エピローグ〜笑顔の日常への回帰〜
―――――サターンバレー。
『……と言う事で、先日にツーソン、並びにオネットで起こった怪事件については、未だ詳細が明らかになっておりません。
現場の人々は口々に、〔宇宙人が攻めてきた〕と証言していますが、その様な痕跡は全く発見されておらず、専門家の間では、
〔集団幻覚に襲われたのではないか?〕という意見も出ています。しかし、両町の至る所が破壊されていた事は事実であり、
警察は引き続き調査を行っております。さて、続きましては……』
ニュースが次の話題に移った所で、ジェフは静かにリモコンでテレビを切る。
そして、部屋の片隅で、腕組みをしながら壁に寄りかかっているプーに話しかけた。
「やっぱり、あの事件は迷宮入りって事で片付けられそうだね」
「……致し方ないな。真実を伝えたところで、信じられずに終わるだろうしな」
正直まだ俺もあまり実感がわかない、と続けた彼に、ジェフは苦笑しながら言葉を返す。
「まっ…色々とあったからね。……ネスも生きてたんだし」
「……ああ」
プーは小さく呟くと、ゆっくりと閉じていた目を開く。
「……そう言えば、あいつはもう退院したのか?」
「え?……ああ、確か一昨日ぐらいだったと思うけど?退院日は」
―――――あの熾烈を極めた戦いの後。
夜明けから暫しの時が過ぎた頃、疲れ果てて倒れていた四人はオネットの人々に発見され、直ぐに病院へと運ばれた。
幸い、病院はあまりスターマン達の攻撃を受けておらず、多少の設備の不十分はあったものの、四人が治療を受けるのには差し支えなかった。
そして、四人は激戦の傷を癒すため、静かに養生する事になったのである。
……それから数日後。最初に退院したのはジェフだった。
次いで二週間ほど後にプーが、更に数週間後にポーラが、そして今回ネスが順に退院していく事となった。
傷の度合い自体はそれほど差の無かった(尤も、ネスの傷は三人より深かったが)四人の退院日時が、
これほどずれたのには、勿論それなりに理由がある。それは何かと言うと、精神力の回復だ。
PSIを使う事によって消耗する精神力は、現在の医療技術ではどうやっても回復を促進させる事は出来ない。
純粋にその人の自己治癒能力に任せるか、特殊な効果のある珍味類を摂取するしかないのだ。
当然、一般の病院にそんな珍味類が置いてあるはずも無く、PSIの使い手であるネス・ポーラ・プーの三人は、
自己治癒能力で精神力を回復させる事になったのだ。しかし、傷ついた肉体では、その自己治癒能力は著しく低下する。
その結果、PSIを使えないジェフが、最も早く退院する事になったのだ。
そして、他の三人の退院日時がずれたのは、消耗した精神力に差が生じたからである。
「なんだ、もうしてたのか?だったら、挨拶しに来ればいいものを」
「いや、それは仕方ないんじゃない?ネスはネスで色々大変なんだろうし。……家族とかさ」
「……そうだったな」
つい失念してしまっていたが、ネスは一年ぶりにその姿を見せたのだ。
家族とも、積もる話がある事だろう。……絆の強い、あの家族なら尚の事だ。
「なら、近いうちに此方から出向いてやるとするか。結局まだ、ゆっくりと会話もしていない事だしな」
「うん、そうだね」
笑いながら呟いたプーに、同じ様に笑みを零しながらジェフが呟く。
それから彼らは二人して、何気なく中空を見上げつつ、同時に心の中で思った。
―――――今度こそ……スターマン達から、この星の平和を守る事が出来た、と。
―――――オネット郊外。
(この道を歩くの……本当に久しぶりね)
ボンヤリとそんな事を考えながら、ポーラは軽やかに目的地へと続く道を歩いていた。
それは、一年前までは、頻繁に歩いていた道。そして、この一年間、全くと言っていいほど歩んでいなかった道である。
(こうしてまた……この道を歩ける日が来るなんて……)
そう思うと、どうしても気分が弾んでくるのを抑える事が出来なかった。
自分はこの一年間、こんな日が再び来る事を、ただ一心に祈り続けていたのだから。
「……到着、っと」
目的地である小さな一軒家に辿り着き、彼女は大きく深呼吸する。……無意識に、心臓の鼓動が高鳴っていくのを、彼女は感じた。
(……まるで、あの時みたいだわ。初めて一人で、この家を訪れたあの日の時と……)
不意に蘇ってきた、懐かしい記憶。その記憶を噛締めながら、ポーラはゆっくりと呼び鈴を鳴らした。
(……あら?)
