第四章〜新たなる敵、レザルナ〜

 

 

 

 

「……う……」

不意に眼を覚ましたボクは、嫌に重い頭を起こして周りを見渡す。

すると、いつの間にか帰っていたユイヤが、隣のベッドで安らかな寝息を立てていた。

(気持ちよさそうに寝てるな……羨ましいよ……)

ふと視線を窓へと移すと、遠くが幾分か明るくなっているが未だ夜は明けていない。

とはいえ、これ以上眠る気分にはなれず、ボクは顔を洗いに洗面所に向かった。

(さて……どうしようか……?)

冷たい水で顔を洗い、少しだけスッキリした気分になったボクは、これからの事を考える。

(昨日のモニカの話だと……ルナ研に行ってみるしかないか)

そう考えた瞬間、頭の中に昨晩のやりとりが蘇り、軽い頭痛と吐き気を覚えた。

ボクは強く胸元のシャツを握り締めて数回深呼吸すると、苦々しく呟く。

「モニカには……言わないでいいよな。これは……ボクの問題だ」

無論、それは自分自身への言い聞かせに過ぎない。分かってはいるが、そう言い聞かせるしかなかった。

――――……そうしなければ、様々な思いで押しつぶされてしまうから。

部屋に戻ると、ボクは『スーパーノヴァ』と『シグマガジェット』を鞄に入れ、ドアへと向かう。

そして、なるべく静かにドアを開けて外に出ると、相変わらず夢の中にいるユイヤに小声で言った。

「ユイヤ……短い間だったけど、ありがとう。……セイカさんに、よろしく」

言い終えると、ボクはゆっくりとドアを閉め、記憶を辿りに廊下を歩いて城の正門を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにか見張りの兵士達を掻い潜り、レイブラント城を後にしたボクは、暗く静かな城下町を一人歩く。

