〜エピソード16〜

 

 

 

 

 

 

 

顔を出した朝日の光が水面を照らし、燦々とした輝きを作っている。

生まれて初めて見るその美しさに、芸術にとんと興味の無いジェフも思わず感嘆の声を上げた。

「へえ、綺麗なもんだな。こんなもの、こうして遠出しなけりゃ一生見なかったかも……うわっ!?」

突然、足元が揺れた事に、ジェフは慌ててバランスを取る。ややあってどうにか転倒を免れた彼は、騒ぎの元である連中に文句を言った。

「おい、タッシー! 激しく動く時は鳴くとかしてくれ! それにサルも! タッシーに変な指示出すなよ! お前と違って、僕は飛べないんだからな!」

そんなジェフの怒声に少しの間を置いて、二種類の鳴き声が返ってきた。しかし、それがどういう意味を成すのかを、残念ながら彼は知る事は出来ない。

「ったく!……うわっと」

相変わらず揺れ続ける足元――タッシーの背中の上で項垂れたジェフの頭に、一匹のサルが乗っかり彼の頭を叩く。

それが何を意味するのか察した彼は、ポケットの中からフーセンガムを取り出すと、その一枚をサルに渡した。

「随分と変わってるよな、フーセンガムが好きなサルなんて。おまけに伝説の生物な筈のタッシーと意思疎通まで出来るんだから」

膨らませたバルーンでプカプカと浮いているサルを眺めながら、ジェフはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

“テレパシー”に従うまま南下し続けていたジェフは、その道中でふと空腹を感じた。

そこで休憩がてらトニーから貰った食糧を食べていると、いきなり一匹のサルが現れて包みの中へ手を伸ばしきた。

慌ててジェフはそのサルを追い払おうとしたが、既にサルは包みの中にあったフーセンガムを奪い取っていた。

フーセンガムそのものは別段貴重品というわけでもないが、それでもむざむざサルにくれてやる理由もない。

すったもんだの末、ようやくサルからフーセンガムを取り返すと、ジェフは些か不機嫌になりながら再び歩き始めた。

だがフーセンガムを諦めきれないのか、サルはジェフの後をピッタリとくっつき、どこまで行ってもついてくる。

仕方なく彼がフーセンガムを一枚渡すと、サルは嬉しそうにそれを口に運んで器用にバルーンを作り、更に驚いた事にそのバルーンによってプカプカと浮かび上がった。

そのまま暫く空中浮遊していたサルだったが、やがて呆気に取られているジェフの前に着陸すると、楽しそうな鳴き声を上げつつ手を差し出した。

そんなサルに、ジェフはほぼ無意識にフーセンガムをまた一枚渡してしまう。するとサルはそれを口に入れながら、ジェフの肩に飛び乗った。

てっきりフーセンガムだけが目当てなんだろうと思い袋ごと渡そうとしたものの、サルは受け取ろうとはせず、肩から降りようともしない。

どうやら自分に懐いてしまったようで、ジェフは仕方なく、この奇妙なサルを連れていく事にしたのである。

その後もじゃれつき、フーセンガムを強請るサルに振り回され続けたジェフは、出発前に算出した時間よりも大幅に遅れてタス湖に到着した。

アンドーナツ博士の研究所に行くには、この湖を渡らなければならない。その方法を考えていたジェフは、タス湖に住むと言われる伝説の生物“タッシー”の観測をしている一向に出会った。

