第一編〜幕開けの誕生日〜

 

 

 

 

 

 

「……ん……」

眩しい朝日と小鳥の囀りによって、モニカは眼を覚ました。

「あふ……朝か……よく寝たわ」

小さく欠伸をしながら身を起こし、すぐ傍にある窓を全開にする。季節は夏真っ只中と言えど、流石にまだうだる様な暑さは感じられない。

清清しい空気を全身に感じながら、彼女は大きく伸びをした。

「ん〜〜……一日こんな感じだったら、いいのになあ。ま、無理な注文か」

独り言と共にモニカは鏡の前に立ち、慣れた様子で髪を纏める。

首筋付近で、一括りにしただけのへアスタイル。単純な物だが、彼女はこれが一番気に入っていた。

「さてと……ユリスが起きてくるまでに、朝食の準備をしとかなきゃ」

モニカはそう言いつつ着替えを終え、部屋を出て一階の食堂へと向かう。

最近は仕事に発明、そしてメンテナンス作業等で夜が遅いユリスの代わりに、朝食の準備は自然と彼女の役目になる事が多くなった。

尤も準備と言えど、このユリス邸のシェフであるポークが予め用意していた料理や食器類をテーブルに運ぶだけなのだが。

(今日の朝食は何だろう?何かお腹減ってるから、ボリュームのあるのが良いんだけど……)

そんな事をボンヤリと考えながら、モニカは食堂のドアを開けた。すると、そこには予想外の光景が広がっていた。

「……あれ?」

「あっ、お早うございます。モニカさん」

何故かメイドのルネがいて、既にテーブルの上には普段より些か豪華な朝食が並べられている。

それに暫し面食らった表情でいたモニカだったが、やがて我に返ってルネに声を掛けた。

「あ……うん。お、お早う、ルネ。え、えっと、これは……?」

「あら?……ひょっとして、当の本人がお忘れですか?」

「へっ?」

少しばかり呆れた様子で微笑まれ、彼女は思わず間の抜けた声を出す。

すると、クスクスと笑い声を零しつつ、ルネが口を開いた。

「本当にお忘れなんですか?今日はモニカさんの誕生日ですよ」

「……あっ」

――――誕生日。

言われた瞬間、モニカはハッキリと思い出した。確かに、今日は自分の誕生日である。

この時代に来てから、毎年この日はこうして朝から祝ってもらっていたのだが、何故か今年はコロッと忘れてしまっていた。

「ハ……ハハハ。ゴメン、すっかり忘れてたわ」

「あらあら。何もモニカさんが謝る事ないですよ。今日は貴方にとって特別の日なんですから。……さっ、召し上がって下さい」

「うん。それじゃ、お言葉に甘えて……頂きま〜す」

そう言いながらいつもの席に座り、モニカはバスケットのパンに手を伸ばす。

しかし、ふと動きを止め、考え直したかの様に手を引っ込めた。

「あ……」

「?……どうかしましたか、モニカさん?」

「えっと、その……食べる前に、ユリス起こしてくるわ。せっかくの誕生日なんだし、一緒に食べたいもの」

その言葉と共に立ち上がった彼女に、ルネは少々慌てた様子で声を掛ける。

「あ、モニカさん。坊ちゃまなら、今朝早くに出掛けました」

「えっ、出掛けた?こんな早い時間から、何処に?」

怪訝な表情でモニカが聞き返すと、ルネも困った様に答える。

「ジラード様の所です。大事な話がある、と言っておられましたが……詳しくは、私も存じておりません」

「……そう」

モニカは呟く様にそう言うと、そろそろと席に座り直した。

(何だろう、大事な話って?それより……)

徐にパンを手に取って口元に運びながら、彼女はやや悲観的な事を思う。

(ユリスも忘れちゃったのかな?今日が私の誕生日だって……)

ここ最近の彼は、何やら忙しそうだったし、そうだとしても無理もない事だ。

それに、当事者である自分自身も忘れていたのだから、文句を言える筋合いも無い。

(仕方ない、かな……)

