〜崩れゆく平穏〜

 

 

 

 

 

モニカは、次々と繰り出される斬撃を必死に避けながら、湧き上がる疑念を抑えきれずにいた。

――――何故、この時代に存在しない筈の『青き血の民』が、この時代にいるのか?何故、『青き血の民』が、自分の命を狙うのか?

答えの見つからないその疑問に、次第に頭が混乱し、感覚を鈍らせる。

刹那、彼女の頬に彼らの刃が掠り、薄い赤筋を刻み込む。次いで感じた痛みに、モニカは懸命に自らに言い聞かせた。

(っ!…ダメよ!余計な事を考えてちゃ!!今は何とか、この人達を凌がないと!!)

心の中でそう叫んだモニカの後ろから、鋭利な剣閃が迫り来る。

ギリギリでそれに気づいた彼女は、咄嗟に身を翻し、回避すると同時に、相手の喉元に手刀を叩き込む。

的確に急所に入り、気絶した相手から素早く剣を捥ぎ取ると、すぐさま勢いをつけて上空へと舞い上がった。

「はあっ!!」

叫びと共に突き立てられた剣から衝撃波が放たれ、周りにいた数人が瞬く間に吹っ飛ばされる。

それを見て向こうが怯んでいるうちに、モニカは峰打ちで次々と迫り来る相手を打ち倒していった。

しかし僅かな隙をつかれ、反射的に剣で攻撃を受け止めた彼女だったが、瞬間、手にした剣の刃が、半ば程から斬り飛ばされる。

「なっ!?……ちっ!手入れが甘すぎよ、この剣!!」

悔しげに舌打ちをするモニカに対し、彼らは勝利を確信した様な笑みを浮かべた。

「覚悟は出来たか?」

一人がそう呟いたのと同時に、残っていた連中が一斉に襲い掛かった。

「……くっ!……うっ!……ちいっ!」

その猛攻に、暫くの間は耐え忍んでいられたモニカだったが、やはり欠けた剣では攻撃も防御も儘ならず、ジリジリと追い詰められていく。

やがて、体勢を崩した彼女に、一振りの刃が無慈悲にも振り下ろされた。

(っ!?やられる……!?)

眼前まで迫っていた白刃を、モニカは瞬きもせずに凝視する。

だが、次の瞬間真っ暗になるはずだった視界の中で、彼女は目の前の相手が崩れ落ちるのを見た。

(……えっ?)

瞬間、モニカの頭の中を、過去の映像が駆け巡る。

――前にもあった……こんな状況……。

呆然としていた彼女の耳に、既に自分の物の様に馴染んだ声が響いた。

 

 

 

 

 

 

「モニカ!!」

(!!)

聞き間違えるはずも無い、ユリスの声。

それが耳に届くと同時に、眼前の男の身体がグラリと傾いた。

ユリスの仕業だと一瞬で判断した彼女は、放心状態からハッと我に返り、注意を逸らしていた奴らの一人の鳩尾を、手にしていた剣の柄で強く突く。

そして昏倒したその相手からサッと剣を奪い取ると、ユリスが他の敵に牽制の射撃を放ちながら駆け寄ったきた。

「大丈夫!?」

「ユリス……うん!」

「とりあえず、話は後で!今はこいつらを!!」

「わかったわ!!」

頷くと共に、二人は勢い良く敵陣へと突っ込む。

数々の戦いを潜り抜けてきた彼らだからこそ、この様な状況で各々がどう動けばいいかを熟知していた。

ユリスが絶え間なく『スーパーノヴァ』の弾雨を浴びせ、それに浮き足立っている相手を、モニカが確実に戦闘不能にする。

それでも往生際悪く立ち上がろうとする敵には、モニカのカバーの下、ユリスが『シグマガジェット』の爆風で吹き飛ばす。

言葉を交わさずとも、その絶妙なコンビネーションには一分の無駄も無い。互いに互いを信頼している者達にのみ出来る芸当だった。

そんな中、巧みにユリスの射線を掻い潜り、彼に迫りくる者がいた。

「っ!?」

「ユリスッ!!」

間合いが離れていた為、自分が手出しする事も叶わず、反射的に悲鳴を上げたモニカだったが、次の瞬間、驚くべき光景を眼にする。

「……っと!!」

舌打ちと共に、ユリスは咄嗟に右手を翳す様に動かし、迫り来ていた白刃を『シグマガジェット』で受け止めたのだ。

「何っ!?」

(……う、嘘……?)

