〜混迷への序曲〜

 

 

 

―――――草木も動物も見当たらない、荒れ果てた岩場。

殺風景な景色の中で吹き荒ぶ風を全身に受けつつ、少女は立っていた。

「……はあああっっ!!!」

不意に少女は叫び、握り締めていた剣を薙ぎ払う。

一瞬の後彼女の目前に聳え立っていた石柱は、派手な音を共に崩れ落ちた。

「……」

その様子を無表情で眺めていた少女は、ややあって大きく息を吐く。……と、その時、後ろから声がした。

「鍛錬か……相変わらず精が出てるな」

「……貴様か。何の用だ?」

剣を鞘に収めながら、彼女は後ろの人物に問いかける。すると、その人物――少年はフッと軽く笑った。

「何だ?」

「いや、やはり凄まじいな、と……それ程の力なら、人間から迫害されて当然とも言える」

「っ!……貴様!!」

反射的に怒りがこみ上げ、少女は振り向き様に、少年に向けて剣を振るった。

しかし、その刃は彼の手に……いや、彼の掌に出来た障壁によって防がれ、鈍い音を立てる。

「……くっ!」

「落ち着け。……全く、血の気の多い奴だ」

「多くて結構だ!!」

怒声を発し不服そうにしながらも、少女は剣を下ろす。

――――頭にくる事だが、現在この少年とは手を組んでいるのだ。

本来なら他人と手を組む等まっぴらだが、今回ばかりは仕方がない。何せ、彼がいなければ、自分の目的が果たせないのだから。

「それより、あたしの質問に答えろ!一体、何の用だ!?」

「例の事だ。彼らを送ってやったぞ」

その少年の言葉に、彼女はハッと息を呑む。

「…………そうか」

「ああ。しかし、本当に良かったのか?正直言って、彼らの腕で『彼女』を倒せるとは考え難いが……」

「構わん。どうせ私が止めても無駄だ。好きな様にやらせておけばいい」

「そうか。……ならば、俺達も向かうとしようか、『あの時代』にな」

「………」

「……そこに行き、アレを完成させてあの二人を誘い込めば、後はお前の自由だ。お前の目的に、俺は干渉しない」

「当前だ。私の邪魔をする奴は……」

「分かっている。だから、干渉しないと言っているだろう」

またも剣を振るおうとしていた少女に、少年は呆れ気味に呟く。

しかし、すぐに鋭い眼つきに戻ると、低い声を出した。

「……だが、それはこちらも同条件だ。俺の標的に手出しするなよ?」

「一々くだらない事を聞くな!貴様の事にわざわざ首を突っ込むほど、私は物好きではない!!」

荒々しく返事をし、彼女は話す事はないとばかりに、少年から顔を背けて口を閉ざした。

彼はそれを見た後、黙って手を中空に翳し、静かに瞑想を始める。が、その途端、先程とは打って変わって遠慮がちに少女が尋ねてきた。

「一つ……聞いていいか?」

「何だ?」

少年が尋ねると、少女は独り言の様に声を掛ける。眼を開いて応答した彼に、幾分間を置いて口を開いた。

「何故……貴様は、その『少年』を憎む?」

「………」

その問いに、少年は暫く黙り込む。しかし、ややあって、他愛も無い様に答えた。

「……許す訳にはいかないからだ。奴の…『生命』その物をな」

「?」

「まあ、言った所で分かるまい。お前は自分の目的……『彼女』を倒す事だけを考えておけばいい」

「……言われるまでもない」

そう言うと、少女は再び口を閉ざし、少年も瞑想を再会した。

―――――次の瞬間。そこにいたはずの少年と少女の気配は、跡形も無く消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