彼女が心の中で、自嘲気味に諦めの言葉を呟いた時だった。

「大丈夫ですよ、モニカさん」

「えっ?」

いつの間にか、傍に近づいていたルネが励ます様な笑みを向けてきたので、モニカは驚いて聞き返す。

「だ、大丈夫って……何が?」

「心配しなくても、坊ちゃまは今日がモニカさんの誕生日という事、しっかりと覚えていますよ」

「っ!!??」

自分の心を見透かしたかの如きルネの物言いに、モニカは腰掛けていた椅子からずり落ちる。

「ど、ど、どうして、わ、わ……」

動揺のあまり、呂律の回らなくなった彼女に微笑みながら、ルネは言った。

「そのお顔を見れば、一目で分かります。すごく悲しそうな顔をしてらっしゃいましたよ?」

「う、嘘!?」

思わず顔を両手で隠しつつ、モニカはカアッと頬が熱くなっていくのを感じる。

そんな彼女に対して、ルネは必死に笑みを堪えながら口を開いた。

「ふふ……とにかく、坊ちゃまはモニカさんの誕生日を、忘れてはいませんから」

「ほ、本当に?」

「はい。何せ今日の朝食のメニューは、坊ちゃま直々のリクエストでしたからね」

「えっ、ユリスがこれを……!?」

呟きながらテーブルに並んだ料理を凝視し、モニカはハッとした。

「あ……私の好物ばっかり」

「そう言う事です」

ルネがニッコリと笑い、そっと椅子を引いてモニカを促す。

「さあ、冷めない内に召し上がって下さい。ぼっちゃまなら、じきに帰ってきますよ」

「……うん。それじゃ今度こそ……頂きます」

――……ありがとう、ユリス。

恋人に心の中で礼を言いながら、モニカは律儀に手を合わせた後、幸せそうに朝食を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

――――ヘイム・ラダ。とある一軒家。

「……」

「……」

ユリスとジラードは、互いに神妙な顔つきで向かい合っていた。

そんな二人の間にあるテーブルの上には、小さな箱がポツンと置いてある。ユリスが持ってきた物だ。

「……どういう意味だ?」

暫くして、ジラードが重々しく口を開く。

するとユリスは、呆れた様な溜息を吐きつつ答えた。

「言わなくても、分かるだろ?」

息子の言葉に、ジラードは何とも言えない表情を浮かべた後、腕組みをしながら俯いて顔を隠す。

そして、そのままの姿勢で呟くかの様に言った。

「……本気なんだな?」

「じゃなかったら、わざわざこうして父さんの所に来るかよ」

悪態をつきながら、ユリスは視線を明後日の方向へと移す。

言葉遣い、態度共にいつも以上に邪険な感じがするが、これは彼が内心でかなり緊張している事の表れであった。

何せ、今日はとんでもなく重大な事を告げに来たのだから。それこそ、これまで生きてきた中で、一番と言っていい程の。

(何か、言ってくれないかなあ……?)

ずっと黙ったまま俯いている父親を見て、ユリスは多少の苛立ちと不安を感じていた。

自分が何を伝えにきたかは、もう相手にしっかりと伝わっているはずである。それは先程、ジラードが発した言葉からも判断できた。

……出来たのだが、それに対しての反応が未だに返ってこないのである。

(あ〜〜もう!こっちがどれだけ緊張して此処に来たかも知らないで……!)