斬りかかってきた相手が驚愕の声を漏らし、モニカも思わず絶句した。

無理もない。斬撃を銃身で……それも不意をつかれた状況で的確に防御する等、常人の反応速度では到底不可能な事なのだから。

しかし、それをユリスは易々とやってのけた。次いで彼は、飛び退きながら『スーパーノヴァ』を放ち、相手を気絶させる。

その動きは、正に歴戦の猛者を思わせる戦いぶりだ。改めてモニカは、初めて会った時からユリスが目覚しく成長しているのを痛感する。

それと同時に、彼女の心の中に対抗心の様な感情が湧き出てきた。

(なんか面白くないわね、負けてる様で……私だって!!)

モニカはその感情を力へと変え、美しささえ感じる剣術を繰り広げていく。

――――この二人の猛攻の前にして、『青き血の民』達は自分達から急速に勝利が遠退いていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数分後。

「ふう……やっと終わったわね」

「うん。全く、何だってこんな大人数で……」

辺り一体に無造作に転がっている連中を見やりながら、ユリスとモニカは戦闘で上がった息を整える。

モニカ一人……それも、彼女が自身の得物を持ち合わせていなかった状況では厄介な敵だったが、そうでなければ大して敵ではなかった。

二人とも、多少の切り傷を負ってはいたが、いずれも軽症で、放っておいても治る程度の物ばかりである。

一先ず安堵の溜息をついたユリスは、ふと思い出した様にモニカに尋ねた。

「……で、モニカ。こいつらは一体?」

「……『青き血の民』よ」

「?……えっと、何だっけ、それ?確か昔に聞いた事があった様な……」

彼は怪訝そうに首を傾げ、次いで記憶を探るかの様に髪を乱雑に掻き毟る。そんなユリスに、モニカは重々しく口を開いた。

「……ユリス」

「何?」

「君は覚えてる?……ギルトーニの事」

「えっ?ギルトーニって……っ! ?」

一瞬虚をつかれた様な表情をしたのも束の間、彼はハッとした仕種を見せる。

暫しの沈黙の後、ユリスは戸惑った口調でモニカに尋ねた。

「そう言えば、確かあいつは……って事は、こいつらも?」

「正確に言えば、少し違うわ。ギルトーニは人間と『青き血の民』の混血児。この人達は……」

ちらりと先程までの敵を見やりつつ、彼女は静かに口を開く。

「純血の『青き血の民』……人々から、魔物として迫害されてきた種族よ」

「この人達が……ところで、モニカ。君はどうして、この人達に襲われたんだ?」

ユリスが尋ねると、モニカは悲しげに首を振りながら答えた。

「分からない。……でも、問題はそこじゃないわよ、ユリス」

「えっ?どういう事?」

即座に眼を鋭くさせた彼に振り向き、彼女は一句一句言い聞かせる様に言う。

「昔、書物で読んだだけだから、真実かは分からないけど……『青き血の民』が誕生したのは、この時代から数十年後の筈なのよ」

「っ!それって……」

戸惑いの表情で言い淀んだユリスに構わず、モニカは更に言葉を続ける。

「そう。この人達は……この時代の人間じゃ無いって事なのよ」

「……」

彼女の言葉の裏に隠された事実を悟り、彼は思わず黙り込んだ。

――この時代の人間ではない……ならば、『いつ』の時代の人間だ?

