第三章〜語らいの時、そして衝突〜

 

 

 

 

 

モニカの挨拶が着々と進む中、ボクは必死に聖衛隊をどうするか考えていた。

聖衛隊はボクを除いて10人。時折、手をごそごそしている所を見ると、みんな銃を持っている様だ。

(下手に暴れる訳にもいかないな……やっぱり、事が起こる瞬間を待つしかないか)

考えてから十分ぐらい経つと、モニカの挨拶も段々終わりの頃に近づいてきたのが彼女の言葉から感じられる。

それに伴って聖衛隊もタイミングを計っていた。ボクもローブの中で『スーパーノヴァ』を強く握りながら、『その時』を待つ。

そして、また一分程が経過すると、ついに『その時』がやってきた。

「……以上をもって、挨拶とかえさせて頂きます」

モニカがそう言うと、盛大な拍手が巻き起こる。それを合図に、聖衛隊が音も鳴く一斉を取り出すと、銃口を彼女に向けた。

だがボクはそれよりも僅かに速く、『スーパーノヴァ』のトリガーを引く。光線が迸る音がバルコニーを駆け抜け、聖衛隊の一人の銃を弾き飛ばした。

「え!?」

「痛っ……な!?」

「き、貴様!?」

モニカが驚いて振り返り、聖衛隊も面食らった様にこちらを見て動きを止まる。その隙を逃さず、ボクは奴ら目掛けて『スーパーノヴァ』を連射した。

「ぐっ……!」

「がっ……!」

「なっ……!」

聖衛隊に次々と光線が命中し、バタバタと倒れていく。――……出力は落としてあるから、死にはしないだろう。

そして他の連中が全て気絶したのを確認したボクは、最後に残った一人――奴らのリーダーに銃口を向けて叫んだ。

「後はお前だけだ!」

「……くそっ!」

突然の事に焦ったリーダーは、咄嗟にモニカに銃を向ける。

「あっ……」

「っ!?モニカ!!」

叫びながら素早くリーダーの手を撃って銃を弾き飛ばすと、奴は苛立だしげに顔を歪めながら怒鳴った。

「痛っ……貴様、どういうつもりだ!?なぜ邪魔をする!?」

「どうもこうない!こんな事、絶対にさせるもんか!!」

「貴様!我々の同士ではないな!?」

「今更気づいたって遅いよ!!」

最早、正体を隠している意味もない。

ボクは荒っぽくローブを脱ぎ捨て、再び『スーパーノヴァ』の銃口を奴に向けた。

そんなボクの横から、震えているモニカの声が聞こえてくる。

「ユリ……ス?……ユリス……なの?」

「……っ……」

すぐにでも彼女に返事をしたかったが、今はそうしていられる状況ではない。

残った眼の前の敵―――聖衛隊のリーダーをどうにかしなければならないのだから。

(さて、どうする?銃は弾き飛ばしたし銃口をこうして突きつけてる限り、向こうも下手な行動は出来ないだろうけど……

 何か奥の手を隠しているかも知れないし、こちらも迂闊に刺激は出来ない。どうすれば…………ん?)

高速で頭脳を回転させていると、次第に下界から動揺とざわめき、それに悲鳴が聞こえてくる。

どうやら、此処の騒ぎに気づいた様だ。となれば、間もなく誰かがやってくるだろう。

そう確信したボクは、少しだけ向けた銃口を下げつつ奴に言った。

「残念だけど、ここまでだよ。じきに兵士達がやってくる……大人しく投降した方が身の為だ」

「ちっ……確かに計画は失敗の様だな。……だが!このままでは済まさん!!」

「っ!?」

奴の言葉に、何か悪足掻きをしようとしていると察したボクは、素早く『スーパーノヴァ』のトリガーを引こうとした。

しかし、それよりも早く奴はローブを脱ぎ捨てる。そして現れた奴の姿に、ボクは驚愕で眼を見開いた。

「くそっ、お前……!!」

全身に爆弾を巻きつけ、人間爆弾となっているスキンヘッドの男に、口から苦々しい声が漏れる。

そんなボクを見て下卑た笑みを浮かべつつ、奴は徐にバルコニーの入り口へと移動した。

「ふ、どうした?撃ってもいいのだぞ?尤もその瞬間に、お前も王女も俺と一緒にあの世に行く事になるがな……とはいえ、撃たないなら撃たないで、

 俺が自分で爆発するまでだがな……ハハ、ハハハハハッ!!」

「くっ!まさか、自爆する気か!?」

「その通り。俺達の目的は王女を消し去る事!それが成し遂げられるのならば、命など惜しくもないわ!!」

(……こいつ……!)