「父さ……」

「……そうか」

痺れを切らしたユリスが、視線を父親へと戻して口を開きかけた瞬間、ジラードはただ一言そう呟く。

「そうかって……他に言う事は?」

「……」

ジラードは何も言わずに、再び黙り込む。

そんな父親を見て、ユリスは再度溜息をつきながら、テーブルの上の小箱をしまった。

「まっ、例え何を言われようとも、ボクは折れないつもりだったけど」

言いつつ立ち上がった彼を見て、ジラードは低い声で尋ねた。

「もう、帰るのか?」

「うん。早く…………したいから」

「……そうか」

不意に眼を閉じた父親を横目に、ユリスはゆっくりと出口へと向う。そして、彼がドアノブを回しかけた時だった。

「私にも……」

「えっ?」

思わず振り返ったユリスの瞳に、感慨深げに中空を見つめているジラードの姿が映る。

「私にも……お前の様な直向さがあったなら……」

「……父さん?」

「……違った『今』があったのかもな」

「っ……」

その呟きの中に込められた想いを感じ取り、ユリスは思わず息を呑む。

昔は嫌いだった……いや、今でも決して好きとは言えない父親。しかし、それでも彼がいなければ、自分は生まれて来なかったのだ。

――――そう、彼と、もう二度と会う事の出来ない母親がいなければ……。

「……それじゃボク、帰るから」

少しばかり居た堪れなさを感じ、ユリスは早口でそう言うと、ガチャリとドアを開ける。

するとその背後から、ジラードの声が掛かった。

「ユリス」

「……うん?」

「頑張るんだぞ」

「っ!……ありがとう」

ユリスはそう言って軽く父親を下げた。――――思えば、こうして父親に頭を下げたのは以来だろうか?

(ひょっとしたら、初めてかもな)

――――そう、初めてかもしれない。父親にこうして……心からの声援を送って貰ったのは。

「それじゃ、父さん。またね」

それは数年前まで、決して言う事はないと思っていた言葉。

にも関わらず、何のわだかまりも無く言えた自分に驚き、そして喜びを感じつつ、ユリスは父親の家を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「…………」

息子が出て行き、再び閉じられたドアを見つめながら、ジラードは僅かに口元を吊り上げる。

「『またね』……か。」

今までの息子の別れ際の挨拶は、「じゃあね」だった。それが、「またね」に変わったのが、酷く嬉しい事の様に思う。

「エイナ……」

遠い遠い未来に生きている妻の姿を不意に思い浮かべながら、ジラードは呟いた。

「お前にも見せたかったよ。先ほどの……凛とした息子の顔を」

その途端、不意に目頭が熱くなる。

(い、いかん……!)

誰にそれを見られる訳でもないのだが、彼は恥ずかしくなって強く眼を瞑った。

――――するとそこには……もう二度と会う事もないであろう妻が、優しく微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

――――ユリス邸。

「う〜ん……遅いなあ、ユリス」

もう正午近くになると言うのに、彼は未だに帰ってきてはいなかった。

する事もなく自室でゴロゴロしていたモニカは、退屈げに呟く。

「そろそろ帰って来てもいいと思うんだけどなあ……ふわあ」

ベッドの上に大の字で寝転がり、彼女は遠慮無しに大欠伸する。

しかしその直後、誰かがノックする音が聞こえ、慌てて上半身を起こした。

「っ!?……だ、誰!?」

「ボ、ボクだけど……ど、どうしたのモニカ?」

「ユ、ユリス!?ち、ちょっと待ってて!!」

ドア越しに掛けられたユリスの声に、モニカは慌てて制止の意を唱えた。

そして鏡の前に、乱れていた髪を軽く整えた後、深呼吸を一回するとゆっくり口を開く。

「も、もういいわよ」

モニカが言い終えると、すぐにドアが開かれてユリスが顔を出す。

先程の大欠伸を聞かれてはいないかと内心気になって仕方がなかったが、自分から尋ねる訳にもいかず、彼女は努めて平静に挨拶をした。

「お、おかえり、ユリス」

「う、うん……ただいま、モニカ」

「……?」

何やら緊張しているらしい彼を見て、モニカは首を傾げる。

「どうしたの、ユリス?ジラードさんと、大事なお話があるってルネが言ってたけど……喧嘩でもしたの?」:

