〜世界の後に、救うは仲間(3)〜

 

 

 

 

 

 

「リースさん、シャルロットです。……入っていいです?」

リースの部屋の扉をノックしつつ、シャルロットは緊張した声で問いかける。

するとややあって、懐かしい声が聞こえてきた。

「ええ……どうぞ」

特に調子が悪そうな声ではない。ということは、やはり病気の類ではないということだろうか。

そんな考えを巡らせながら、シャルロットは扉を開ける。すると眼に映ったのは、リースの性格を反映したかのような整理整頓された部屋。

シャルロットはゆっくりとその部屋に足を踏み入れ、何気なくベッドの方向へと顔を向ける。すると、リースと眼があった。

声と同じく、とても懐かしい顔だった。最後に会った時と、何ら変わりない美しい顔。

ゆったりとした服装で下半身をふくよかなシーツで覆っている様は新鮮だが、あの動乱を一緒に戦い抜いた彼女に間違いなかった。

顔色が悪いわけでもないし、やつれている様子も無い。単に昼寝でもしていたのだろうか。

色々な考えがシャルロットの頭を過るが、彼女はとりあえず形式的な挨拶をすることにした。

「……お久しぶりです、リースさん」

「こちらこそ、お久しぶりです。話には聞いてましたが、本当に大きくなりましたね、シャルロットちゃん。あ……今は光の司祭様と呼ぶべきですか」

「シャルロット、でいいです。あんたさんはあたしの弟子であり僕なんですから」

「ふふ、懐かしいですね、まだ一年も経ってないのにあの頃が酷く昔のように感じます。結局、あれから一度も会わずじまいでしたからね」

そう言って微笑んだリースを見て、シャルロットは少しだけ嫌味を言いたくなり、即座に実行に移す。

「そりゃ、あんたさんが全然会ってくれなかったからですからね。確か手紙じゃ、あれからずっと忙しいようでしたけど……随分とリラックスしてるじゃないですか」

「っ……そういうわけでも、ないんですけどね」

不意にリースは表情を暗くし、眼を伏せた。

「あ……やっぱり、どこか具合悪いんですか?」

「いえ、その……エリオットやライザから、何も聞いてないのですか?」

「全然。リースさんの力になってくれって頼まれただけです」

「そう……ですか。……っ……」

「……リースさん、そろそろ話してくれないですか? あんたさん、どうしたんです? なんていうか、その……雰囲気変わった気がするです」

彼女に対する違和感に耐え切れなくなったシャルロットは、困惑と不安を滲ませた声で訊ねる。

衰弱や疲労しているわけではなさそうだが、今のリースは明らかに様子が変であった。

長槍を操り、邪竜を従え、立ち塞がる数多の敵を退けてきた女戦士としての凛とした雰囲気が、微塵も感じられない。まるで深窓の令嬢の様な儚さが、全身から醸し出されている。

それが悪いというつもりは毛頭ないが、シャルロットとしては気になって仕方がなかった。

「…………シャルロットちゃん」

「ん?」

暫しの沈黙の後、リースが無理な作り笑いを浮かべながら手招きする。

それに応じてベッドの隣にやってきたシャルロットに、彼女は頼み事を口にした。

「今はまだ、内密にしておいてくださいね。きっと、大騒ぎになるでしょうから」

「?……何を内密にするんですか?」

「っ……これです」

言いつつリースが掛けていたシーツを捲る。

そこから現れた大きく膨らんだ腹部に、シャルロットは絶叫しながらその場に尻餅をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思いがけない事実を目の当たりにしたシャルロットが冷静さを取り戻すのには、結構な時間が掛かった。