ハッタリ……では恐らくない。その証拠に男の眼は据わり、口から漏れる笑いから狂気じみた何かを感じられた。

追い詰められた者がする、自暴自棄の笑みだ。一刻も早く、此処から逃げないとマズイだろう。

だが、唯一の出入り口は奴によって塞がれており、爆弾で身を固めている為に強行突破する事は難しい。

つまり、完全なる八方塞がりに陥ってしまったのだ。

ジワジワと忍び寄ってきた『死』に、ボクは緊張の汗を額に浮かばせて顔を歪ませる。

と、その時、思い立った様なモニカの叫びが耳を打った。

「ユリス!!飛び降りるわよ!!」

「え!?……こ、ここから!?」

思わずボクは、間抜けな声で聞き返す。

今いるバルコニーは軽く見積もっても、地上から10メートルはある。飛び降りてただで済む高さじゃないのは明らかだ。

しかし、たじろぐボクに、モニカはキッパリと言い放つ。

「そうに決まってるでしょ!!死にたいの!?」

「そ、それは……」

「っ、逃がすか!!」

刹那、カチッと言う何かのスイッチが入る音がする。

何のスイッチかと考えるまでもない。――……男の爆弾の起爆スイッチだ!

「っ……ユリス!!」

「うわっ!?」

ハッとして奴に振り返ったボクの腕を強く掴み、モニカは無造作にバルコニーから飛び降りる。

一拍置いて凄まじい爆発がバルコニーから広がり、それに煽られたボク達は体勢を崩して頭から落下してしまった。

「うわああっっ!!」

「きゃああっっ!!」

このままの体勢で落ちれば、まず助からないだろう。だけど、いくらもがいても体勢を変える事ができない。

(流石に……これはマズイか……?)

徐々に近くなってくる地面を直視できず、ボクは強く眼を閉じて半ば諦めた様に心の中で呟く。

そして、ボクとモニカは無残にも地面に叩きつけられた……筈だった。

(……えっ?)

けれども感じる筈だった頭への衝撃はなく、代わりに水中へと飛び込んだ衝撃と水の冷たさを全身に感じる。

一体何が起こったのか分からずに眼を開けたボクの視界には、呆気に取られた様子で水中に浮かんでいるモニカの姿があった。

「モ……ごふっ!」

思わず声を掛けようとしたボクの口から大粒の泡が飛び出し、息苦しさを覚える。

慌ててボクは頭上を見上げ、そこにある水面へと向かって浮上していった。

「……ぷはぁぁっ!!」

勢いよく水面から顔を出し、ボクは空気を身体の中に取り組む。

それからすぐに、隣からモニカが飛び出してきて同様に声を上げた。

「ぷはっ!……はあっ……はあっ……」

「モ、モニカ……大丈夫?」

「う、うん。だけど……どうして池が、こんな所に……?」

濡れた前髪を掻き揚げつつ、モニカは一人ごちる。

ボクはその仕草に妙な艶っぽさを感じ、反射的に彼女から眼をそらしながら考えた。

(そ、そうだよ、何で此処に池が……?城に入る前に見た時は確か無かったよな?)

