〜『罪』と『罰』の意識〜
短くない時間が経過したが、未だモニカと『青き血の民』の少女――シェードの戦いに、終わりの兆しは見えなかった。
しかし、身体の彼方此方に切り傷を付けられ、激しく息を乱しているモニカとは対照的に、
シェードの方は殆ど傷を負っておらず、大して疲労している様子も無い。
「どうした、モニカ!?お前はこの程度の腕じゃないだろう!!早くあの時の様に本気を出せ!!」
「はあっ……はあっ……っ!!」
荒々しく叫ぶシェードに、モニカは苦渋に顔を歪ませながら、ジリジリと追い詰められていく。
――――卓越した剣腕……揺ぎ無き決意……激しい怒り……。
それら全てが含まれたシェードの剣技は、これまで対峙してきたどの敵とも比べ物にならない程に凄まじかった。
あのギルトーニでさえ足元に及ばないと思わせる斬撃が、息つく暇も無い勢いで次々と襲い掛かる。
(このままじゃやられる……でも!)
モニカは躊躇っていた。先刻シェードが発した自分の命を狙う理由が、彼女の頭に呪文の様に繰り返される。
――あの男は…ギルトーニは半分とはいえ、私達と同じ種族の者。その者が人間に……それもお前の様な、
まだ年端のいかない王女に敗れた等、私達『青き血の民』にとっては、屈辱でしかないのだ!!
(……違う……本当の理由は……そうじゃない!)
――――あの時のシェードの瞳。
一見すると、憎しみの炎に埋め尽くされて様であったその瞳の奥に、深い悲しみの海が広がっていたのを、モニカは見逃していなかった。
それは、かつて自分が宿していた瞳。父親をギルトーニに殺され、その仇を討つためだけに全てを捧げてきた時の瞳と酷く似ていた。
だからこそ、分かった。シェードが自分の命を狙う、本当の理由が。
そして同時に、モニカは思う。―――……彼女と戦いたくは無い、と。
(だって……だって、シェードは……)
「はあああっっ!!」
「っ!?……うあっ……!」
シェードの鋭い剣閃が、モニカの右腕から鮮血を噴き出させた。
(痛っ!……ちいぃっ!!)
次いで襲ってきた激痛に心の中で何かが弾けたのか、彼女は反射的に『アトラミリアの剣』を払い、反撃を繰り出す。
「!?……くっ……」
予想外の攻撃に、シェードは何とか回避しようとしたが、完全には間に合わず、モニカと同じく右腕に傷を負った。
「……はあっ……はあっ……はあっ……!」
「っ……やるな……それでこそだ……!」
大剣を握り締めた腕から滴り落ちる自分の血を拭おうとせず、シェードは不意に攻撃を止め、歓喜の混じった声を漏らす。
そんな彼女から間合いを離したモニカは、暫し息を整えていたが、やがて戦いが始まる前に呟いた物と同じ言葉を発した。
「シェード……一つ、聞いていい?」
「何だ?……今更、命乞いでも頼むつもりか?」
「違うわ。シェード、貴方が……」
斬られた右腕を左手で押さえつつ、冷静さを取り戻したモニカは苦々しい表情で呟いた。
「貴方が私の命を欲する、本当の理由は…………敵討ちでしょう?」
「……っ!?」
その言葉に、シェードは一瞬言葉を詰らせ、僅かに驚愕の表情を浮かべる。しかし、すぐさまそれを消し、呆れた様な口調で呟いた。
「何をバカな。言った筈だ、私はただ……」
「違うわ」
シェードの言葉を遮り、モニカは静かに首を振る。彼女は既に先程の相手の仕種を見て、確信していた。
その事実を突きつけるべく、モニカはらしくもなく無表情で口を開いた。
「貴方のその眼……以前の私と同じ物だわ。大切な人を……誰かに殺されて悲しんでいる眼。
その誰かを……憎んで憎んで飽き足らない眼。単に種族の強さを証明したいだけの人が……そんな眼をする訳が無い」
「……っ……」
今まで見せた事も無い動揺の色を濃く滲ませ、シェードは僅かに身じろぎしつつ、モニカの言葉を聞き続ける。
「これは私の推測だけど……あいつは……ギルトーニは、貴方と何か深い繋がりが有ったんじゃないの?」
口ではそう言った事だったが、彼女はそれが真実だと無意識に悟っていた。