困惑しきった頭がようやく冷えて話せる状態になった彼女は、大きく深呼吸した後に口を開いた。

「生まれて初めて、腰を抜かしたですよ……」

「……ごめんなさい」

「別に謝る事じゃないでしょうに……でもまあ、色々と納得したです」

シャルロットはそう言いながら、無遠慮とは思いつつも近くに置いてあった椅子を引っ張ってきて腰かける。

――――表舞台に姿を見せないままだったリース。内密に届けられた自分への依頼。ライザやエリオット達の不安げな様子。

全ての線が一本に繋がり、様々な事が氷解した。それに関して言いたい事は沢山あったが、彼女はとりあえず最初に言うべきであろう祝辞を述べた。

「なにはともあれ、おめでとうですリースさん。経過は順調なんですか?」

「ええ、特に異常はないと医師が……」

「それは良かったです。……それで……」

微笑んでいた表情を引き締めたシャルロットは、我ながら愚問だと思う問いをリースに投げ掛ける。

「向こうさんは、この事を知ってるんですか?」

途端、リースはまるで粗相を咎められた幼子の様に身を竦ませ、シャルロットから眼を逸らす。

あまりにも予想通りの反応だった。シャルロットはリースに気づかれない程に、小さな小さな溜息をつく。

この様子だと、問いへの回答も予想通りだろう。そう思った彼女だったが、意外にもその予想は外れた。それも、悪い方向に。

「……向こうさん……とは?」

「っ……それを訊くですか?」

シャルロットは呆れを露わにしながら、今度は隠そうともせずに嘆息した。

それに対してリースは、再び身を竦ませる。そのままこちらを見ようとしない彼女に、シャルロットは再度問いかけた。

「仕方ないですね、質問を変えるです。今、何か月なんですか?」

「っ……八か月です……」

「成程……」

頷きながら、シャルロットは物語に出てくる探偵のように右手を顎に添えながら呟いた、

「今から八か月前というと……あ〜丁度、神獣をぶっ潰し回ってた頃ですかねえ」

「っ!」

面白いくらいリースがあからさまに反応したが、シャルロットは敢えて無視して続ける。

「そういえば、二体目か三体目を倒した後、宿屋に泊まった時でしたっけ? あたしが朝起きたら、お二人さんが揃って風呂上りだったのは」

「っ……っ……」

「訊ねたら確か、早朝から特訓してたからとか言ってたですね。……実際は早朝どころか夜中から運動してたって事ですか。それこそ汗だくになるくらい……」

「シ、シャルロットちゃん!!」

堪り兼ねたように、リースは悲鳴じみた叫びを上げる。その顔は、赤くなったり青くなったりと実に忙しない。

人間、こんな表情が出来るのかと心の中で感動しつつ、シャルロットは呆れの視線をリースに向けた。

「今更照れたり後ろめたくなったりしなくていいです。別にあんたさん達がそういう仲だったからって、あたしは不満でも不服でもないんですから」

「だ、だから、その……まだ決まった訳では……」

「あの時にあんたさんの近くにいた男が、他にいるですか?」

「そ、それは……その……」

「でしょ? 更に言うならあんたさんの性格からして、行きずりの男と関係を持つわけないですし、消去法であの人しかないです」

「あ、あの人……って……」

相変わらず赤くなったり青くなったりを繰り返しつつ、リースは尚も言い淀む。そして、そのまま俯いてしまった。

そんな彼女を見て、シャルロットは確信する。正確に言えば、最初の質問をする前からしていたが、改めてそれは強固なものとなる。

(これは間違いなく、あの人に伝えてないですね。まあ伝えてたら、こんな事になってるわけないですけど)

あの人――この場にいない、シャルロットにとってもう一人の僕であり弟子。そして、三人目の聖剣の勇者。

リースと同じように、あの動乱以降一度も見ていない顔を思い浮かべながら、シャルロットはリースに言った。

「ハッキリ、デュランさんって言った方がいいですか?」

「っ!」

悲鳴を呑み込む仕草と共に、リースが顔を上げる。その瞳はこれ以上ないくらい、不安と恐怖の色が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草原の国フォルセナの剣士、デュラン。

頼れる剣士として、動乱終結に大きく貢献した彼であるが、現在の行方は杳として知れなかった。故にシャルロットはデュランと会う事は勿論、リースと違って手紙での遣り取りすら一度もしていない。