成り行きでタッシーにまつわる話や、未確認飛行物体を見たという話を聞いている内に、いつしか夜が明け、それと同時にタス湖の水面に渦巻きが発生する。

もしやタッシーが出現する前兆ではないかと騒ぎ始めた調査団につられ、渦巻きを眺めていたジェフの服の袖を、不意にサルが引っ張った。

それが何を意味する事かをすぐに察し、彼はサルにフーセンガムを一枚渡す。受け取ったサルはすっかり慣れた様子でガムを口に運んだが、その後に思いもよらぬ行動に出た。

モグモグと口を動かしながら、サルは突然タス湖目掛けて走り出す。そして渦巻きに向かって大きくジャンプすると同時にバルーンを作り、渦巻きの真上に浮遊した。

直後、さながらそれが合図であったかのように渦巻きから次々と泡が生まれ、その中から首の長い奇妙な生物が出現する。

それが噂のタッシーであるのだとジェフが認識するよりも先に、サルはタッシーの頭部に着陸するとバルーンを潰し、ペチペチと頭を叩きながらタッシーに何やら話しかけた。

すると驚くべきことに、タッシーは相槌を打つかのように口を開くと、外見と同じく奇妙な鳴き声を発する。そしてゆっくりとタス湖の岸――ジェフのいる場所へと泳いできた。

間近で見る珍獣に圧倒されたジェフが呆然としていると、タッシーの頭部にいたサルが手招きの様な動作をしつつ鳴き声を上げる。

その鳴き声で我に返った彼は、暫しの躊躇の後、意を決してタッシーの背中に飛び乗った。そして調査団のどよめきを背に、タッシーによってタス湖を渡る事になったのである。

やがてタス湖を越えたジェフとサルはタッシーと別れ、そのまま南下を続けた。

その道中にあった洞窟の中で、彼らは明らかに人の手が加えられた場所を通った。わざわざ看板で『低予算ダンジョン』と記されていたその場所で、ジェフは様々な事を経験した。

――――話に聞いていた、凶暴になった動物との戦い。今まで見た事もない奇妙な生物との戦い。

ガウスから貰った“バンバンガン”と、サルとのコンビネーションでどうにかそれらの戦いを切り抜け、出口を抜けたジェフは、そこで一人の男性と出会った。

ブリック・ロードと名乗ったその男性は、ダンジョン作りの情熱を燃やしているらしく、その一環として『低予算ダンジョン』を作ったのだそうだ。

更に、究極のダンジョンを作るべく、近いうちにアンドーナツ博士を訪ねるつもりらしい。それを聞いたジェフが、自分も博士に会いに行く最中だと告げると、ブリック・ロードは言った。

「そうだったでやすか。でも博士は人嫌いで、急に訪ねても相手にしてくれないと思いやすよ。……そうだ、私が連絡を入れておいてあげましょう。一応、既にコンタクトは取ってるんでやすよ。お礼?

 そんなのいりやせん。ただ、いつか私がダンジョンの極致に辿り着き“ダンジョン男”になったら、是非に会いに来て挑戦してください。こんな安っぽいダンジョンのようにはいきませんよ」

“ダンジョン男”というのが何なのかは気になったが、とりあえず了承してブリック・ロードと別れ、更に南下したジェフの前に、再び洞窟が姿を現したのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふう……ジメジメして嫌な場所だ。おまけに変な生物がウヨウヨしてるし……正直、勘弁してほしいな」

