プロローグ〜始まりの悲劇〜
――――199X年。
宇宙最大の破壊者であるギーグにより、滅亡の危機を迎えていた地球は、四人の少年少女の活躍により事無きを得た。
尤も、その事を知っているのは地球上でもほんの一握り、ごく限られた人々だけだった。
殆どの人々は、地球がそんな危機に晒されていた等と知る由も無く、至って普通に時を過している。
そして、使命を終えた四人の少年少女達もまた、それぞれの生活へと戻っていった。
ギーグとの戦い……殆どの人は知らず、四人の少年少女達にとっても、今では良き思い出となっている、その戦いから数年余り。
地球は平穏な時を刻んでいるかの様にみえた。だが再び、新たなる戦いの序曲が、奏でられようとしていた…………
―――――200X年、オネット。
季節は夏。待ちに待った夏休みの始まりを明日に控え、ネスとトレーシーは嬉しそうに家までの帰路を歩いていた。
「やっと明日から夏休みだなあ。あ〜〜〜長かった!」
「本当だね!今年は何して遊ぼうかなあ……?」
二人の頭に浮かぶのは、いかに夏休みを楽しく過ごそうかという事ばかり。もっとも、受験生でもない限り、子供はこういうのが大半だが。
「クリアしてないゲーム、一杯あるからなあ……この機会にまとめてクリアしないと」
「あーー駄目だよ!お兄ちゃんがゲームやり始めると、私が出来なくなるじゃない!!」
途端に頬を膨らました妹に、彼はしれっと答える。
「……しなきゃいいだろ?」
「うっわ〜〜明瞭な返答どうもありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
「なにすましてるのよ!皮肉言ったのよ!!」
……等と他愛ない会話をしながら歩く二人は、どこにでもいそうな普通の兄妹である。
が、この二人……特に兄であるネスは、ちょっと普通ではない所があった。
何を隠そう、彼こそギーグから地球を救った四人の少年少女のリーダーである。
その外見からは容易に想像できないだろうが、その奥底に秘めた力は、並の人間が束になったくらいでは到底敵わないくらい強大だ。
彼の力とは、PSI――俗に超能力と呼ばれる力。その力を自在に操り、数多の苦難を乗り越え、地球の危機を救ったのだ。
当然、本来なら英雄として称えられる少年なのだが、如何せん殆どの人々が地球の危機自体を知らなかったため、こうして普通の毎日を過している。
もっとも、ネス自身も『その方が気楽でいい』と気にしてない様だが。
一方、妹のトレーシーはと言うと、こちらは別に特殊な能力を持っている訳ではなく、至って普通の少女なのだが、実は結構な有名人であった。
「ん?…おい、トレーシー。電話鳴ってるぞ?」
不意に鳴り響いた電子音に、ネスはトレーシーに声を掛ける。
「え?あ、本当だ。……もしもし?」
彼女は慌てて携帯を手にし、暫く誰かと話していたが、やがて「……分かりました」とうんざりした顔で通話を切った。
「何だ?また、仕事か?」
その顔で相手が誰だったのかを察し、ネスは妹に尋ねる。すると、溜息が返ってきた。
「はあっ……そう。これから来てくれって。もうっ!私はアルバイトだって言ってるのに!!」
「……と言っても、もう殆ど社員みたいな物だろ?」
「……まあ、そうだけど」
現在トレーシーは『エスカルゴ運送』と言う運送屋でアルバイトをしている。世間でも名の知れた運送屋だ。
かつて、兄であるネスが冒険の旅に出たころも、彼女はここで働いていたのだが、彼が冒険から帰ってくるとアッサリと辞めてしまった。
「お兄ちゃんの冒険の役に立ちたくて、働いてたんだもん。だから、もういいの」
……と言うのが、トレーシーの弁である。
ところが、暫く経った後、エスカルゴ運送から連絡が来たのだ。「もう一度働いて欲しい」と。
聞いた所によると彼女の電話応対、並びに雑用の手際が極めて良かったから……なのだそうだ。
勿論、最初は乗り気じゃなかったトレーシーだが、向こうの根気強い勧誘に、また兄や母からも勧めもあって、再びアルバイトを始めたのである。
そして現在に至るまで、彼女はずっとエスカルゴ運送に勤めている。ネスの言うとおり、殆ど社員みたいな物だ。
おかげで土日は殆ど毎日、時には今の様に平日にも仕事がくるのだから、忙しい事この上ない。