それ程までに、シェードから発せられる怒気、殺気、そして悲しみは自分と似通っていたのだ。
かつて、自分がギルトーニに向けていた感情に近いものが、今は自分へと返ってきている。
だからこそ、モニカはこれ以上、シェードと剣を交えたくはなかったのだ。
――――それの行為が、過ちだと分かっていたから……。
「あのね、シェード……」
「……だったら、どうだと言うんだ!?」
尚も言葉を続けようとしたモニカに、シェードは突如として怒号を発しながら、手にした大剣を振るった。
「そんな事を聞いて、なんになる!?仮に私がそうだと言えば、お前は自ら命を絶って、罪を償うとでも言うのか!?」
その瞳には、先刻までは隠していた……隠そうとしていた彼女の真の憤怒が、ありありと映し出されている。
最早、モニカの言葉がシェードの真実を突いている事は明白だった。
「気が変わった!!もうお前が本気を出そうと出さまいと関係ない!今すぐ引導を渡してやる!!」
「シェード!……お願い、聞いて!!」
「うるさい!!」
さっきまでの研ぎ澄まされた殺気ではなく、荒々しく爆発した殺気。
その殺気で包まれたシェードの大剣を、モニカは『アトラミリアの剣』で辛うじて受け止めた。
「……くうっ!シェー……ド!!」
「もうお前の話など、うんざりだ!!大人しく冥府へ逝け!!!モニカ!!!!」
(……シェード……)
今まで以上に強烈な力で押し込まれる斬撃。それに必死で耐え忍びながら、モニカは唇を噛締め、惑う。
(やっぱり……説得する事は出来ないの?……昔の私の様に………)
純粋さえ感じる憎悪――それに囚われた者が、どの様になるかは、他でもない彼女自身が一番良く分かっていた。
ギルトーニを倒し、父の仇を取る。ただその事だけに執着していた、かつての自分が思い起こされる。
――――……何もかも、失ってもいいと思っていた。
――――……自分の身が滅びたとしても、構わないと思っていた。
その頑ななまでの決意が、大いなる力となり、自分もそれを何の躊躇いも無く受け入れていた。
誰に咎められようとも、誰に理解されまいとも関係なかった。
全てを擲ってでも、それさえ実現できればいいと思っていた。……そう、きっと今のシェードも、そう思っている。
(でも……でも!やっぱり駄目なのよ、これじゃ!!こんな事したって……!!)
今の自分になら分かる。
悪の権化だと思っていた宿敵――その者にも深い悲しみ、そして重い過去があり、決して『悪』そのものではないという事を。
その敵を討ったとしても、戻る物も、得られる物も何も無いという事を、モニカは既に学んでいたのだ。
(だから……だから教えなきゃ!その事を……!!)
それは使命感か、それとも義務感か、あるいは全く別の何かかもしれない感情。
モニカはそれに突き動かされる様に、再びシェードに向って叫び続けた。
「シェード!もうやめて!!」
「黙れ!!もう、お前の話は聞かないと言った筈だ!!」
「間違ってる!……間違ってるのよ、こんな事!!」
自らの眼前にまで迫った相手の刃を、返す事無く只管に耐えながら、モニカは感情の赴くままに声を張り上げる。
「私を……私を倒したって……それが一体、何になるの!?それで貴方は、本当に満足なの!?違うでしょう!?」
「っ!!……うるさい!何を知った様な口を……!!」
「知ってるわ!!だから言ってるのよ!!……シェード!敵討ちなんて、何の意味もない行為なのよ!!」
その言葉に、シェードは一瞬ハッとした表情を見せた。
しかし、それを見たモニカが僅かな安堵を覚えるよりも先に、再度シェードは激高して吐き捨てた。
「ふざけるな!!お前がそんな事を言えた事か!?憎悪に身を任せ、あの男を……ギルトーニを……
いないと思っていた、私と同じ血を引く者だった男を倒した……お前が言えた事か!?」
「なっ……!?」
思いがけない言葉に、モニカは二の句が継げなくなる。
(そんな……ギルトーニと、シェードが……!?)