ブリック・ロードの『低予算ダンジョン』とは違う本格的なダンジョンに、ジェフは旅立って初めての弱音を吐く。

そんなジェフの横でフーセンガムを食べていたサルが、彼を元気づけるように飛び跳ねながら鳴いた。

「キャッキャッ」

「ん? 元気出せってか?」

「キャキャッ!」

「っ……そうだな、落ち込んでても仕方ないし。けどお前、良くこんな場所でフーセンガム食べられるな?」

「キャッキャッキャッ!」

皮肉が分かっているのかいないのか、サルはピョンピョンとはしゃぐ。そんなサルを見ていると、自然に気持ちが解れてき、ジェフは笑みを浮かべた。

「なんだかんだで、付いてきてくれて助かってるんだよな。…………ん?」

ふとジェフは、視界の隅で何かが輝くの見つけ、その方向へと振り返る。するとそこには、外への出口を塞ぐかのように存在している光の塊があった。

神秘的な銀色の光を放っている“それ”に、ジェフは惹かれるように近づいていく。そして、サルも同じように彼のすぐ後ろを歩きながら光の塊へと近づいた。

「これは……?」

「キャッ? キャッ?」

「人工物……じゃないのか? だけど、こんなものが自然にできるとは考えにくいし……」

ブツブツと呟きつつ、ジェフは無意識に光の塊へと手を伸ばした。だが、その指先が塊へと触れた瞬間、凄まじい衝撃と痛みが彼を襲う。

「イッテ!!」

「キャキャッ!?」

悲鳴を上げて手を引っ込めた彼は、驚いて指先の状態を確認する。不思議な事に怪我をしている様子はないが、先程感じた痛みは未だ消えずに残っていた。

その痛みに顔を歪めながら、ジェフは再び光の塊へと視線を向ける。そして、暫しの沈黙の後に口を開いた。

「どうやら、今は保留にするしかなさそうだな。だけど、いつか必ず正体を確かめてやる。こんな未知なる物を見て、そのまま不明のまま終わらせてやるもんか」

――――未知を既知に。不可能を可能に。それが科学者としての矜持。

決して露わにすること無く、静かに情熱を燃やしたジェフは、知れず右手の拳を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

幸い、洞窟の出口はあの光の塊が塞いでいる以外にも存在していた。

その出口を潜り抜け、再び外へと出たジェフとサルは、直後に襲ってきたウィンターズ特有の寒気に揃ってクシャミする。

けれどもその寒気も、あの湿気と不快感に満ちていた洞窟に比べれば、心地良ささえ感じられる。ジェフはクシャミが収まると、大きく両腕を伸ばしながら深呼吸した。

「ふう、ここら一帯の空気がこんなに良いものだったなんてな。どうも僕は、洞窟との相性は悪そうだ」

「ウッ……キャッ!! ウッ……キャッ!!」

「ん? お前、まだクシャミしてるのか? だらしない奴だな。お前だってここウィンターズの生まれだろ? これぐらいの寒さで参っててどうするんだよ?」

「ウッ……ウキャキャッ!!」

ジェフのからかいに憤慨したのか、サルは荒々しい鳴き声を上げる彼の頭に飛び乗り、その頭頂部をポカポカと殴りつける。

「イ、イテ! コラ、やめろって! わ、悪かったよ!!」

「ウキャキャッ!!……ッ!?」

「な、なんだよ?…………あっ」

不意に殴るのを止めて遠くへ視線を向けたサルを見て、ジェフはその方向を見やる。すると、一匹のサルが楽しそうに雪原をあるいていた。

何故か頭に赤いリボンをつけているそのサルは、時折可愛らしい鳴き声を発している。どうやら女の子――メスザルのようだ。

「……変わったサルだな、リボンなんか付けて。まあ、フーセンガムを食べるこいつよりは普通……」

「キャキャキャッ!!」

ジェフの独り言を遮って、サルが興奮した鳴き声を上げる。そして、勢いよくジェフの頭から飛び降りると、メスザル目掛けて一目散に駆け出して行った。

「お、おいっ!?」

慌ててジェフはサルを呼び止めるが、全く聞こえていないらしくサルが止まる様子はない。

程無くメスザルは自分に迫ってくるサルに気付き、当然ながら驚いた彼女はサルから逃げるように駆け出した。

勿論、それでサルが諦める訳もなく、メスザルに追いつこうと更にスピードを上げて彼女を追いかけ続ける。そんな二匹のサルは、やがて雪原の彼方へと消えていった。

それは時間にすれば、ほんの数秒の出来事。気が付いた時、ジェフは一人ポツンと雪原の中に立ち尽くしていた。

「な……なんだったんだ、あいつ?」

唖然としたジェフがそう呟いても、もう返事をしてくれる相手はいない。ふと寂しさを感じた彼だったが、すぐに気持ちを切り替えると、ゆっくりと歩き出した。

「まっ、此処までくれば研究所までは近い筈だ。元々は一人で行く予定だったんだし、問題はないよな」

そう呟いたジェフが暫く歩くと、明らかに規則的な並びしている石柱達が視界に入ってきた。

一体何なのかと首を傾げた彼だったが、不意に記憶を呼び覚ますと反射的に足を止めた。

「トニー……いや、違うか。他の誰かが言ってたな。確か、これは……そう、『ストーンヘンジ』だな。こんな所にあったのか。噂じゃ、UFOとかの着陸地点にもなってるって話だったけど……」

