第三編〜運命の式日〜
――――その日。パームブリンクス中の人々は、揃って教会に足を運んでいた。
何せ今日は、この街……いや、世界の英雄である男女――ユリスとモニカの結婚式なのだから。
早く二人を見たいとソワソワしている者や、我が事の様に涙を流している者など、様々な人達が集まっている。
そんな中、教会から少し離れた場所から、そっと様子を伺っている者達の姿があった。
「……ねえ、ママ。もっと近くに行ったらダメ?」
金髪の少年が強請る目つきでそう言うと、彼の母親らしき女性は、やんわりと告げる。
「ダメよ。もし見つかったら、大変でしょ?」
「見つかったらって……僕達の事知ってる人なんて、ユリス兄ちゃんとモニカ様だけでしょ?他の誰が、僕達に気づくの?」
「それは……と、ともかく、あっちに行ったらダメ。分かった?」
「は〜〜〜〜い」
渋々頷いた少年の頭を、女性は「いい子ね」と言いながら撫でた。
それから、ふと後ろを振り返ると、そこに居た二人の女性に声を掛ける。
「お二方。そんなに緊張なさらずとも、よろしいと思いますよ?」
「え、ええ。それは、分かってるんですが……」
「どうにも、こう……落ち着かない物で……」
不安と緊張が入り混じった表情で教会の方を見つめる二人に、少年の母親は微笑を浮かべながら呟いた。
「まあ、無理もありませんよね。何せ、我が子達の晴れ舞台なんですから」
「あ、え、ええ、まあ……っ!」
不意に驚いた表情で、身を隠す仕草をした女性を見て、少年が怪訝そうな声を出す。
「?……どうしたの?エイ……」
「エイナ……?」
突然聞きなれぬ男性の声が聞こえ、一同は揃って声のした方向へと視線を移す。
そんな中、エイナと呼ばれた女性は、その人物を眼にした瞬間、気まずそうに口を開いた。
「……貴方……」
――――花嫁の控え室。
「うっわ〜〜〜!モニカ、すっごく綺麗じゃない!!」
「本当。とても、お似合いですよ、モニカさん」
「あ、ありがとう……コリン、ルネ」
花嫁衣裳に身を包んだモニカは、恥ずかしそうに頬を染めながら二人に礼を言う。
と、そんな彼女の様子を眺めていたクレアが、軽く首を傾げながら口を開いた。
「どうしたの、モニカ?ちょっと、緊張しすぎじゃない?」
「そ、そんな事無い……わよ……」
モニカはそう返事するが、傍目からも身体が小刻みに震えているのがハッキリと分かる。
醸し出される雰囲気もしおらしく、それがより一層彼女を美しくさせていた。
(クスクス……流石のモニカも、今日は元気一杯ではいられないみたいね)
心の中で笑みを漏らしていたクレアだったが、ふとモニカに声を掛けられる。
「ね、ねえ、クレア……?」
「何、モニカ?」
「あ、あの……その……」
「ん?」
「変じゃない?この、ドレス」
「え?……もしかしてモニカ、その事気にしてたの?」
少しばかり呆れを含んだ口調でそういうと、モニカは今にも消え入りそうなくらいにか細い声で言った。
「だ、だって……えっと……」
「……大丈夫。とっても素敵なドレスよ。だから自信を持って。そんなんじゃ、ユリスが困るわよ?」
「う、うん」
そう言って頷くモニカの衣装を、クレアはまじまじと見つめながら思う。
(まあ…変わっていると言えば、変わっているのかも……ね……)
――――スカート部分がフレア形をした、プリンセスラインのウェディングドレス。
それだけなら特別際立った物では無いのだが、やはり『色』が、このドレスを特徴的な物にしていた。
「でも、モニカ。一つだけ聞いていい?」
「な、何を?」
「ドレスを水色にした理由」
「……えっ?」
「あ、それ私も聞きたかった。だってウェディングドレスって、普通白でしょ?」
虚をつかれた様な顔をしたモニカを、コリンが横から覗き込む。
実を言うと、二人がモニカのドレスを見て、唯一疑問を抱いた箇所がそれだった。
――――淡い水色のウェディングドレス。
一般的にウェディングドレスと言えば、清純さを表す白を基調とする物だ。
