第一話〜招かざる来訪者の影〜

 

 

 

 

―――――『アースマリン号』爆発事件から、一年後。ランマ。

「…………」

燦燦と輝く星空の下、プーは一人、黙々と瞑想を続けていた。

「……あれから一年か……早いものだな………」

瞑想を終え、彼は不意に夜空を見上げる。

「……ネス……本当にお前は……」

――――……この世を去ってしまったのか?

プーはあの時以来、もう何度呟いたか分からない言葉を口にした。

 

 

 

 

……

…………

テレビも新聞もないランマに住んでいるプーの耳に、事件の情報が入ってきたのは数日後の事。

偶然訪れていたサターンバレーで、ジェフから話を聞いたのである。

「!!……バカな!?あいつが…………!?」

「……残念だけど……間違いないみたい……」

俯き加減で話す彼も、相当ショックの様だ。血が滲むほど唇を強く噛締め、うめく様に話を続ける。

「生存者は……状況から絶望的……いくらネスでも……こればっかりは……」

「……っ……」

プーは未だ信じ難い思いだったが、現実がそうである以上、それを受け入れざるを得ないとも分かっていた。

(ネス……まさか、お前が……)

動揺する心を必死で押さえ、彼は努めて冷静な声でジェフに尋ねる。

「……原因は何だったんだ?」

「……分からない。ただ、あまりにも大きな爆発だったから……偶然の事故じゃなくて何か故意的な物、っていうのが有力なんだけど……」

証拠が何もないから、と言う彼に、プーは続けて尋ねた。

「彼女は……ポーラはこの事を……知ってるのか?」

「……………」

彼に顔を背け、ジェフは暫し沈黙した後、言いにくそうに切り出す。

「知ってるも何も……僕もポーラから聞いたんだよ……この事」

「!……それで、彼女は?」

「…………」

ジェフは何も言わず、黙って首を振る。それでプーは、ポーラがどうしているのかを察した。

「今は……そっとしておくべきか……」

その呟きに、ジェフは静かに頷く。

「……そうだね」

そこで二人の会話は終わり、プーはテレポートでランマへと戻っていった。

……

…………

 

 

 

 

 

 

「…………」

過去の回想を中断し、彼は再び瞑想をし始める。

(……しかし……ネスの母上殿も、大したものだな……)

ジェフから話を聞いた後、プーは無意識にネスの実家を訪れた。別に深い意味は無い。ただ何となく、訪れたほうがいいと思ったからだ。

だが、沈んだ表情で黙ったままのトレーシーとは打って変わって、ネスのママは至って普通の様に振舞っていた。

彼がネスの事を口にしても、彼女は苦笑しながら手を振り、ただ一言。

「あの子に限って、そんな事ありえないわ。そのうち、ヒョッコリと帰ってくるわよ」

――――……だから、別に心配なんかしてないの。

そう言ったほんの一瞬、微かに浮かんだ憂いの感情を、プーは見逃さなかった。

(……全く気丈な女性だ……ネスの奴が慕うのも無理はないな……)

心配などしてない―――そう言ってはいたが、それが本心で無い事ぐらい、彼にだって分かる。

自分の子が事件に巻き込まれ、生死も不明だと言うのに心配しない親がどこにいるだろうか?

しかし、それでもそんな自分の心情を表に出さないのは、娘を宥めなければならない母親としての責務がある故。

悲しみに打ちひしがれている娘の前で、自分まで悲しむ訳にはいかない――――そう思ってのことだと、プーは解釈していた。

そしてそれは……恐らく間違ってはいないだろう。

「…………ネス」

再び星空を見上げ、彼は行方の分からない友へと呼びかける。

「……生きているなら帰って来い。……お前がいなければ、母上殿も妹君も悲しみに沈んだままだ……

 無論、俺やジェフも……お前の一番大切な、ポーラも……だから…………帰って来い」

と、プーが言い終えたその時だった。」

不意に夜空の一点が煌(きら)めき、彼は思わず立ち上がり、その一点を凝視する。

「っ!?今のは……まさか……!?」

彼の背中に冷たい汗が流れる。

――――かつてイースーチーから教わった、星から未来を予測する術。それを信じるとするならば、あれは……

「凶星?……どういうことだ?」

嫌な胸騒ぎを感じ、プーは急いで王宮へと駆け出した。

(……あれが本当の凶星ならば、イースーチーも何かを感じたはず。……間違いであって欲しいものだが……)

―――――とにかく、確かめなければ……!