ミステリースポットとして有名な場所に偶然遭遇したジェフは、暫し本来の目的を忘れて『ストーンヘンジ』を歩き回る。

もしかしたら何か大きな発見があるかもしれないと期待しての行動だったのが、生憎それは叶わない希望のようだった。

石柱の並びが何らかの意味を示しているのは確かなのだろうが、それが何なのかは解らず、またそれ以外に特に不思議な点は見られない。

やがて一本の石柱の傍で立ち止まった彼は、そっと失望の溜息を洩らした。

「はあ……せっかく寄宿舎の皆への土産場話になるかと思ったのに。……あれ? 待てよ……此処に纏わる話、他にも聞いた気が……っ! そうだ、確かテリトリーじゃなかったか? 伝説の……」

その時だった。不意に遥か遠くから地響きが聞こえ、ジェフは身を竦ませる。そして、その地響きが徐々に近づいてきているのに気づいた彼の背中に、嫌な汗が流れ始めた。

「ま、まさか……これって……?」

ある合点が入ったジェフの本能が『逃げろ』と警告するが、恐怖と好奇心がそれの邪魔をする。結局その場に立ち尽くす事になった彼に、地響きは確実に近づいてきた。

やがてその地響きが一定のリズムを刻んでいるのに気づき、ジェフは確信する。これの地響きの正体が、“あるものの足音”だという事に。

その確信が間違っていなかった事は、すぐに証明される。雪原の向こうから、通常の人間の数倍の大きさをした怪物が姿を現したのだ。

――――伝説の巨人族と呼ばれる“ビッグフット”。詳しい生態は不明だが、極めて凶暴という説が現在最も有力とされている怪物。

ただ立っているだけで漂う、圧倒的な威圧感。それに加えて、右手に携えている棍棒が更なる強靭さを醸し出している。

これまで対峙してきた動物達とは格が違うと、ジェフは本能的に感じ取った。可能な限り、戦闘は避けるべきだと判断した彼は、“バンバンガン”に手を掛けながら口を開く。

「ははは……タッシーに続いてビッグフットにまで出会うとはね。良い記念になったよ、本当。……だから此処は、穏便に済ませたいんだけどな」

ジェフのその言葉に、ビッグフットは何も返事をしなかった。代わりに携えていた棍棒を、徐に振り上げる。それが何を意味するものなのか、頭の切れるジェフはすぐに理解した。