――――ユリス邸。

「ふわあ……」

ユリスは大欠伸をしながら階段を降り、一階の部屋へと向かう。

そして、未だ眠たげな眼を擦りつつドアを開けると、中から賑やかな声が返ってきた。

「あっ!おっはよ、ユリス!」

「……おはよう、モニカ」

大きなバスケットに盛られたクロワッサンを頬張っているモニカに、ユリスは軽く手を振って答える。

すると、彼女は突然口元を押さえ、可笑しそうに笑い出した。

「……何?モニカ?」

「く……くく……だ、だってユリス、すっごい寝癖」

「え?……ああ……」

言われて髪に手をやると、確かに酷く乱れているのが分かる。

尤も、だからといって然して気にする事でもなかった。どうせ今日は休日で、出掛ける用事なんかないのだから。

そう思ったユリスは、至極当然の様にモニカの隣の席に腰掛け、パンの山に手を伸ばす。

すると彼女も、何も言わずに彼のコップに紅茶を注いだ。

「どうせまた、何か作ってたんでしょ?別にいいけどさ、ちゃんと睡眠はとらないとダメよ?」

「うん、それは分かってるんだけど……やり始めると、どうも止まらなくて……」

困った様に頬を掻きながら話す恋人に、モニカはやれやれといった感じに苦笑する。

「くすくす……」

「何、モニカ?その笑い?」

「べっつに!ただユリスはユリスだなあって」

「……よく分からないけど、バカにしてる?」

「まさか〜〜褒めてるのよ?」

「…………」

その言葉が真意かどうかは不明だが、敢えてユリスは反論をしなかった。

起きたばかりで頭が回っていない事もあるが、何もこんな事でわざわざ突っかかる事も無いだろう、と思ったからである。

(下手に何か言うと、怒るかもしれないしな……)

出会った頃より幾分落ち着いたとはいえ、相変わらず感情の起伏が激しい彼女の顔を一瞬見た後、彼は心の中で溜息をついた。

それは傍目から見れば、どこにでもいるような普通の恋人の様に思える二人。

しかし、この二人が出会い、今の関係に至るまでに、世界を…そして時代をも巻き込む程の事件が絡んでいた事を、知る者は多くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃっ、ユリス!早くきてよ!!」

「ハイハイ。一区切りついたら、すぐに行くよ」

青空の下、荷物を背負い、元気に叫びながら駆けてゆくモニカに対して、ユリスは軽く手を振りながら見送る。

それを見た彼女は、嬉しそうに長い紅髪を揺らしながら、ゆっくりと小さくなっていった。

「……さてと……」

――――モニカが痺れを切らさないうちに、とりあえず片方だけでも仕上げるか。

心の中で呟きながら、ユリスは自室へ向かうべく階段を上る。

「天気もいいし、どっか行こうよ!」と提案した彼女に、彼は「もう少しだけやりたいから、先に行ってて」と答えたのだ。

(ちょっと……恋人として駄目だったかな?)

やや後ろめたい気持ちがしないでもないが、今回ばかりはどうしても譲れない。

ただでさえ精密さが重要な今回の『作品』なのだ。中途半端な状態で放って置く事など、出来る訳も無い。

「なんて言ったって、慣れない物だからなあ……」

ブツブツと独り言を言いながら、彼は自室のドアを開ける。

すると中には、踏み場所もないくらいに大量の資料や、素人には何に使うも分からないであろう機械の類が散乱していた。

だが、その割には主な作業場であろう机の上は、奇妙な程に片付いている。

もしモニカがこの場にいたとしたら、「あれ?いつも発明品作るときはゴチャゴチャなのに、珍しいわね」と言っている事だろう。

しかし、彼女がいない今、そんな疑問の声は聞こえず、ユリスは首を動かしながら腕まくりをし、机の引き出しに手を掛けた。

「えっと……こっちだな」

暫くの間、ゴソゴソと机の引き出しを探っていた彼だったが、やがて小さな袋を取り出す。

そして、その中に入っている『作品』を机の上に出そうとした。……その時だった。

「っ!?」

突如として、身体の中心を冷たい戦慄が貫き、ユリスは反射的に袋を引き出しにしまい、弾かれた様に立ち上がった。

(この感じは……!)

数多の戦いを経て、自分に根付いた感覚――敵意を持った存在の位置を知らせるこの感覚に襲われ、彼は素早く辺りに視線を飛ばす。

(……近くじゃない。この場所は……モニカの方か!?)