当然、モニカもそうだろうと思っていただけに、クレアもコリンも、こうして腑に落ちない気分になっているのである。
「そ、それは……その……」
気まずそうに二人から視線を外し、モニカは俯く。そんな彼女の様子を見て、クレアとコリンは慌てて口を開いた。
「ご、ごめんモニカ!聞いちゃいけなかった!?」
「べ、別にいいのよ!?何か事情があるんだったら、無理に言わなくても……!」
ひょっとしたら、モニカにとって『白』という色は、何か悪い印象があるのかも知れない。
過去に何かトラウマがあるとか……ともかく、触れてはいけない事だったのは、確かな様だ。
そう思い、焦ってモニカを慰めようとする二人に、それまで黙っていたルネが、可笑しそうに笑みを漏らした。
「クスクス……流石のモニカさんも、これは言えませんか」
「「……えっ?」」
「モニカさんが、水色のドレスにした理由………私が代わりに、お話しましょうか?」
言いながらルネは、そっとモニカの顔を窺う。
するとモニカは、不意に真っ赤になり「……お願い」と小さく呟いた。
「はい、それでは。……クレアさん、コリンさん。よく聞いてくださいね」
「「う、うん……」」
どうも自分達の考えていた様な事ではないと悟り、二人は顔を見合わせた後、コクリと頷く。
そんな二人に、ルネは真面目な顔をして、徐に口を開いた。
「モニカさんが水色のドレスにした理由……それは……」
「「それは?」」
二人は固唾を呑んで、ルネを見やる。しかし次の瞬間、ルナは途端に表情を崩して言った。
「坊ちゃまのご希望です」
「……えっ?」
「……へっ?」
思わずクレアとコリンは、揃って間抜けな声を出す。
「ユ、ユリスのご希望……って要するに、リクエスト?」
「はい。『君には、青系のドレスが似合うと思うよ』……と、先日言われたんです。ね、モニカさん?」
「う……うん……」
その言葉に、モニカは益々顔を赤らめる。彼女のその様子を見て、コリンは大袈裟に肩を竦めながら微笑んだ。
「はあっ……どんな事かと思ったら、惚気とはやられたわ」
「本当。早とちりして、損しちゃったわよ」
クレアにまで意味ありげな笑みを向けられ、モニカは恥ずかしそうに俯きながら二人を睨む。
「ち、茶化さないでよ。もう……」
(でも、相当重症よね。自分でもそう思うわ)
心の中でそう呟くと同時に様々な感情を含めた溜息をつきながら、モニカは数週間前の事を思い出した。
……。
…………。
「じゃあ式は、この日でいいよね?」
「うん。後は招待状を贈って……ええっと、それから何をすればいいのかしら?」
「はは、大丈夫。そういう手続きはボクがやっとくから。もっと細かいのはこっちが言う前に、スチュアートがするだろうし」
ユリスの部屋で机に資料を並べ、モニカとユリスはあれこれ結婚式の準備について話し合っていた。
想像以上な準備する事の多さに辟易しない訳でもなかったが、それでも楽しさの方が何倍も大きい。
長い人生の中でたった一度。……少なくとも自分達はそうであろう、大事な大事な式の準備なのだから。
「……ふう。ま、こんなとこだね。後は……衣装ぐらい、か」
話が一段落つき、大きく伸びをしつつ一息入れたユリスが、少々恥ずかしげに言う。
それを聞いたモニカは、些か意地悪な笑みを浮かべて言葉を返した。
「あら、どうしたのユリス?……私のウェディングドレス姿でも想像した?」
「うっ、べ、別にそう言う訳……でもあるけど……」
どうやら図星だったらしく、彼は紅潮した顔を隠す様に帽子を深く被る。
その正直な反応におかしさと嬉しさを感じつつ、モニカは明るい声で言った。
「あはは!そこまで期待されてるなら、気合入れて選ばなきゃね。流石にそろそろ決めないと、式に間に合わないし」
「えっ、そうなの?まだ式日まで、かなりあるけど……そんなに掛かるんだ?」
「あ……う、うん。まあね」
不思議そうに眼を瞬かせたユリスに、モニカは曖昧な返事をする。
同時に、尤もな疑問を言われた事に冷や汗が流れるのを感じつつ、心の中で苦笑した。
(はは……まだこれは、言う訳にはいかないわね)