冷たい夜風が吹く音以外、何の音も聞こえないこの環境は、考え事をするにはうってつけだった。

「問題はルナ研の人達に、どう説明するかだよな。モニカの話じゃ、証明しなきゃ無理だって事だけど……オズモンドさんとかなら、

 何とか話がつきそうな気もするな。ともあれ、早いとこルナ研に……っ!」

途端、ボクは自分の迂闊さに気づいてピタリと立ち止まる。

ルナ研に行こうとレイブラント城から出てきたのはいいが、肝心のルナ研への行き方が全く分からないのだ。

この街がボクの時代で言うと、どの辺りになるのか……それさえ分かれば何とかなるのだが。

「しまった……完全にその事を忘れてた!人に聞くってのもあるけど……う〜〜ん……」

出発早々、大きな問題にぶち当たり、途方にくれていたボクの後ろから、聞き覚えのある声がした。

「……私が知ってるわよ」

「っ!?……モニカ!?」

驚いたボクが振り返ると、そこには悲しそうな表情をしたモニカが立っていた。

かつての冒険で使っていた『アトラミリアの剣』を携えた彼女は、憂いを含んだ口調で言う。

「何そんなに驚いてるのよ?まさか、私が昨日のやりとりで君がどんな行動をするか、分からないと思ってた?」

「い、いや、それは……でも、何で君は……ボクは昨日、君に……」

「ユリス。その事は、もう言わないで」

罪悪感で俯き加減になったボクの言葉を、モニカは首を横に振る事で遮る。

「あの時、君が言った事は……本当だから。だから……えっと……と、とにかく!ルナ研に行くんでしょ?私について来て」

「?う、うん……」

何かを言い掛け、すぐにそれを誤魔化した彼女は、妙に元気な感じでボクの前を歩いて行く。

そんなモニカの様子を不思議に思いながらも、ボクは彼女の後を追った。

――――そしてボクはモニカから、この場所とルナ研の位置関係を聞かされる。

「……って訳なの」

「へえ、そうだったのか。此処がねえ……」

どうやらこの城下町は、ちょうどボクの時代のパームブリンクスの位置にあるらしい。

となれば、ボクの時代でいうベニーティオの位置にあるルナ研までの距離等も自然と分かる。

バース壱号で一時間程度だから、より文明が発達したこの時代の移動施設を使えばもっと早く着けるだろう。

そう思ったボクはモニカに尋ねたが、返ってきたのは意外な……いや、至極当然の事だった。

「ごめん、ユリス。私、一応その……お偉いさんだから。公共の施設を使うと、色々と……」

「あ、そっか。そうだよね、ゴメン、忘れてたよ」

確かに一国の王女ともあろう彼女が、こんな夜も明けていない時間帯に外出しているのを、誰かに見られでもしたら大事だ。

今更ながらそれに気づいたボクはモニカに謝ると、結局どうするのかと聞いてみた。

「えっとね、こっちを通るの。かなり時間は掛かるけど……」

言いつつモニカが指差した方向を見ると、そこはどうやら森の入り口らしい。

それを見て「成程ね」と頷いたボクは、そのまま森に足を踏み入れようとしたが、不意に彼女に腕を掴まれ止められた。

「うわっ!?ちょ、モニカ!いきなり何なんだい?」

「ちょっとね、入る前に説明しておかなければならない事があるの。この森にはまだ魔物が住み着いてるから、もしもの事は考えておいて」

「え?……この時代にもまだモンスターがいるのかい?」

「うん。まあ街に出て来た事がないから然程凶暴じゃないって事で、問題にはなってないんだけど……ってユリス、もしかして怖い?」

モニカが意地悪げな笑みを浮かべながら、ボクの顔を覗き込む。

その様子を見るに、どうもボクが怖がっているのを期待している様だが、生憎その期待に応える事は出来ない。

ボクは軽く溜息をつくと、淡々とした口調で言った。

「まさか。これでも毎日の様に、鉱山でモンスター退治してるんだよ。……それよりモニカこそ大丈夫なの?腕が鈍ってたりとかしてない?」

「心配ご無用!私だって毎日剣の修行してるんだから!!」

そう言ながら、モニカは『アトラミリアの剣』をクルクルと回す。

昔、彼女が何度か見せたパフォーマンスだ。……心なしか、非常に楽しそうに見える。

「モニカ……なんか嬉しそうじゃない?」

「あったり前でしょ!久しぶりに外に出れたんだもの!」。

「は……はは……」

――……やっぱり、モニカはモニカだなあ。

そう思いながら半笑いをしていたボクだったが、ふと森の中から獣の鳴き声らしき物が聞こえ、真顔で視線をそちらに向けた。

「ユリス?……どうしたの?」

「モニカ、今モンスターの声が聞こえなかった?」

「え?……ああ、だから今言ったじゃない。この森には魔物が住み着いてるって」

「いや、それは分かってるよ。ボクが言いたいのは……」

「?……あっ、そういう事ね。大丈夫よ、こっちから刺激しない限り滅多な事じゃ襲ってこないから。じゃ、行きましょ」

ボクの言わんとしている事を察したモニカは、慣れた様子で森の中に入っていく。

その余りにも無用心な様子に不安を覚えたボクだったが、ドンドン先を行く彼女に焦りを覚え慌てて後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ……ちょっと、どうなってるのよこれ!?」

数匹のモンスターを剣で薙ぎ払いながら、モニカがうんざりした様に叫んだ。

「それはこっちが聞きたいよ!滅多な事じゃ襲ってこないんじゃなかったのかい!?それに何なんだよ、この数は!?」

『スーパーノヴァ』と『シグマガジェット』を連射しながら、ボクも叫び返す。

――――特に問題は無いというモニカの言葉は、森に入って幾許の時間も経たないうちに否定された。

激しい殺気を剥き出しにして多勢で襲い掛かってくるモンスター達は、とても彼女の話通り『町に出てこない凶暴性の薄いモンスター』だとは思えない。

ゆうに百は超えるだろう数を撃ち続けながら、ボクはふとある考えに囚われた。

(これだけの数が一度に襲い掛かってくる……これって、まさか……っ!)

刹那、考え事によって生まれた隙をつかれ、間近に迫っていた敵の攻撃をすんでの所で避ける。

そのままお返しとばかりに『シグマガジェット』を構えたボクだったが、トリガーを引いた瞬間に違和感を覚え、軽く舌打ちした。

「ちっ、故障か!」

ここまで酷使してきたのだから無理も無い事だったが、如何せんタイミングが悪い。

またしても隙を生んでしまい、避けきれずに右手を負傷したボクは、苦痛に顔を歪ませながらも『スーパーノヴァ』のトリガーを引く。

発射された光線がモンスターを貫いたのを確認した後、ボクはチラリとモニカの様子を窺った。

(大分、疲れてるみたいだな……それにダメージも)