そう悟った瞬間、ユリスは枕元に置いてある愛用の銃―――『スーパーノヴァ』と『シグマガジェット』に手を伸ばす。

そして、静まらない胸騒ぎを押し殺しながら、全速力で部屋を、そして家を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――パームブリンクス・公園。

「あ〜〜〜〜気持ちいいーーーーっ!!」

誰もいない公園の芝生の上に寝転がりながら、モニカは大きく伸びをして声高に叫んだ。

視界に広がる青空を、白い雲がゆっくりと流れていく。それを何となしに眺めていると、自然と声が漏れる。

「……平和ね」

言葉に出すと実感が強まり、胸が幸福感で満ち足りていく。

それを笑顔という形で表現しつつ、彼女はふと左腕を空へと向けてみた。

(あれからもう、一年ぐらい経つか……まっ、気長に待ちましょ)

太陽の光を反射し、その腕に填められた『愛』が眩しく輝く。

――――『ジクジャム』に魔力を供給し、魔法が使えなくなったレザルナの一件から、もう随分と時が流れていた。

あれから時折、暇を見つけては魔法が使えるかどうか試していたが、未だ自分の魔力は回復しきっていないらしい。

魔法を使う重要な道具であった『愛』も、今は単なるアクセサリーになっていた。

しかし、それでも良いのではないかとモニカは思う。

元々、自分の戦闘力の大部分を占めているのは剣術だ。魔法はあくまでも、補助的な物でしかない。

ゼルマイト鉱山での魔物ぐらいとしか戦わない今、魔法はそこまで必要な物でもないのであった。

(そう、焦る事も無いわ。いつか……きっといつか……っ!?)

不意に感じた気配に、モニカは表情を引き締め、即座にその場に立ち上がる。そして、尻目で後ろを見ながら口を開いた。

「……出てきたら?下手なかくれんぼは逆効果よ?」

その言葉から一拍置いて、数人の足音が耳に響く。

「……鋭いな。流石は、と言った所か?」

抑揚の無い男の声に、モニカはゆっくりと後方に振り返る。すると、そこには薄汚いローブで全身を包んだ人間達が立っていた。

それを目にした瞬間、彼女はハッと息を呑み、僅かに後退りする。

(……何?この殺気は?)

顔もローブで隠しているので表情こそ読み取れないが、確かに彼らからは自分への殺気が向けられている。

激しい憎悪から来る、一点の混じり気さえ無い殺気。モニカはそれに、息苦しさを覚えながら口を開いた。

「誰よ、アンタ達?」

「……モニカ王女。気の毒だが、貴方にはここで死んで頂きたい」

「!?」

彼らの一人がそう言った瞬間、彼女は驚愕の念に駆られる。

(何故、私が王女だと……?)

この時代で、自分の素性を知っている者は、然程多くない。

その人達にしても、自分が『未来から来た少女』と知っててはいるが、『王女』だと知っている者は、ユリスを含めて僅か数人でしかない筈だ。

――……という事は、考えられる事は、唯一つ。

「アンタ達……この時代の人間じゃないわね!?」

「…………」

モニカの問いには答えず、彼らは身に纏っていたローブを握り、一斉に脱ぎ捨てた。

「……!?」

彼らの姿を見て、モニカは絶句する。

――――容姿こそ人間のそれだが、青白い肌に獣の様な尾。

そして何より、頭部に生えた角が、彼らが人間でない事を証明している。

だが、彼女が驚いたのは、それを見たからではなかった。彼らを見た刹那、脳裏にかつての宿敵の顔が、浮か上がったのだ。

(似ている……あいつに……ギルトーニに……)

ギルトーニ――数年前に父を殺し、その敵討ちの為に、自分が追い続けた男。

やがて、決して悪い人物ではないと分かったものの、ある事情により、苦い思いを胸にしながら、この手で息の根を止めた男。

その男と、目の前にいる彼らの輪郭が重なり、一つとなってモニカの眼に焼き付けられた。

(でも、ギルトーニに比べて、こいつらの方がより魔物に近い……っ!待って、確かギルトーニは……)

――人間とが違う血の混じっていた混血児……って事は……この人達は……。

「……青き血の……民……?」

「ほう?……我々が何者かは、知っているようだな」

呆然と呟いた言葉だったが、どうやら、向こうには問いかけに聞こえたらしい。

一人、また一人と携えていた剣を構えながら、僅かな賞賛が入った声が返され、モニカは言い様のない戸惑いを感じ、叫んだ。

「ど……どういう事!?どうして、私を……!?」

「それは、冥府で考える事だ!!」

――――たじろぎを見せるモニカに、彼らの剣閃が容赦なく襲い掛かっていった。

 

 

 

 


 

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