最終決戦〜Twilight
Princess〜(第二話)
高速で突撃してきたガノンドロフの剣を盾で防いだリンクは、手に奔った衝撃に苦痛の呻きを漏らす。
「ちいっ……!」
そんな彼を見ながら、再び宙へと舞い上がったガノンドロフは、侮蔑の表情で口を開いた。
「フン……どうした? 先程から全く仕掛けて来ないではないか。まさか、怖気づいたのか?」
「!……誰が!!」
その言葉に激高し、思わず弓を構え、矢を射ろうとしたリンクだったが、直後にハッとして動きを止める。
「っ、くっ……!」
――駄目だ、出来ねえ……ちきしょう……!!
いくら目の前の相手がガノンドロフだと自分に言い聞かせても、本能に近い物が奴への攻撃を拒み続けている。
精神を支配されているとは言え、身体はゼルダ姫の物なのだ。無闇に傷つけて良いものではない。
(もし誤って、急所を攻撃しちまったら……)
そんな思いが心を埋め尽くし、どうしても全力で攻撃を仕掛ける事が出来ない。それでは駄目なのだと何度も唱えてみるが、効果は無かった。
(……どうすりゃ良いんだよ!?)
このままでは、いつか敗北するのは目に見えている。しかし、気持ちが焦るばかりで、一向に打開策は見つからなかった。
と、その時、不意にガノンドロフが笑みを消し、溜息を共につまらなそうに首を振る。
「やれやれ、これでは面白くも何ともない……もう終わらせるとするか」
そう言うなり、奴は剣を掲げ、静かに目を閉じた。
「!?……な、何だ!?」
突然、自分の足元の床が輝きだしたのを目にし、リンクは驚きの声を上げる。と、次の瞬間、ガノンドロフは呟いた。
「死ね」
「なっ!?……うわあああっ!!」
輝いた床から強烈な衝撃派が発生し、リンクの身体に激痛を奔らせる。
大きく吹っ飛ばされ、無残にも地面に叩きつけられた彼は、マスターソードを支えにして何とか起き上がった。
(ぐっ!……やって……くれるじゃねえか……)
――これが奴の……神より授かりし紋章の力かよ……?
自分の予想を遥かに上回るガノンドロフの力に、リンクは僅かに恐怖の念を抱く。
確かにこの力を持ってすれば、世界を統べる王になる事も不可能ではないだろう。
それ程までに強大な、神より授かりし紋章の力。……それを打ち破る術は、果たしてあるのだろうか?
「ほう、思ったよりも頑丈だな? 流石に神より授かりし紋章を持っているだけの事はある。……尤も、それだけだがな」
「……言ってくれるぜ」
ガノンドロフに嘲笑されて、彼は思わず毒づくが、確かに奴の言う通りだ。
――せめて……俺にも、この紋章の力を使いこなす事が出来れば……!!
強く拳を握り、歯痒さ故に唇を噛むリンクだったが、今更そんな事を悔やんでも仕方がない。
(……だが、今は!……何とかして、奴を倒さなきゃならねえんだ……!)
そう思い直し、苦しそうに剣を構えた彼を見て、ガノンドロフは満足そうに頷いた。
「ふむ。傷を負っても心は折れぬか……その意気込みは認めてやるぞ。だが……」
「!?」
今度は剣の切っ先に電撃を集め始めた奴に、リンクは思わず後ずさりをする。
「これで終わりだ……」
(……冗談じゃねえ。あんなの食らったら、一巻の終わりじゃねえか……くそっ!)
集められた電撃が、巨大な雷球になっていくのを見つめる彼の背中に、冷たい汗が流れた。
電撃は、例え盾を用いても防ぐ事は出来ない。かと言って、傷ついた今の身体で満足に避けられそうもない。
(打つ手なし……って事かよ!?)