彼はてっきり旅に出る前と同様、自国で英雄王リチャードに仕える日々に戻るとばかり思っていたのだが、予想に反して世界各地を巡る日々を送っているらしい。

正確に言うなれば、世界各地の戦場――魔物が多く生息している場所を彷徨い歩き、常に激戦の渦中にその身を置いているとの事だった。

だが、それすらも信憑性の低い噂話でしかなく、何処で如何しているのかは誰にも分からない。

シャルロットもウェンデルを訪れる人から幾つかデュランの噂を耳にする機会があったが、それが本当か否かを確かめる術も時間もないままだった。

「一応訊くですけど、あれから会ったりとかは?」

こちらを見たまま硬直しているリースに、シャルロットはそう訊ねた。するとリースは、悲しそうに眼を伏せながら首を横に振る。

「……何処にいるか、皆目見当がつきませんから……」

「そうなんですよね。まあデュランさんの事ですから、死んだりとかはしてないでしょうけど……ともあれ、早いとこ見つけないといけないですね」

「っ……見つけて、どうするんですか?」

「どうするって……リースさん、あんたさんねえ……」

呆れの上に少々の怒りを込めた表情を浮かべつつ、シャルロットは両手を腰に当てた。

「決まってるじゃないですか。あんたさんの妊娠の事、きっちり伝えるですよ。それ以外ないでしょうに」

「……それは……っ……けれど……」

「?……リースさん、あんたさん、何がそんなに不安なんですか?」

「…………怖いんです」

「怖い? 何が?」

「あの人が、どう思うか……それが……」」

「デュランさんが、何をどう思うんですか?」

「……っ……」

徐に自身の腹部に両手を添えながら、リースはか細い声で言う。

「私の事を、どう思っているのか……この子の事を受け入れてくれるのか…それを知るのが、怖いんです」

「…………ほえ?」

思いつめた表情のリースとは対照的に、シャルロットは間の抜けた声を出した。

数回眼を瞬かせた後、彼女は小刻みに震えているリースに問う。

「ちょっと待つです。一体、どういう意味ですか? いや、後者はまあ分からなくもないですけど、前者の意味がサッパリです。デュランさんがあんたさんの事をどう思ってるかって……」

「そのままの……意味です。私を……その……大切だと思っているのかどうか……」

「はい?」

あまりにも頓珍漢と思える発言に、シャルロットは思い切り顔を顰めた。

「いや、リースさん。赤ちゃんまで儲けておいて、何を言ってるですか?」

「っ……その……」

余程言いにくいのか、リースはそこまで言って口ごもる。腹部に添えていた両手を握りしめ、僅かにしか聞こえない程に小さな声を何度も何度も漏らす。

彼女は迷っている、とシャルロットは判断した。言うべきか、言わざるべきか。言いたくないが、言わなければならない。口にして事態が好転するか、暗転するか。

こういう場合の最良の対応は、辛抱強く待つことである。光の司祭になり無数の相談を受けてきた経験から、彼女が得た答えだ。

だからシャルロットは、何も言わずただジッとリースが話すのを待った。

「…………あの時は……」

数分の時が流れた頃、ようやくリースが聞こえてる程度に力の籠った声を発する。

「あの時は……自分の心を持て余していたんです、私は……そして多分、あの人も……」

「心を持て余していた、ですか?」

「はい。旅立った目的が……無くなってしまって……それで……」

「っ!」

此処にきて、ようやくシャルロットは理解する。リースの言外の意味、そしてあの頃――神獣を倒していた頃、この仲間達がどんな思いを抱えていたかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの動乱の最中、マナの剣を狙う陣営は大きく分けて三つ存在した。

アルテナの紅蓮の魔導士、黒曜の騎士が表立って動いていた竜帝陣営。美獣、邪眼の伯爵が幹部だった黒の貴公子陣営。死を喰らう男、堕ちた聖者――操られていたヒースが所属していた仮面の道士陣営。

最終的に残ったのは仮面の道士陣営で、後の二つの陣営は彼らに壊滅させられ、主要な人物は残らず死亡した。そしてそれは、リースとデュランの旅の目的の消失を意味していた。

リースが旅立った理由は、攫われた弟のエリオットを救い出し、父親の仇である美獣を討つ事。デュランが旅立った理由は、惨敗を喫し、祖国や国王を侮辱した紅蓮の魔導士を討つ事。

それが初めてマナの聖域を訪れたあの時、永遠に達成できないものとなってしまったのである。

美獣も紅蓮の魔導士も自分達の手で討つ前に死亡してしまった事実に、リースとデュランがどれほどの衝撃を受けたかは計り知れない。

特に、エリオットの救出という目的の片方を辛うじて達成できたリースはまだしも、紅蓮の魔導士を討つ事が全てだったデュランの絶望は、いかほどだっただろうか。

それでも彼らは旅を止める事無く、動乱を最後まで戦い抜いてくれた。

あの時は自分の事で精一杯で考える余裕もなかったシャルロットだが、今ならそれがどれほど成し難い事であったか理解でき、いたたまれない気持ちになる。

(全然、表には出さなかったですけど、やっぱり辛かったんですね、お二人さん共。だから……ってことですか)