――――そう。言う訳にはいかなかった。自分が着る事になるウェディングドレスが、ただのウェディングドレスではない事を。
そう思ったモニカは、このままではきっとボロが出てしまうと考え、手近にあった資料を手に取ると大袈裟な溜息をついた。
「でもね、中々決まんないのよねえ。……一口にウェディングドレスと言っても、色々種類があるし」
「そうなんだ。でも、どんなドレスでもモニカが着たら綺麗だよ。きっと」
「っ、あ、ありがとう。……けどさ、ユリス。何か、案ぐらい出してくれない?」
「案?……案って?」
「ほら、デザインとか色とか……大雑把でいいからさ。でないと私、決められそうも無いわ」
それは半分本音で、半分嘘の言葉。
実の所は、単にユリスの好みに合ったドレスを着たいという事なのだが、流石にそれを直接言うのは恥ずかしい。
そんな自分を少々情けなく思いながら、モニカは彼の言葉を待った。
「え、え〜〜と……そう……だな……」
「……」
「あ……っと……じ、じゃあさ、モニカ。一つだけ、案を出すよ」
「うん、分かった。……で、どんなの?」
「えっと、色……なんだけどさ。普通ウェディングドレスって白が基調だと思うんだけど……」
「まあ、そうよね。この本に載ってるのも殆どそうだし。で、何?私に白は似合わないって?」
「ち、違うよ!ただ……君には青が一番似合うんじゃないかなって」
最後の方はほぼ聞こえなくらいに小さな声になりつつ、ユリスはそう言うと帽子に隠れた顔を俯かせた。
「青?」
「う、うん。まあウェディングドレスだから……正確には淡い水色とかが良いと思うけど」
「ふ〜〜ん、水色のドレスかあ」
呟きながら、モニカは考える。
確かに悪くないかもしれない。純白のドレスに憧れていない訳でもなかったが、それよりも彼の望みのドレスを着る憧れの方が強い。
「あ、い、嫌ならいいんだよ?それにそういうドレスって、準備するの大変そうだし……」
「ううん、そんな事ないよ。生地の色を変えればいいだけだし、何も大変じゃないわ」
「?……生地の色?」
「あ!……な、何でもない!何でもない!!」
思わず口にしてしまった自分を呪いつつ、モニカは取り繕った笑みを浮かべながら両手を振って誤魔化す。
「と、とにかく!それが君の案なのね?それじゃ、検討しておくわ。結果は当日のお楽しみって事で!……じゃあ私、用事思い出したから!」
「あ、モ、モニカ!?」
慌てて呼止めようとしたユリスに振り返りもせず、モニカは足早に部屋を出た。
――――……今さっき新しく生まれた、当日の準備に取り掛かる為に。
……。
…………。
「…………」
「モ〜〜〜ニ〜〜〜カ?どうしたの?」
「えっ?あ、べべ、別に何も……!!」
何やら思い出していたらしいモニカに、コリンが意地悪な笑みで尋ねる。
それに対して彼女があたふたしていると、横からクレアが追い討ちを掛けた。
「フフフ……さては、『私のこのドレス姿見たら、ユリスどんな顔するかしら?』とか、考えてたんじゃない?」
「ク、クレア!!」
思わず立ち上がって何かを言おうとしたモニカより先に、普段よりも表情豊かなルネが口を開く。
「そんなの決まってるじゃないですか、クレアさん。きっとポカンと口を開けて、真っ赤になりますよ、坊ちゃま」
「ル、ルネまで!!」
「あははっ!言えてる〜〜!それにこのドレス、モニカが作ったって言ったら、尚更面食らうんじゃない?」
「クスクス……そうね」
微笑みながら、クレアはふとモニカを見やった。
(本当に凄いわ、モニカは)
クレアが、モニカの服のデザイナー能力について知ったのは、丁度二年前――彼女が三年ぶりに、この街に来てから暫く経ってからだった。
服のカタログを見ていて「これ欲しいな」と、何の気なしに呟いた自分の横で、彼女は確かこう言った。
――――作ってあげようか?……と。
その言葉を聞いた時に……そして数日経って、とても素人の物とは思えない出来の服を彼女が持ってきた時に、自分はどれ程驚いた事か。
――モ、モニカ!?貴方、こんな特技があったの!?