「っ……テリトリーに入った者には容赦なしって事かい? まあ、確かに不法侵入は重罪だよ。でも……悪いけど、こっちにだって事情ってものがあるんだ!」

そう叫ぶや否や、彼は“バンバンガン”の銃口をビッグフットに向け、躊躇いなくトリガーを引く。直後に発射された弾丸は、正確にビッグフットの腹部へと命中した。

しかしビッグフットは、特に驚いたり痛がったりする様子は見せない。全くダメージを受けていないと察したジェフは、苛立ち気に舌打ちした。

「ちっ! 図体がデカすぎてこの銃じゃ無理なのか!?……うわっ!?」

直後、ビッグフットが右足を上げ、勢いよく大地を踏み込む。次の瞬間、今までの数倍の地響きと共に大地が揺れ、バランスを崩したジェフはその場に尻餅をつく。

そんな彼目掛けて、ビッグフットが棍棒を振り下ろした。幸い、その動作はお世辞にも機敏とは言えなかった為、彼は咄嗟に身を転がして棍棒を躱す。

けれども棍棒が大地に叩きつけられた刹那、凄まじい衝撃が地面を通して伝わり、どうにか起き上がってその場所を見ると、小規模のクレーターが出来上がっていた。

「デ、デタラメなパワーもいいとこだろ……こんな奴、どうしろってんだ?」

冷や汗を流しながら起き上がったジェフは、怪物と呼んで差支えない敵の強さに焦る。

考えられる最善の手段は、逃亡だろう。ハッキリ言って唯一の武器である“バンバンガン”が通じない以上、今のジェフに勝ち目は無いと断言できる。

それに今までの動きからして、ビッグフットはその巨体故にスピードは大した事がない。全力で走れば、振り切れる可能性は高いだろう。

――――問題があるとするならば…………。

「こいつが諦めの良い奴かどうかってのが、分からないんだよな」

そう。例え一時的に逃げられたとしても、それでビッグフットが追跡を諦めてくれる保証がないのだ。

生態が不明な為、見つけた敵に対しての習性も分からない上、嗅覚等の五感の発達具合も見当がつかない。

一旦姿が見失えば諦めてくれるようならば良いのだが、仮に一度見た敵は永遠に追いかけ、且つその為に五感も優れているとしたら厄介だ。

「となると、やっぱり倒す……は無理にしても追い払うくらいはしないとダメか。くそっ、何か無かったか? 他に武器は……!」

藁にも縋る思いで、ジェフはトニーから貰った包みを漁る。しかし、手渡された時にトニーが言っていた通り、包みの中に入っているのは食糧の他、ガラクタやパーツばかり。

とてもじゃないが、ビッグフットに通用するような武器は入っていない。絶望的な気持ちが広がっていくジェフだったが、ふと見覚えのある物を見つけ、声を上げた。

「あっ! これは……!」

――――火薬実験用ロケット“ペンシルロケット”を五本束ねて作った“ペンシルロケット5”。

前にトニーと遊び半分で作ったのだが、構造上で安全性の問題があり使わずじまいになっていた物だ。恐らくトニーが、ジェフならばいつか実用レベルまで完成させられると思い、入れていたのだろう。

「もしかして、これなら……いや、でもまだこれは未完成……ええい、ままよ!」

ジリジリと間合いを詰めてきているビッグフットを見て、ジェフは覚悟を決めた。

素早く“ペンシルロケット5”のセーフティーを外し、ビッグフットへと狙いを定める。そして、震える指先で発射スイッチを押した。

次の瞬間、五本のロケットが火花を散らして発射される。けれども、やはり未完成だったからか、その軌道はデタラメそのもので、五本それぞれが好き勝手に空中を飛び回る。

それを見て失敗かと歯噛みしたジェフだったが、やがて五本の内三本のロケットが、各々違う角度からビッグフットへと襲い掛かった。

鈍重なビッグフットはそれに対処しきれず、棍棒を振るう事もなく次々と被弾する。

そしてダメージが受けたのか、或いは被弾の際に起こった爆発に驚いたのか、奇声を上げながらフラフラと踵を返し、その場から逃げて行った。

「や、やった……って、うわあっ!?」

安堵の溜息をついたジェフ目掛けて、残っていた二本のロケットが降り注ぐ。辛うじてそれを避けた彼は、爆発の後に残った残骸を見つめつつ、やるせない気持ちで嘆息した。

「はあ……まだまだだな。これじゃ、実用化には程遠いぜ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここか」