「い、いや、違うよ」

「じゃあ、どうしたの?何かカチンコチンって音が聞こえてきそうなくらい緊張してる様に見えるんだけど?」

彼女の問いに、一瞬眼を食らった様な表情をしたユリスだったが、すぐに真顔になって頷いた。

「っ……確かに緊張してるな。凄く」

「へえ、それって凄く大事な話だったって事?どんな話だった……って、これは聞いちゃいけないわよね」

尋ねかけた瞬間、その事に気づいたモニカは、悪戯っぽく舌を出して笑ってみせる。

そうすれば、きっとユリスが「モニカも結構、分かる様になったじゃない」等と言うだろうと思って。

しかし、彼は彼女が思ってもいなかった言葉はを返した。

「……いいや。モニカにも是非聞いて欲しい……違うな、聞いてもらわなきゃいけない事なんだ」

「……えっ?」

思わずキョトンとしたモニカは、まじまじとユリスの顔を見つめる。

――――少し前から急激に上がった、外の気温のせいだろうか?彼の頬が、仄かに赤い様に見えた。

それでいて、瞳は並々ならぬ決意を秘めた様に輝いていて、その瞳と視線がぶつかった彼女は不意にドキリとする。

(な、何なのよ?ど、どうしたの、ユリス?)

そんな尋ねの言葉を掛ける事さえ憚られる雰囲気が、今の彼にはある。

ピンと張り詰められた空気に少しばかり息苦しさを感じながらも、モニカは何も言えず、ただジッとユリスを見つめていた。

そして暫の静寂の後、ようやく彼が口を開いた。

「ボクが今日、父さんの所に言ったのは……『ある事』を報告する為だったんだ」

「『ある事』を報告?」

「そう。正確に言うなら、『ある事をする』報告、かな?」

「……?」

イマイチ意味の分からない言葉に、モニカは無言で小首を傾げる。

しかし、ユリスはそんな彼女に構わず、言葉を続けた。

「本当なら、その『ある事』をしてから報告するべきだったかも知れないけどね。けど、やっぱり父さんには、先に報告しておきたかったんだ」

「一体……何を?」

「それは……っ……」

不意に言葉を濁し、ユリスは帽子を深く被って表情を隠す。それから、ポツリと呟く様に言った。

「その…………モニカ、誕生日おめでとう」

「へっ?あ、うん、ありがとう……って、ユリス、話が脱線して……」

「左手……」

「えっ?」

「左手……出してくれる?プレゼント……って言っていいのかな?とにかく……出してくれる?」

「う、うん」

断ってはいけない感じがする彼の物言いに、モニカはおずおずと左手を差し出す。

するとユリスは、その手を静かに片手で取ると空いていたもう片方の手で、上着のポケットから『ある物』を取り出した。

その『ある物』を見た瞬間、モニカはビクリと全身を竦ませる。

「っ!?」

内心で激しく動揺し始めた彼女に構わず、ユリスは『ある物』――サファイアの指輪を、ゆっくりとモニカの左手の薬指に近づけていく。

(ち、ち、ち、ちょ……え、え、え、え、え……?)

それが一体何を意味するのか、流石に彼女でも理解する事が出来た。

「ユ、ユリス!?」

あまりの事に、モニカは思わず叫んでしまったが、彼は表情を隠したまま、抑揚のない声で言った。

「嫌なら……抵抗して」

「っ!!」

ユリスのその言葉に、モニカはまたしても身を竦ませる。その間にも、既に指輪は彼女の左手の薬指に迫っていた。

「あ……」 

そのまま彼は、静かに指輪を薬指に通していく。

――――ドクン……ドクン……。

大きく波打つ心臓とは裏腹に、まるで金縛りにあった様に動けなくなっていたモニカは、ただその様を見つめるしかなかった。

――――ドクン……ドクン……。

指輪が薬指の第一関節と第二関節の間にまで到達する。

――――ドクン……ドクン……。

次は、第二関節と第三関節の間に。

――――ドクン……ドクン……。

そして、ついに薬指の付け根に指輪が到達しようと言う所で、不意にユリスは動きを止めた。

「ユ、ユリス?」

「……いいの?」

「……っ……」

――……卑怯者。

心の中で、モニカはそう非難の声を上げる。

(もうっ、ここまでやっといて!……でも……)