今にして思えば、失礼極まりない自分の言葉に、彼女は照れた笑みで答えた。
――まっ……剣の修行以外じゃ、こういう事ぐらいしかなかったら。窮屈な王女暮らしの退屈しのぎは。
(……フフ……)
不意に昔の会話を思い返しつつ、クレアは心の中で笑う。
(きっと、ユリスにドレスの事言われてから……頑張って作ったんだろうな)
その様子が容易に想像でき、彼女はモニカに羨ましさを感じた。
愛する人がいて、その人の為に頑張る。……いつか、自分もそうなりたいと、そうなれる人に出会いたいと、クレアは思った。
「私も……早く恋したいなあ」
「「「っ!?」」」
思わず彼女がそう呟くと、途端に辺りの空気が緊張する。
次いで、ハッとした表情になったコリンとモニカが、クレアに詰め寄った。
「ク、クレア?今の台詞、絶っ対に他の人……っていうか男の前で言っちゃダメよ?」
「う、うん!それから、町長の前でもね」
「えっ?……え、ええ」
何の事かイマイチ分からないが、二人に気迫に押されて、クレアは半ば無意識に頷く。
と、その時、ノックの音と共に、係りの人が顔を出す。
「新婦様。新郎様がお見えになりました」
その言葉に、モニカはビクッと背筋を伸ばし、「う、うえっ!?」と言葉になってない声を漏らす。
そんな彼女を、他の三人は苦笑しながら促した。
「なに驚いてんのよ?式の前に顔合わせに来たんでしょ。さっモニカ、立った立った」
「そうそう。ほら、そんなに緊張しないで」
「さあ、モニカさん。今更恥ずかしがっては、坊ちゃまがお困りになりますよ?」
「そ、それは!……でで、でも!まま、まだ心の準備……!!
モニカがそう呟くよりも先に、無情にもドアが開かれ、ユリスが姿を現した。
――――少し時間を遡り、花婿の控え室。
「いやあ、お前もついに結婚か〜!めでたいねえ!!」
「……」
緊張している自分とは対照的に、満面の笑顔の友を、ユリスは物言いたげそうな眼で見つめる。
と、そんな彼の視線に気づいたのか、ドニーはふと彼に尋ねた。
「ん?どうした、ユリス?俺の顔に何かついてるか?」
「……ドニー。一つ、聞いていいかい?」
低い声でそう言うユリスに、ドニーはあっけらかんと答える。
「一つと言わず、いくらでも聞いていいぜ。で、何だ?」
「あのね。確かに君には色々と感謝している。……それに君に祝福してもらえて、ボクは嬉しい」
そう。確かにドニーは、自分の結婚について喜び、祝福し、そして準備を手伝ってくれた。
式に必要な事の諸々に手をつくしてくれたのは、間違いなく彼だ。
それについて、自分はとても感謝している。白状すると、彼に見られぬ所で涙さえ浮かべた。
「だけど……だけどね……」
しかし、やはりこの事については聞いておかなくてはならない。そう思って、ユリスは続きを言った。
「……何で君が、牧師をするんだ?」
――――そう。目の前にいるドニーは、何故か牧師の格好をしているのだ。……失礼を承知で言うが、非常に浮いている。
そもそも、適任者であろうブルーノ神父がいるのに、どうしてドニーが牧師をする必要があるのか?
全く持って理解できないユリスに、当の本人は至って気楽に答えた。
「いやあ、やってみたかったんだよなあ、実は!真っ赤な顔したお前とモニカの前で、『永遠の愛を誓いますか?』ってな!!