シェードがギルトーニと、何らかの繋がりがあるとは思っていた。だがまさか、それがこんな事だったとは、考えもしなかった。
自分と同じ血を引く者。確かに彼女はそう言った。――その言葉が意味するのは……。
(それじゃ……それじゃあ、私は……シェードの家族を……?)
それは、かつて自分がギルトーニにされた事。それと同じ事を、自分はしてしまったと言うのか?
彼女は……シェードは自分と似た思いを抱いていたのではなく、自分と全く同じ思いを抱いていたのか?
――――血の繋がりがある者を殺された、憤怒と悲哀に満ちた思いを……?
そう考えると、一度は克服しかけていた罪悪感が、より一層膨れ上がって、モニカの胸を強く締め付ける。
同時に『アトラミリアの剣』を持つ右手の力が緩み、それを察したシェードが、ここぞとばかりに全力で剣を押し込んできた。
「くあっ……!!うう…!!」
「終わりだ!!死ねえええええええっ!!!!」
「……っ……あ……!」
耳を劈く程の叫び声を上げつつ迫るシェードに、モニカは何とか耐えようとする。
しかし、いくら力を入れようとしても、心を支配してしまった罪悪感が、それを抑える結界になっていた。
――私は……シェードの家族を…………。
その事実が、モニカの精神を激しく揺さぶる。そして、同時に思い知らされた。
(説得なんて……私に出来る訳……ないのね……)
そう。自分がどんなに言葉を並べようが、どんなに声を張り上げようが、シェードに理解してもらえる筈がなかった。
如何なる理由があったにせよ、シェードから見れば、自分は彼女から家族を奪った悪しき敵でしかない。
――――そんな自分が……彼女を説得する筈など無いのだ。
この戦いで、初めて知った『罪』の意識。そして、それに迫りくる『罰』の意識。
どんな戦いにせよ、その様な激突では『罰』の意識が『罪』の意識に勝るのが道理なのだ。
その事を思い知らされたモニカは、どうしようもない無力感を覚える。
次の瞬間、突如としてシェードがこれまで押し続けるばかりだった大剣を翻し、モニカの『アトラミリアの剣』を遥か上空へと弾き飛ばした。
「っ!!」
「はあああああああああっ……!!!!」
防御する手段を失ったモニカに、シェードは間髪入れずに刃を振り下ろす。
だが、視界一杯に広がっていくその輝きに、モニカは不思議と恐怖も何も感じなかった。
(死ぬの?……やっぱり……私……)
自分でも驚くぐらいに渇いた気持ちで、彼女は心の中で呟いた。そして、これが運命なのではないかと、妙に他人事の様に考える。
他者から大切な人を奪った者――その者を待ち受ける末路とは、やはりこんなものなのかも知れない。
かつて、ギルトーニが辿った道。それを今また、自分も辿ろうとしている事に、モニカは自嘲気味に思った。
(結局、私も……ギルトーニと変わらなかった……って事か)
人を憎しみのままに傷つけても、何の意味も無い。その事を学んだ筈だった。それで、昔の罪を償っていたつもりだった。
しかし、やはり償いという物は、こういう形でしか出来ない物なのだろう。――――『死』という形でしか。
命の終わりを悟った者の、泰然自若さとでもいうべき気持ちが、モニカの全身を支配する。
そして彼女は、そのまま自分に迫る『罰』の塊である刃を受け入れる様に、静かに瞳を閉じた。
――……ダメよ!……こんなの、絶対にダメ!!
