最終決戦〜Ocarina pf Time〜(第四話)
「はあっ……はあっ……くっ!」
――――もう何発ぐらい、光の矢を撃っただろうか?
弓を構えるリンクの顔には、疲労の色が濃く浮かび上がり、既に限界が近づいている事を表していた。
対するガノンドロフは、徐々にダメージを受けている様ではあるものの、その動きは一向に衰えようとしない。
勇者と魔王……現在の状況で、どちらに分があるのかは、誰の目にも明らかだった。
(……流石にマズイな、これは……)
もはや彼の目は霞み、対峙するガノンドロフの姿も朧ろげにしか捉える事が出来ない。
勘だけを頼りにして撃つ光の矢も、その大半が魔王に命中しなくなってきた。
「リンク!」
「……!?」
ナビィの声に、リンクは自分の目の前に剣が迫ってきているのに気づき、咄嗟に身をかわす。
だが、疲労しきっている体では機敏に動く事ができず、血飛沫と共に彼の右腕に鋭い痛みが奔った。
「ぐあっ……!!」
「リンク!!」
「……大……丈夫だ。そんなに……深くは……」
荒い息と共に口から漏れる声は苦しげで、リンクの疲労と傷を物語る。
(……何とかしないと!)
そう思い立つと、ナビィは忙しなくガノンドロフの全身を飛び回った。その時、リンクが何かを叫んだ様な気がしたが、あえて無視する。
「きゃっ!!」
相変わらず魔力の波動で近づくのもままならないが、そんな事を気にして等いられない。
(ナビィに出来る事……アイツの弱点を探し出す事!)
これまでもそうであったように、自分に出来る事はそれしかない。
魔力の波動に押しつぶされそうになりながら、二つの剣に叩き落されそうになりながらも、ナビィは必死で弱点を探す。
(どこか……どこか……!)
絶対にあるはず!そう信じて飛び回っていたナビィだが、ある箇所を目にした瞬間、息を呑む。
(……っ!)
目にしたのはガノンドロフの尻尾。その先端は毒々しい色を放ち、他よりも遥かに強烈な魔力が感じられる。
(きっとここよ! アイツの弱点!!)
瞬間、ナビィはリンクに向かって叫んだ。
「リンク!尻尾だよ!尻尾が弱点だよ!!」
「……尻尾?」
その声に、彼はじっとガノンドロフを凝視し、言われた物を探す。
――――暴れる様に振り回す剣……それに合わせる様に激しく揺らぐ胴体……そして……。
「!……あれか!!」
胴体に隠れながら、僅かに尻尾が見えた。霞んだ目でもハッキリと判別できる程の、怪しい輝きを放つ尻尾。確かに弱点の様な気もする。
「……よし!」
ふらつきながら弓を構え、リンクは奴の攻撃に合わせて横転し、後方に回る。
「グアアッ!?」
ガノンドロフが驚きの声を上げた瞬間、リンクは尻尾の先端に光の矢を撃ち込んでいた。
「グギャアアアアッ!!」
どうやら本当に弱点だったらしい。ガノンドロフは今までよりも苦しげな悲鳴を上げ、剣を無茶苦茶に振り回す。
それを辛うじて避けたリンクは、傍らに飛んできたナビィに礼を言う。
「ナビィ、ありがとう。……おかげで何とかなりそうだ」
「ううん、お礼なんて言わないで。ナビィ、これくらしか出来ないから……リンク、頑張って!!」
「……ああ!」
彼は一瞬の笑みを浮かべて頷いたが、すぐに真顔になって魔王を睨みつける。
何とか活路を見出す事が出来た。だが、こちらが不利という状況が変わった訳ではない。
ガノンドロフは先ほどよりも大きなダメージを受けてはいるみたいが、未だ致命傷を負ったとは言い難い。
それに比べ、自分は全身に傷を負い、疲労もピークに達し、力尽きるのも時間の問題だ。だがそれでも……まだ勝敗が決した訳ではない。
(俺が力尽きるのが先か……それとも、奴が倒れるのが先か……)
――……どちらにせよ、決着はもうすぐだな。
リンクは時々感じる眩暈を堪えながら、再び弓を構えた。
その様子を見ていたゼルダは、思わず彼の名を呟く。
「リンク……」
遠目からでも、彼の身体が限界に近づいてきているのが、手に取るように分かる。
―――そんな彼の傍で必死に飛び回りながら、助言を与える妖精。彼らに対峙する異型の魔王。
時々、光の矢の輝きが見えたかと思えば瞬く間に消えていく。その度に絶叫する魔王、荒い息を吐く彼…………。
その戦闘を見て、彼女は悲しげに頭を振った。
(駄目……このままでは……このままでは、リンクの方が先に倒れてしまう)
身体の疲労もそうだが、やはり光の矢の連発が大きい様だ。
光の矢は、聖なる力で邪悪なる者を射る矢……その効力は絶大だが、反面、射る度に多大な精神力を必要とする。
使い過ぎれば生命そのものにダメージを受ける、諸刃の剣でもあるのだ。
そして今の彼の状態を見る限り、光の矢が撃てるのは残り数発程度。それでは、ガノンドロフは倒せない。
(やはり……これでなければ……)
未だ地面に突き刺さったままの聖剣を見つめ、ゼルダは思う。
退魔の剣マスターソード。全ての悪を浄化させるこの剣ならば、傷ついた今の彼でも、魔王を討つ事は可能なはずだ。
――――……だが、どうやってこれを彼に渡す? 触れる事も出来ない、この剣を……?