討つべき敵を討てなかった虚無感、苛立ち。そして、そこからくる喪失感。そんな感情に埋め尽くされた心を晴らす為に身体を重ねたのだと、リースは言いたいのだろう。

(っ……本当、世話の焼ける弟子です)

リースの心情を分析したシャルロットは、無意識に苦笑してしまう。シャルロットからしてみれば、リースの不安は全くの杞憂だと思ったからだ。

リースとデュランが互いにどんな感情を向けていたか、一緒に旅をしていたシャルロットは理解しているつもりだった。

恋愛感情、とまではいっていなかったであろう。だが、確かな絆があった事は疑う余地もない。

身分こそ違えど同じ戦士であり、同じ長子である事もあってか気質も良く似ていた。面倒見が良いところや、悩みや弱さを独りで抱え込んでしまうところも、そっくりだった。

互いに惹かれたとて何ら不思議なことではない、というのがシャルロットの見解である。そして実際、身体を重ねたという事は、そういう事なのであろう。

リースにせよデュランにせよ、いくら心を持て余していたとはいえ、誰彼問わず異性を求める気質ではないのだから。

そこまで分析したシャルロットの中で、ある決意が生まれる。この問題は自分が導いてあげなければ、という決意だ。

――――光の司祭として、迷い悩む一人の少女を救いたから。そして、シャルロット個人として、姉や兄のように慕っていた二人に幸せになってもらいたいから。

「リースさん」

意識していないにも関わらず、発した声は光の司祭として振舞っている時のものとなった。

だからだろうか。今まで眼を合わせる事のなかったリースが、ようやく顔をあげてこちらを見る。

「デュランさんは、きっと受け入れてくると思いますよ。あんたさんの事も、赤ちゃんの事も」

「そう……でしょうか?」

「はいです。聖剣の勇者で光の司祭である、あたしが言うんだから間違いないです。それよりも、あんたさんはどうなんですか?」

「私?」

「そうです。デュランさんの事、どう思ってるんですか?」

「……っ……」

再びリースが眼を伏せ、沈黙する。だが、その顔には先程までの不安と恐怖の色はなく、代わりに微笑ましい恥じらいの色があった。

「会いたいです。……もう一度」

「クス……まっ、返事としては及第点ですかね」

笑みを零しながら、シャルロットは腰かけていた椅子から立ち上がる。そして、少々芝居がかった調子で胸を叩いてみせた。

「仕方ないですね、あたしが人肌脱いであげるです。デュランさんの行方、捜し出してあげるですよ」

「えっ? で、ですが、あの人は……」

「大丈夫。捜すアテなら、ちゃあんとあるですから。リースさんは、ただ待ってればいいです」

「良いん……ですか?」

「勿論。弟子の世話をするのも、あたしの役目ですからね。それに、ずっとこのままでいるわけにはいかないでしょ? あんたさん個人としても、ローラントの王女としても」

「そう……ですね。ずっと表舞台に立たないままで、あれこれ噂が流れてるようですし……」

「そういうことです」

シャルロットはそう言って頷くと、身を翻して扉へ歩き出す。すると当然、リースが戸惑った声を掛けてきた。

「シャルロットちゃん? 何処へ?」

「さっき言ったです。デュランさんを探しに行くですよ」

「い、今からですか!? そ、そんなに急がなくても……長旅で疲れてるでしょう?」

「こういう事は、可能な限り迅速に進めないとです」

数日前のヒースとの遣り取りを思い出しながら、シャルロットはそう言ってのける。

そして扉の前までくると、困惑しているリースの方へと振り返った。

「まっ、あたしとしても、もっと色々あんたさんとお話ししたんですけどね。今は我慢するです。つもる話は、デュランさんも交えてということにするです」

「シャルロットちゃん……」

そう呟いたリースの表情に笑みが浮かぶ。作り笑いではなく、彼女本来の笑みが。

「おや、やっと普通に笑ったですね。喜ばしいけど、あたしなんか笑えるようなこと言ったですか?」

「いいえ、そうではありません。本当に立派な光の司祭になったんだなと、思っただけです」

「な、なんですか、それは?」

急に褒められた事に照れを感じ、シャルロットは頭を振る。そして紅潮した頬を誤魔化すように、少し怒った様子でリースを指差した。

「とにかく、リースさん! あんまりクヨクヨ悩んでちゃダメですよ。お腹の赤ちゃんに悪影響です」

「フフ、そうですね。それではシャルロットちゃん、信じて待ってますよ」

「っ……それでいいです」

シャルロットは満足した様子でそう言うと、扉を開けて部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、シャルロット様」