妙な焦燥感に駆られながら走る彼の頭上で、また星が煌いた。……彼が凶星だと思った星が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――同時刻。サターンバレー。

この村の住民のどせいさんも、父であるアンドーナツ博士も夢の中にいる時間帯。ジェフはただ一人黙々と電子工作をしていた。

「…………」

無言かつ無表情。そのくせ手先だけは凄まじいスピードでネジやらコードやらを弄繰り回している。

やがて一つの作品が出来上がり、彼は手を休めて大きな溜息をついた。

「……やけに捗(はかど)るな、気分は優れないのに」

あれ以来―――例の事件以来、彼は今まで以上に、研究やメカ開発に没頭するようになった。

理由は至極単純である。そうしていれば、少しは気が晴れるから。

裏を返せば、そうしてなければ常に沈んだ気持ちになるからである。それほどまでに、あの事故は自分にとって、暗い影を落としたのだ。

「……ネス」

中空を見上げ、思わず友人の名を呟く。

「……何やってるんだよ?……君がそう簡単に死ぬわけないだろ?……さっさと帰って来いよ」

勿論、あんな事に巻き込まれて生きている等まず無理という事ぐらい、ジェフとて重々承知している。

だが、それでも信じたくはなかった。

四人の中で一番バイタリティに溢れ、どんなに傷を負っても笑みを絶やさなかったあのネスが……死んだ等とは。

「……家族の人だって待ってるんだぞ?……僕やプーも……それから、ポーラも……」

不意に彼の頭に、嗚咽交じりで掛かってきた彼女からの電話が甦る。

――――……ネスが……ネスが…………

「…………」

今思い返しても痛ましい声。無意識にジェフは俯き、目を伏せた。

(……あんなポーラの声、初めて聞いたよな……あんな、悲しい声…………)

そんなポーラに、自分は何も言ってやれなかった。……分からなかったから。彼女に、なんて言って慰めてやればいいのか、これっぽっちも。

しかし、心のどこかで、自分が何を言っても無駄なのではないか?とも思っていた。

あんなに悲しんでいるポーラを何とかできるのは……今はいない、彼女の一番の大切な人―――ネスのみだと分かっていたから。

(……ネス……あれからポーラは、ずっと悲しんでいるんだぞ?……それなのに、君は……)

――――そんな彼女を置き去りにして、逝ったのかよ!?

やり場のない憤りと悲しみに襲われ、ジェフは思わずテーブルに拳を叩きつける。

「……なんで、なんでこんな……!!」

こんな事になるなんて、思っても見なかった。―――こんなに早く、大切な仲間が失われるなんて……!

再び彼は、拳をテーブルに叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――どれくらい経っただろうか?

ジェフは不意に顔を上げ、ある事を思い出した。

「…そう言えば、トニーから手紙が来てたっけ。……読んでおくか」

すっかり赤くなった拳をさすりながら、彼はゴソゴソと届けられた手紙を引き出しから取り出す。

(そういえば……最近来てなかったよな、トニーからの手紙。以前は山ほど来てたのに……)

そんな事を思いながら手早く封を切ると、ジェフは文面に目を通し始めた。 

『親愛なるジェフへ。

 元気でやっている?今回手紙を送ったのは、例の『アースマリン号』爆発事件の事なんだ。

あの事件……今でも原因は解明されてないんだよね。というか、もう迷宮入りって事で片付かれている、と言った方が正しいか。

……でもね、スノーウッド寄宿舎に、あの事件の真相を解明しようってメンバーがいる、って事は前に話したよね?今までは言わなかったけど、

実は僕もそのメンバーなんだよ。それからガウス先輩も。……僕達自身はそれほどネス君と親交があった訳じゃないけど、

命を助けてもらった事もあったからね。せめて、あの事件の謎を解明することが、ネス君への供養になるんじゃないか、って思ったんだ。

 これまで全然君に手紙を送らなかったのは、その事で手一杯だったからなんだ。……で、今こうして君に手紙を送った。

……ジェフなら、この意味が分かるよね?』

そこで一枚目の便箋は終わっていた。

ジェフはゆっくりと二枚目の便箋を手にとり、続きに目を通す。

『……実はね、あれから色々調べたんだけど、やっぱりあれだけ巨大な爆発が、自然に起こるとはどうしても考えられないんだ。

 何らかの理由で、船の燃料タンクに可燃物が引火したからって、あれほどの爆発は起きないはずだからね。

 勿論、誰かが爆発物を使っても同じこと。それこそ、核兵器でも使わない限り、あんな大きな爆発は絶対に起こりえない。

……そんな訳で、僕らは『アースマリン号』があの時いた海の付近の事を、色々調べてみたんだ。

何かの手掛かりがあるんじゃないかって思ってね。……そしたら、何だか奇妙な事が分かったんだ』

(……奇妙な事?)

彼は眉を顰め、食い入るように文面を見つめながら続きを追った。

『……どうもあの付近の海、超常現象の名スポットだったらしいんだ。ほら、UFOが目撃されるとか、そういった類の…………

そんな話が次から次へと出てきたんだ。……それでね、まさかと思って調べてみたら、これが予想通り。事件があった日にも、

あの付近の海でUFOらしき物を見たって人が大勢いたらしいんだよ』

「UFO……だって?」

思わずジェフは上擦った声で呟く。―――――まさか……!?

