最終決戦〜Ocarina of Time〜(第三話)
ガノンドロフが最後に放った光によって、部屋の天井……壁は全て吹き飛ばされ、リンクは黒雲の真下に立っていた。
ヒュウッと音を立てて冷たい風が吹き抜け、彼の髪を靡かせる。
(……やった……のか?)
リンクは暫し、倒れている魔王から目を逸らすことなく凝視する。
先ほどは、ついに宿敵を倒したという喜びが自分の中に満ち溢れていた。だが少し時間がたった今、どうも虚無感を覚えてしまう。
いかにマスターソードで急所を斬りつけたとは言え、こうも簡単に息絶えるものだろうか?……そんな思いが、彼の頭を掠める。
「リンク! ついにやったね!!」
突然、帽子からナビィが飛び出し、歓喜の声を上げる。
「え? ああ……そうだな……」
それに対して、リンクは曖昧に頷いた。怪訝に思ったナビィが、不思議そうに尋ねる。
「リンク? どうしたの?」
「……なんでもない。それより、ゼルダは……?」
不意に彼は上空を見上げて呟く。それにナビィもつられ、同じ様に宙を見上げた。
「!……リンク!」
結界に覆われたまま、ゼルダがゆっくりと降下してくる。やがて、静かに彼の前に降り立った。
次いで一瞬結界が光り、音と共に消え去る。すると、目を閉じていたゼルダがゆっくりと目を開けた。
「リンク……」
「ゼルダ、無事か?」
即座にリンクは気遣いの言葉をかける。
「私は大丈夫です。それより、あなたの方こそ体が……」
「気にしなくて良い。動けない程の傷じゃないさ」
心配げな顔の彼女に、彼は笑みを浮かべながら答えた。だが、すぐに真顔になり、ゼルダに尋ねる。
「なあ、ゼルダ。ガノンドロフは……」
リンクが言い終わらないうちに、彼女は彼から顔を逸らし、地に伏せたままの魔王に視線を向けた。
「ガノンドロフ……」
ややあって、呟く様にゼルダは口を開く。
「哀れな男……強く正しい心を持たぬ故に、神の力を制御できずに……」
彼女のその言葉に、リンクは確認する様にもう一度尋ねた。
「奴は……死んだのか?」
「……はい」
ゼルダはすぐに頷き、彼に向き直る。
「後は私と六賢者で封印するのみ……もう心配はいりません」
「……そうか。なら、良いんだが……」
不意にリンクは言葉を濁す。彼女がそう言うのならば間違いないのだろうが、どうにも不安が心から消えない。
(本当にこれで、終わったのか……?)
彼がそう思った直後、突然ガノン城が大きな音を立てて揺れ始める。
「!?……これは?」
「な、何!?」
その時バランスを取っていたゼルダが、ハッとした表情で叫んだ。
「ガノンドロフです! 彼は最後の力で私達を道連れにするつもりです!!」
「何!?」
「そ、そんな!」
それが本当であるならば、モタモタしてはいられない。三人が同時にそう思う中、ナビィが焦りの混じった声を上げた。
「リ、リンク!」
「ちっ!……急いだ方が良いみたいだな」
傷を押さえながら、リンクは舌打ちした。
(出来れば、あまり激しく動きたくはないんだがな……ぐっ!)
振動が衝撃となり、傷に響く。――早く休まないとマズイみたいだな、これは……。
「リンク、ガノンドロフの封印は後回しです!ここから脱出しましょう!」
「ああ……」
ゼルダの声に彼は頷き、二人は大急ぎで階段に向かった。
だが、今まさに降りようとしていた階段は、目の前で派手な音を立て崩れ落ちる。
「!……階段が……!」
「くそっ!」
いらつきながら、リンクはナビィに声を掛けた。
「ナビィ! どこか他に階段が見当たらないか!?」
慌ててナビィは周りを忙しなく飛び回るが、やがて悲痛な声を上げる。
「だめ、リンク! 階段はここにしか無いみたい!!」
「……くっ!」
という事は、完全に脱出口を絶たれたという事だ。彼の頭に、ジワジワと『死』と言う文字が浮かんでくる。
――――これで終わりなのか?やっとガノンドロフを倒し、ハイラルに平和が戻る日を迎えるというのに……?