呆然と自分の周りに広がる水を眺め、ボクは軽く頭を掻いて記憶を探る。

すると遠くから、聞き覚えのある少年の声が聞こえた。

「ユリス兄ちゃん!!モニカ様!!大丈夫!?」

「!?……ユ、ユイヤ!?」

ボクが声のする方に振り返ると、息を弾ませながら駆け寄ってくるユイヤの姿が瞳に映る。

そしてボク達の傍までやってきたユイヤは、慌てた様に口を開いた。

「早く出て!!もうすぐ時間切れだから!!」

「時間切れ……?何だよ、それ?」

「と、とにかく出ましょう、ユリス」

モニカにそう言われて、訳が分からないままもボク達は池から上がる。

それを確認した後、ユイヤは何やら小型のリモコンの様な物を取り出し、数回それを操作した。

途端、先程までボク達が入っていた池が消え去り、元あったであろう地面がその場に出現する。

まるで魔法の如きその光景に、ボクは思わずユイヤに尋ねた。

「ユ、ユイヤ!ど、どうなってるんだい……これは?」

「説明は後で!あ……モニカ様、王妃様がきたよ!」

「っ……母上が!?」

ハッとした表情で、モニカはユイヤが指差す方向へと眼を向ける。

その先には、動き辛そうなドレスで懸命に駆け寄る王妃様の姿があった。

「はあっ……はあっ……モニカ!」

「母上!!」

息を弾ませて叫ぶ王妃様に、モニカは声を張り上げながら駆け寄ってその胸に飛びつく。

今まで見た事の無い彼女の少女らしい様子に、ボクは知れず笑みを零しながら小さく呟いた。

「とりあえず、一件落着……かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その夜。

「……にしても、すごいよ!ユリス兄ちゃんって、すごく強かったんだね!」

「い、いや、まあ……それ程でも……」

王妃様の好意で宛がわれたレイブラント城の一室で、ボクはユイヤから手放しに褒めちぎられていた。

例の奴ら――聖衛隊からモニカを守ってくれた御礼として、ボク達は城に招かれたのである。

そして、同時に事件の真相も知る事が出来た。

「でも驚いたよ。まさか、あの聖衛隊が偽者だったなんて」

「うん、僕も……っていうか皆そうだよ。だけど城の人とか、どうして気づかなかったのかなあ?」

「それは……何でも本物の聖衛隊って普段から城にいる訳じゃないんだって。式典とかの数日前にやってきて、役目が終わるとすぐ帰ってしまうから、

 城の人達も素性までは知らないそうなんだ。さっき兵士の人が、そう言ってたよ」

「へえ、そうだったのか。知らなかったなあ。……でもユリス兄ちゃん。あいつらが偽者って、良く分かったね」

「ああ、あれは……唯の勘だよ。そんなに褒められる事でもないって」

「勘って……何それ?」

不思議そうにユイヤは首を傾げたが、本当に勘なのだから他に言い様がない。

仕方なくボクは曖昧な笑みを彼に返し、大事に至らずに終わったこの事件に安堵の息をついた。

(本当、無事で良かったよ。本物の聖衛隊の人達も……)

ボクが戦った偽の聖衛隊に捕らえられていた本物の聖衛隊は、城の兵士達によって無事に救出されたらしい。

連中で唯一生き残っていた者――事の前にボクが倒していた奴からの証言で、奴らの目論見も全て暴かれたとの事だ。

どうやらモニカを殺害して国内及び国民に不安と恐怖を募らせ、それに乗じてテロ行動をしようとしていた連中らしい。

――……そうはもう、叶わぬ野望に終わってしまったが。

「っ、そうだ……ユイヤ、あの時何をしたんだい?」

バルコニーから池に落ちた時の事を思い出し、ボクはユイヤに尋ねる。

「あれ?あれはね、『フィールドトレーダー』を使ったんだ」

「……『フィールドトレーダー』?」

「うん!その名の通り、ある場所と場所とを少しの間だけ入れ替えられるんだ。ほら、これだよ!」

そう言ってユイヤはポケットから、あの時のリモコンらしき物を取り出した。

身を乗り出してそれを眺めながら、ボクは感嘆の息と共に疑問の声を漏らす。

「へぇ〜……凄い道具じゃないか。どうして、こんな物を持っているの?」

「ママは作ったんだ。まだ試作品だから、ボクに実験して性能を試す様に持たせてたんだよ」

「え?作ったって……セイカさん、発明家だったの!?」

「うん!ママは他にも、いっぱい便利な物を作ってるんだ!近所じゃ、ちょっとした有名人なんだよ!」

「……そうだったのか」

――――まさかセイカさんが自分と同じ……いや、自分よりも遥かに優秀な発明家だったとは……。

ボクは驚きと羨望、そして微かな嫉妬を感じながら思う。

二つの場所を短時間とは入れ替える事の出来る道具……そんな奇想天外な道具など、とてもボクには作れそうにない。

しかもユイヤによれば、まだまだ沢山の物を発明しているとの事だ。

仕事に忙殺され、ここ最近すっかり眠ってしまっていた発明家魂が目覚めるのを、ボクは感じた。

(今度、じっくりと話し合ってみたいな……)

そう心の中で呟いたボクだったが、次いで聞こえたユイヤの言葉に眉を顰める。

「でも、ママだけで作ったんじゃないよ。僕の協力があってこそ、出来たんだから!」

「え?……ユイヤ、君も発明家なのかい?」

――まさか、こんな小さい子までボクより優れた発明家なのか?