自分の確実に迫ってきている『死』を感じ、リンクは思わず目を閉じた。
「……これまでか……?」
〔何を言っている!? 気をしっかり持て! お前はこんな所で、死ぬべき人間じゃないんだ!!〕
「……えっ?」
苦しそうに声を出した途端、頭の中に声が響き、リンクは呆けた様な声を出す。
「だ、誰だよ? 何処から話しかけてんだ……?」
〔そんな事はいい! それよりゼルダの身体から、奴を……ガノンドロフを引き摺り出すには、奴の技を弾き返すんだ!〕
謎の声がそう言うと、彼は未だにボンヤリとしながら尋ねた。
「は、弾き返すって、そんな事出来るのか?……って言うか、アンタは一体……?」
訳が分からず混乱しかけた彼だったが、直後に聞こえたガノンドロフの声に、自我を取り戻す。
「何をブツブツ言っている? 観念して祈りでも捧げてるのか? ならば、さっさとあの世に送ってやるとしよう!!」
「……!!」
いよいよ攻撃の態勢に入った奴を睨みつけながら、リンクはもう一度、謎の声に尋ねてみた。
「あれを……弾き返せばいいんだな?」
〔……そうだ〕
即座に、謎の声は答えた。
聞き覚えの無い、それでいて、不思議と懐かしさを感じる声。……信じてもいいだろうと、リンクは感じた。
「分かった。何処の誰だか知らないけど……アンタの言葉、信用するぜ」
グッとマスターソードを力強く握り、彼は身構え、その時を持つ。
「さらばだ!!」
叫びと共に、ガノンドロフは自らが作り出した雷球を放った。禍々しい光を発しながら、その雷球は凄まじい速度でリンクへと襲い掛かる。
「はああああっっ!!!!」
だが、それと殆ど同時に、リンクは渾身の力を込めて、とてつもない速さで剣を振るっていた。
鋭い剣閃は雷球を見事に弾き返し、先程よりも勢いを増して、ガノンドロフへと向かっていく。
「なっ!?……ぐおおおおっっ!!」
予想だにしてなかった攻撃に、奴は防御する暇もなかったらしく、雷球を食らい苦しげに絶叫する。
「や、やった……のか?」
その様子を見て、呆然と呟いたリンクの頭に、再び謎の声が語りかけた。
〔ああ……後は彼女に任せろ〕
「えっ? 彼女って……」
その直後、力を失って床にへたり込んだガノンドロフが、憤怒の形相でリンクを睨む。
「お、おのれ……よくも!……よくも!!……っ!?」
しかし、その途中で奴の顔は驚愕の表情に変わった。
そして次の瞬間、突然後方から巨大な漆黒の両手が現れ、ガノンドロフを握り締める様に包み込み、玉座へと叩きつけた。
すると、その手の中から、奴の邪悪な気がジワジワとゼルダ姫の身体から締め出されていく。
「ぐああああああああっっ!!!!!」
「!……ミドナか!!」
――――そう、影の結晶石の力を解放させたミドナの仕業である。
やがて、彼女が手を離すと玉座には……元の穏やかで、美しいゼルダ姫の姿だけが残っていた。
(ふう……どうやら、元にもどったらしいな。にしても、さっきの声は一体……?)
安堵の溜息をつきながら、そんな事を考えていたリンクだったが、不意に禍々しい殺気を感じ、咄嗟に後ろへと振り返る。
するとそこには、苦しみ悶えながらも力を結集させ、何かに変化しようとしているガノンドロフの姿があった。
「う、うおおおおおおおおおっ……!!」
「!?……ちっ!やっぱ、あの程度で死ぬ訳ないって事か」
舌打ちしながらマスターソードを構えた彼の横に、普段の姿に戻ったミドナがふわりと近寄る。
「……ワタシがいなくても、案外やるじゃないか。お前にしては上出来だぞ、リンク」
「この程度、どうって事ないさ。何なら、もう少し休んでても良かったんだぜ?」
「オイオイよく言えるな、そんな傷を負ってて。それにワタシがいなきゃ、どうやってゼルダ姫を元に戻す気だったんだ?」
「……へっ、減らず口叩けるって事は、もう平気みてえだな」
そう言って軽く笑みを浮かべたリンクに、彼女も同じ様に笑みを返した。
「ああ。……リンク、もう姫さんの心配は要らない。さっさとガノンドロフを倒すぞ!」
一瞬の笑みの後、真剣な表情で口を開いたミドナに、彼は力強く頷く。
「言われるまでもねえよ。もう何も、容赦する必要なんざねえからな!!」
と、その時激しい地鳴が響き渡り、変貌したガノンドロフの姿が明らかになった。
「……!?」
「これは……!?」
「ウ……ガアアアアアアアアッッ!!」
姿を現したのは、腹の底にまで響き様な咆哮を上げる、巨大な獣の姿。その姿にリンクとミドナは揃って驚きの声を漏らす。
「な、何だよ、こりゃ……あの野郎、化け物になっちまったのか?」
「いや……化け物なんて可愛いもんじゃない。これは……魔獣だ」
「魔獣……だと?」
「ガアアアアアアアアッッ!!」
彼が呟くのと殆ど同時、魔獣と化したガノンドロフは、巨体に似合わぬ俊敏さで、彼らへと迫っていった。
「グアアアアアアアアッッ!!」
「おっと!……ったく! 厄介な奴だぜ!!」
身を転がして、奴の突進を避けたリンクは、苛立った表情で叫ぶ。しかし、そんな憎まれ口を叩いている暇は無かった。
すぐさま転進し、こちらに向かってきたガノンドロフに、リンクはマスターソードを構える
しかしその直後、奴は思わぬ行動に出た。
「ウガアアッッ!!」
「!?……飛んだ?」
彼の目前で、ガノンドロフは咆哮と共に、信じられない程の高さにまで飛び上がる。
そして重力を味方につけ、一直線に急降下しながら、リンクにその鋭い爪を向けた。