静まらない心臓の鼓動。そこから溢れ出る、例えようの無い喜び。

それら自身の本音を現すものを感じながら、彼女は観念するべきだと思った。

「……ユリス」

「っ!……何?」

一瞬焦った仕種を見せたユリスから、酷く緊張している様が感じ取れ、それがとてもいじらしく見えてしまう。

そんな自分に内心で苦笑しつつ、モニカは優しい口調でいった。

「早く……填めて」

「えっ?」

「焦らさないで。もう、これ以上……」

「っ!」

その言葉に、ユリスはハッと息を呑む仕種を見せた後、再び指輪を持つ手を動かし始める。

――――そして指輪は……しっかりとモニカの薬指に填められた。

「……綺麗」

「気に入ってくれた?」

「うん」

静かな輝きを放つサファイアの指輪を眺めながら、モニカは小さく、それでいて強く頷く。

「これって……私のアトラミリアを意識したの?」

「ご名答。よく分かったね」

帽子の鍔を上に押し上げ、顔を曝け出しながら、ユリスはそう言った。次いで彼は、微かに震えた声で、モニカに尋ねる。

「えっと、モニカ……」

「……何?」

既に彼女には、ユリスが何を言わんとしているかが、全て分かっていた。それに対する、自分の答えも含めて全て。

――だから……早く言ってよ、ユリス。

そんなモニカの思いが伝わったのか、目の前で言い淀んでいた彼は、徐に言葉を紡いだ。

「モニカ……これからも、ずっとボクの……ボクの隣で一緒に……時間を過ごしていってくれないかな?」

その遠回しな言い方に、少しばかり呆れを感じたモニカは、軽く溜息を漏らす。

「……もっと、ストレートに言えないの?君は?」

「い、いいだろ、別に!こ、これでも色々、考えたん……だから……」

再び帽子を深く被り、拗ねた口調になったユリスは、普段よりも随分と幼く見えた。

「ふふ……そうだったんだ。あ……」

知れず笑いを漏らしていたモニカだったが、ふと頬に冷たい物が伝うのを感じ、小さな驚きの声を上げる。

「モ、モニカ!?な、なんだよ、急に泣いたりなんかして……」

「ゴ、ゴメン!で、でも……でも私……」

何とか堪えようとするが、そんな彼女の行為をバカにするかの如く、涙は次から次へと流れてくる。

心の中で「止まって!」と何度も叫ぶが、雫と共に溢れ出る想いは抑えきれなかった。

――――ずっと……ずっと待っていた。いつか、彼から今みたいな言葉を言ってくれる時を。

とうとうその時が来たんだと思う嬉しさが、涙となって表れているのだと、モニカは何となく理解していた。

けれども泣いてばかりでは格好がつかないし、第一ユリスに申し訳ない。

そう思い、必死に涙を止めつつ嗚咽交じりの呟きを漏らしていた彼女の頬に、ユリスはそっと指を伸ばした。

「モニカ……ゴメン、待たしちゃって」

丁寧に涙を拭いながら、彼がそう言うと、モニカは泣顔と笑顔が入り混じった表情で口を開く。

「ほ……本当よ、全く。ま、待ちくたびれてたんだから……危うく、こっちから言っちゃう所だったんだからね。

 『ユリスが嫌だっていっても、ずっと傍に居させてもらうわよ!』……って」

「ハ、ハハ……本当に?」

その言葉に対して、複雑そうな表情を浮かべた彼に、モニカはそっと寄りかかりながら答えた。

「冗談に決まってるでしょ?……後半はね」

「うっ……ゴメン」

「ううん。いいのよ……」

優しく自分を包んでくれたユリスの両手に、どうしようもない温かさを感じた彼女の瞳から、再び涙が零れだす。

「モニカ……」

「ユリ……ス…………」

ギュッと彼の服を掴み、彼の胸に埋まりながら、モニカは震える声で言った。

「もう私を……離さないで」

それに対し、ユリスは一言――強い思いを秘めた一言を彼女に返した。

「……うん」

 

 

 

 

――――それは二人の出会いから、五年の月日が流れた……ある真夏の日の出来事であった。

 

 

 

 

 


 

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