流石にそれはショックだったボクは、少しばかり不安そうに尋ねる。

するとユイヤは、笑いながら「違う違う」と片手を左右に振りつつ口を開いた。

「僕は発明家じゃなくて、魔法使いだよ……タマゴだけど」

「っ、魔法使い!?」

ボクは思わず素っ頓狂な声を上げる。そんなボクを見て、ユイヤは慌てた様子で続けた。

「い、いや魔法使いって言っても、単に生まれつき魔力を持っているだけで……そんな大それた事は出来ないよ。

 せいぜい、魔法弾を放つ事ぐらいかな?それも、このリストバンドをつけなきゃ無理だし……」

そう言ってユイヤは照れた様子で、右手につけているリストバンドを叩く。

ボクはそれを見てすぐに『ある事』を考え、確認するべく彼に尋ねた。

「それも、セイカさんの発明?」

「うん!これを付けてると、身体に宿る魔力が安定して引き出せる様になるんだって」

「成程、そうか。モニカが付けていた腕輪と同じ様な物だな……」

納得して深く頷いたボクに、ユイヤは更に言う。

「で、ママが作った『フィールドトレーダー』に、ボクの魔力を注ぎ込んだんだ。

それで完成したって訳……まあ、さっきも言ったけど、まだ試作品だけどね……ところでさ?」

「うん?」

「もしかして、ユリスお兄ちゃんって……モニカ様の恋人?」

「っ!?……な、何をいきなり!?そそそ、そんなんじゃないよ!」

突拍子もない質問に、ボクは思いっきり驚いて呂律が回らないまま答える。

しかしユイヤは尚もボクの顔を見つつ、畳み掛ける様に尋ねてくる。

「だったらユリス兄ちゃん……どうしてモニカ様を呼び捨てにするの?何か親しい関係なんでしょ?」

「う……い、いやそれは……」

鋭い指摘に、ボクは紅潮した顔を隠す様に俯いてしまう。

(さっき口が滑ったな。けど、何でそれだけで恋人になるんだろう?自分でいうのも悲しいけど、そんなんじゃないのに……って、じゃあ何でボクは

 こんなに動揺してるんだ?……どうして?……っ、違う違う!え〜〜と、ユイヤに何て言えばいいんだろう?)

過去から来た事を誤魔化している以上、冒険の事は言えないし、下手な事を言って、色々聞かれるのも面倒だ。

だからボクは、ユイヤから顔を逸らして出来る限り悲しい口調で言う。

「ちょっとね……話したくないんだ、彼女との事は……」

「え?……あ、う、うん、わかった」

そう言って、ユイヤは会話を打ち切った。……どうやら、芝居は上手くいった様だ。

本当はこんな風に人を騙す事はしたくないのだが、他に手が浮かばなかった以上は仕方ない。

そう自分に言い聞かせるものの、やはり気分の良い物ではなく、ボクは心の中でユイヤに謝罪する。

(ゴメン、ユイヤ……)

その時だった。不意にボクの後ろから、コンコンとドアをノックする音がした。

来客が来たのを知らせるその音に、ボクとユイヤは揃ってドアへと視線を向ける。すると、か細い声が聞こえてきた。

「ユリス……今いい?」

(っ!……モニカ……)

今の今まで話題に上がっていた人物の来訪に、ボクはビクリと身体を硬直させる。

「え、え、えっと……」

急激に喉が渇き、上手く言葉が発せられない。

『YES』と答えるべきか『NO』と答えるべきかもハッキリせず、オロオロしているボクの横でユイヤが嫌に大きな声で言った。

「あ、じゃあ僕は、その辺散歩してくるね!」

言うや否や、彼はドアは勢いよく開け、突然の事にポカンとしているモニカに笑顔を向ける。

「モニカ様!ごゆっくり!」

「え?あ……うん……」

面食らっている彼女をその場に残し、ユイヤは廊下に出てその足音を徐々に遠のかせていく。

そして、嫌でもお互いが視界に入る状況になってしまったボクとモニカは、どちらともなく顔を見合わせた。

「「…………」」

暫くの間、ボク達の間に沈黙が流れる。やがて、それに耐え切れなくなったボクは、徐に口を開いた。

「……モニカ。その………久し……振り」

「ユリス……うん。本当に……久しぶり!」

そう言ってモニカは、フワリと笑みを浮かべる。それは、あの時の――別れる時の物とは違う、心からの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