そんな訳で彼女の名は、学校内はおろか、オネット中……挙句の果てには隣町のツーソンにまで、知れ渡っていた。
『学校に行きながら、運送屋に勤めている凄い女の子』として。
「う〜〜〜ん、やっぱり私、このままエスカルゴ運送に就職するのかなあ?」
「それは、お前次第だろ?……嫌なのか?」
「ううん。むしろ楽しいんだけど……何か、こんなに早く未来が決まるのもなあ……って」
「ふ〜〜〜ん、そんな物か?でも、楽しいんだったら、それで良いんじゃないか?」
「……そうかな?まあ、いいや。じゃあ、お兄ちゃん!ママに遅くなるって言っといて!!」
「ああ!頑張れよ!!」
このままアルバイトに向かうトレーシーと別れ、ネスは一人我が家へと歩いていった。
「ただいま〜〜!」
「お帰りなさいネス。……あら、トレーシーは?」
「アルバイト」
事も無げにそう言い、彼は冷蔵庫に直行してジュースを取り出し、グラスに注いで一気飲みする。その後ろ姿を見ながら、ママがポツリと言った。
「そう。……トレーシーも大変ねえ。やっぱり勧めたのは間違いだったかしら?」
珍しく顔を曇らせる母親に、ネスは飲み終えたグラスを洗い場に持っていきながら笑う。
「気にすること無いって。あいつ、今のバイト楽しいみたいだしさ。それに給料だって、忙しいのに見合うだけ貰ってるんだし」
好きにさせといていいと思うよ、と二階へ上がろうとした我が子を、ママはふと思い出して呼び止めた。
「あ、ちょっとネス。貴方宛に手紙が来てるわよ」
「えっ?手紙?」
足を止めて振り返った彼は、差し出された手紙を受け取る。そして差出人の名前の所に目を通すと、不審げに眉を顰(ひそ)めた。
「……アース旅行社?そんな所が、何で僕に手紙なんか?」
アース旅行社―――全国的に有名な旅行会社だ。
ネスも名前ぐらいは知ってるが、そんな所から手紙をもらう様な覚えはない。
「ママにも分からないわ。ネス、あなた何かに応募でもしたの?」
「してないよ、そんなの。何かの間違いじゃない?」
「そんな事ないわ。宛名は確かに貴方だもの」
言われて確かめてみると、成程疑い様もなく、宛名の所には自分の名が書かれている。
(……何だろう?)
不思議に思いながら封を開け、ネスは文面に読み始めた。横からママも覗く。
「なになに……?」
『ネス様へ
突然のお手紙、まことに申し訳ありません。さぞ驚かれているかと思いますが、この度お手紙を送らせて頂きましたのは、
我が社のとあるツアーに貴方様をご招待したいと存じたからであります。
そのツアーとは、豪華客船『アースマリン号』による、8月1日からの一週間の船上ツアーでございます。
レストラン、プール、シアター、カジノ、ショップ等といった施設を完璧に整えており、快適な旅をお約束します。
勿論、勝手に招待させて頂きます故、ツアー及び施設利用に料金は一切必要ありません。
この様なツアーになぜ自分が招待されるのか、と疑問に感じるかも知れませんが、このツアーは過去に我が社をご利用頂いた
お客様の中から無作為に選出してご招待していますので、どうぞ不安なさらないでください。
ご同意頂けましたなら、同封の書類に返事をお書きになって、我が社へとご返送ください。
それでは、貴方様の良い返事をお待ちしております。アース旅行者一同』
「あら凄いじゃない、ネス!こんなツアーに招待されるなんて、ラッキーね!」
一人喜んでいるママを尻目に、読み終えたネスはもう一度、宛名の所に目を通す。
(……間違ってない……よな?)
何度見ても、そこには自分の名前がハッキリと書かれている。それでも腑に落ちない彼は、傍らの母親に尋ねた。
「ねえ、ママ。僕ってアース旅行社のツアーに参加した事あるの?」
そんな記憶無いんだけど……と首を傾げる我が子に、ママは笑みを浮かべながら言った。
「ええ、何回もあるわよ。記憶に無いのも無理ないわ、あなたはまだ一才ぐらいの時だから」
「ふう〜〜ん、そんな小さい頃に?」
「そうよ。トレーシーが生まれてからは、パパもママも忙しくなって行かなくなったけど……」
「……そっか」
そういう事なら、このツアーに選ばれたのも不思議じゃない。当然、何かの間違いでもない訳だ。
(…………一週間の豪華客船ツアーか)
次第にネスの心臓が高鳴っていく。――――そうか、僕はラッキーなんだ!!