ビッグフットの戦闘を終え、再び南へと進んで十数分後。ジェフはようやく目的地へと辿り着いていた。

――――見るからに機械的、且つ殺風景な外観をした建物。

表札も呼び鈴も無い事から、来訪者への配慮も歓迎も無い事が良く分かる。ジェフはそれに対して、何処か親近感を覚えた。

そして、まるで寄宿舎で誰かの研究室に入るような気分で、建物の中に入る。

中は予想通りと言うべきか、広い空間の中に様々な発明品が置かれていた。そのどれもが、ジェフには理解出来ない程の完成度で、此処の主の頭脳を良く表している。

思わず興味を惹かれた彼だが、被りを振ってそれらから眼を逸らすと、ゆっくりと奥へと進んでいった。

やがて、恐らくは研究用の資料であろう書類の山が積まれたテーブルの前で、初老の男性がブツブツと何かを呟きながら立っているのを見つけた。

――っ……この人が……。

懐かしさよりも戸惑いを感じながら、ジェフはおずおずと男性に声を掛けた。

「あの……」

「う〜む、やはりこちらの案の方が……ん? 客人とは珍しいな。君は?」

「えっと、僕は……」

「ああ、君かね? ブリック・ロードさんから連絡が来ているよ。なんでも私に頼みがあるとか」

「あっ、はい。……って、そうじゃなく……いや、そうだけど……」

――やっぱりな。全然僕の事を分かってないよ、この人。

予想通りの反応に、ジェフは思わず苦笑する。同時に微かながら胸に寂しさが去来したが、それを表に出すことなく彼は口を開いた。

「久しぶりの対面だね……パパ」

「ん? パパ?……っ……お、おお、まさか、ジェフか?」

「そのまさか」

ジェフが嘆息すると、アンドーナツはズレかけていた眼鏡を掛け直し、気まずそうに咳払いをした。

「コ、コホン、そうかジェフか。前に会ったのは、十年くらい前かな? 眼鏡を掛けるようになったんだな」

「まっ、勉強してるとどうしても必要だからね」

「うむ、それはそうだな。……それで、どうしてわざわざ私の所に? 何か面白い理論や発明品でも見せに来たのか?」

「生憎、まだパパに自慢できる程の頭脳は無いよ。此処に来たのは……えっと……ちょっと夢物語な事なんだけど……」

「ほう、夢物語とな? 一体なんだ?」

興味を持ったのか、身を乗り出した父親に、ジェフは手短に“テレパシー”の事を説明した。

正直、一笑に付される可能性も考えていたのだが、アンドーナツは無言で何度も頷きつつジェフの話に耳を傾ける。

そして、最後まで聞き折ると、腕を組みながら唸った。

「ふ〜む、成程。話を聞くに、精神感応という奴かもしれんな。専門外故に、断定は出来んが……ジェフよ、こっちに来なさい」

「えっ? あ、うん」

こちらに背を向け、研究所の奥へと歩き出したアンドーナツの後を、ジェフは追いかける。

「どうしたの?」

「可能なら時間をかけて徹底的に調べたいが、そうも言っていられんようだからな。とりあえず、その少女の声……お前の言う“テレパシー”を分析してみよう」

「分析? そんな事出来るの?」

「それを今から調べるんだ」

アンドーナツは淡々とそう言うと、奥のテーブルの上に置いてあった一つの器具を手に取る。

ケーブルの付いたバンドらしき物で、それを見たジェフは父親がこれからしようとする事を朧気に感じ取った。

「それで、“テレパシー”を測定するの?」

「ああ。本来これは、装着した者が浴びている電波や電磁波、あるいは内部の電気信号を測定するものなのだが……ひょっとすれば精神感応の有無も調べられるかも知れん」

「ふうん……まあ、何でも良いや。とりあえずやってみよう。これを頭に巻けばいいんだろ?」

「そうだ」

父親の頷きを見て、ジェフはバンドを頭に巻き付ける。するとアンドーナツは、バンドから伸びていたケーブルを近くに機械に差し込んだ。

程無くして、その機械に設置されたモニターに、何やら脳波のようなものが映し出された。

「パパ、これは?」

「ほう、これは……いや、興味深い。これが“テレパシー”か……う〜む、面白い……このようなものは見た事がないな……いやはや……」

