顔を見返す。微かではあるが身体を竦めるその仕草から、相当動揺しているのが見て取れた。

「ユ、ユリス?じ、冗談でしょ?自分が何を言ってるのか分かってるの!?そんな事……」

「許される事じゃないというのは分かってる。分かってる上で、君に聞いてるんだ」

彼女の言葉を遮って、ボクは言った。……意識していないのに、少しばかり強気になってしまう口調で。

「ずっとずっと、悩んでいた……君に想いを告げたあの時から。事が終わって君とまた別れる時になったら、ボクはどうすればいいのかと。

 別れを甘受しなければならないと思う自分と、それは嫌だと拒否する自分。相反しているけど、どちらも確かな自分の気持ち。

 そのどちらを選ぶべきか…………ずっとずっと、悩んでいた」

「ユリス……」

震える声で、モニカはそう小さく呟く。そんな彼女に、ボクはレザルナさんから言われた事を話すか迷った。

――……その子には……絶対に私の様な思いはさせないで。

セイカさんにも言ってなく、無論、王妃様にも報告していないレザルナさんの言葉。

これからの事を考えれば話すのが筋だろう。……けれども、ボクは心の中でそんな自分に首を振った。

(いや、ダメだ。これを話せば、レザルナさんから頼まれたからだと、モニカに受け取られかねない)

勿論、そんな気持ちが無い訳ではない。だけど、それはあくまでも付加要素の一つでしかない。

彼女に言うべき事……言いたい事……言える事は、至極単純な言葉なのだ。

そう結論付けたボクは、こみ上げる緊張と羞恥心を懸命に抑えつつ、モニカの顔を見つめながら言った。

「だけど……だけど結局最後まで思ったのは、一つの事。もう二度と……君とは離れたくないという事だけだった」

「!」

「だから、改めて言うよ。モニカ……ボクと来て欲しい」

言い終えると同時に、ボクはそっと彼女に右手を差し伸べた。

後は、モニカの気持ちしだい。例えボクの望まない答えでも、正直に自分の気持ちを伝えた今なら受け入れられると思った。

「あ……え……」

モニカは左手で胸元を握り締めながら、ボクの手と顔を忙しなく交互に見つめる。

余りにもうろたえているその姿に、反射的に声を掛けたくなるけれども、残念ながらそうする訳にはいかない。

――――こればかりは、モニカが自分だけで決めた事を聞きたいから。

だからボクは、どれだけ時間が掛かろうと待つ気でいた。例え、その果てに望まない答えが待っていたとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

――……どれくらいの時間が経過しただろうか?

微動だにしなくなったモニカをじっと見つめていたボクに、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。

「ユリス……」

「っ!?」

驚いたボクはハッとして声の方へと振り返る。それと同時にモニカもまた、同じ様に声の方へと視線を向けた。

そして、声の主を見定めたボク達は、揃って無意識に呟いた。

「母さん……」

「エイナ様……っ!母上!?」

無表情で佇んでいる母さんの後ろ――夜闇の中から現れた王妃様に、モニカは何だか恐怖を含めた声を上げる。

「……モニカ。これが貴方の選ぶ道……選びたいと思った道なのですか?」

「そ、それは!……えっと……その……」

王妃様の怒りとも呆れとも取れぬ口調に、モニカはしどろもどろになって俯いてしまう。

そんな彼女を一瞥した後、母さんがボクへと眼を向け、王妃様と同じく感情の読み取れない口調で言った。

「ユリス……本気なの?本気で自ら、過ちを犯す気なの?」

「…………そうなる、ね」

一瞬だけ考えた後、ボクはゆっくりと答える。

過ち――それは確かな事だ。母さんがボクを咎めるのも、何ら不思議な事ではない。

ひょっとしたら、ボクのこの行為によって、また世界は……そして歴史は混迷の渦に飲み込まれていくのかもしれない。

「けど……だけど……それでも……!」

声を絞り出しながら、ボクは自然と腰のホルスターへと手を伸ばしていた。

それを見たモニカが「ユリス!?」と小さく悲鳴を上げ、母さんが僅かに息を呑む。

「やっぱり嫌なんだ!もうモニカと離れ離れになるのは!例え過ちであったとしても……一緒にいられないのは嫌なんだ!!」

『スーパーノヴァ』の銃口を母さんに突きつけながら、ボクは悲痛な声で叫んだ。

――……何故、自分はこんな事をしているんだろう?

