第九編〜双子の成長〜

 

 

 

 

――――ユリス邸。

「あ……」

不意に声を漏らしたモニカに、のんびりとコーヒーを飲んでいたユリスは顔を上げて彼女へ視線を向ける。

「どうしたの、モニカ?」

「ほら、ユリス。……雪」

「……え?」

言われてモニカの指差す方向――窓の外を見ると、成程確かに純白の結晶がヒラヒラと空から舞い落ちていた。

「ああ、もうそんな季節か……」と呟きつつ、ユリスは持っていたカップをカチャリとテーブルに置いて立ち上がる。

そして、徐にモニカの傍に歩み寄ると、独り言の様に呟いた。

「今朝はそんなに寒くなかったと思うんだけどなあ……天気も良かったし」

「そうよね。あの子達も、鉱山から出てきたらビックリするんじゃない?」

「……違いない」

その様子が容易に想像でき、ユリスとモニカは揃って笑みを漏らす。時間からして、そろそろ仕事も終わった頃だろう。

――――こうして話している今、正に話通りの展開になっているのではないだろうか?

二人してそんな事を考えた時、ふとモニカが思い出した様に言った。

「あ、そう言えばユリス。ジラードさんは?」

「ああ。まだ自室で、書類と格闘してるんだろ」

ユリスが事も無げにそう言うと、「ちょっと酷いわよ、ユリス」と彼女が咎めてきが、彼はそれを適当に受け流す。

(酷いも何も……いつもの事じゃないか)

――――ジラードが再びこの邸宅で暮らす様になってから、そろそろ五年ぐらいの月日が経つ。

こちらに戻ってきた理由を本人は決して語ろうとはしなかったが、ユリスは既に理解している。

……と言うよりも、あの孫を見る緩みきった表情を一回でも見れば、誰でも分かる事だろう。

(親バカならぬ、爺バカだよな)

セイカとユイヤを連れて、ヘイム・ラダにまで度々足を運んでいた時の事を思い出し、ユリスは苦笑する。

「可愛いな、二人共」とか「本当に良い子達だ」と、ジラードは会う度にひたすら双子の孫を褒めたおした。

そんな彼が「もっと顔を見せに来い」と五月蝿い物だから、最初は春夏秋冬にそれぞれ一回の頻度だったのが、

三ヶ月に一回、二ヶ月に一回、一ヶ月に一回……となっていったのだ。

そして、挙句の果てに週一の頻度になってしまった頃、呆れたユリスがジラードにこう言った。

――……父さんさあ。そんなにセイカとユイヤが見たいんだったら、戻ってくれば。

(今にして思えば、あんな台詞がよく出てきたよなあ……)

彼は今頃になって、感慨深げにそう思う。

あの時はごく自然に口にした台詞だが、以前の自分なら絶対に言わない台詞だっただろう。

年月による心情の変化とは恐ろしい物だ……と、妙に他人事の様にユリスは心の中で呟いた。

「……リス……ユリス!聞いてる?」

「え?……ああゴメン、モニカ。で、何?」

どうやら、いつの間にか考えに沈んでいたらしい。

モニカが自分を呼ぶ声に返事をすると、彼女は呆れた様に両手を腰に当て、大袈裟に溜息をついた。

「もうっ!『何?』じゃないわよ!ジラードさんに、あんまり無理させちゃ駄目だって言ってるの!」

「……別に無理なんかさせてないよ。自分からやってるんだよ、父さんは」

ジラードがユリスの仕事――もとい、かつての自分の仕事をする様になったのは、彼が戻ってきたのと殆ど同時期。

――――今まで完全に放りっぱなしだったというのに、一体どういう風の吹き回しなのか?

そう思ったユリスが本人に尋ねると、返ってきたのは意外な一言だった。

――……仕事一筋の父親は、子供に嫌われる典型的な例だ。

無感情な口調だったが、その言葉にユリスは眼を丸くしたのを覚えている。

つまり「仕事は私がやるから、お前はセイカとユイヤに構ってやれ」というジラードなりの気遣いなのだ。

尤もそれは、自分へのというよりかは、可愛い可愛い孫への物だろうが。

ともかくそういった事もあって、現在ユリスの仕事は殆どジラードがやっている。

それは間違いなく本人の意思と希望であり、モニカが言う様な『無理をさせている』と言った事は全く無いのだ。

「そうなの?でも、やっぱり……ジラードさんも、もう若くないんだし」

「……それ、本人には言わない方がいいよ。絶対に凹むから」

何とも言えぬ表情でユリスがそう言った時、玄関の扉が開く音が僅かに聞こえてきた。

「ただいま、戻りました」

「たっだいま〜〜〜!!」

次いで落ち着いた声と元気な声が同時に遠くから聞こえ、ユリスとモニカは笑みを浮かべつつ口を開いた。

「どうやら、帰ってきたみたいだね」

「うん。それじゃ、出迎えますか」

それから二人はどちらともなく、玄関の方へと歩き出す。

――――モニカお手製の赤いセーターを着た娘と、青いマフラーを首に巻きつけた息子を出迎える為に。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても驚いたなあ!鉱山から出てきたら雪が降ってるんだもん!入る時には、全然そんな天気じゃなかったのになあ……」