『……それでね、それってどんなUFOかって、更に調べてみたんだ。そしたら、とんでもない事が分かったよ。

 事件の日、あの付近の海で目撃されたUFO……目撃者の証言を照らし合わせてみると、どうやらあのUFOみたいなんだ。

 以前、僕がさらわれた事のある……あの宇宙人が乗っていた、UFOと』

「!?」

派手な音を立てて椅子から立ちあがった彼は、引きちぎれる程強く便箋を握しめる。

(…そんな……スターマンの……UFO……!?)

――――スターマン。

かつて、冒険の最中に幾度となく戦った宇宙人。ギーグの側近とも言える存在だ。

多種多様のPSIを使う奴らに、苦戦を強いられてきた記憶は今にも鮮明に残っている。

そこまで考えて、ジェフは思う。――――確かに奴らスターマンなら、PSIであんな事件を引き起こすことは可能かもしれない。

だが、スターマン族はギーグ崩壊を知るや否や、この地球から撤退したはずだ。

(それが、何で……今頃になって……?)

困惑の表情を浮かべながら、彼は再びトニーの手紙に目を落とす。

『勿論、僕も実際に見たわけじゃないから絶対とは言えないけど、それでもUFOがあの付近で多数目撃されているのは、確かなんだ。

…ここからは、僕やガウス先輩の推測だけど、『アースマリン号』が爆発したのって、もしかしたら宇宙人の仕業なんじゃないかな?

君から、あの宇宙人…スターマンだったっけ?そいつらの事は聞いた事あるけど、確か奴らは超能力を使えるんだよね? 

だったら、あんな事件を引き起こす事も可能だと思うんだ。それに…………』

そこまで読んで、彼はゴクリと生唾を飲む。

自分とトニーがまったく同じ考えに至っていることに、ジェフは妙な胸騒ぎを感じていた。

(……やっぱり……スターマンの仕業……なのか……?)

しかし、何故奴らがそんな事をするのか、その理由が分からない。

恐らく地球征服、あるいは地球破壊への足掛かりだろうが、『アースマリン号』は単なる豪華客船で、間違っても地球の重要施設などではない。

―――――なぜ、そんな物を狙う必要があるんだ……?

トニーの手紙は残り僅かになっていた。彼は高鳴る胸の鼓動を抑えながら、便箋の最後の部分を読む。

『確かネス君はツアーに選ばれて、あの船に乗ったんだよね?もしかしたら……そもそもあれが、仕組まれた罠だったんじゃないかな?

 ほら、超能力にあっただろ?マインドコントロールってのが。それを使えば、アース旅行社の人達を操って、

 意図的にツアーのメンバーを選ぶ事も可能だと思うんだ。……この考えでいくと、あのツアーに選ばれたのは、恐らく特殊能力者。

 ネス君と同じようなPSIを使える、あるいは使える資質を持っている人達だったんじゃないか、ってのがガウス先輩の考えなんだ。

 僕も同意見だよ。そうやって、自分たちに刃向かえる力のある者を消し、それからゆっくりと地球を征服、もしくは破壊する。

 そう考えれば、辻褄が合うからね。ただ……もしそうだとしたら、君やポーラちゃんやプー君が選ばれなかったってのが、

 ちょっと引っかかるんだけど。……とりあえず、今僕から言えるのはこれだけだ。また何か分かったら教えるよ。

 それじゃあね、ジェフ。トニーより』

「…………」

読み終えたジェフは暫しの間、中空を見つめていた。

(トニーやガウス先輩の考え……当たってるかもな……)

『アースマリン号』爆発事件、その近海で目撃されていたUFO。これらが何の関連も無いとは考えにくい。

それに、特殊能力者をまとめて始末する…と言うのも十分可能性として有り得る理論だ。しかし……

(……手紙にも書いていたけど……何でネスだけなんだ……?)

PSIが使えない自分はともかくとして、ポーラやプーだって卓越したPSIの使い手だ。

いくらネスのPSI能力がずばぬけて高いとは言え、あの二人もスターマン達にとって厄介極まりない存在には違いない。

―――――それなのに……なぜ?

「……とにかく、明日プーに連絡してみよう」

どうやらこれは、自分だけでどうにか出来る問題でないようだ。

大急ぎでプーへの手紙を書き上げると、ジェフは動揺する心を抱えたまま、ずるずるとベッドに潜り込み、やがて静かに眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――同日未明。

世界中の漆黒の海上を、目にも留まらぬスピードで飛び回る物体があった。それも一つではなく、数え切れない程の数で。

時間が時間なので目撃者はいなかったが、もしその物体を目撃していたのなら、声を揃えてこう言っていた事だろう。

『UFO』………と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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