接近戦が主となるモニカは、疲労もダメージも当然ボクより大きくなってしまいがちだ。

今はモンスター達から距離をとりつつ、魔法の腕輪『愛』で攻撃しているが、長くは持ちそうに無い。

そう判断したボクは、癪な決断ではあったが声を張り上げてモニカに叫んだ。

「モニカ!一旦逃げよう、このままじゃやられる!!」

「はあっ、はあっ……そうね、悔しいけどこれ以上はきついわ……こっちよユリス!!」

手招きしながらモニカは森の奥のほうに走り出す。だが、すぐに額に手を当てて立ち止まった。

「?……モニカ?」

「……っ……」

傍に駆け寄りながら、ボクは彼女の顔を覗き込む。すると、モニカは酷く青ざめた顔で大量の汗をかいていた。

一目で異常と分かるその様子に、反射的に叫ぼうとしたボクだったが、次の瞬間に視界が曲がる様な感覚に陥る。

(うっ……これは……っ!……やっぱりか!)

体がふらつき、朦朧としてくる意識の中で周りを見回すと、思ったとおり『時空のひずみ』があった。

ゼルマイト鉱山でボクを飲み込んだ、あの巨大なひずみと同じくらいの大きさがある。

そしてボクやモニカを襲う、この感覚。これらから導き出された答えに、ボクは冷や汗をかいた。

(マズイ!……このままじゃ……このままじゃ飲み込まれる……!!)

前回は運良くこの時代に来れたのだが、今回また飲み込まれたらどの時代に飛ばされるのか分かったものではない。

いや、それ以前に何処かの時代に飛ばされるのかどうかさえ分からないのだ。

ひょっとしたら、永久に時空の狭間を彷徨い続ける可能性だって有る。そこまで考えたボクは、焦りを覚えつつ隣で膝をついているモニカに言った。

「モニ……カ!急ごう……出来るだけ……離れない……と!!」

「う……うん……!」

そう答えた彼女は立ち上がろうとするが、すぐにガクリと体勢を崩してその場に倒れてしまう。

「っ!?モニカ……ほら、頑張っ……て!」

「……ユリ……ス……」

慌ててモニカの手を取って彼女を立ち上がらせると、ボクは既にグニャグニャに曲がって見える前方へと歩き出した。

その後ろから、モンスター達の苦しげな悲鳴が次々と聞こえてくる。どうやら、『時空のひずみ』の影響は奴らにもあるらしい。

(一体……何なんだ、あれは?……っ……いや、今は此処から離れるのが先だ!!)

余計な考えを強引に頭から振り払うと、ボクは懸命に足を動かしてその場から離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モニカ、大丈夫?落ち着いた?」

「うん、もう平気よ。……さっきはありがとう、ユリス」

「……どういたしまして」

見つめられながらモニカに礼を言われ、恥ずかしさを感じたボクは彼女から眼を逸らしてぶっきらぼうに返事をした。

どうにか『時空のひずみ』に飲み込まれる事を免れたボク達は、近くにあった倒れ木に腰掛けて小休止を取っている。

さっきは見るに耐えない程に青白い顔だったモニカも、今はいつもの健康的な顔色をしていた。

その様子から彼女の体力が十分に回復したと判断したボクは、先程の『時空のひずみ』について彼女に尋ねる。

「ねえ、モニカ。さっきの『時空のひずみ』の事なんだけど……あれについて、どう思う?」

「どう思うって……う〜〜ん、まあ明らかに異常な物だって事は分かるわ。……そう言えば、君がゼルマイト鉱山で飲み込まれたっていうのも、

 あんなに大きい奴だったの?」

「うん。それに君も感じたと思うけど、視界が曲がる感覚がしただろ?あれも同じなんだ。それに……」

「それに?」

「……あの妙に大群で出てきたモンスター。あれもあの『時空のひずみ』に関係してると思うんだ」

ボクがそういうと、モニカは眼を数回瞬かせる。そして、不思議そうに首を傾げながら口を開いた。

「ユリス、どういう事?」

「実はね、ボクがゼルマイト鉱山で『時空のひずみ』を発見した時も、異常なまでのモンスターの大群と戦った後だったんだ」

「えっ?……って事は、大勢の魔物が集まる事によって何らかの力が生まれて、それであんな巨大な『時空のひずみ』が発生するって事?」

「いや……たぶん逆だと思う。あの『時空のひずみ』が発生する前触れとして、モンスターが群れを成してるんじゃないかな?」

「何で?」

「それは分かんないけど……今回にせよ、鉱山の時にせよ、あんなに大群のモンスターが襲い掛かってくるなんて、どう考えても不自然だ。

 丁度これからルナ研に行くんだし……この事も調べてもらって方が良いな」

「っ……確かにね、今までそんな報告を受けた事ないから、ルナ研も知らない事なんだろうし。……そうと決まったら急がないと!