あ〜〜今から楽しみで楽しみで、仕方ねえぜ!」
「……どうも、ありがとう」
――つまり特等席で、からかいたいって訳か……こいつは……。
実にドニーらしい……そして実に不愉快な返事に、ユリスは大きく溜息をつく。
出来れば辞退してもらいたいが、今更ブルーノに代わってもらう訳にもいかない。仕方なく、彼はドニーにペコリと頭を下げた。
「それじゃあ牧師ドニー……式の方、よろしく」
「まっかせとけって!…あ、そうだユリス。指輪交換の時に、填める指間違えんなよ。左手の薬指だからな!
それと誓いのキスはあんまり深くすんなよ。周りが呆れるからな!浅く、それでいて愛に満ちた様に、しっとりと……」
「撃たれたい?」
「じ、冗談だよ!冗談!!」
ドスの聞いた声で言ったユリスにドニーが慌てて謝罪した時、「失礼します」という声と共に、係りの人が入ってきた。
「新郎様、新婦様の準備が整いました。式の前に、ご覧になってはいかかですか?」
「えっ?あ……どうしよう?」
突然の事に面食らったユリスは、仄かに頬を染めながらドニーを見やる。
「俺に聞いてどうすんだよ?お前の花嫁なんだから、見に行きたいなら行きゃいいだろ」
「そ、そうだよな……じ、じゃあ、そうします」
「はい。では案内します」
――――時間を戻し、花嫁の控え室。
「……」
モニカの姿を見定めたユリスは、ルネが予想した通り、真っ赤な顔でポカンと口を開けてその場に立ち尽くした。
「ど……どうかな……ユリス……?」
「え、あ、いや……そそ、その……えと……」
彼女の言葉に我に返った彼は、慌てて言葉を探すが、思う様に喋る事が出来ない。
(ま、まさか本当に……い、いや嬉しいんだけど……凄く綺麗だし……って、それを本人に言えよボク!)
「……ユリス?」
「だ、だから!……あっと……つ、つまり……!」
緊張と不安を微かに含んだモニカの声に、ユリスは一つ深呼吸をした後、出来る限り普通の口調で言った。
「綺麗だよ……とても」
「っ!……ありがとう。頑張って作ったかいがあったわ」
「えっ?作ったって……まさか、そのドレス!?」
「そっ、私の手作り。ほら……君が案出してくれたでしょ……その……」
恥ずかしそうに俯いた彼女を見て、思い当たる節があった彼は「あっ!」と小さく声を上げる。
「ひょっとして、最初からボクの案を……?」
「うん、それに沿って作る気だった。だって……君の花嫁なんだもの、私は」
「っ!……ありがとう、モニカ」
熱くなった顔で、ユリスは笑みを作る。すると、彼女も顔を上げて、彼に笑みを返した。
「どういたしまして」
そんな風に二人が笑顔で向かい合っていると、後ろから呆れとからかいの混じった声が聞こえる。
「お〜〜〜〜い。まだ式は始まってねえぞ〜?」
「「っ!?」」
ドニーの声に、ユリスとモニカがハッとして周りを振り替えると、皆が笑って自分達を見ているのに気づいた。
「「あ……あ……あ……」」
二人が揃って上擦った声を発した時、コンコンというノックと共に、再び係りの人が顔を出す。
「教会の準備が出来ました。新郎様、ご移動をお願いいたします」
「あ……は、はい!」
ぎこちなく頷いた後、ユリスはそっとモニカに振り返った。
「それじゃあ……式場で」
「……うん」
――――結婚式は、つつがなく進んでいった。
街中の人々が集まった教会の中で、ユリスとモニカの二人は儀式を終える。
大勢に見守られ、そして目の前にドニーがいたのにも関わらず、二人は永遠の愛を誓い合う事を恥ずかしくは感じなかった。
代わりに感じたのは、どうしようもない嬉しさ。ただ、それだけであった。
――――式を終え、ユリスとモニカが教会の外へ出ると、そこにも大勢の人が周りを囲んでいて、二人を祝福してくれた。
惜しみない拍手や笑顔に対して、二人ははにかみながら手を振って応える。と、その時だった。
「ん?……!……あ、あれって!?」