暫らく微動にせず、彼女は考え込んでいたが、やがて意を決した様に一人頷く。
(一か八か……賭けてみるしかない!)
そして、そっと指先を聖剣の柄に近づけ、ゼルダは呟いた。
「……マスターソードよ、我が名は……時の賢者ゼルダ」
次の瞬間、彼女は勢いよく柄を握り締めた。途端、もう何度も感じた激痛が襲ってくるが、必死の思いでそれに耐える。
「くっ!……退魔の聖剣よ! 汝の主は本来、時の勇者たる者……だが我とて、時を司る神に選ばれし者に変わりは無い!」
もう片方の手を柄にかけながら、ゼルダは意識を失いそうになるのを懸命に耐えつつ、叫んだ。
「……その名において命ずる!!……今、この瞬間だけで構わない!……我を……主と認めよ!!」
叫び終えた瞬間、彼女の手の甲にある『知恵』のトライフォースが輝きだした。
と、まるでそれに呼応するかの様に、マスターソードの刀身が青白い光を放つ。
それを目にしたゼルダが更に力を込めると、ゆっくり……しかし確実に聖剣は引き抜かれた。
若干まだ手に痺れを感じるが、さっきまでの激痛に比べたら大した事ではない。
「……やった」
思わずそんな声が漏れる。彼女は目を瞑り、心の中で聖剣に語りかけた。
(感謝します……マスターソード)
――後はこれをリンクに……!
ゼルダはマスターソードを強く握り締め、死闘を続けている彼に目を向けた。
「リンク!!」
「!?……ゼルダ!?」
咄嗟に魔王と距離をとり、こちらに振り返ったリンクに、彼女は叫ぶ。
「これを!!」
同時に聖剣を空高くに放り投げる。すると、それはまるで意思を持つかの様に、本来の主の手に向かっていった。
リンクはしっかりとそれを受け止めながら、は暫し呆然とマスターソードを見つめる。
(一体……どうやって……?)
―――マスターソードには、俺しか触れる事は出来ないんじゃなかったのか?
ふと、そんな疑問が頭を掠めるが、ともあれ聖剣は再び自分の元に戻ったのだ。感謝する他は無い。
「ゼルダ、助かったぜ!!……よし、これさえあれば……!」
―――――後は奴の尻尾を斬りつけるのみ!
リンクはすぐさまガノンドロフに隙を生じさせるため、光の矢を撃とうとした。だが……。
「!?……うっ!?」
撃とうとした瞬間、不意に激しい眩暈を感じ、思わずリンクは額に手をあててよろめく。
(何だ?……どうなってるんだ!?)
さっきまで感じていた物とは違い、今回の眩暈はいつまでたっても治まらない。
(ちっ! これからって時に……!)
「リンク!!」
「!」
不意に聞こえたナビィの叫び声に、反射的に身を退く。途端、顔に凄まじい風圧がぶつかり、彼は自分に魔王の剣が近づいていたのに気づいた。
「リンク! どうしたのよ!?」
「………悪い。なんでも無い」
頭がくらくらし、倒れそうになるのを何とか堪え、リンクはもう一度光の矢を撃とうとする。と、その時、後ろからゼルダの叫び声が聞こえた。
「リンク! 弓と光の矢を私に!!」
「……えっ?」
驚いて手を止め、再度彼は彼女に振り向く。霞んだ目で彼女の姿はハッキリと見えないが、必死なのはその声から良く分かった。
「あなたはマスターソードで、魔王を討つ事に専念してください!!」
そう叫ぶゼルダに、リンクは戸惑いながらも頷き、弓と光の矢を投げた。
「……分かった、頼む!!」
彼がそう叫ぶと同時に空高く投げた弓と光の矢は、マスターソードと同じく、意思を持つかの様にゼルダの元へ向かう。
それを受け止めると、彼女はすぐに弓を構えた。そして、目を閉じ、精神を集中する。
(ハイラルの神々……そして『知恵』のトライフォースよ……どうか、私に力を……!!)
そんなゼルダの祈りに応える様に、光の矢が輝きだす。
その輝きは、リンクが使っていた時とは比べようも無いほど大きく……そして美しい物だった。
「ギャオオッ!?」
「ゼルダ……」
「……凄い」
その輝きに、ガノンドロフは思わず攻撃の手を休め、リンクとナビィも驚いてゼルダに振り返る。
光の矢はさらに輝きを増し、まるで太陽が大地に下りてきたかの様な感じを、リンクは覚えた。
「これがゼルダの……『知恵』のトライフォースの力……?」
彼が呟くのと殆ど同時。ゼルダは閉じていた目を見開き、魔王に狙いを定める。勇ましくも美しいその姿は、正に女神その物だった。
「……はあああっ!!!」
――――刹那、戦場に一筋の光が流れた。
((……!?))