不意にボクの中で、もう一人のボクが呟く。

自分の母親……それも、ずっとずっと慕っていた筈の母親を、ボクは『敵』だと認識している。

決して憎んでいる訳ではなかった。だが、それでもボクは、母さんに銃を突きつけなければならなかった。

「母さん……母さんが、どうしても止めるというのなら……ボクは……ボクは……!」

「……クス……」

「……?」

不意に、母さんが笑った。それも、酷く優しく穏やか笑顔で。

予想だにしなかった反応に瞬きしたボクに、母さんは感慨深そうに言う。

「何だか寂しいわね。昔は私が貴方にとって、一番大切な人だったのに。……三年前の『あの時』が懐かしいわ」

「なっ!?」

突拍子も無い母さんの言葉に、ボクは思わず銃口を下げて声を上げた。

『あの時』とは恐らく、泣きじゃくって母さんに抱きついた挙句、非難の言葉を浴びせた時の事だろう。

……と、そんな時ふとモニカが不思議そうに尋ねてきた。

「ユリス?『あの時』って何?」

「えっ!?あ、いや、それは……」

「あら、モニカには話してないの?……それもそうかしらね。あんなみっともない姿、好きな娘には言えないだろうし」

「か、母さん!!」

先刻まで『敵』と認識していた事も忘れ、ボクは母さんの方に身を乗り出す。

そんなボクに再び穏やかな笑みを浮かべた母さんは、眼を閉じながら口を開いた。

「でも、やっぱり親子ね。ユリス、さっきの貴方、あの人と同じ眼をしていたわよ」

「え?……父さんと?」

「ええ。呆れるくらい一途で真摯な眼。……射抜かれた様な気分になるでしょ、モニカ?」

「は、はいっ!?え、え……?」

いきなり話題を振られたモニカは、顔を赤らめてワタワタと慌てる。

そんな彼女をしばらく見ていたボクは、やがて嫌な考えに辿り着き、恐る恐る母さんに尋ねた。

「か、母さん……ま、まさか……?」

「ええ、見ていたわよ。貴方がモニカに手を差し伸べている所から」

「……ええっ!?」

「ちょっ……!」

モニカが羞恥から来る悲鳴を上げ、ボクも声を出したものの絶句してしまう。

そんなボク達の事等お構いなしといった感じで、母さんは王妃様の方へと振り返った。

「中々、見応えがありましたね」

「そうですね。あんな女の子らしいモニカは、初めて見た気がします」

「は、母上!か、からかわないで下さい!!」

堪らなくなったモニカが、王妃様に食って掛かる。

しかし王妃様は、そんな彼女を真面目な表情で見つめながら、諭す様な口調で言った。

「モニカ。私に文句を言う前に、ユリス君に言うべき事があるでしょう?」

「っ……あ……」

途端、言い淀んでしまったモニカに、王妃様が続ける。

「自分の気持ちに正直になりなさい、モニカ。これは王妃としての命令ではなく……母としてのお願いです」

「!……お母様」

感極まったのか、モニカは普段とは違う呼び方で王妃様を呼ぶ。

そして、徐にボクの顔を見つめてきた。

「ユリス……」

「……ん」

ボクは多くは語らず、もう一度彼女に右手を差し出した。大した時間も掛からぬ内に、その手に柔らかい感触が伝わる。

重ねられたモニカの右手。ボクはその右手を優しく、それでいてしっかりと握った。

「……ユリス君」

「?……何でしょう?」

直後、王妃様から呼ばれたボクは、握った右手はそのままに王妃様へと振り返る。

「モニカの……娘の事を、よろしく頼みます」

「っ……はい!」

ボクが力強く頷くと、王妃様は満足気に微笑んだ。

――その両眼の端が僅かに涙で輝いてた様に見たのは……果たして気のせいだろうか?

「こんな事、本当は言ってはいけないんでしょうけど……幸せにね、ユリス、モニカ」

今度は母さんがボク達に声を掛ける。……王妃様とは違い、ハッキリと分かる涙声で。

それにつられてしまわない様、懸命に涙を堪えつつ、ボクは母さんに言った。

「うん……母さんも、元気で」

「お母様……エイナ様……」

何度も眼を擦りつつ、モニカが咽び泣く。

ボクはそんな彼女を促して顔を上げさせると、ゆっくりと母さんと王妃様の顔を見つめた。

「母さん……」

「お母様……」

正真正銘、これが今生の別れだろう。だからこそ、ボクとモニカの声は自然と揃った。

「「……さようなら」」

言い終えると、ボク達はクルリと『時空のひずみ』の方へと振り返る。

後ろから、何も声は返ってこなかった。だけど、別に寂しいとは思わなかった。

例え声が返ってこずとも、どんな風に思ってくれているのか、分かる様な気がしたから。

(ん?)