「ぐっ……!」
反射的に身を退く事で、辛うじて奴に押し潰される事だけは免れたものの、リンクは利き腕である左腕を攻撃され、呻き声を上げる。
その瞬間奔った激痛に耐えつつ、彼はマスターソードを振るったが、ガノンドロフは難なくそれを避け、再び距離をとった。
(……思ったより、手ごわいな……さて、どうやるか……)
流れる鮮血を抑える様に、右手を傷に当てながら彼が思案していると、影の中に入っていたミドナに話しかけてきた。
「リンク!」
「?……ミドナ、何だ?」
「アイツには人間のまま戦っても仕方ない。獣には獣、魔獣には神獣で対抗した方がいい!」
「!……成程、やってみる価値はありそうだな」
確かに、獣の姿に身を変えれば、奴の俊敏さに対抗できるかもしれない。
左手を負傷し、満足に剣を振るえなくなってしまった今となっては、そうするのが賢明だろう。
そう判断したリンクは、急いでミドナに声を飛ばした。
「ミドナ、お前の意見、アテにするぜ! 頼む!!」
「よし!!」
彼女が頷くと、リンクの身体は漆黒の気に包まれる。そして彼は、勇ましき狼へとその姿を変えた。
「さてと……で、どうすりゃいい? この姿の方がいいって言ったからには、何か策があるんだろ?」
リンクがいつもの様に、自分に跨ってきたミドナに声を掛けると、彼女は暫し悩んだ後、ポツリと呟く様に言った。
「リンク……」
「何だ?」
「……奴の正面に移動してくれ」
「なっ!? お前、何言って……!?……ちっ!」
刹那、再度迫ってきていたガノンドロフの突進を辛うじて避けた彼は、ミドナに向かって叫んだ。
「おい、ミドナ! どういう事だよ、正面に移動しろって!?」
「……これまで、ワタシがいつもやってた事だ。ワタシの力で、奴の突進を防いでみせる!」
そう言うと、彼女は自身の髪を長い腕へと変化させた。今まで幾度と無く見せてきた、魔力の腕である。
それを見たリンクは、思わず目を見開く。
「お、おい、お前本気か!? そこらの扉をこじ開けるのとは訳が違うぜ!? 大丈夫なのか!?」
「ワタシを信じろ! いや……信じてくれ!!」
必死なミドナの顔を見て、彼は意を決した様に頷いた。
「……分かった!」
そして、暴走したかの様に走り回っているガノンドロフを挑発する様に、甲高い咆哮を上げる。
「ウオオオオォォン……!!!」
「ガアアアアアアッ!!?」
すると、奴はいともアッサリとそれに反応し、彼に向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。
それを待っていたとばかりに、リンクは大きく地面を蹴った。
「こんな奴を正面から食い止めようなんて、バカはいないぜ!!」
リンクが自らを奮い立たせる様にそう叫んだ直後、二匹の獣は互いに力の限りの咆哮を上げた。
「ガアアアアアアアアッ!!」
「うああああああああっ!」
そして次の瞬間、リンクとミドナ、そしてガノンドロフは鈍く大きな音と共に激突する。
互いに力を四肢に込め、至近距離で睨み合いをしつつ、リンクはミドナに声を掛けた。
「ミ、ミドナ……!」
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ……!!!」
魔力の腕でガノンドロフの顔を押さえつけていた彼女は、苦しそうな呻き声を上げる。
「だ、大丈夫か……!?」
「心配……するなって!!……はああああああああっ!!!!」
叫び声と共に、ミドナは凄まじい力を発し、自身の数十倍はあろうかという魔獣を転倒させた。
ガノンドロフは受身をとる事も出来ず、地に伏せながら絶叫する。
「グギャアアアアアアアッ……!!!」
その横倒れた身体の腹部に、大きく開いている亀裂の様な傷を見つけ、ミドナはリンクに向けて叫んだ。
「リンク!!」
「わかってらあ!!」
彼女に言われるまでも無く、彼は直感的に悟っていた。
(あの傷が……古の賢者によって付けられた、あの傷が……奴の弱点だ!!)
人間の姿をしていた時も目に付いた腹部の傷。
それが魔獣の姿へと変わっても消えていないという事は、決して癒えない古傷であるという事。
――――……そんな傷を、弱点と呼ばずに何と呼ぶ事が出来るだろうか?
「くたばれーー!!ガノンドロフーー!!!!」
リンクが腹部の傷に勢いよく噛み付き、全力で引き裂くと、ガノンドロフは全身を仰け反らせながら苦痛の叫びを上げる。
「グガアアアアアアッッ……!!!!」
その様子から、今のが致命傷だと確信した彼は、ミドナの力を経て、元の人間の姿へと戻った。
「勝負あり……だな」
「……ググ……ガアア………」
最早全ての力を失ったのか、魔獣はぐったりとその場に這い蹲り、やがて動きを止める。
その身体から、禍々しい邪気が流れ出ていくが、彼はさして気にも留めなかった。
――終わった……。
全身に負った無数の傷の痛みさえも忘れてしまう程の、何とも言えない達成感が彼を満たす。
ふと横にいたミドナと顔を見合わせ、リンクは実に穏かな笑みを浮かべた。
あとがき
と言う訳で、二話目です。時オカの時は、この辺ではまだ原作に近かったんですが、今回は既にオリジナル要素満載(汗)。
果たして謎の声の主は、誰だったのでしょう?……って、勘のいい人は即効で分かったと思いますが(笑)。
こんな感じで続いていくと思いますが、お付き合い願えたら嬉しいです。では。