しかし、暫く待っても家の中から全く反応がなく、彼女は不思議に思って首を傾げる。
(留守……なのかな?)
そう判断しかけたポーラだったが、もう一回だけ鳴らしてみようと呼び鈴に手を伸ばす。
だが、彼女がそうするよりも先に、忙しない足音が近づいてき、続いてドアが開かれた。
「は、はい。どなたです……かって、ポーラ!?」
やや遅れた顔を出したネスは、突然の恋人の来訪に、驚いて素っ頓狂な声を上げる。……しかし、驚いたのはポーラも同じだった。
「ネ、ネス!?ち、ちょっと、何してるの!?」
彼女が思わずこんな上擦った声を出したのも無理からぬ事で、目の前に立っている彼は今、一人の少女を抱えていたのだ。
その少女は両腕をネスの首筋に回し、安らかな寝息を立てている。所謂、『お姫様抱っこ』と呼ばれる体勢だ。
……と、これが見知らぬ少女であったなら、ポーラも激怒していただろう。
だが、幸いにもその少女は彼女も良く知っている人物であった。その人物とは何を隠そう、ネスの妹のトレーシーである。
「え、えっと、まあ……話すと長くなるから、とりあえず入りなよ」
「え、ええ。……ところで、小母様は?」
「買い物さ。僕とトレーシーは、夕方まで留守番って事。……あ、ドア閉めてくれる?」
「あ、うん」
言われた通りにドアを閉め、彼女は久しぶりに恋人の家へと足を踏み入れた。……少々、頭に描いていたシチュエーションとは違った形だったが。
「よいしょっと……驚かせてゴメンね、ポーラ」
リビングのソファーに腰を下ろし、横に抱いていたトレーシーを座らせた(と言っても、相変わらず首に手を回されたままだったが)ネスは、
気恥ずかしげに口を開いた。そんな彼に「ううん、そんな事は……」と、ポーラは首を振る。
「……でも、どうしたの、トレーシーちゃん?こんなにお兄ちゃん子だったっけ?」
心底幸せそうな寝顔の彼女を眺めつつ、不思議そうな声を出したポーラに、ネスは苦笑しながら言った。
「いいや。少なくとも一年前までは、そうじゃなかったんだけど……帰ってきてから、ちょっとね」
「……そっか。……そうよね、もう帰って来ないと、ずっと思ってたんでしょうし」
「……うん」
愛しげに妹の髪を撫でながら、彼は小さく頷く。
「大変だったよ、帰ってきた時はさ……もう泣くわ泣くわで」
「何言ってるのよ、ネス。そんなの当然じゃない。……私だって、泣きそうになったし」
「い、いや、それはまあ……そうだけど……コイツの場合は尋常じゃなかったからなあ」
「そんなに?」
「そりゃあもう……あの時は本当に参ったよ」
言いながら溜息をついたネスは、ポツポツと一年ぶりに我が家に帰った時の会話を話し始めた。
……
…………
「……お……お兄……ちゃん……?」
「……ただいま、トレーシー」
「まあ、ネス。……全く、あなたって子は。ツアーは一週間じゃなかったのかしら?一年間だなんて、聞いてなかったわよ?」
「え、え〜〜〜〜と……まあ、その……ごめんなさい」
「ふふふ。別に怒ってなんかいないわよ。ママはあなたの事、ちっとも心配なんかしていなかったわ。……きっと帰ってくると思ってたわ、ネス」
「うん……ただいま、ママ」
「……ちゃん……」
「ん?……どうした、トレーシー?」
「……お兄ちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!」
「うわっ!?ちょ……おい、いきなり抱きつくなって!!」
「……っく……ぐす……う、うう……」
「あらあら。随分と大人になったと思ってたけれど、まだまだトレーシーはお兄ちゃん離れ出来てないみたいね」
「マ、ママ。こんな時に何をのんびりと……あ〜〜ほらほらトレーシー。頼むから泣き止んでくれって」