「?……どうしたの、ユリス?」
「いや、あ、あそこ……」
「……えっ?」
不意にキョトンとした顔つきで、ユリスはとある方向を指差す。
つられて、そちらに眼をやったモニカは、小さな驚きの声を上げた。
「っ!?ちょっ……まさか!?」
二人の視線の先――人だかりから少しだけ離れた場所から、笑顔で拍手をしている母子。
その懐かしい二つの顔に、ユリスとモニカはそれぞれ絶叫した。
「ユ、ユイヤ!?」
「セイカさん!?」
その叫びに、集まっていた人々は揃って後ろを振り返る。
そんな彼らの間を悠々と歩きながら、ユイヤとセイカは口を開いた。
「ユリス兄ちゃん!モニカ様!おめでとう!!」
「フフフ……二人とも、本当に幸せそうね」
至って自然体で接してくる二人に、ユリスとモニカは、どう対応していいか分からず、顔に困惑の色を浮かべる。
「あ、ありがとうございます……じゃなくって!ふ、二人共……なんで……!?」
「そ、そうですよ!ど、どうして……!?」
しどろもどろになった二人に、セイカは笑いかけた。
「クスクス。どうしてって、貴方達を祝福しに来たんじゃない」
「い、いや、そういう事じゃなくて!!セイカさん達は……」
焦った表情で口を開きかけたユリスの服を、いつのまにか傍に寄ってきていたユイヤが引っ張る。
「ユリス兄ちゃん、ユリス兄ちゃん」
「ユ、ユイヤ?」
そう言って自分の方に振り向いたユリスに、ユイヤは小声で囁いた。
(ややこしくなるから、僕達が未来の人だってのは内緒にしといて。お願い)
(あ……そ、そっか。そうだよな。でも……)
ユリスは再び疑問の声を発しかけたが、それよりも先にユイヤが口を開く。
(どうやってここに来たのか?それは、ママが作った即席時間跳躍機『タインプ』のおかげ。
なんでユリス兄ちゃん達の結婚式の日が分かったか?それは、この日が百年先の未来でも語り継がれてる記念の日だから)
(よ、よく分かったな、ボクが聞きたかった事……って、この日が記念の日って、どういう事だ?)
(そりゃあね、何といっても、偉大な英雄の結婚式だもん)
(……う〜〜ん……理解出来た様な……そうで無い様な……)
イマイチ釈然とせずに首を傾げたユリスに、ふとセイカが意味ありげな笑みを向けた。
「そうそうユリス、モニカ。貴方達に私からプレゼントがあるの」
「プレゼント?」
「何ですか?それ……?」
思わず眼を瞬かせた二人に、セイカは何も言わずにとある方向を指差す。
それに導かれて、そちらに視線を向けた瞬間、二人は――特にモニカは、大きく眼を見開き、暫し絶句した。
――――気恥ずかしそうに、ジラードに促されつつ、ユリスを見ている女性。そして、ただじっと、モニカを見つめている女性。
見間違う筈がない。もう二度と会う事はないと……会えないと思っていた、自分達にとって、かけがえの無い人物。
「か、母さん!?」
「母上!?」
次の瞬間、ユリスもモニカも弾かれた様に駆け出していた。
状況がよく分からないながらも、自然と道を空けてくれた人々の間を駆け抜け、二人は瞬く間に彼女達の元に辿り着く。
そして、各々の母親に向かい合った。
「か……母さん。な、何で……?」
「ごめんなさい、ユリス。……だけど、どうしても……どうしても、この日だけは、貴方に会いたかったの」
そう告げるエイナの瞳には、ハッキリと分かる程の涙が滲んでいた。
それにつられて涙腺が緩みかけるのを懸命に堪えつつ、ユリスは震える声で言う。
「何だよ……本当に……勝手なんだから、母さんは。……いきなり来て……そんな事言わないでよ……!」
「そう言うな、ユリス」
ポンとジラードが肩に手を置き、ユリスはハッとして父親に眼を向けた。
「父さん……」
「エイナにとって、お前はたった一人の息子なんだ。そのお前の晴れ舞台……見たいと思うのは当然だろう?」
「それは……分かるけど……分かるけど!もう、会うことは無いって……納得してたのに……!!」