一瞬、何が起こったのか分からなかった。ゼルダの叫びと共に、光の矢が放たれた……少なくとも、リンクとナビィはそう思った。
二人が気づいた時、既に光の矢はガノンドロフの頭部に命中していたのである。
「グアアアアッッ!!」
恐らく奴にも分からなかったのだろう。突然襲ってきた激痛に、ガノンドロフはこれまでとは比べ物にならない程、苦しげに絶叫した。
「……えっ!?な、何!?い、いつ撃ったの、ゼルダ姫!?」
(……早い。全く見えなかった。これが……ゼルダの力か)
「……グギャアアアアアアッッ!?」
絶叫し続ける魔王……しかし、光の矢の効力はそれだけでは無かった。
「!……動きが止まった!?」
奴の下半身はまるで時が止まったかの様に硬直し、がむしゃらに剣を動かしていた両手も、今は微動だにしていない。
ただ一箇所――絶叫を続ける口以外、ガノンドロフの身体は動きを止めていた。
(驚いたな……俺の時とは、威力が桁違いだ)
「リンク!!」
「!」
ゼルダの声に、彼はハッとする。――そうだ!奴を倒すのは今しかない……!!
即座にマスターソードを構えながら、リンクは持てる力を振り絞り、ガノンドロフに向かって真正面に駆け出した。
「うおおあおっっ!!」
叫ぶと同時に大きく跳躍。驚くべき運動神経で魔王の肩まで舞い上がった彼は、奴の肩に手をかけ、さらに宙を舞う。
「はああっっ!!」
そのままガノンドロフの背後――奴の弱点である尻尾目掛けて、マスターソードを構えながら急降下する。
そして斬りつける瞬間、リンクの左手の甲にある『勇気』のトライフォースが、一際大きく輝いた。
「これで終わりだあーーっ!!!!」
――――それは正に、一刀両断。
魔王の尻尾は鋭い音と共に、大量の血を噴き出しながら切断された。
「ウギャアアアアアアッッッ!!!!」
これ以上ないといった絶叫。それが暫く続いた後、ガノンドロフは力なく崩れ落ちる。
「ゼルダ!!」
地面に着地しながら、リンクは彼女に向かって叫ぶ。
それに対して、ゼルダは力強く頷いた。――――今こそ、封印の時……!!
「六賢者達よ! 今です!!」
両手を掲げながら、彼女は天に語りかけるかの様に叫んだ。
――――賢者の間。
「や〜れやれ、ようやく出番かい? 待ちくたびれたよ!」
「ゼルダ様……ご立派でした」
魂の賢者――ナボールが、さも楽しそうに言う隣で、闇の賢者――インパが感慨深げに呟く。
「見事ジャ、リンクよ……出来れば、すぐ傍で賛辞を与えてやりたかったゾラ……」
「流石はリンクだゴロ!! おめえとキョーダイで、俺は嬉しいゴロ!!」
どこか寂しげな表情をする水の賢者――ルト。それとは対照的に大喜びする炎の賢者――ダルニア。
「ありがとう、リンク。これで、ハイラルは……」
目を閉じ、かけがえのない幼馴染を思う、森の賢者――サリア。そして光の賢者――ラウルが、皆を促した。
「皆の者! 準備はよいな!!」
「あいよ!!」
「承知!!」
「ウム!!」
「オウ!!」
「……うん!!」
それぞれが頷き、一斉に手を掲げ、叫ぶ。
「「「「「「ハイラルを創りたまいし、古代の神々よ! 今こそ封印の扉開きて、邪悪なる闇の化身を、冥府の彼方へと葬りたまえ!!」」」」」」
言葉と同時に六賢者は六色の光へと変わる。そして、賢者の間の中心部――封印の扉へと結集していった。
轟音と共に封印の扉が開き、それは現世に居るガノンドロフへと届く。
「グギャアアアアアアアアアッッ…………!!!!」
もはや力の残っていない魔王に抗う術はなく、その身体は封印の扉へと吸い込まれていく。
そしてガノンドロフを吸い込み終えると同時に、再び封印の扉はゆっくりと閉じていった。
――――ついに終わった…………。
賢者の間の六賢者、現世のゼルダとリンクは揃って安堵の溜息をつく。
長きに渡る暗黒の時代――ガノンドロフの支配する時代から、ハイラルが救われた瞬間であった。
あとがき
実際は、それこそラストぐらいしか活躍していないゼルダに、今回は頑張ってもらいました(笑)。
光の矢はトワプリでは使ってましたし、時オカで使っても良いかなあって思ってたら、こんな展開に。
そして、これが次に執筆予定のトワプリにも関わっ…ゲフゲフッ。まだ書いてもいない事を、話すもんじゃないですね(汗)。
さて、この時オカゼルダ小説も、とうとう次で完結です。では。