 もしかしたら、今もまた何処かで同じ様な現象が起きてるかも知れないわ!」

勢い良く立ち上がりって力強く言ったモニカに、ボクも大きく頷く。

「そうだね、何だか嫌な予感がする。十分体力も回復したし、一刻も早くルナ研に行こう!モタモタしてたら、またモンスターの大群に

 出くわす可能性も否定できないからね」

「あら、それは別に構わないでしょ?倒せば良いんだから」

「……あのね、さっき大ピンチになったのもう忘れたの?」

呆れ気味にボクがそういうと、モニカは一瞬顔を引き攣らせる。

だがそれも束の間、すぐにぎこちない笑みを見せると、ヒラヒラと手を振りながら口を開いた。

「は、はは……さ、さっきはちょっと油断しただけよ!」

「……まあ、そういう事にしておくよ。ともかく、これ以上無駄な戦闘は避けた方が懸命だ。コイツも、ちょっと壊れちゃったしね」

右腰のホルスターにしまっていた『シグマガジェット』を手に取りながら、ボクは幾分低い声で呟く。

先程ざっとチェックしてみたのだが、思っていたよりも修理は難しく、短時間で直せる物ではなかったのだ。

爆発を起こし一度に多数を仕留められるコイツが使えない以上は、あんな大群との戦いは極めて不利になってしまう。

その旨をモニカに伝えると、彼女は複雑そうな表情でボクを見つめつつ言った。

「そっか、銃って大変なんだね。……よし!それじゃあルナ研まで全速力で行きましょう!ユリス、遅れないでついてきてね!!」

言うなりモニカはルナ研のある方角へと向かって走り出す。

余りにも突然の行動に一瞬面食らったボクだったが、すぐに我に返ると慌てて彼女の背に向けて大地を蹴った。

「モ、モニカ!いきなり走り出さないでよ!!ボクが君より走るの苦手な事は知ってるだろ!?」

「何言ってるのよ。男の子なんだから、いくら年上と言えども女の子に追いつけないんじゃ恥ずかしいわよ?」

「い、言ったなあ〜〜!!」

モニカの小バカにした口調を聞いて熱くなったボクは、がむしゃらに足を動かして彼女の後を追う。

その間ボクは様々な考えから解き放たれ、無邪気な子供の様に心が安らいでいるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燦燦と太陽が真上に輝く時刻に、ボク達はようやくルナ研に辿り着いた。

しかし、雲一つ無い青空の下にあるにしては余りにも悲惨な景色を目の当たりにし、愕然としながら呟く。

「な、何だこれ?何が……何が起こったんだ!?」

「そんな……これは、一体……!?」

眼の前に広がるルナ研……いや、ルナ研『跡』には四つの研究所もセンターラボも無く、無残に聳え立つ残骸の山が煙を上げているだけだった。

記憶にある物とは懸け離れた、凄惨な廃墟。そんな風に変わり果てた姿のルナ研を眺めながら、ボクは抑えきれない動揺と共にモニカに尋ねた。

「モ、モニカ!どういう事なんだ!?これは……」

「わ、私に聞かないでよ!!それより研究員の人達……Drチャップやオズモンドさんを捜すわよ!!」

「う、うん!!」

未だに眼前の状況がよく飲み込めないままだが、モニカの言う通り、まずはルナ研の人達の安否を確認する必要がある。

軽くモニカと眼を合わせて小さく頷いたボクは、大急ぎで瓦礫の山に近寄った。……と、その時、不意に頭の中で女性の声が響く。

〔安心しなさい……私の目的は研究員の命じゃない……この研究所その物よ……〕

「っ!?……モニカ!今、女の人の声が聞こえなかった?」

「え、ええ!何だか凄く冷たい感じの声が……っ!?ユリス、あそこっ!!」

「何っ!?」

言われてモニカの指差す方――海の沖の方を見ると、微かだか人影が見える。しかし、ボクはそれが人影だと受け入れるのに、多少時間が掛かった。

なぜなら、その人影は明らかに廃墟の遥か頭上――空中に有ったからである。

(普通の人間じゃない……何だあれは?)