「本当にね。でも、火照った体には丁度良かったです。……今日はちょっと、いつもより多かったですから」

風呂上りで首にタオルを掛けたままのユイヤとセイカは、そう言いながら椅子に腰掛ける。

そんな二人に冷たいジュースを渡しながら、モニカは労わりの笑みを彼らに向けた。

「二人共ご苦労様。怪我もしてない様だし、随分手馴れてきたみたいね」

「うん!もう、あんなモンスター達なんか敵じゃないよ!例え百匹だろうが千匹だろうが、僕一人で十分!!」

「何言ってるのよ、ユイヤ。あんな左右や後方に注意を払わない戦い方で、大勢の魔物と戦える訳でしょ?」

呆れた様に溜息をついたセイカに、ユイヤは憤慨した様に抗議の言葉を発する。

「そ、そんな事無いよ!大体ちゃんと全方向に神経張り巡らして戦ってるさ、僕は!」

「……鉱山に入って早々、横から奇襲かけられてたのは誰?私が援護しなきゃ、今頃どうなってたと思う?」

「う……」

苦々しい表情で絶句した息子に、ユリスは苦笑する。

(向う見ずな所は……本当に誰かさんにそっくりだよな……)

そう思いながらモニカの方に眼をやると、何とも複雑そうな表情と視線が返ってきた。

「……何よ、ユリス?」

「いや、別に。何でもないよ」

「どうだか。どうせ『無鉄砲な所はモニカに良く似たなあ』とか考えてたんでしょ?」

「ははっ、まさか」

図星を突かれた事をおくびにも出さず、ユリスは笑いながら手を振って誤魔化す。

そんな彼にまだ何か言いたげなモニカだったが、やがて軽く肩を竦めた後、ユイヤに少し厳しい表情を向けた。

「ユイヤ。強くなったのは私にも分かるけど、あんまり調子に乗っちゃ危険よ。

接近戦は、どうしても視野が狭くなりがちなんだから。セイカの言う通り、もっと注意を払わなきゃ」

「……は〜〜い」

言われた途端、ユイヤはさっきまでの元気をなくし、シュンとして俯く。そんな弟を気の毒に思ったのか、セイカは軽く彼を励ました。

「まあまあ、そんなに落ち込まなくても良いわよ、ユイヤ。これから少しずつ改善していけばいいんだから」

「そうだね。まっ、それまではセイカ。お前がちゃんと援護してやりなよ」

「はい、お父様!」

ユリスの言葉に、セイカは嬉しそうな表情で彼に振り向く。

その直後、姉のその様子が不満だったのか、ユイヤは頬杖をつきながら口を尖らせた。

「なんだよ、姉上だけ……」

「クスクス……ほらユイヤ、そんなに膨れっ面しないの。後で貴方の剣の手入れ、してあげるから」

「えっ!?本当、母上!?」

「ええ、本当よ。……あ、そうだ。ユリス、君もたまにはセイカの銃の修理、してあげたら?」

「っ!?そ、そんな、お母様!わざわざ、お父様の手を煩わせなくても、私は自分で……」

困った顔で母親の提案を拒否しようとする娘に、ユリスは少し考える仕種をした後、徐に言った。

「そうだな。たまには……ね」

「お、お父様まで!ほ、本当に私は……その……」

「な〜〜にオロオロしてるんだよ、姉上?……あ、まさか父上に自分の銃を触れるのが嫌な……」

「そんな訳無いでしょ!!」

キッと睨み付けられ、ユイヤはビクッと肩を震わせた後、助けを求める様な視線でユリスとモニカを見る。

そんな息子に答えるべく、二人は揃って娘を宥めた。

「まあまあ、セイカ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「そうそう。冗談だって事ぐらい、お前なら分かるだろ?……ま、それはそれとして、銃の修理はさせてくれないか、セイカ?」