両手を強く握り締め、崩れかける自制心を必死に抑えつつ、ユリスは声を絞り出す。
そんな彼の横で、モニカはポロポロと大粒の涙を零しながら、自分の母親――王妃に抱きついていた。
「母上!……母上!!」
「モニカ……!本当に……綺麗になって……」
嗚咽交じりの声を発しながら、王妃は彼女の頭を抱きしめた。
その懐かしい感触に圧倒された様な笑みを浮かべつつ、モニカはそっと顔を上げる。
「母上……!私…私……!!」
どうやら様々な思いが脳裏を駆け巡っているらしく、うまく舌が回らない様だ。
そんなモニカに、王妃は涙で濡れた笑顔で宥める様に言う。
「いいのよ、何も言わなくて……ほら、涙を拭きなさい。せっかくのお化粧が落ちてしまうわよ」
「はい……!……はい……!!」
「…………」
呆れる程に、自分の感情に正直なモニカ。ユリスはそんな彼女を見て、酷く羨ましさを感じた。
自分だって母親と会えて嬉しい筈なのに、それを素直に表現できない。
(我ながら……不器用だよな……ボクは……)
心の中で自嘲気味に呟きながら、彼はふとある事を思い、傍にやって来ていたセイカに尋ねた。
「……そう言えば、セイカさん」
「何、ユリス?」
「いや、その……来てたんだったら、どうして式に顔を見せなかったんですか?」
緊張してたから良く覚えてはいないが、教会に彼女達はいなかった筈だ。
そう思って尋ねたユリスに、セイカは曖昧な笑みを浮かべながら答える。
「あ、ああ、それは……最初は、貴方達に会わないで、こっそり見て帰るつもりだったの」
「え?じゃあ、どうして……」
「私がエイナを見つけたんだ」
セイカが答えるよりも早くに、ジラードが口を開く。そんな父親を、驚愕の表情でユリスは見やった。
「父さんが……!?」
「ああ。そこで拙い隠れ方で、教会の方を見つめているのをな」
言いながら彼は微かな笑みと共に、妻に視線を向ける。
「変な罪悪感なんぞ気にせず、式に出れば良かったものを。……立派だったぞ、ユリスは」
「……そう……ね」
それに対し、エイナは後悔の念が混じった笑顔で頷いた。
「でも、もういいんです。この子が幸せになった事を、この眼で確かめられたんですから」
(……母さん……)
母親の言葉に、ユリスは再び涙が零れそうになるのを感じる。
それを半ば自棄気味に抑えている彼の肩を、いつもの服装に戻ったドニーがポンと叩いた。
「?……ドニー?」
「ほら、ユリス。そんな難しい顔してねえで、新郎新婦の記念写真、撮っちまおうぜ」
「……あ、ああ!」
言いながら携えていたカメラを掲げた友に、ユリスはややあって元気よく答える。
そして、ようやく泣き止んだらしいモニカと不意に視線を交わし、次いで何かを心得たとばかりに頷きあった。
「じゃあ、母さん父さん!それから、セイカさんとユイヤも一緒に!」
「母上も、こちらへ!一緒に撮りましょう!!」
笑顔で彼らを促す二人だが、促される側の皆は、戸惑った顔で口々に言う。
「お、おいユリス……?私達は、別に一緒でなくても……」
「そ、そうよユリス。新郎新婦の記念写真なんだから、貴方とモニカだけで……」
「ま、まあジラードさんやエイナ様達はともかくとして……私とユイヤは……ねえ?」
「う、うん。僕も、そう思う」
「モ、モニカ……私も…その……」
たじろぐ彼らに、ドニーは呆れた様に溜息をつきながら声を発した。
「まっ、色々思う事はあると思うんすけど……新郎新婦のリクエストなんだから、聞いてやってくれないっすか?」
「そうそう!皆、ボク達にとって大切な人なんだから!ね、モニカ!」
「ええ、ユリス!!」
――――そして、数分後。
ドニーの持つカメラから、新郎新婦に五人を加えた、合計七人の写真が、ゆっくりと姿を現した。
――……最高の結婚式だったね。
撮影が終わり、ユリスがそう囁くと、モニカはこれ以上無い極上の笑顔で頷いた。
――……うん!!