「……ひっく……う、うん……」
「……心配掛けて悪かったな。それと……お土産、買ってくるの忘れて」
「ううん……もう、いいの」
「トレーシー……」
「だって……お兄ちゃんが…………う、うわ〜〜〜〜〜〜ん!!!」
……
…………
「……と、こんな感じだったんだよ」
はあっ、と大袈裟な溜息をつきながら話し終えたネスに、ポーラは思わず笑みを零しながら口を開く。
「くすくす……いいじゃない、麗しい兄妹愛で」
「……からかわないでよ。全く……昔に『もう、お兄ちゃんがいなくても平気だもん!』とか言ってたのは、何処の誰だったのやら……」
呆れた様の物言いではあったが、そう呟く彼の顔には朗らかな笑みが浮かんでいた。
それからネスの心情を読み取ったポーラは、少々意地悪げに彼に聞き返す。
「そんな事言っちゃって……本当は嬉しいんでしょ?トレーシちゃんが、自分を慕ってくれてるの」
「……まあ、嫌われるよりは、ね」
頬を掻きながら、ぶっきらぼうに答えたネスを見て、彼女は可笑しそうに笑った。
「素直じゃないんだから。」
「余計なお世話です。……ってそれよりポーラ、何か用事があって来たんじゃなかったの?」
「えっ?あ……そうだった」
何時の間にやら、この家に来た目的をすっかり忘れてしまっていた。
彼に言われて用事を思い出したポーラは、ハッとした仕種を見せ、次いでゆっくりとネスに向き直る。
「?……どうしたの、ポー……」
「あ、あのね、ネス……」
尋ねてくる彼に構わずに、彼女は真正面から彼を見据え、静かに言葉を発していく。
その様子から、何か尋常ではないものを感じたネスは、尋ねようとしていた口を閉じ、黙ってポーラの言葉を待った。
「……そ、その……えっと……」
「なんだい、ポーラ?」
「だ、だから………」
言いかけては黙り込み、また言いかけては……そんな事を暫く繰り返してた彼女だったが、やがて意を決した様に身を乗り出した。
「ネ、ネス!あ、明日さ……」
「えっ?……明日?」
ポーラが何を言いたいのか全く分からずに、ネスは不思議そうに首を傾げる。
「明日がどうかした?」
「う、うん……だから……明日……」
「明日?」
もう一度繰り返すと、ようやくポーラは目的を言葉にした。
「……デート、しない?」
「……へっ?」
思わずネスは間抜けな声を出し、二…三度目をパチクリとさせる。そして、やや間を置いた後、涙が出る程の大笑いを始めた。
「……あ、あははははははははっっ!!!」
「!?ち、ちょっとネス!?な、何が可笑しいのよ!?」
「だ、だって……くくくく……」
憤慨して頬を高潮させた彼女に、ゴメンゴメンと手で拝む様な仕種をしつつ、彼は弁解する。
「い、いきなり真面目な顔するから、何を言うかと思ったら……そ、そんな事、今更、真剣に話す事じゃないだろ?」
もっと暗い話題かと思ったよ、続けたネスに、ポーラは「だ、だって……」と拗ねた様に口を尖らせた。
「長い間、言ってなかったんだもん。……このセリフ」
「……あ……」
瞬間、彼は自分がポーラに、どれだけ寂しい思いをさせていたかを再確認し、笑みを消して頭を掻いた。
「だから……ちょっと緊張したのよ。なのに、そんな大笑いしなくたって……」
段々と涙声になってきた彼女に、慌てたネスは殊更明るい声で話しかける。
「ポ、ポーラ!ゴ、ゴメン!悪かったよ!で、え、え〜〜〜っと、どこに行く?明日は一日中暇だから、遠くの所でもいいよ」
「……だったら、スリークのサーカスに行きたいわ。いい?」
恋人に沈んだ声でそう言われて、断れる者は果たしているだろうか?案の定、彼は二つ返事で彼女の申し出を承諾した。
「OK!それじゃ。明日は一年ぶりに、二人で出掛けよっか!」
「……うん!」