これまで幾度も傷つき、運命に翻弄されながらも、必死の思いでここまで辿り着いたというのに、こんな終わり方なのか……?
(……冗談じゃない!!)
頭を振って不吉な考えを打ち消し、リンクは忙しなくあちこちに視線を飛ばしながら考えを巡らす。
(何か……何かないか?……ここから脱出する方法が……!)
と、その時、彼は遥か下方に石柱があるのを目にし、ふと思う。
(もしかして、あれを使えば……!)
リンクが何かを閃いた瞬間、先ほどよりも大きく城が揺れだす。
もうあまり時間は残されていないと判断したリンクは、ゼルダとナビィに振り返った。
「ゼルダ、俺につかまれ! ナビィ、ついてこい!」
「えっ?」
「リ、リンク……?」
訳が分からずにキョトンとする二人だが、説明してる時間が無い。悪いとは思いながら、彼はゼルダの体を乱暴に抱きかかえた。
「きゃっ!?」
「ちょ、ちょっとリンク!?」
「うおおおおっっ!!!」
リンクは叫びながら、躊躇いも無く最上階であるこの場から、地上へと飛び降りた。
一瞬の浮遊の後、重力に従って彼と抱きかかえている彼女は徐々に加速しながら落下する。
「きゃあああっ!!」
「リ、リンク何考えてるのよ!? このままじゃ死んじゃうよ!!」
ゼルダが目を閉じて悲鳴を上げ、後を追ってきたナビィが叫ぶ。
――……死んで、たまるかよ!!
リンクはぐんぐんと迫ってくる地上の一点――先ほど目にした石柱にじっと目を凝らす。
「!……今だ!!」
そして、後数秒で地面に激突するといった時、彼はサッとロングフックを取り出し、発射した。
その先端は石柱にしっかりと食い込む。それを見て取ったリンクはすぐに手元のレバーを引いた。
鎖が音と共に巻き取られ、二人の体を石柱へと近づける。すぐさま彼は石柱にゼルダをぶつけない様に身を捻った。
「がっ……!」
リンクの体が石柱に激突し、鈍い音がした。思わず彼は苦しげな呻き声を上げる。
しかし痛みを堪えたまま、リンクはフックショットを手放して地面に着地した。それに合わせて、ナビィが安堵の溜息をつく。
(上手くいったな……)
彼はゆっくりとゼルダを降ろし、そっと気遣いの言葉をかける。
「……大丈夫か、ゼルダ?」
「え? は、はい」
遠慮がちに彼女は答える。それから呟く様に言った。
「少し……驚きましたけど……」
「……悪い。話してる時間が無かったから」
気まずそうにリンクが言うと、ナビィが呆れた声を上げる。
「全く。よくもまあ、あんな無茶な事思いついたわねえ……」
「そう言うなよ、ナビィ。無事だったんだからいいだろ?」
彼がそう言って軽く笑うと、ナビィもつられて笑う。しかし、すぐに悲しそうな声で口を開いた。
「リンク……」
「うん?」
「……ごめんね、さっきは一緒に戦えなくて」
「……気にするな」
リンクは目を閉じて頭を振る。と、その時、ガノン城が一際大きな音を立てて崩れ始めた。
数秒の間、そんな音が鳴り響いていたが、やがて城はもはや見る影もないくらいに崩壊する。
それを見届け、沈黙する三人。ややあって、ゼルダが独り言の様に言った。
「終わったのですね……何もかも……」
「うん! 後はガノンドロフを封印するだけ! お願いね、ゼルダ姫!」
「ええ」
全てが終わったが故の安堵からか、穏やかに会話する二人を見ながら、リンクは一人ぼんやりと城跡を見つめる。
(本当に……終わったん……だよな?)