ボクがそう思った刹那、フッと人影が見えなくなる。

そして次の瞬間、背筋に冷たい物を感じて後方に振り返ると、そこには一人の女性が宙に浮いていた。

――――流れる様に鮮やかな銀髪。そして、狂気じみた物を感じる紅い瞳。

見ているだけで妙な威圧感を受けるその女性に向けて、モニカが幾分震えた声で叫んだ。

「あ、貴方……何者!?」

〔…………レザルナ〕

その女性――レザルナの言葉は、彼女が口を動かしているにも関わらず頭に直接響いてくる。

さながら、神や悪魔と会話しているかの様な感覚にボク達は動揺するが、それを押し殺しながらレザルナに叫んだ。

「い、一体……一体、何が目的でこんな事をしたんだ!

「そ、そうよ!長年、素晴らしい研究をし続けているルナ研を……何の恨みがあって!!」

〔素晴らしい研究?…………何を!!〕

モニカの言葉を聞いた瞬間、レザルナはカッと眼を見開き、激昂した様子で右手を突き出す。

途端、何かが弾ける様な派手な音がしたかと思うと、モニカが大きく吹っ飛ばされた。

「きゃああっ!?」

「っ!?モニカ!!」

何が起こったのかまるで分からなかったが、ボクは急いで瓦礫の山に激突したモニカに駆け寄る。

「大丈夫!?しっかりするんだ!!」

「……う……っ……」

懸命に呼びかけるが、モニカは既に意識を失っているらしく、小さな呻き声しか漏らさない。

そんな彼女の額から血が流れているのに気づき、ボクは応急手当をしながら考えを巡らした。

(今のは……魔法……?モニカが一発でやられるなんて……)

〔この程度で気絶するとは……随分と他愛ないわね……〕

「っ!」

レザルナの嘲笑が頭に響き、ボクは反射的に怒りを覚えて振り返り様に『スーパーノヴァ』を奴に向けて撃つ。

しかし、レザルナはそれを危なげなく避けると、呆れ気味の声を発した。

〔そう熱くならないの。ここで戦うつもりは無いわ。……もっと多くの、『時空のひずみ』を生み出さなければならないから〕

「なっ……『時空のひずみ』!?お前があれを出現させていたのか!?」

〔……どうやら既に見た事がある様ね……その通り……あれこそ世界を正しき姿へと導く物……〕

「正しき……姿?どういう事だ!?」

〔…………〕

ボクの叫びに何の言葉も返さず、レザルナは静かに空中を移動し徐々にボクから遠ざかっていく。

慌ててその後を追おうとしたボクだったが、その様子を見たレザルナが徐に言った。

〔追ってくる気?別に止めはしないけど……その娘を放っておいて良いの?致命傷ではないでしょうが、重傷には変わらないわよ?〕

「っ!……くっ……!!」

確かに、この状態のモニカを放っておく訳にはいかない。眼前にいる敵を見逃すのは嫌だけど、今は彼女を治療する方が先決だ。

そう思ったボクは歯噛みしつつレザルナに背を向け、モニカの傍に駆け寄る。……と、その時またしても奴の声が聞こえた。

〔……大切にしてあげなさい……好きな人は……〕

「えっ?」

さっきまでとは全く違う感じの声に、ボクはハッとしてレザルナのいる方に振り返る。けれども、奴の姿は既になかった。

(今のは?……レザルナ、あいつは一体何者なんだ?……どうして『時空のひずみ』を?それに、此処を襲った理由は……?)

様々な疑問が頭を駆け巡るが、此処で考えに浸っていても仕方がない。

ボクは気を失っているモニカを抱き上げると、そっとルナ研を見回しながら呟いた。

「此処の事は、レザルナの件も含めてレイブラント城に報告するべきだな。ボク一人じゃ、救助なんて出来ないし……」

そう結論付けると、ボクは頭を負傷しているモニカに出来るだけ負担を掛けない様に注意しつつ、来た道を戻りだす。

と、その時、ふとモニカが小さく口を動かした。

「ユリス……」

「っ……モニカ?……うわ言か」

苦しげな表情で眼を閉じている彼女を見ていると、酷く心を締め付けられる。

思わず自分の胸を強く掻き毟りたい衝動を抑えつつ、ボクは先程のレザルナの言葉を思い返した。

(好きな人は大切に……か……っ……)

――何で分かったんだろう?……レザルナは……。

そんな疑問を抱きつつも、ボクはレイブラント城へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 


  

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