こんな会話を、再び繰り返せる日々が戻ってきた。それを実感したポーラは、自然と笑顔になる。
――――壊れかけていた……失いかけていた、そんな笑顔の日常。
(もう失いたくない……ずっとずっと……この平和だけは……)
「ねえ、ネス……」
「うん?」
「もう……どこにも行かないでよ?」
「……分かってる。約束するよ、ポーラ」
言われるまでもない事だった。もう自分は……彼女を置いて急にいなくなったり等、するつもりはない。
あんな悲しい思いを、もう二度と彼女にさせる気はなかった。
――――どこにも行きはしない……僕は……もう…
「……ずっと、君の傍にいるよ」
「ネス……」
「……ところで?」
「えっ?」
突然おどけた口調になったネスに、ポーラはキョトンとした表情をする。
そんな彼女を横目に、彼は意地悪げな笑みを浮かべながら、傍らで眠っている妹に話しかけた。
「いつまで、狸寝入りしてる気なんだ?」
そのネスの発言に、ポーラは瞳を閉じていたトレーシーの肩が、ビクッと震えたのを見る。
そして、次第にその顔がみるみる赤くなってくのを目にし、彼女は思わず声を上げた。
「ト、トレーシーちゃん!?お、お、お、起きてたの!?」
「す、すーすーすーすー…………」
明らかに嘘と分かる寝息を立てるトレーシーに、ネスは呆れた様に口を開いた。
「お前さあ、もう少し上手く演技しろよ?」
「む、むにゃむにゃ……」
未だに寝たフリを続けると彼女に、今度はポーラが上擦った声で尋ねる。
「も、もしかしてトレーシーちゃん……全部、聞いてたの!?」
「…………」
沈黙こそ答え。この状況では、まさにそれが当てはまるだろう。
「全く。起きたんなら起きたって言えばいいのに」
「し、仕方ないじゃない!!お、お兄ちゃんとポーラお姉ちゃんが、あ、あんな会話してるのに、起きれるわけない……あっ……」
反射的に起き上がって抗議の声を上げたトレーシーだったが、やがて、しまったという表情で口を手で塞ぐ。
そして、決まり悪げにポーラに視線を向けた。
「あ、あの、ポーラお姉ちゃん……べ、別に私は盗み聞きするつもりは……その……ご、ごめんなさい!!」
とんでもなく悪い事をしでかした様な顔で頭を下げた彼女に、ポーラは苦笑しながら宥める様に言う。
「そ、そんなに謝らなくてもいいわよ。怒ってるわけじゃないから」
「で、でも……」
「そうそう。お前はこんな会話、これからず〜〜〜っと聞く事になるんだぞ?いちいち謝ってたらキリがないって」
「「……えっ?」」
ネスのその言葉に、二人は揃って彼に振り向いた。
「ん……?」
その視線を受けて、ネスは虚をつかれた様な顔をしたが、やがて自分の言った言葉が指す意味を悟り、慌てて両手を振る。
「え、あ、いや!べ、別にこれは……ふ、深い意味は無くて!!あの……」
「……ネ、ネス」
「ポ、ポーラ!!な、なに赤くなってんだよ!?そ、そんなつもりで言ったんじゃなくて……!!」
「……そうなの?」
「へ?いや、そりゃ、ちょっとはそう言う意味も……って違う違う!!……いや、違わない……けど……その……」
「……」
顔から火が出るほどに赤くなったネスとポーラは、気まずそうにゆっくりと俯いた。
(ち、ちょっと…!わ、私はどうすればいいのよ…!?)
居た堪れなくなったトレーシーは、落ち着きなく視線を彷徨わせながら心の中で叫ぶが、誰もその問いに答える物はない。
(あ〜〜もうっ!!早く帰ってきてよ、ママ!!私この空気、耐えられない!!!)
この場に早くママが戻ってきてくれる事を、切に願うトレーシーだった。
―――――それはまさに、平和の象徴。そして、それはこれからもずっと続いていく事だろう。
かつて、地球を救った四人の少年少女の新たなる戦いは……こうして幕を下ろした。