「……本当によろしいんですか?」

「構わない構わない。それに、ちょっと興味あるんだよ。セイカがどんな風にカスタマイズしてるのか、ね」

ユリスがそう言うと、セイカは少し納得した表情で「ああ……」と小さく呟く。

そして、懐からそっと小型の二つの銃を取り出し、彼に手渡した。

「では、お父様。……よろしくお願いします」

「ああ。心配しなくても、変にいじらないから」

「あら、本当〜?こういう事に関しては、あんまり君の事、信用しちゃいけない気がするんだけどなあ〜?」

(……元はと言えば君が言い出したんだろ)

茶化すモニカに心の中でボヤきつつも、ユリスは「そんな事ないよ」と返事をする。そして、ふと思い出した様に口を開いた。

「あっ、そう言えば、そろそろ父さんも仕事終わった頃かな?……セイカ、ユイヤ、ちょっと顔見せに行ってくれない?」

「お爺様に、ですか?……分かりました。ユイヤ、行きましょ」

「は〜〜い」

そう言って席を立ち、食堂を出て行こうとする二人に、モニカが声を掛ける。

「もし仕事が終わってる様だったら、暫く一緒に遊んでもいいわよ」

すると、セイカとユイヤは笑顔でこちらに振り向き、「「はい!」」と返事をする。

そして、そのまま食堂を出て行ったが、その際にしっかりと剣を置いていったユイヤに、モニカは思わず吹き出した。

「……本っ当に、ちゃっかりしてるわ、あの子」

「それは……あ、いや、ええっと……」

君に似たんだろ?と言おうとしたユリスだったが、その前にモニカからジト目を向けられ、慌てて言葉を濁す。

「コホン……そろそろ、ボク達も部屋に戻ろうか。それぞれ、武器の事もあるし」

「そうね。可愛い我が子の為に、早く手入れしてあげるとしますか」

 

 

 

 

 

 

 

――――セイカとユイヤが、ゼルマイト鉱山でのモンスター退治をする様になって、そろそろ一年が経つ。

世界で唯一の公共移動機関――バース鉄道。その燃料――ゼルマイト鉱石が唯一発掘できる場所が、ゼルマイト鉱山だ。

かれこれ十数年間も発掘し続けているにも関わらず、ゼルマイト鉱石は鉱山から涌き出る様に次々と見つかっていく。

そして、それに比例するかの如く、モンスターも無数に出現する為、鉱山のモンスター退治は必要不可欠な仕事なのだ。

昔はユリスとモニカがニード町長から頼まれて行っていたのだが、ここ最近は我が子であるセイカとユイヤに任せている。

これは別に、二人の腕が鈍ったとか、体力が衰えた等という事では決して無い。

むしろ今でも二人……特にモニカは、暇があったら軽い運動気分で鉱山に行く事も度々ある。

にも拘らず子供達にモンスター退治をさせているのには、色々と訳があった。

「あ〜〜あ……刃こぼれしてるし、ちょっと錆付いてる。ちゃんと手入れしてないわね、ユイヤったら」

ベッドに腰掛け、ユイヤの剣の手入れをしていたモニカが、ふと声を漏らす。

すると机に向かっていたユリスが、クルリと彼女の方に振り返った。

「ねえ、モニカ。前からずっと気になってたんだけど……」

「ん、何?」

「大変なの?剣の手入れって?」

「う〜〜ん、別に大変って訳じゃないけど……少しでも使った時には、忘れずしとかないといけないの。でないと、すぐに斬れ味が落ちるから」

「へえ、そうなのか。結構マメな作業が必要なんだなあ」

そう呟いたユリスに、今度はモニカが尋ねた。

「あら、マメな作業って言うんだったら、そっちの方がそうなんじゃない?銃のメンテナンスの方が」

「え?ああ……そうかもな」

ユリスが頷くと、モニカはうんうんと納得した様に頷く。

「でしょうね。剣の手入れって、やる事はそんなに難しい事じゃないもの。だけど銃の方は、何か複雑な事しなきゃいけないんでしょ?」

「まあね。まず各部品が壊れてないか確認して……もし壊れてたら部品を取り替えて……後、最低限の弾薬補充だろ?