その時だった。不意に自分の声が聞こえ、モニカは一瞬ハッとする。
だが、それも束の間、無気力に自分に返事をした。
(仕方ないのよ……これが……私の………)
しかし、モニカが言い終える前に、もう一人のモニカが叱責の言葉を叫ぶ。
――何を諦めてるのよ!?またユリスと……今度こそユリスと、永遠に別れる事になっても良いの!?
(えっ?)
その言葉に、闇に葬られようとしていた彼女の意識が呼び戻される。
(……別れる?……ユリスと?)
戸惑いながら繰り返すモニカの心に、再び自分の声が叫んだ。
――……そうよ!嫌でしょ、そんなの!?三年間も苦しみ続けて……その末に、やっと掴んだ幸せなんでしょ!?
(……っ!)
刹那、彼女は迫りくる『死』に対して、激しい嫌悪と恐怖を感じた。
ユリス――自分にとって、かけがえの無い人。恋人であり、尚且つそれ以上の存在である彼。
その彼の姿が、モニカの脳裏に浮かんだ。優しさと勇気を宿した、あの青の瞳が。
――――……もう永遠に、あの瞳を見る事が出来なくなる?……あの瞳に、永遠に自分が映らなくなる?
(………嫌………嫌よ、そんなの!!)
耐え難い想像に襲われ、モニカは胸の内で泣き叫ぶ。すると、またしても自分の声が聞こえた。
――だったら……だったら戦って!生きて!!……このまま死んじゃいけないの!!分かるでしょ!?
生きる……そう、生きなければならない。ユリスと再び会う為には、今は戦い、間近に迫りつつある『死』を振り払わなければならない。
だが、そう考える彼女の心に、またしても迷いの闇が立ち込める。
(でも……それで良いの?……私は?)
彼女――シェードから、大切な人を奪った自分。
――――……そんな自分が、大切な人と生きる事を許されるのか?……『罪』の償いもせずに、生きる事を許されるのか?
惑うモニカに、再度もう一人のモニカの叱咤が聞こえた。
――何を言ってるの!?『生きる』なんて、許す許されないの問題じゃないでしょ!?
(……だけど……)
――『罪』を背負わずに生きてる人なんか居やしないわ!そんな事で、『生きる』事への意志を失ってどうするの!?
(っ!!)
そうだ。自分は既に、『罪』を犯している。国を捨て、秩序に反し、ユリスと共に生きているという『罪』が。
その『罪』から逃れる術は無い……逃れようとする気も無い。――――その『罪』が、今の自分を創っているのだから。
例えそれらを背負ってでも、自分はユリスと生きたいと願った……その生きる中で、償いをすると決めたのだ。
(そうよ……私は………私は死にたくない!!)
――――生きる。
人が……否、この世に存在する全てのものが持つ、最高にして最大の欲求。それが『死』を受け入れようとしていたモニカに、活力を与えた。
瞳の輝きを取り戻した彼女の背中を押す様に、もう一人の彼女が声高に告げる。
――……そう、それでいいの!『死』で償われる『罪』なんて、何一つとて無いわ!だから……!!
(……うん!!)
もうモニカは迷いも、そして後ろめたさも感じなかった。
例え誰に憎まれようと、どれ程の『罰』の意識を突きつけられてでも、生きる事への意志は絶対に失わない。
理不尽な事なのかも知れない。単なる我侭なのかも知れない。
しかし……それでも、自分は生きたい。それだけは……何があろうとも、譲れる事の無い思いだ。
(だから、今………私は、戦う!!)
決然として開いた彼女の瞳から、様々な思念が入り混じった涙が、ジワリと滲み出た。
――――ユリスと……『生きる』為に!!