――――それからボクとモニカは、かつての冒険の時に戻った様に、雑談に華を咲かせた。

「……そっか。じゃあ君は今、16歳なんだね」

「うん。……あ、それじゃボク、モニカより年上になったのか?」

「クスッ、残念でした。今の私は18歳。つまり、あの時と年齢の差は埋まっていないって事よ」

「何だ。じゃあ君は、あの時から三年経ったモニカって事だね」

「そういう事ね。……でも、何だかややこしいわね。別の時代の人間同士が再会するとさ」

「ハハ……確かに」

両手を頭に乗せて唸る様に言ったモニカを見て、ボクは苦笑する。よくよく考えて見れば、今のボク達の状況は極めて稀な事であった。

ボクがこの『自分と同じく三年の時を重ねたモニカのいる時代』にやって来た事……確率で言えば、果たしてどれほど低い事か想像もつかない。

――……まあそもそも、別の時代に飛ばされてまったそれ事態が、凄まじい低確率になるんだろうけど。

そんな事をボンヤリと考えながらも、ボクはモニカと三年の溝を埋めるかの様に、身の回りの事について話し合った。

どうやらモニカは、あれからずっと王女として国務に追われる毎日を送っているらしい。

来る日も来る日も慣れない書類と格闘しなければならず、自由な時間は以前よりも大幅に減ってしまったんだそうだ。

「……大変みたいだね」

「まあね。でも、せっかくこの手で変えた未来だもの。何の希望もなかった、かつての時代に比べたら……ううん、比べるまでもないくらい素敵よ。

 …………ユリスの時代はどう?ちゃんと復興していってる?」

「うん。さっきも言った通りバース鉄道が世界中に敷かれてから、パームブリンクスの人も少しずつ世界に足を運んでるんだ。

 これから徐々に時間を掛けて、世界中に大きな街が出来ると思うよ……って、待てよ?モニカはこんな事を聞かなくても知ってるんじゃ……?」

「へへ、流石。うん、彼方此方に大きな街が出来てるのは知ってるよ。ただ、何故そんな風に街が出来たのかっていう資料があんまり無くて……

 大体の予想はついてたんだどけね、念の為に聞いてみたって事」

軽く舌を出して笑いながら、モニカはそう言った。

それは自分の記憶の中にある彼女その物で、ボクは奇妙な安堵感を覚える。

(色々あったみたいだけど……変わってないんだな、モニカは……)