これらが一通り終わったら整備不良がないか試し撃ちして、もし不良だったら……」

「あ〜〜!!もういい!もういいわ!……聞いてるだけで、疲れてきた」

大袈裟に両手を振ってユリスの話を遮ったモニカは、不意にベッドから立ち上がると、ユリスの傍に歩み寄る。

そして、彼の机の上に置かれているセイカの銃を眺めながら、呟く様に言った。

「けど凄いわねえ、セイカは。そんな複雑な作業、もう一人でやってるんでしょ?」

「うん、それはボクも驚いてるんだ。まさか、こんなに早く自力でメンテナンス出来る様になるなんて」

「クス……ユリス。もしかして君、ちょっとセイカに妬いてる?」

「……少しだけ、ね」

苦笑交じりにそう答えた彼に、モニカは思わず噴き出した。

それに対して、ユリスは少々不貞腐れた表情で口を開く。

「モニカ……ちょっと笑い過ぎなんじゃない?」

「クスクス……ゴメンゴメン。でもさあ、意外だったな」

「?……何が?」

「君が、セイカに銃の使い方を教えてあげた事よ。絶対、『危ないからダメ』とか言うと思ってたんだけどなあ」

「ああ……その事か」

瞬間、ユリスの脳裏に、ためらいがちに呟いた娘の声が響く。

――お、お父様……その……も、もしよろしければ……私に銃の手解きをしてくれませんか?

(確か、あれは……ユイヤがモニカに剣の修行つけてもらう様になってから、一ヶ月くらいだったな)

「そろそろ、本格的に教えてもいい時期ね」と、モニカがユイヤに剣術を教え始めたのが、今から丁度二年前。

そのすぐ後と言ってもいい時に、セイカは自分にそう言ってきたのだ。

勿論ユリスは面食らったし、そんな危険な事を……とも思った。

しかし娘の真剣な表情と、少しばかり自分の中にあった『自分の特技を教えたい気持ち』から、「いいよ」と承諾したのである。

――――そうして一年の月日が流れると……セイカの銃術とユイヤの剣術は、かなりの物になっていた。鉱山でのモンスター退治は、それ程までに成長した二人の修行の一環である。

「にしても……ここまでボクに似てくるとはねえ、色々と」

「それって、セイカの事?」

無意識にそう呟いたユリスにモニカが尋ねると、彼はコクリと頷く。

「うん。女の子だから、君に似るんだろうなって、何となく思ってたんだけど……分かんない物だな、遺伝って」

「そうね。セイカはどっちかというと大人しい方だし、頭も良いし、食べ物の好き嫌いも多いし……本当に君に似てるよね。

私に似たのって言えば……髪質ぐらいじゃない?」

「いや、後……顔立ちも、昔の君に良く似てるよ」

「えっ?そう、かな……?」

「そうだよ。自分じゃ分からない?」

「う〜〜〜ん……ちょっと、分かんないかな?」

少し照れながらそう言ったモニカは、ふと思い出した様に口を開く。

「あ、じゃあユリス。君から見て、ユイヤはやっぱり……私に似てる?」

「え?そうだな……元気だし、喜怒哀楽が激しいし、ちょっと落ち着きが無いし……ん、君によく似てるね。ボクに似た所は……無いんじゃないか?」

「あれ?顔は昔の自分に似てると思わないの?」

「……いや、似てないだろ?ユイヤとボクは」

「何言ってんだか。そっくりよ、流石親子ってくらいにね」

「そうかなあ?……って、これじゃあ、さっきと立場が逆だな」

「フフフ……そうね」

ひとしきり二人は、互いに顔を見合わせて笑いあった。

と、その時、勢いよく部屋のドアが開き、セイカとユイヤが顔を見せる。

「母上!父上!一緒にトランプしようよ!」

「すいません、お父様、お母様。お爺様がどうせなら呼んで来なさいと仰ったので……よろしいでしょうか?」

そんな双子達に、ユリスとモニカは穏やかな微笑を浮かべて言った。

「ああ、いいよ。ね、モニカ?」

「うん。まだ晩御飯まで時間あるし、それまで家族揃って遊ぶとしますか」

「本当!?やったー!!じゃあ、先にリビング行って準備してるね!!姉上、ほら早く!」

「ユ、ユイヤ!そんなに引っ張らないで!……で、ではお父様、お母様、そういう事で。……ちょ、ユイヤ!!」

そうして慌しく走り去っていくユイヤと彼に手を引かれていくセイカを見送りつつ、ユリスとモニカは再び顔を見合わせて笑った。

「はは……ああいうの見てるとさ、何だか昔のボク達が重なって見えない?」

「クスクス……認めたくないけど、同意だわ。本当、遺伝って凄いわね」

「そうだね……じゃあ、行こうか」

「……ええ」

 

 

 

 

 

 

――――笑いながら歩き出したユリスとモニカの姿は、すっかり父親と母親の物でありつつも、どこか幼い子供の様だった。

 

 

 

 

 

 


 

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