未だに妙な不安が晴れない。だが、そんな彼の心情を知る由も無いナビィは、明るい声で彼に話しかけた。
「リンク、なに浮かない顔してるの? ほら、ゼルダ姫が封印の儀を始めたいから、一緒に来てくれって」
「あ、ああ……」
気持ちがすっきりしないまま、リンクは先を歩くゼルダに歩みよる。
……だが突然、崩れきった城から腹の底にまで響く様な低く大きな音が聞こえた。
「「「!?」」」
三人は同時に驚きの表情を浮かべ、城跡に目をこらす。そこはもう瓦礫の山があるだけで、今の様な大きな音がする事はまずないはずだ。
「なんでしょう? 今の音………?」
ゼルダが不安げな声を上げると、ナビィが「さあ?」と返す。
「……俺が見てくる。ゼルダはここにいてくれ」
「あっ! 私も行く!」
言うなり駆け出したリンクに、ナビィは慌てて後を追った。
そして、リンクとナビィが瓦礫の山に近づいた時だった。轟音と共に、二人を囲む様に周りから炎が立ち上る。
「きゃ!?」
「くっ!……何だ、これは!?」
リンクは反射的に、マスターソードの柄に手をかけ、身構える。
(どう考えても、この炎は自然に発生した物じゃない……つまり……)
最悪な考えが頭に浮かび上がってきたリンクに、ナビィが悲鳴交じりの叫びを上げる。
「リ、リンク! あ、あれ!!」
その声が示す所に視線を向けた瞬間、一番大きかった瓦礫の山が吹き飛び、中から何かが飛び出した。
「!?……ガ、ガノンドロフ!?」
「……はあっ……はあっ……はあっ……!」
それは疑いようも無く、倒したと思っていた大魔王ガノンドロフだった。
(やはり……生きていたか!)
彼は心の中で毒づき、宙に浮いているガノンドロフを睨みつける。しかし、彼はふと妙な事に気づいた。
(?……何だ? 様子がおかしい……?)
深手を負って荒い息をしているのは分かるが、その目には生気がなく、こちらを見ているのかどうかさえ分からない。
「……はあっ……はあっ……ぐっ……おおおおっ……!」
そして何より妙なのが、一言も言葉を発しないという事だ。魔王の口から出るのは息遣いと呻き声のみ……どう考えても普通ではない。
「な、なんなのアイツ!? ど、どうしちゃったのよ!?」
ナビィが困惑を含めた声で叫ぶが、リンクにも全く見当がつかない。
(何だ!?……いったいアイツは……?)
その時、後ろから声が聞こえた。
「リンク! 気をつけてください!!」
「!……ゼルダ!?」
炎の向こう側にいる彼女の叫びに、彼は思わず後方に振り返る。
「恐らく、ガノンドロフは『力』のトライフォースを……」
……ゼルダの声が聞こえたのはそこまでだった。
「うおおおおおっ!!……はああああっっ!!」
ガノンドロフが、耳を劈く程の雄叫びを上げたかと思うと、その体から激しい閃光が放たれる。
「ぐっ!?……これは……!?」
リンクはマスターソードを構えつつ、片手で目を覆う。――――そして一瞬の後、開かれたその目に映ったのは……。
「なっ…………!?」
それきり彼は絶句する。無理も無い。彼の目に映ったのは、もはや元のガノンドロフの面影など一つとてない、醜い巨大な獣だったのだ。
例えるなら猪だろうか? そんな形状の獣は腹の底にまで響き渡る雄叫びを上げながら、魔力で剣を生み出し、両手に携える。
それを見て取った時、リンクは、先ほどゼルダが何を言おうとしていたかを理解した。
「『力』のトライフォースを……暴走させた……!?」
「グオオオオッッ!!」
その呟きに反応するか様に、ガノンドロフは剣を振るう。
「……くっ!」
咄嗟に後方に跳び、剣閃を回避する。だが奴はそれに構うことなく、まるで暴れるように両手の剣を振り回した。
その様子を見て、彼は確信する。ガノンドロフが『力』のトライフォースを暴走させた事を。
(………哀れだな)
リンクはボンヤリとそう思う。恐らく奴は、自分に敗れた瞬間、こう思ったのだろう――――『力』が欲しい、と。
そしてトライフォースを強引に開放――暴走させたのだ。……その結果がコレである。
(そんな力に……一体何の意味がある!?)
確かにこの力は想像を絶する物ではある。だが、いかに強大な『力』でも、それを如何に扱うという『知恵』、
そして強大すぎるそれに、自身を飲み込まれない様に保てるだけの『勇気』が無ければ、ただの愚物でしかないのだ。
「ち、ちょっと!あ、あれ何よ!?あ、あれがガノンドロフ!?」
「……みたいだな」
完全に混乱したナビィに、リンクは低い声で答え、ガノンドロフを見上げた。
「ガノンドロフ……今度こそ、終わらせる!!」
叫ぶと同時に、彼は斬りかかろうと駆け出す。だが、それよりも早くガノンドロフは凄まじい速さで剣を薙ぎ払ってきた。
(ちっ!)