そう分かった途端、彼は思わず両手を上げ、歓喜の雄叫びを上げていた。
「……やったあああああっっっ!!!」
―――翌日。ネスの部屋。
「おめでとう!良かったわね、ネス!」
「本当だよ!そんな豪華なツアーに招待されるなんて、ラッキーだなあ!」
「……よく分からんが、幸運だったようだな」
夏休みになって遊びに来ていたポーラ・ジェフ・プーの三人が、それぞれ彼に祝辞を述べた。
この三人、ネスの友達であると同時に戦友でもある。そう、彼らもまた、地球を救った少年少女たちなのだ。
PSI能力に長け、中でも非常に優秀なテレパシー能力を持つ少女―――ポーラ。
類稀なる頭脳と、抜群のメカのセンスに恵まれた小年―――ジェフ。
長年の修行による強靭な肉体、加えて特殊なPSIを使える能力を併せ持つ少年―――プー。
そろって人並みはずれた力を持っているが、こうやって談笑しあっている姿は、同年代の子供達と何ら変わりなかった。
「ありがとう!皆もお土産規定しててね!あ〜〜早く行きたいなあ……8月1日が待ち遠しいよ」
上機嫌のネスがそう言うと、ポーラが残念そうに溜息をつく。
「あ〜〜あ、私も行きたかったなあ……」
「あれ?ポーラもアース旅行社のツアー、行ったことあるの?」
ジェフが尋ねると、彼女は「ええ」と頷いた。
「三才くらいの時に一度だけ……でも、まっ、仕方ないわね。あっ、そうだ!ネス、お土産よろしくね」
「はいはい。……って、何が欲しいの?」
「何でもいいわよ。ネスが私のために買ってきてくれて、要らなかった物なんて無いから」
「……どうも」
仄かに赤くなりながら、ネスは俯き加減に答える。その様子を見て、ジェフとプーはやれやれといった感じで苦笑した。
「しばらく会ってなかったが……相変わらず、初心というか何というか……」
「ホントホント。全然変わってないよね、この二人」
結婚はまだ当分さきだな、と言ったジェフに、ネスとポーラは「ジェフ!!」と真っ赤になって怒った。
その様子を微笑ましく見ていたプーだが、ふと思いついた様に口を開く
「しかしネス……大丈夫なのか?」
「……えっ?」
不意に真顔で尋ねられ、彼はキョトンとする。
「大丈夫って……何が?」
「いや、その……つあー、か?それに一人で大丈夫かと言ってるんだ」
寂しくないか?と続けた彼に、一同は暫し沈黙する。……ややあってポーラとジェフがぶはっと吹き出し、ネスが真っ赤になって叫んだ。
「プ、プー!!一体僕を何才だと思ってるの!?ツ、ツアーぐらい一人で行けるってば!!」
「……そうか?お前の事だから、母上が恋しくなるんじゃないのか?」
「なっ!?」
「アハハハハハッ!!ありえるありえる!」
「く、くくくくく……ネ、ネス。ちゃんと毎日ママに電話しておくのよ?ホームシックになっちゃたら、せっかくのツアーも台無しよ?」
「……あ、あのねえ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
無表情のプーと笑い転げているポーラとジェフを睨みつけながら、ネスは絶叫した。
「もう子供じゃないってば!!!」
―――――8月1日、午前10時。ネスの家。
待ちに待ったツアーの初日。ネスは愛用の黄色いリュックを背負い、これまた愛用の赤い野球帽を被り、意気揚々と玄関のドアを開ける。
「いってらっしゃい、ネス。滅多に無い機会なんだから、思いっきり楽しんできなさい」
「お兄ちゃん!お土産忘れないでね!!」
手を振りながら見送る母と妹に、彼は笑顔で頷いた。
「うん!じゃ、行ってくるよママ!それからトレーシー!期待してろよ、凄いお土産買ってきてやるからな!……どうせ、タダだし」
その言葉に、二人はそろって可笑しそうに笑う。
「ふふふふふ……じゃあ、期待して待ってるね!」
「ママも待ってるわ。ほら、そろそろ行かないと遅れるわよ」
「えっ?……!やっば、ギリギリだ!じ、じゃあ行ってくるね!!」
時計で時刻を確認したネスは、慌てて二人に背を向け、勢いよく走り出す。そして、ほんの数メートルと行かないうちに、彼の姿は見えなくなった。
テレポート―――超能力の中でもかなり有名な、瞬間移動である。
「お兄ちゃ〜〜ん!いってらっしゃ〜〜〜い!!」
もう見えない兄にそう呼びかけ、トレーシーは家の中へと入る。