玉座へと戻ってきたシャルロットに、エリオットとアルマ、そしてライザが駆け寄る。

何を訊かれるのか瞬時に察したシャルロットは、彼らを安心させるような笑みを浮かべながら言った。

「事情は全部、分かったです。あんたさん達も大変だったんですね、リースさんがあれじゃ」

「はい……事が事なので、表立って捜索を行うわけにもいかず、お姉様はずっと塞ぎがちで……」

「ですよね。まっ、安心していいです。デュランさんは、あたしが責任をもって見つけだしてくるです」

「まあ、それは頼もしいお言葉。……ですが、アテはお有りでして?」

不安げな表情で訊ねたアルマに、シャルロットは大きく頷いてみせる。

「これでも光の司祭です。色んな繋がりがあるんですよ。すぐに……とは流石に言えないですけど、なるべく早く良い知らせが出来るようにするです」

「あ、ありがとうございます」

アルマが深々と頭を下げ、隣にいたエリオットもそれに倣う。

「本当に感謝します、シャルロット様。此度の勝手なお願いで来ていただいた上、更にご協力いただいて……」

「畏まったお礼はいいですよ、エリオットさん。それにまだ、デュランさんを見つけてないんですから。全てはあの人を見つけてからです」

「そう……ですね、その通りかもしれません」

「はいです。というわけで、来て早々失礼ですけど、あたしは一度ウェンデルへと戻らせてもらうです。早く手を打ちたいですから」

「えっ、それは……こちらとしては迅速な対応で嬉しいのですが、せめて今日だけでもお泊りになられては? 長旅でお疲れでしょう?」

「そうしたいのは山々なんですけどね……あのリースさん見たら、どうにも落ち着かないですから。早く、安心させてあげたいんです」

「分かりました。それでしたら、ジャドまでライザを付けましょう。……構わないよね?」

「勿論です、エリオット様。司祭様の御身は必ずお守りします」

エリオットの言葉にライザは頷き、次いでシャルロットに深々と頭を下げる。

「司祭様、御邪魔でしょうがジャドまで同行させていただくこと、どうかお許しください」

「いえ、そんな邪魔なんて……あんたさんが一緒なら、安心できるです」

「光栄です。それでは参りましょうか」

「はいです」

そしてシャルロットとライザは、ローラント城を後にし、『天かける道』を下ってパロへと向かう。

その道中、シャルロットはふとある事が頭に浮かび、ライザに訊ねた。

「ライザさん、一つ聞いていいですか?」

「なんでしょう?」

「あんたさんとしては、どうなんですか? リースさんと、その……」

「っ……デュラン殿の事ですか」

途端、ライザの顔がハッキリと曇る。同時に彼女の全身から威圧感のようなものが放たれ、シャルロットは無意識に距離をとった。

「や、やっぱり、気に入らないですか?」

「本心を包み隠さず言うのであれば、立場も何もかも忘れて捜索に出て、見つけ次第徹底的に問い詰めたいものです」

明らかに怒気の籠った、ライザの声。シャルロットは、それが自分に向けられた怒りではないと分かっていても、緊張に身体を強張らせてしまうのを止められなかった。

「で、ですよね、リースさんにあんな事しといて行方知れずなんて、男してよろしくないですよね」

「ええ、本当に。万が一、軽い気持ちでリース様を孕ませたのであれば、その時は……」

「ラ、ライザさん! 物騒な事を言わないでほしいです!」

怒気を通り越して殺気を放ち始めたライザに、シャルロットは必死で宥める。

「ともかく、デュランさんはあたしが責任を持って探し出して、ローラントに連れてくるです。だから落ち着いてください」

「っ……そうですね、私が荒ぶっても意味はありません。歯がゆいですが、司祭様にお任せする他ないですね」

「そういう事です! 全部、あたしに任せるです! きっと上手くやってみせるです!」

半ばヤケ気味にそう言ったシャルロットは、冷や汗をかきながら何処にいるかも分からぬ僕に心の中で恨み言を並べた。

(とりあえず会えたその日は、嫌味の一つや二つや三つや四つや五つは聞いてもらうですからね、デュランさん……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

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