即座にリンクは、防御しようとマスターソードを構える。――――だが……。
「!……ぐっ!」
先ほどの戦いの傷が不意に疼きだし、思わず彼は顔を歪める。
「リンク!!」
「!」
ナビィの声にハッとするが、その一瞬が隙を生じた。ガノンドロフの重い一撃が、派手な音を立ててマスターソードにぶつかる。
瞬間、リンクの手に衝撃が奔り、次いで柄の感触が消えた。
「ああっ!?」
「……しまった!」
左手を右手で押さえながら、リンクは苦しげに口を開く。
隙をつかれ、不十分な姿勢で攻撃を受けたため衝撃に耐え切れず、彼はマスターソードを弾き飛ばされてしまったのだ。
空中に吹き飛ばされたマスターソードは高速で回転し、炎の壁の向こう側――ゼルダが佇む場所の傍に突き刺さる。
「あっ!」
「ゼルダ……!!」
「リンク! すぐにそちらへ……!」
急な事に、一瞬面食らったゼルダだが、すぐさまマスターソードをリンクに投げ返そうと、その柄に手をかけようとる。
しかし、ほんの少し指先が触れた瞬間、目に見えぬ何かの力で彼女の手に激痛が奔った。
「痛っ!!……何が……?」
「よせ、ゼルダ! それは……!」
リンクの必死めいた声が聞こえ、彼女は理解する。
そう、マスターソードに触れる事が許される者は、この世に一人――時の勇者としての資格あるリンクだけ。
時の賢者たる自分とて、この聖剣には決して触れることは出来ないのだ。
(そんな……これが無ければ……)
――――リンクはガノンドロフを倒せない!
そう思ったゼルダはもう一度、柄に手をかけるが結果は同じ。激痛と共に、彼女の手は弾き飛ばされた。
しかし、彼女は苦痛に美しい顔を歪めながらも、何度もマスターソードに触れようと試みる。
その様子を見て、リンクは掠れた声で叫んだ。
「やめるんだ、ゼルダ!!」
もしこのまま彼女が無理すれば、彼女の身に何が起こるか分からない。
慌てて彼は炎を突っ切ってゼルダに駆け寄ろうとするが、ガノンドロフがそれを許さなかった。背中を見せる彼に、容赦なく剣を振り下ろす。
「グオオオオッッ!!」
「!……くそっ!!」
すんでの所で身を転がして回避し、リンクは弓を構え、光の矢を取り出した。
こんな姿になっても、効果があるかどうかは分からなかったが、マスターソードが無い以上、他に有効だと思える武器はこれしかない。
(頼む……!!)
効いてくれ!という思いと共に放たれた光の矢は、魔王の頭部にしっかりと命中した。
「グアアアアッ!?」
「……やったか!?」
苦しげな奴の叫び声を耳にし、彼は声を上げたが、すぐにそれは間違いだと気づく。
「ウウ……ウウ……ウアアアアッッ!!」
暫く動きを止めていたガノンドロフだが、やがて力を取り戻したのか、先ほどと変わらぬ凄まじい速さで剣を振るった。
「ちっ!……あまり効果無しか!!」
全く無効、という訳でもない様だが、とても致命傷を与えられたとは思えない。
(とは言え、他に手はない……)
次々と襲い掛かる剣閃を必死に避けながら、再度リンクは弓を構えた。
「こうなったら……矢が尽きるまで、何発でも撃ってやる!!」
そう叫びながら、彼は光の矢を放ち続けていった。
――――その左手の甲に、『勇気』のトライフォースを輝かせながら……。
あとがき
リンクとゼルダの脱出シーン。ゲーム通りに書こうと最初は思ってたんですが、急にネタが降ってきてこうなりました。
ちなみに、ゲームをやった事ある人は分かると思いますが、フックショットは本来、石柱とかには刺さりません。
決して信じないようにしてください(誰が信じるか)。では。