次いでママも入ろうとしたが、その瞬間、激しい胸騒ぎに襲われた。
(!?……なにかしら?今の……)
「ママ?どうしたの?」
急に立ち止まった母親をトレーシーは不思議そうに見上げる。その視線に気づき、ママは慌てて返事をした。
「えっ?……あ、ご、ごめんなさい、なんでもないわ。それよりトレーシー、久しぶりに二人で買い物にでも行きましょうか?」
「本当!?やったーー!!ママと二人でお出かけするの、久しぶり!!」
彼女は瞳を輝かせ、お出かけの準備をするべく大急ぎで二階へと駆け出す。
その後姿を眺めながら、ママはさっきの胸騒ぎはなんだったのだろう、とぼんやりと思った。
(……まさか、ね)
不意に考えたくも無い最悪の事が頭に浮かび、彼女は咄嗟に首を振る。
―――ネスに限ってありえないわ。あの子は地球を救った程の子なんだもの。そんなこと……
そう自分に言い聞かせながらも、彼女は胸騒ぎを無視することは出来なかった。
―――――同日、午後9時。ポーラスター幼稚園。
夕食の後片付けをしていたポーラに、ママは何の気なしに話しかけた。
「そう言えば今日だったわね。ネス君が豪華客船のツアーに行くのって」
「ええ。きっと嬉しそうに行ったと思うわ」
くすりと笑みを零す娘に、ママは少々意地悪げな声で囁く。
「寂しくなるわねえ?一週間も会えないんだものねえ……」
「!!」
食器を洗っていた手を止め、ポーラは真っ赤になって固まった。
「マ、ママ……!な、何言って……」
「うふふふふふふ……」
悪戯っぽく笑う母親に、彼女が抗議の声を上げようとした時だった。
「これは酷い。……可哀想だが、助かりそうも無いな」
リビングからそんなパパの声が聞こえ、ポーラとママはひょいっとリビングに顔をだした。
「あなた。どうしたの?何かの事故?」
その言葉に、パパはテレビから振り返り、沈痛な顔で頷く。
「ああ、臨時ニュースらしい。……見てみろ、『アースマリン号』って船が、原因不明の爆発事故で沈没したらしい」
―――――――…………えっ?
ポーラは一瞬、心臓が凍りつく様な心地を覚えた。……そして、すぐに聞き間違いだと自分に言い聞かせる。
(そうよ……そんなわけ……)
だが、彼女に追い討ちをかける様に、テレビの中のニュースキャスターが、無慈悲な現実を叩きつける。
『……『アースマリン号』の爆発原因については、現在のところ何も解明されてませんが、
爆発があまりにも巨大である事から、とても単なる事故とは思えない、と言う見方が強まっています。
尚、乗客を乗せている救命ボートは全く発見されておらず、乗客は皆爆発に巻き込まれ、即死したのではないかと……』
「…………」
「ポーラ?……どうしたんだ?」
すぐ傍にいるはずの父親の声が、やけに遠く思える。ポーラは自分が立っているのかどうかさえ、分からなくなった。
「こ……」
無意識に口から漏れる声、目から零れる涙。
「こんなの…………嘘よ…………」
――――ネスが……そんな……
「ポーラ!?どうしたんだ!?」
「!……まさか!?ネス君があの船に……!?」
耳元で叫んでいるはずの両親の声も、もはや彼女には聞こえない。
ポーラは振り絞るかの様な悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
―――――『アースマリン号』爆発事件の原因は、ついに分からぬままとなった。
爆発が起こったのは午後8時45分頃。船が飲み込まれる程の巨大さだったらしい。
船は一瞬のうちに全壊。その状況から、生存者も絶望的という事で片付けられた。死者は約1000人余り……近年で最悪の海難事故となった。
この事件は暫くマスコミを独占し、原因についても自爆テロ説、超常現象説、宇宙人の陰謀説などが噂されたが、どれも不確かな物であった。
乗客の遺族達は皆涙し、遺体のないままに葬儀を行う家庭が続出する事となる。
だがそんな中で、たった一件、家族が事件に巻き込まれたのにも関わらず、葬儀を行わない家庭がいた。
『家の子は大丈夫です。そのうち、ケロッとして帰ってきますよ』
インタビューを受けた遺族の母親は、そう答えたと言う。
―――――そしてこの事件が、地球に再び危機が迫っている事を表すものだという事には……誰一人として知る由も無かった。