「あの……パパ?」

科学者の悪癖か、独りの世界に入りかけているアンドーナツに、ジェフは呆れた声で呼びかける。

すると、我に返った父親は、バツが悪そうに頬を掻いた。

「おっと、スマンスマン。つい、な。さて、詳細までは分からないがとりあえず特定は出来た。これなら、その少女の元へと行く事は十分可能だ」

「本当? どうやって?」

「このデータを移動装置にインプットさせるだけだ。丁度今、私は時空間の任意の二点を繋げてしまうスペーストンネルを研究している。それを使って……」

「へえ! それって殆ど瞬間移動みたいなもんじゃないか! 流石だよなあ、凄いよ!」

「……行く事が出来れば良かったんだが、生憎とまだ未完成なんだ」

「っ……な、なんだよ、それ。期待させといて……」

思わずズッコケかけたジェフは、ジト目でアンドーナツを睨む。

「まあ、そう言うな。久々に会った息子に、少しばかり父親の偉大さを見せてやりたかったのだ。無論、いずれ近いうちに完成させるつもりだよ」

「あっそ。……で? 結局、どうするの?」

「心配はいらない。ちょっと古いが、“スカイウォーカー”というマシンがある。その奥の丸っこいマシンだ」

そう言いながらアンドーナツが指差した方向に、ジェフは顔を向ける。するとそこには、UFOを球体型にしたようなデザインのマシンがあった。

「スカイウォーカー……名前からして、空を飛ぶマシンって事?」

「その通り。これを使えば、このフォギーランド全域は勿論、他国だろうと移動可能だ。余程遠くでない限り、大丈夫な筈だよ。さて、早速調整にかかるとしよう。ジェフ、お前は……そうだな、此処まで来るのは結構な重労働だっただろう? あっちの“インスタントエナジーマシン”で疲れを癒しておくと良い」

「インスタントエナジーマシン?……ああ、あれの事か」

入り口近くにある細長のマシンを見て、ジェフは納得する。そして、既にこちらから意識を逸らし、スカイウォーカーの調整に入った父親を尻目に、そのマシンに近づいた。

どうやら直接内部に入って使用するマシンらしく、表面にはスライド式のカバーが付けられている。傍に設置されたスイッチでそのカバーを開け、彼はマシンの中へと入る。

そして、内部のスイッチを押すとカバーが閉められ、視界が黒一色になったかと思うと、全身に何かを吹き付けられているかのような感覚がした。

途端、ジェフは全身から溜まっていた疲労が抜けていくのを感じる。そして、そう感じた直後、再びカバーが開き、彼は外へと出た。

――うわあ……本当に疲れが取れてる。どういう原理だ、これ?

「お〜い、ジェフ。調整が終わったぞ」

「えっ、もう!?」

まだ数分と経っていない筈なのに、驚くべき早さである。そう思い、素っ頓狂な声を上げたジェフにアンドーナツは事も無げに言った。

「当然だろう? いわばSOSを受け取っている状況なのだからな。ゆっくりはしてられん。さあ、疲れも取れただろう? 早く乗りなさい。乗ったら中のボタンを押せば、後は全て自動操縦だ」

「う、うん、分かった」

改めて科学者としての格を見せつけられ、ジェフは痛感した。

――遠いな……本当にまだ……遠いな。

心の中で溜息をつきながら、彼はスカイウォーカーへと乗り込む。

「じゃあ、パパ、行ってくるよ。色々とありがとう」

「何、礼はいらんよ。それよりも、着いた先で何があるのか分からんのだ。しっかりするのだぞ」

「言われなくても、それくらい承知してるさ」

「なら良し。ではな、我が息子よ。十年以内にまた会おう!」

「ああ!」

アンドーナツの激励に、威勢の良い声を返しながら、ジェフはスカイウォーカーを起動させる。

すると数秒の振動の後、凄まじい勢いで浮上したかと思うと、そのままの勢いで遥か彼方へと飛んで行った。

――――“テレパシー”を送り続けるポーラの元へと…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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