その疑 問の答えは、瞬く間に浮かび上がった。ユリスはその答えを自分に、そして彼女に確かめる様に口に出す。

「こいつらは、『未来』から来たって事……?」

「多分……間違いないと思う。私が王女だって事も知ってたし」

「なっ!?……って事は、こいつらが君を狙った理由は、それ…?」

「……ゴメン、分からないわ。一つだけ確かな事は……考えたくも無い事だけど。また何か……」

そこでモニカは一旦言葉を切る。言う事が堪らなく苦痛であるといった表情で。

モニカのそんな表情から、ユリスも大体の事は察していたが、下手に口出しはせず彼女を促した。

「また何か?

「……また何かm厄介な事が起こるかも知れない。……ううん、ひょっとしたら、もう起こっているのかも知れない。

 この時代と、私がいた未来を巻き込んでの……何かが」

「……そうか」

――またしても、自分と彼女は、何か大きな事件に巻き込まれたのだろうか?

そう思うと、足元の大地が裂け、闇へと引きずり込まれるかの様な感覚が、全身を支配する。

モニカと、ずっと平和な時間の中で過したい。あの時から……レザルナとの戦いが終わったあの時から、絶えずそう願い続けていたのに。

――……こんなにも早く、その願いは消え失せてしまうのだろうか?

不吉な思いが頭の中を駆け巡るのを懸命に押し殺しつつ、ユリスは口を開いた。

「とにかく……こいつらを警察に運ぼう。それから意識が戻ったら……色々と聞けばいい」

「……そうね。結論づけるのには、まだ早いわ。それじゃ、街の人にも手伝ってもらって………っ!?」

「な、何だ!?」

突如として聞こえた炎の音に、二人は弾かれた様に音の方向へと視線を飛ばし……そして絶句する。

先ほど倒した連中―――『青き血の民』達が、次々と炎に包まれていったのだ。

しかも信じがたい事に、炎は彼らだけを焼き尽くし、地面には一向に燃え広がる様子が無い。

「これは……一体……?」

「っ……魔法!?」

――――我に返った二人が呟いた時には、既に炎は姿を消し、無数の黒い影が、燻っているばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

「悪いな。……下手に捕まって、何か感付かれたら困るんでね」

右手を払い、纏っていた炎を消しながら、少年は傍らの少女に声を掛ける。

「……気にするな。確かに……お前の言う通りだ」

強く唇を噛締め、必死に感情を抑えている少女を見て、少年は心の中で不意に思った。

(同類の死を哀れむ、か。俺には到底理解しがたい感情だな)

「モニカ……今度は、私の手で……必ず……!!」

その瞳に激しく燃え盛る憎悪の炎を宿らせ、少女は呻く様に声を漏らす。そんな彼女を見て、彼はポツリと呟いた。

「……止められないな、もう」

「?……どうした?」

「いや、なんでもない」

少女の疑問の声を、首を振って誤魔化し、少年はくるりと身を翻す。

「先に行く。お前も気持ちを落ち着かせたら、来る事だ」

「……分かった」

同意の返答。しかしその中には微かだが自分への殺意が向けられている事に彼は気づく。

(無理もないか……すまない…………っ!?)

不意に感じた罪悪間に、少年は内心驚いた。――不思議な物だ、自分にこんな感情があったとは……。

(まあ、一応今は仲間だからな。……それより、早く準備を進めなければ)

――――そう、自分はやるべき事がある。何よりも、そして誰よりも優先させるべき事が。

(出来るだけ早く完成させたい所だ。一刻も早く、あいつを……ユリスを、この手で葬る為に)

止められないのは、自分とて同じ。否、誰にも止めさせはしない。

忌むべき命。忌むべき血。そして……忌むべき時間の流れを正す事は。

 

 

 

 

 

――――――数々の思念が渦巻く中、時間は確実に……そして無情に歩み続けていた。一秒、また一秒と。

 

 

 

 

 

 


  

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