「……でも、何だか悔しいな」

「えっ?何が?」

突然、恨めしそうな表情をしたモニカに、ボクは少しばかり首を傾げながら尋ねる。

すると彼女は、スッとボクの頭辺りを指差しながら口を開いた。

「背」

「……背?」

「そっ。私より高くなってるんだもん……あの時は、私の方が高かったのに」

「そ、そうかな?そんなに言われる程、伸びた覚えはないんだけど」

「絶対伸びてるわよ。ほらっ、ちょっと立ってみて」

言われるままボクはその場に立ち、モニカも同じ様に立ち上がる。

そして、間近で視線が合わさった瞬間、ボクは彼女の言う事が真実だと悟った。

「あ……本当だ」

「でしょ?……やっぱりユリスも、男の子だったんだね」

「ちょっと、モニカ?『だったんだね』って、どういう意味だい?」

「アハハッ!ゴメンゴメン……ほら、そんなに怖い顔しない」

ボクの不満そうな声を聞き、モニカは可笑しそうに口元に手を当てて笑う。

何だか、あの冒険の頃……それも、まだ彼女に頼りっぱなしだった頃の記憶が蘇ってしまい、ボクは微かに唸って黙り込む。

すると、何かを思い出した様な仕草を見せたモニカが、不意に笑みを消して声を出した。

「あ、そうだ……ユリス。君、一体どうやってこの時代に来たの?」

「……今更それを聞くかい?まあ、別にいいけどさ。実は…………」

手短にこの時代に来た経緯――ゼルマイト鉱山で、異常に巨大な『時空のひずみ』に飲み込まれた事を話すと、モニカは眼を瞬かせる。

「『時空のひずみ』に飲み込まれたって、そんな……人を飲み込めるくらいに大きな『時空のひずみ』なんて、見た事も聞いた事も無いわよ?」

「信じられないのはボクも同じさ。けれども、事実そうなんだ。見てない君はともかく、ボクはあの『時空のひずみ』の存在を否定する事は出来ない。

 ……まあ何にせよ、早く元の時代に戻って調べなきゃね。この時代からなら、ボクの時代に戻る手段なんて幾らでも有るだろ?」

ボクが尋ねると、モニカは「ゴメン……」と言いつつ、首を横に振った。

「残念だけど……もう時間移動は余程の緊急事態を除いて禁止って決まっちゃったの。それに伴って時間を越える手段も破棄されていって……

『イクシオン』も取り壊されちゃったし、星の砂時計も作られてないのよ。現在で手段があるのは……ルナ研だけ」

「あ……そうなのか。でも、まだ可能性があるんだったら迷う事はないな。明日、ルナ研に行ってみるよ」

「行ってみるよって……今言ったでしょ?余程の緊急事態じゃない限り、無理だって」

「え、いや、だってボクは……」

「確かに君は『余程の緊急事態』でこの時代に来たかもしれないけど……それを証明できなきゃ、ルナ研も相手してくれないわよ」

「そんな……じゃあ、ボクの時代に戻れる手段は皆無って事?……困るよ、そんなの……」

ジワジワと焦りと不安が膨れ上がってき、ボクは弱々しい声を出す。するとモニカは、そんなボクを見て酷く冷めた口調で言った。

「別に……良いじゃない。戻れないなら、戻れないで……」

「っ!何言ってるんだよ!?良くないに決まってるだろ!!」

思わず声を荒げて、モニカに食って掛かってボクだったが、すぐに『ある事』に気づきハッとして口を噤む。

「あ……ゴメン。その……別に…………えっと……」

失言だった。その事を痛い程に思わされる。

良く考えれば……否、少し考えれば分かった事だった。モニカが先程の言葉に、どんな気持ちを込めていたのかを。

それはボクも同じ様に抱いている想い。けれども、願ってはいけない想い。

――別に……良いじゃない。戻れないなら、戻れないで……。

(確かに……それならば、またボク達は一緒にいられる……けど……)

――やっぱり……それは許されない事なんだ……。

苦い思いで胸を重くさせつつ、ボクは自分に言い聞かせる様に心の中で呟く。

そして、眼の前で俯いているモニカに、たどたどしく話しかけた。

「モニカ……その……あのさ……」

「………」

何も言わず微動だにしない彼女に構わず、ボクは言葉を続ける。

「ボクだって出来れば戻りたくない……モニカとは別れたくないんだ。……だけど、それが許されないって事は……モニカも分かっているだろ?

……ボクとモニカはいるべき時代が違う、これは変えられないんだ……永遠に……だけどボク達はこうして、また会う事が出来た…………

あのときの約束は果たせたんだ。だから、これ以上は望んじゃいけないんだ……もう……」

「やめて!!!!」

懸命に言葉を選び話していたボクを遮る様に、モニカがキッと顔を上げながら叫ぶ。

その叫び声には心なしか悲痛さが感じられ、こちらを見る彼女の瞳には涙が滲んでいた。

「……モニカ……」

「そんな事……言わないでよ!!これ以上望んじゃいけない!?だったら……だったら!また会おうなんて約束、しなきゃよかったじゃない!!

あんな約束しなきゃ、諦められたかもしれないのに!もしかしたら再会出来て、ずっと一緒にいられるかもって思い続けなくてもよかったのに!!」

「なっ!?……っ……元はと言えばモニカが悪いんじゃないか!!事が終わったのに、興味本位でまたボクの時代にやって来たりするから!!

……君があんな事さえしなけりゃ、全部終わってたんだよ!!約束なんてする事もなかったんだ!!」

「何よ!?全部私が悪いって言うの!?」                                      

「だってそうじゃないか!!違うって言えるのかい!?」

「っ…………ユリスのバカッ!!!!」

――――それはボクを罵ると言うよりも、自分の悲しみを吐き出す叫び。

それと共にドアを壊すくらいの勢いで部屋を飛び出していったモニカを、ボクはただ呆然と見送る事しか出来なかった。

瞬く間に彼女の足音が遠ざかっていき、やがて辺りが静寂で満たされる。

同時にボクの心も落ち着きを取り戻し始め、次いで襲ってきた激しい自責の念に駆られつつベッドに倒れこんだ。

(何で……何で、あんな酷い事を言ってしまったんだろう?あんな事を言えば、モニカが傷つくって分かっていた筈なのに……

 モニカを責める気なんて無かったのに……どうして……)

――……素直に再会を喜びたかった。たったそれだけだったのに、何故こんな事になってしまったのだろう?

(くそっ!……本当に……自分が嫌になる……!)

今度は自己嫌悪が押し寄せてきて、ボクは不快感に耐え切れなくなり強く眼を閉じる。

すると気分が最悪なのにも関わらず、アッサリと眠気がやってきた。

「……っ……」

モニカへの後悔の念が、一筋の涙となって頬を伝う。ボクはそれを忘れ去りたいと願う様に、夢の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 


  

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