ふと、握られたモニカの手に力がこもる。きっと、ボクと同じ事を感じているのだろう。

そう判断したボクは彼女の手を握り締めると、『時空のひずみ』に足を踏み入れた。

――――今まで感じた事の無い、満ち足りた気持ちと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクの時代への帰還は、想像よりも遥かに楽なものだった。

『時空のひずみ』の中に入った途端、不意に意識が遠のく様な感じを覚え、我に返った時にはパームブリンクスに戻っていたのだ。

ゆっくりと眼を開けたボクは、自分の居る場所を確認すると、手を握ったままのモニカに声を掛ける。

「ふう、戻ってきたか。モニカ、着いたよ」

「みたいね。……公園か。懐かしいわね、何一つ変わっていない」

ゼルマイト鉱山への入り口があり、ボクの家からも然程離れていない、パームブリンクスの公園。そこがボクらの帰還地点だった。

頭上では満天の星空に加え、その中心で満月が輝いている。

すっかり夜である事を示すそれらを見上げながら、ボクは少々不安気に口を開いた。

「そういえば、ボクが未来に行っている間に、こっちじゃどれくらいの日数が経過してるんだろう?」

「あ、そうね。もしかしたら、何日も無断で家を空けてた事になるかも。……急いで帰った方がいいんじゃない?」

「う……そうだね」

モニカの問いに、ボクが苦笑しつつ頷く。実際彼女の言う通りだとした、確かに急いで帰らなければならない。

何しろ、未来へと飛ばされたあの日だけでも、結構な仕事が有ったのだ。

それから数日経過していると仮定した場合、溜まっている仕事の量は決して少なくない。

(しばらくは缶詰かな、これは……)

重い気持ちと共に、ボクが溜息をついた時だった。

ふとボクの頬に明るい光が当たると同時に、素っ頓狂な声が耳に届く。

「ユリス!……っ!モニカ!?」

「!……クレア?」

キョトンとしながらボクが光の方に振り向くと、懐中電灯を手にしつつ眼を丸くしているクレアが居た。

そんな彼女に声を掛けようしたボクだったが、それよりも早くモニカが言う。

「クレア……久しぶり、元気だった?」

「う、うん。……って、違う違う!ユリス、今まで何処に居たの?全然鉱山から帰って来ないから、街の皆で探してたっていうのに。

 それに、何でモニカが……?」

「あ〜……話すと長くなるんだ。それよりクレア、一つ教えて。ボクがゼルマイト鉱山に行ってから、どれくらい経ってる?」

「え?どれくらいって……半日は経ってるわね。今日の朝でしょ、貴方がパパから頼まれたの?」

「っ!……そっか、半日か」

思わずボクは胸を撫で下ろす。どうやら家を空けていた事については、あまり心配しなくて良い様だ。

今日の仕事は溜まってしまったけれど、まだまだ許容範囲だし、スチュアートやルネからのお咎めも無いだろう。

(となると、残る問題は……)

「で、ユリス。何でモニカが此処に居るの?また三年前みたいに、鉱山の中で会ったの?」

ボクの心の呟きを遮って、クレアが不思議そうに尋ねてくれる。

それに対して、ボクは横でモジモジしているモニカを一瞥した後、軽く笑いながら答えた。

「ハハ……これも話すと長くてね。とりあえず言えることは……クレア」

「何?」

「明日でいいからさ、町長に伝えてくれない?……街の住人が一人増えるって」

「……!!」

どうやら、クレアはボクの言葉で大体を察したらしい。

息を呑む仕草を見せた後、ボクとモニカを何度も見返し、やがて小さく微笑んだ。

「そう……そうなの。良かったわね、貴方達」

「……うん」

「……ええ」

ボク達は揃って頷いた。それを見たクレアは、ふと考え込む様に視線を夜空へと向ける。

しかし、それも束の間、ボク達へと視線を戻すと、何かを思いついた様に両手を打った。

「よし!それじゃ今から、お祝いの準備をしなきゃね。急いで皆に伝えてくるわ」

「えっ!?ちょ……クレア、別にそんな事しなくても。もう夜なんだし」

「そ、そうよクレア!わ、私の為に……」

「何言ってるのよ。こんな嬉しい事、お祝いしない訳にはいかないでしょ?それに夜といっても、まだ宵の口。

 皆、きっと大喜びで賛成してくれるわ。……それじゃ、ユリス、モニカ。一息ついたら広場に来てね!」

そう言い残すと、クレアは普段の彼女らしからぬ素早さで、街の方へと走り去っていった。

そんなクレアの後ろ姿を呆然と見送った後、ボク達はどちらともなく顔を見合わせる。

「ど、どうしよう、ユリス?」

「っ……まあ、良いんじゃない?皆が祝ってくれるんなら、それでさ」

「……そうね」

はにかんだ表情で、モニカは笑う。

それにつられてボクも笑い出すと、そっと彼女に手を差し出した。

「じゃ、一旦ボクの家に行こうか。スチュアートやルネにも、説明しなきゃなんないし」

「うん!」

モニカは躊躇いもなく、ボクの手を握り返す。

――――幾度望んだか知れない願い。どれ程欲したか分からない時間。

それがようやく手に入った事を沁み沁みと感じながら、ボクは口を開いた。

「モニカ……これからは、ずっと一緒だよ」

 

 

 

 

 

――――その直後、重なり合ったボク達の影を、夜空の月は穏やかに照らしていた。

 

 

 

 

 

 


 

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