凄まじい勢いで振り下ろされていた筈の、シェードの刃。それが今、モニカにはハッキリと捉えられた。
「くっ!」
「な、何!?」
驚愕に満ちたシェードの顔が、モニカの視界一杯に広がる。
無理も無い事だろう。彼女は斬撃を受ける紙一重の距離で、唸りと共に迫ったシェードの大剣を両の掌で挟み込んだのだ。
「き……貴様っ!?」
「シェード……ゴメン!!」
彼女の『罰』の意識と、自分の『罪』の意識。それは何があろうとも否定できない事実。――――……だけど!!
「私は、死ぬ訳にはいかない!……ううん!死にたくないのよ!!」
モニカがそう叫んだ時だった。
不意に彼女の左手が――左手に付けていた魔法の腕輪『愛』が、美しく輝きだす。同時に懐かしい感覚が、彼女の全身を駆け巡った。
かつての自分には、当然の様に有った感覚。そして、あのレザルナの一件以降、無くなっていた感覚。
(!これは……間違いない、魔力が戻っている!……使えるわ、魔法が!!)
何故、とは考えなかった。否、考えるよりも先に身体が動いていた。
モニカは白刃取りしていたシェードの大剣を素早く横に逸らすと、すかさず左手を突き出して複数の火球を放つ。
予想だにしていなかった攻撃に対応しきれなかったシェードは、思わず体勢を崩しながら苦しげに呻いた。
「うあっ……!!………モ、モニカ、貴様………まだ、こんな力を……!!」
(……今だ!!)
彼女が再び構えるよりも先に、モニカは高々と飛び上がり、重力のままに落下しつつあった『アトラミリアの剣』をしっかりと掴む。
そしてそのまま勢いをつけ、未だ隙だらけのシェード目掛けて斬りかかった。
「はああああっ!!!」
「……ちいいいっ!!」
完全に決まったと思われたモニカの斬撃だったが、シェードは驚くべく反応速度で辛うじてそれを受け止める。
それに対してモニカも力を緩める事無く、先刻とは立場が逆転した鍔迫り合いが繰り広げられた。
「シェー……ド……!!」
「モニカ……貴様は……絶対に……!!」
しかし、それも長くは続かなかった。
突如、モニカは先ほどのシェードと同じ様に、押し続けていた自身の剣を翻し、相手の剣を弾く。
「くあっ………!?」
その反動で体勢を崩した彼女が回復するよりも速く、モニカは絶叫と共に更なる攻撃を放った。
「咲花!閃刃斬!!」
――――花が咲く一瞬、そして光が閃く一瞬の如き時間の中で繰り出される、高速の連撃。
卓越した腕のシェードと言えど、隙が生じている状態でその瞬撃を回避する事では出来ず、成す術も無くモニカの刃を身体に受けた。
「ぐぅっ……!……がっ……!!
全身の至る所から流れる血に塗れつつ、シェードは苦しげな声を上げる。そして、そのままグラリと身を傾かせた。
「っ!……シェード!!」
その様子を見て、モニカは慌てて彼女に駆け寄り、その身を支える。途端、心底不思議そうにシェードが尋ねてきた。
「……何故……だ?」
ハッとしてモニカがシェードの顔を覗き込むと、これ程の出血にも関わらず、彼女はハッキリとした視線で自分を見返している。
確かに急所は全て外したつもりだが、それでも意識がこれだけハッキリしてるのは信じられない事だ。
「………シェード………貴方……」
困惑で何と言えばいいのか分からずにいるモニカに、シェードは再び口を開く。
「何故……だ?何故、手加減をした?さっきの……技……本気を出せば……十分私を……」
その言葉に、モニカは悲しそうに首を振って答えた。
「私は……貴方を倒したくなんかなかった。……それだけよ」
「……貴様………」
「動かないで……今、手当てするから……」
そう言うと、モニカは持ってきた緊急用の治療具で、シェードの手当てを始めた。
――――決して浅くない筈である、自分の傷を癒そうともせずに…………。